食堂②
その後幸太と嵯峨良が戻って来ると四人で暫く食事を楽しんでいた。四人で他愛もない事を話しながら会話を楽しんでいると、隣りの席から男が立ち上がるのが目に入った。
叶はあえて気にしない様にしていたが、男はにこやかな笑みを浮かべて叶達の横に立つと軽く頭を下げて語りかけてくる。
「どうもこんにちは。綺麗なお姉さん方にご挨拶だけでもさせて頂いていいかな?」
柔和な笑みを浮かべて横に立つ男を叶は訝しんだ目をして見つめる。
身長は幸太より少し高く思え、恐らく百八十センチ前後、標準的な体型で端正な顔立ちをしており、人当たりの良さそうな笑みを浮かべていた。
「自分は神谷埼怜音といいます。こう見えて一応霊能者の端くれで占いなんかを生業にしてるんですが、皆さんも霊能者で間違いないですかね?」
にこやかに問い掛けてくる神谷崎を見つめて叶は警戒感を強めていたが、横に座る志穂は気にする素振りもなく変わらぬ笑みを浮かべて立ち上がる。
「神谷崎さん、これはご丁寧にありがとうございます。私は嵯峨良探偵事務所で秘書を勤めております陸奥方志穂と申します。そして横におりますこちらが嵯峨良麻璃央先生です。私には皆様の様な特別な力はないのですが嵯峨良先生は今まで様々な怪異の問題も解決してまして、私はその助手をさせて頂いております。そしてこちらにおられますのが鬼龍叶さん。彼女も霊能者で、よくお手伝いをお願いしてるんです。まあ今回はうちの嵯峨良先生がいるので彼女達の出番はそれほどないとは思いますが。因みにそちらの横におられるのが倉井幸太さん。彼も私のように霊能者ではなく一般人ですが鬼龍さんのお手伝いをされてます」
警戒感をあらわにする叶を察したのか、志穂が全員の紹介を済まし、叶と幸太は軽く会釈する。
「なるほどそうでしたか。実は自分は……」
「どういう意味だ!」
尚も神谷崎がにこやかに話を続けようとしたが、斗弥陀家が座るテーブルから怒気を孕んだ声が食堂内に響き渡り、全員が慌てて振り返った。そこでは貴之が顔を紅潮させて、前に立つややふくよかな女を掴みかかりそうな勢いで立ち上がっていた。
「そんなに興奮しないで下さい。私はあくまでもそちらにおられる女性の声を代弁したまでです」
そう言って女の指さす義将会長の背後に全員の視線が集まるが、そこには誰もおらず怪訝な表情を浮かべて貴之が更に詰め寄った。
「何を言っている?まさかそこに誰かいるとでも言いたいのか?」
「ええそういう事です。一般の方には視えないかもしれませんが、あちらにいる霊能者の方々には視えていると思いますよ。はっきりとした顔立ちで、やや明るい髪色でショートカットの女性が心配そうに見つめています。そして私に訴えかけてくるんです、このままでは斗弥陀グループの先行きが不安だと」
「貴様、それは俺のやり方が間違っているという意味か!?」
「いえですから私が言っているのではなくそちらの女性が……」
「ふざけるな!」
貴之が激昂し、まさに掴みかかろうと手を伸ばしたその時、周りにいた義人や秋義がようやく止めに入った。
周りにいた給仕達も加わり二人を引き離すと、貴之は息を荒げて女を睨んでいた。
「貴様三条いつきとか言ったな。会長の客人だからと言って調子に乗るなよ」
捨て台詞にも似た言葉を残して、貴之は横に座っていた妻とおぼしき女性に付き添われて食堂を後にして行く。やや殺伐とした雰囲気の中、騒ぎの当事者となっていた三条は含み笑いを浮かべてゆっくりと叶達の元へと歩み寄って来る。
「本当嫌になるわね、私は見たまま、聞いたままを伝えただけなのに」
そう言って三条は同意を求める様に叶達に微笑みかけるが、その空気を嫌った叶はうんざりした様な表情をして徐に立ち上がる。
「まあ仕方ないんじゃないですか。私達が視えてる世界は普通の人達には視えてない訳だし、信じてもらえない事なんか日常茶飯事じゃないですか?視えないものを信じてもらう程、難しい事なんてないんだから」
素っ気ない言葉を残し、叶は立ち上がって踵を返すと、さっさと食堂を出て行ってしまう。そんな様子を志穂は笑みを浮かべて見つめていたが、幸太は慌てて立ち上がり叶の後を追いかけて行った。




