斗弥陀邸にて
日本有数の総合商社、斗弥陀グループ。その斗弥陀グループの会長である斗弥陀義将は愛知県にある静かな森の中に巨大な邸宅を築き、そこで優雅に暮らしていた。
そして日が傾き始めた午後四時過ぎ、叶と幸太を乗せた車が斗弥陀邸へと辿り着く。
巨大な屋敷の前で叶と幸太が車から降りると家政婦や執事達が扉の前で出迎えていた。
「お待ちしておりました」
皺一つないタキシードの様なフォーマルな装いに身を包んだ初老の小柄な男性が叶達の元に歩み寄り頭を下げる。叶は僅かに口角を上げ微かに会釈すると扉付近にいた執事や家政婦達が頭を下げ、扉を開いた。
叶と幸太が屋敷に足を踏み入れると玄関ホールは吹き抜けになっており一際巨大なシャンデリアが目に付いた。
「Theお金持ちって感じね」
叶が皮肉っぽく呟くと幸太も苦笑いを浮かべる。
そんな二人に気付いた義人が二階から吹き抜けの階段を颯爽と降りてくる。
「もう少しかかるかと思っていたが意外に早かったな」
「ええ、私達が遅れて斗弥陀会長をお待たせする訳にもいきませんので」
叶がにこりともせずにそう言って軽く頭を下げると、二階から聞き慣れない声が響いた。
「義人、そちらの方々は?」
階段からゆっくりと降りて来る男性を見て、義人が慌てて叶達を紹介する。
「あっ、こちらも霊能者の人さ。女性が鬼龍叶さん、男の方が倉井幸太君だったかな?」
少し焦る義人を横目で見て、叶は降りて来る人物を見つめた。降りて来る男性はそれ程上背はないが悠然と構えており威厳を感じられた。年齢は恐らく四十代後半から五十代、義人の対応等を考えてもこの男性が斗弥陀家の長男貴之だろうとは予想がついた。
「はじめまして鬼龍叶と申します。こちらにいるのが相方である倉井幸太です」
叶から紹介されて幸太も深々と頭を下げると、貴之は少し見下すような笑みを浮かべた。
「なるほど……俺は斗弥陀グループ代表の斗弥陀貴之だ。ウチの親父……会長は霊能者に興味があるようだが、俺はそんな物信用してなくてね。申し訳ないがただのペテン師か詐欺師のなりそこないぐらいに思ってるんだ」
初対面でいきなりそんな事を言って退ける貴之に幸太は嫌悪感を抱くが、叶は微かに口角を上げニヤリと冷笑を浮かべていた。
「同感ですね。確かに私も霊能者なんか信用するもんじゃないと思います。なにせ、きな臭い連中ばかりですから」
「はは、自己分析は出来てるのか?まぁいい、霊能者だろうがペテン師だろうが会長のお客様である事には変わりはない。部屋は用意してある、暫くはくつろいでいてくれ」
そう言って貴之が合図すると小柄な女性の使用人が一人すぐさまやって来て深々とお辞儀をした。
「鬼龍様、倉井様、私、家政婦の池江と申します。早速ですがお部屋にご案内致しますね」
そう言って顔を上げた池江は穏やかな笑みを浮かべる。整った顔立ちで化粧っ気はなく、童顔のせいか叶は自分達よりも少し若く思えた。池江は叶の持っていた鞄を預かると幸太にも手を差し出す。
「あ、俺のは大した荷物でもないんで自分で持つから大丈夫です」
「そうですか、ではこちらにどうぞ」
幸太はリュックを背負ったまま首を振ると、池江はにこやかに頭を下げ、二人を案内する様に先に立ち歩き始めた。
池江は二人を二階の中央付近の部屋まで案内すると、振り返り再び深く頭を下げる。
「申し訳ございません、只今広めのゲストルームがいっぱいでしてお隣同士でお一人ずつお部屋をご用意させて頂いてますがよろしかったでしょうか?少々狭くなってもよろしければすぐに同室でご用意させて頂きますが?」
丁寧に尋ねる池江に対して叶が笑顔で首を振る。
「いえ今からそんな手間でしょうし一人ずつで大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」
叶が笑みを浮かべて声を掛けると、池江は穏やかな表情を浮かべて頭を下げた。
「では夕食の準備が整うまでお部屋でごゆっくりされて下さい、またお声掛けに参りますね。では失礼致します」
去って行く池江を見送ると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて幸太の方へと振り向く。
「一緒の部屋じゃなくて残念だった?」
「いやまぁ、ちょっと残念だけど仕方ないかな」
眉尻を下げて困った様に笑う幸太を見て叶も微笑んだ。
「私も少しだけ残念だけどまぁ今回は一応仕事中だしね。とりあえず荷物置いたらそっちの部屋行くから」
幸太は満面の笑みで頷き、叶は部屋に入ると荷物を置き、ひとまず部屋の真ん中にあるソファに腰を下ろした。
「はぁ、嫌な予感しかしないな……絶対何かあるよね」
静かな部屋に叶の呟きだけが響いた。