依頼②
叶はスマホを片手に思考を巡らせると、暫くして幸太の名前をタップして電話をかける。
電話はすぐに繋がり、電話の向こうからは幸太の明るい声が響いてきた。
「もしもし、叶さん」
「もしもし、出るの早いねぇ。今大丈夫なの?」
「そりゃ勿論。今する事もないからさ」
そう言ってやや自虐的に笑う幸太に対して、叶も「ふふふ」と笑っていた。
海の家での事件があり、幸太は怪我を負っただけでなくバイト先も失い、今幸太は自宅で療養するだけの生活を余儀なくされていた。
「まぁそりゃそうか。ごめんね、私がそっちにいたらもうちょっとかまってあげられるんだけど」
「まぁ仕方ないよ。それで引越しの準備はどう?だいぶ進んだ?」
「ええ、もう殆どの物ダンボールに詰めれたよ。君が怪我してなかったら寧ろこっちを手伝ってほしかったかな」
ダンボールが積み重なり、殺風景になった部屋を見渡しながら叶はそう言って笑っていた。
「じゃあもうすぐこっちに戻れる?」
幸太がやや興奮気味に問い掛けるが、叶は声のトーンを少し下げてすぐにそれを否定した。
「ごめんね幸太君、それがすぐには戻れなさそうなんだ」
「えっ?なんで?何かあるの?」
電話の向こうで戸惑い、落胆する幸太の様子は叶にも十分伝わった。
「うん、仕事入っちゃってさ。それが関西の方での仕事でね、しかも相手にも二週間ぐらい待ってもらってるから早くしなきゃいけないし、京都から向かった方が早いからさ」
「えっ、そんな……じゃあ俺も一緒に行くから」
「一緒に行くって、遊びじゃないんだよ?一応仕事なんだから。それに君はまだ怪我人だしまた危ない目にあったらどうすんの?」
「いや、叶さんだって前も一人で行動して旧校舎でも楓さんの所でも危ない目にあったじゃないか。俺、もうあんな事になってほしくないんだって」
幸太に懇願されるように訴えかけられて、叶も思わず言葉に仇してしまう。
幸太の言っている事は勿論分かる。誰しも恋人を危険な目にはあわせたくない。だがそれは叶からしてみても同じだった。
「うん、そうだね。君には心配ばかりかけてるかもね。だけど私も君を危険な目にさらしたくないの。私のいる世界って君が思うより複雑で胡散臭い連中も多いからさ。正直君にはこんな世界に馴染んでほしくはないかな」
「……なんか距離置かれてるみたいで辛いな」
寂しく呟く幸太の言葉が叶の胸を締め付ける。
「ごめん、でも違うって、本当に幸太君を巻き込みたくないだけなんだって」
「……そっか、なんかごめん。俺が我儘ばかり言って困らせてるね」
「謝んないでよ。私だって本当は幸太君と一緒にいたいんだってば。またちゃんと決まったらすぐに連絡するから」
姿は見えなくとも、今電話の向こうでは幸太が項垂れているだろう事が伝わる。すれ違う想いに叶の口調も思わず熱を帯びていた。
「分かった、じゃあどんな仕事なのか教えてよ」
幸太の声は冷静に、と言うより気落ちした様に聞こえ叶も一瞬戸惑ってしまう。
「うん、仕事を依頼してきたのは斗弥陀グループっていう総合商社。そこが買った廃病院の調査が今回の仕事かな」
「そっか……じゃあまた連絡待ってるから」
最後は力無くそう言って電話を切った幸太に対して、叶はどうしようもなくいたたまれない気持ちになっていた。
なんであんな言い方しちゃったんだろう……私だって君と一緒にいたいのに――。
誰もいない部屋で一人膝を抱えて紫煙をくゆらせていた叶だったが、暫くすると大きく息を吐いて天井を見つめる。
「……はぁ、我儘なのは私の方よ幸太君」
そう呟き儚い笑みを浮かべていた。