依頼
幸太達と出会い、一時は全国的なニュースにもなった海の家での事件から二週間後。
鬼龍叶は京都にある自室のリビングでソファに腰掛けながらスマホを片手に画面を見つめていた。
「はぁ、いい加減連絡した方がいいよね……」
憂鬱なため息を漏らし、叶はスマホの電話帳で陸奥方志穂の名前を見つけると指先で軽くタップする。
数コールの後電話はすぐに繋がり、明るく少し間の抜けたような志穂の声が電話の向こうから響いて来た。
「あらぁ鬼龍ちゃん、やっと連絡くれたわね。あまりにも連絡くれないからこっちから連絡しようかと思ってた所だったのよ」
「色々と忙しいって言ったじゃないですか……志穂さんひょっとして酔ってます?」
「あはは、まさか、まさか。こんな真っ昼間から呑まないわよ。ただ仕事中だったからちょっとテンションが上がってるの、ごめんね」
「あっ、そうだったんですか?お忙しかったならかけ直しますよ」
慌てて謝罪し、電話を切ろうとする叶だったが志穂は落ち着いた口調でそれを制した。
「ふふふ、大丈夫よもう終わったし。それで依頼受けてくれる気になった?」
「ええ、まぁ、お話ぐらいは聞こうかと。でも志穂さん達の仕事が終わったんなら志穂さん達で受けた方が良くないですか?」
「まぁ確かにそうかもしれないけど、私達は今仕事終わった所だしまだ嵯峨良先生も疲れきってるからやっぱり鬼龍ちゃんにお願いしたいのよ」
「……また嵯峨良さん酷使したんですか?」
叶が少し呆れたように問い掛けたが、志穂は笑って受け流す。
「私が嵯峨良先生を馬車馬の如く使ってるような言い方やめてよ、私はあくまでも秘書なんだから。先生は先生の、私は私の仕事を全うしたまでよ」
「……まぁそうかもしれませんけど。それで?斗弥陀グループでしたっけ?どんな依頼なんですか?」
叶が依頼について問い掛けると、途端に志穂は冷静な口調で逆に問い掛けてきた。
「話を聞いてくれるって事は前向きに検討してくれるって事でいいのよね?」
先程までの明るい口調とは打って変わって静かな落ち着いた志穂の問い掛けに叶も飲まれ、思わず「はい」と答えてしまう。
「斗弥陀グループは前も言ったけど建築関係の総合商社よ。斗弥陀グループは少し前に関西地方にある廃病院を買ったらしいの。ただ、そこはいわく付きの物件でね、怪奇現象が多数起こるって噂もあるし、そこに足を踏み入れた動画配信者が行方不明になったって話もあるのよ」
志穂の話を聞きながら叶は無言のまま片手で頭を抱えた。
また動画配信者……本当にろくな奴いないじゃない――。
そんな事を考えながら小さくため息をつくと、電話の向こうで志穂が不思議そうに問い掛ける。
「鬼龍ちゃん?聞いてる?」
「……ええすいません、聞いてますよ」
「まぁ、要はその廃病院に行って怪奇現象があるのかないのか、あったならそれの原因は何か?そして霊なら除霊するまでが今回の依頼よ」
「ちょっと待って下さい志穂さん。私、霊は視えますけど祓ったりする力は無いって知ってますよね?」
「分かってるわよ、大丈夫だって。貴女に依頼するのは心霊調査まで。最後、除霊が必要になった時には嵯峨良先生と共に私も行くからさ」
「……わかりました。ひとまず必要書類とか送って下さい。それとクライアントの連絡先とかも」
「ええ、必要な物はすぐに準備して送るわね。今回、現地には斗弥陀グループの息子さんも同行するって話だからちゃんとやってね鬼龍ちゃん。期待してるわよ」
「頑張りますがあまり期待しないで下さい」
そう言って電話を切った叶は、腰掛けていたソファで横になると長い髪をかき上げため息をつく。
「ふぅ結局上手く乗せられて受ける流れになっちゃった。怪奇現象が頻繁する廃病院に行方不明の動画配信者か……きな臭いな……」
憂鬱なため息をつき窓の外を見つめると、日が傾き夕日が街を赤く染めていた。朱色に染まる街を見つめていると、幸太と共に夕暮れの街を歩いていた事を思い出し笑みがこぼれる。
「幸太君何してんだろ?なんて言おうかな。まともに言ったらまた心配するだろうな」
眉を八の字にさせ、困ったような笑みを浮かべて一人笑う叶の声が部屋に響いていた。