廃病院⑬
「そうですか、皆さんちゃんと待っていてくれたんですね」
そう言って叶は笑みを浮かべたまま一人納得するかのように何度も頷いていた。
そんな叶を見て、焦れたように奏音が問いただす。
「それでどうなの?何か分かったの?」
奏音の言葉を受けて叶が全員を見渡すと、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい、少し状況を整理していました。では私が一人歩いて行き何か分かったか、という事ですがまだ突破口は見つかりませんね」
叶がそう言うと全員が落胆の色を見せる。だが叶は更に続けた。
「まぁでも私が体験した事をお話ししましょうか。まず私はまっすぐ歩いて行き暫くするとただならぬ気配を感じて立ち止まりました。すると宇津崎紗奈が現れたんです。彼女といくつか言葉を交わしたんですが確信に迫るような事は何も聞けませんでした。それで私は仕方なく歩き出しました。真っ直ぐ、何処も曲がらずにね。すると皆さんが前方で固まってたんですよ。さて、私が言ってる事理解出来ましたか?」
叶の説明を聞き、全員が言葉を失っていた。
一行は叶を先頭に歩いていた。そして他の者を残し、叶だけがそのまま進んで行った筈だった。
そして真っ直ぐ進んで行った筈の叶は一行の後ろから再び現れた。
叶が嘘をつき何度か角を曲がるか、今いる廊下が円形のようにぐるりと回っていなければ説明がつかなかったのだ。
「ど、どういう事だよそれって……」
秋義が問い掛けたが、それを明確に説明出来る者などいる訳もなく、再び静寂が訪れる。
「……皆さんに質問があります。私が皆さんの元を離れてどれぐらい経ってましたか?勿論正確じゃなくていいんで」
叶が静かに問い掛けると皆首を傾げて顔を見合せる。すると奏音がゆっくりと手を挙げた。
「たぶんだけど十分から十五分ぐらいじゃないかな。貴女が行って暫くしたら義人さんが煙草吸い始めて、そしたら秋義君も煙草に火をつけて、そして二人とも吸い終わって暫くしてから貴女が向こうから歩いて来たんだから」
「……なるほど……」
奏音の説明を聞き、叶は再び考え込むように顎に手を当て目を瞑った。
暫く沈黙の時間が訪れたが、叶が目を開けると全員に語り掛ける。
「時間軸も少しおかしいかもしれません。私は皆さんの元を離れて戻って来るまで体感ですけど五分程です。どれだけ長くても十分も歩いたつもりはありません。僅かなズレかもしれませんが、やはりおかしいと思います。そこで今我々が置かれている状況ですが、どういう訳かここから抜け出せなくなっています。抜け出すにはここにいる霊達をなんとかしないといけないんでしょうけど……」
そう言って叶は義人を見つめた。叶の視線に気付いた義人は少し狼狽えたような表情を見せる。
「な、なんだよ?俺は何もわからねぇぞ」
「義人さん最初地下に行った時、崩れていた箇所をカラーコーンで囲ってましたよね?あれって貴方方、斗弥陀グループでやったんですか?」
「いやあれはウチじゃねえ。斗弥陀でこの廃病院を買い取ってから初めに入ったのは俺達だ。あのカラーコーンは前にここを所有してた奴が設置してそのままになってるんだろ」
「なるほど。では一部解体作業に着手してそうなのも?」
「ああ、前の所有者が途中で放置したみたいだな。ここを買い取る時、全て現状維持で、って話だったからな」
「なるほど、何故解体作業が中断したのかご存知ですか?」
叶の質問に義人は顔を曇らせ口ごもらせた。それを見ていた秋義がすかさず口を開く。
「前に作業してた奴らがやらかしたらしいんだ」
「やらかした?何をです?」
「慰霊碑ってやつだよ。工事の連中が誤って重機で慰霊碑を壊しちまったらしいんだ」
「絶対それじゃないですか!なんで最初に言わないんですか!?」
叶がやや語気を強めてにじり寄ると、秋義も俯き思わず後退りする。
そんなやり取りを横目で見ていた義人がようやく口を開く。
「あくまで噂だったんだよ。慰霊碑壊しちまってから心霊現象が多発したって。だから供養とかする前に心霊現象をカメラに収めようかと思って肝試しのつもりで来たんだけど、まさかこんな事になるなんて思ってなかったんだよ」
特に悪びれる様子もなく言い訳を並べる義人を見て、叶は大きなため息をついて頭を抱えた。




