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廃病院⑨

 その光景を目の当たりにした叶は思わず絶句してしまう。

 今、台の上で仰向けになり一点を見つめる興梠の表情は、叶が幻の中で見た台の上で横になっていた男性とまったく同じ顔つきだったのだ。


 暫くは全員が言葉を失っていたが、静寂を切り裂くように叶の声が響き渡る。


「興梠さん!!」


 叶が駆け寄り、寝ていた興梠の胸ぐらを掴むと無理矢理引き起こした。


「何やってるんですか!?起き上がって下さい!」


「……なんだ、乱暴だな……」


 そう言って興梠は虚ろな目をしたまま笑っていた。

 叶がそのまま引っ張ると、興梠は特に抵抗する事なく、ふらふらとしながらその場に立った。


「興梠さん、歩けますよね?」


「……はは、勿論歩けるさ」


 足元がおぼつかない興梠に、叶が少し語気を強めて確認すると興梠は笑みを浮かべて頷いていた。

 だが興梠の視線は定まっておらず、話していても何処か上の空のようで叶は一抹の不安を覚える。


 明らかにおかしい。だけどもたもたしてたら次は何が起こるか――。


 叶は一瞬考えたが、すぐに顔を上げ全員を見渡す。


「いいですか、この部屋を出たらそのまま建物の外まで出ます。私が先頭を行くんでついて来て下さい。倉本さん、すいませんが興梠さんをお願いします」


 そう言うと叶は踵を返し歩き出した。倉本も仕方なく興梠の腕を掴み引っ張ると、全員言われた通り叶の後を着いて行く。だがどうにも納得がいかない様子の義人が背後から叶に問い掛ける。


「なぁ、鬼龍さんよ。このまま出て調査はどうするんだ?ひょっとして中止するつもりか?」


「ええ、とりあえず今日の所は中止です。私だけでは皆さんの安全を約束出来ません」


「おおマジかよ。まだこれからじゃないのかよ」


 事の重大さを理解していないような義人の態度に叶は顔をしかめて軽蔑の眼差しで見つめていると、奏音が神妙な口調で語り掛けてくる。


「ねぇ、ちょっと、紗奈って子、見当たらないんだけど……」


 奏音の言葉を聞き、慌てて叶が振り返るが、確かに後を着いて来るメンバーに紗奈の姿は見えなかった。


「えっ?ちょっと、なんで?」


 叶が足を止めて最後方にいた興梠と倉本の元まで戻ったが、やはり紗奈の姿は見当たらない。


 なんで着いて来てないの?大体こんな一本道ではぐれるなんて……ん?ちょっと待って――。


 一瞬戸惑った叶だったが、すぐに何かに気付くと最後方にいた倉本に問い掛ける。


「倉本さん、手術室を出る時は興梠さんと二人で最後方でしたか?」


「ああ、間違いない。興梠氏を連れて最後にあの部屋を出たんだ」


「なるほど、では皆さん、宇津崎紗奈さんを最後に見かけたのはいつですか?覚えてる方、教えて下さい」


 そう言って全員が顔を見合わせて思い返す中、義人が突然声を上げる。


「そうだ、理事長室で写真撮った時にはあいついたはずだぞ」


 そう言って義人がスマホを取り出し、撮った写真を皆に見せ始めた。

 全員が義人のスマホを覗き込み、勿論叶も一緒に覗き込む。それは義人以外の全員が壁際に立ち、義人が室内の写真を撮り終えるのを待っているシーンだった。だがそんな中、突然横から朱里が声を上げる。


「ねぇ、ちょっと、これと同じような写真他にもあるわよね?」


 そう言って朱里が一枚の写真を指さす。その写真は義人が違和感を感じると言って朱里に見せていた写真だった。


「いや、こんな感じの写真はこれだけだぞ」


「嘘……?いやあるでしょ?私に見せてくれたやつ」


「いやだからその写真がこれだろ」


「そんな訳ないって、だって……」


 そう言って朱里は口を(つぐ)んでしまった。訳が分からず他の者達は見守っていたが、義人が突然声を上げる。


「あっ!なんだよこれ!?」


 そう言って義人も言葉を失う。二人写真を見つめたまま固まっていると、叶が割って入った。


「いい加減二人だけで納得するのやめてもらっていいですか?何があったんです?」


 義人は叶の顔を見つめると、息を飲み一回小さく頷いた。


「いいか?俺が写真を撮った時は全員俯いてたか、後ろを向いていたんだ」


 言い聞かせるかのように義人が説明するが、それは叶にではなく、まるで自分に言い聞かせているようにも思えた。


「なのに今見たらこいつはこっちを見てやがる」


 そう言って義人が指さす箇所を見ると、確かに全員が俯くか後ろを向いている中、紗奈だけが横顔でカメラ目線でまるで睨む様にこちらを見ていた。

 全員の注目が写真の中の紗奈に注がれる中、朱里が更に割って入る。


「この写真、私が初めて見た時はこの子もっと奥を向いていて、目線だけがこっち向いてるような写真だったのよ。そして今は見ての通り横顔になってる。分かる?この子写真の中でちょっとずつこっちに振り向いてるのよ……」


 朱里がそう言うと、世界から音が消えたのではないかと思う程の完全な静寂が訪れた。

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