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廃病院⑧

 それは薄暗い手術室で三人の医師のような者達が台を囲んで立っていた。

 台の上には上半身裸で下着姿の男性が一人寝かされており、うわ言のように「やめてくれ」「助けてくれ」と繰り返している。


 よく見ると男性の表情は恐怖に(おのの)いており、体は拘束されているようだった。局部麻酔をかけられているのか、意識はあるようだったが首から下はピクリとも動かせない様子だ。


 だが男性を囲んでいた医師達は、男性の言葉に耳を傾ける様子などなく、男性の体にメスを入れていく。

 医師達は手にしていたメスで淡々と男性の体を刻んでは体内に何かを埋め込んでいるようだった。


 ひ、酷い。止めて、もう見たくない――。


 叶は声を出して叫びたかったが、声を上げる事は出来ず、非人道的な場面は続いていく。


 男性はその間も「やめてくれ」とうわ言のように繰り返していたが医師達は気にする様子もなく、まるで流れ作業のように粛々と手を進めていく。やがて男性の声も聞こえなくなっていた。


「よし、今回はどうだ?」


 男性を囲んでいた医師の一人がそう言って台の上で大人しくなった男性の様子を確認する。

 男性は恐らく生きてはいる様子だったが、その表情からはまったく生気を感じられず、冷たく無表情のまま上にある照明一点だけをじっと見つめ、ただ台の上で仰向けになり寝ているだけだった。


――

「……さん……鬼龍さん!」


 自身を呼ぶ声に叶がはっとすると、奏音が心配そうに覗き込みながら腕を掴んで叶の名前を呼んでいた。

 今まで見ていた物は幻で、今現実に戻ってきたと理解は出来たが、それと同時に脱力感と疲労感に襲われる。


 叶は片手で髪をかきあげるようにして頭を抱えると、ふらふらと後退りし、その場にへたりこんでしまった。

 呼吸は荒れ、胸の鼓動は早鐘を打つ様に早まっており、全身からはじっとりと嫌な汗が噴き出しているような感じがした。


「ちょっと大丈夫?どうしたの?顔色悪いわよ」


 奏音はしゃがみ込むと、血色の無くなった叶の顔を、眉をひそめ心配そうに覗き込んでいた。

 叶は荒れた呼吸をなんとか整え、儚い笑みを浮かべて声を絞り出す。


「はは、一応大丈夫ですよ……私、どうなってました?」


「どうって……部屋に入った瞬間に貴女は急に立ち止まって、台の方見つめたままどんどん呼吸が荒れてきたから私達も心配になってずっと呼びかけてたのに、貴女全然聞こえてないみたいだったよ。私達の方がどうなってたのか聞きたいんだけど?」


「……そうなんですね。ちょっとだけ待って下さい……」


 そう言って叶は再び顔を隠すように頭を抱える。


 多分私が見たのは当時の様子。ろくな事が行われてなかったのは確かみたいだけど……。


 叶が思い返しながら考え込んでいると、男性がメスを入れられていた場面が鮮明に蘇り、思わず胃の内容物が込み上げてくる。


「うっ……」


 咄嗟に口に手を当ててなんとか醜態を晒す事は耐えたが、気分はかなり最悪な程に落ち込んでいた。


 叶が項垂れるように座り込んでいた時、後ろにいた興梠が自信に満ちた笑みを浮かべてしゃしゃり出て来る。


「悪霊にやられたようだな。下がっておれ、あとは儂がなんとかしよう」


 そう言って興梠はまたもやぶつぶつと何かを呟き始めた。静かだった部屋に興梠の声だけが響き、自然と緊迫感が増していく。


「きえぇぇぇぇぇぇい!!」


 病院一帯に響き渡るのではないかと思う程の声量で興梠が奇声を発すると再び静寂が訪れた。


「よし、これで大丈夫、だ」


 静まり返った部屋に興梠の声だけがこだましていた。

 叶は項垂れたまま、うんざりした様子でそれを聞いて顔をしかめる。


 うるさいって、まじで――。


 眉根を寄せて、人知れずため息を漏らしていた叶だったが膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。少し休めたおかげか、幾分か気分は良くなっており周りを見渡す。だがまだ全員の顔からは困惑の色が伺えた。


「すいません、皆さんとりあえずこの部屋から出ましょうか」


 叶が呼び掛けると皆「仕方ないか」と口々にしながらそれに従うような素振りをみせていた。


 そんな中、興梠だけがふらふらと手術台の方へと近付いて行く。

 初めは誰もそれ程気にとめてはいなかった。

 だが、興梠が台に手を着くと「では横になるか」と言って台に寝そべり始めのだ。


 近くにいた義人や朱里は、興梠が何を言っているのかわからない、といった様子で見つめていたが、興梠は台で仰向けに寝転がり、無表情のまま上にある照明をただじっと見つめて横たわっていた。興梠の奇行を目の当たりにし義人達は次第に言葉を失っていく。

 義人達の戸惑いはすぐに全員に伝播し、やがて全員の視線が台で横になる興梠に集まる頃には部屋全体が異様な雰囲気に支配されていた。

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