後編
「あのー、出してくださーい」
蔓を幾重にも重ねたお手製っぽい檻に閉じ込められた。
引き千切ろうとしてみたけれど、手を痛めるだけだった。
向こう側にいる山賊の集団は、ゴブリンの臨時収入とあたしを拿捕したことにより大はしゃぎ。
宴会に興じていた。
焼ける肉の匂い。良い匂い。
飲んでるのは……お酒っぽい、じゃあ飲めないや。
お腹が減ったし、喉が乾いた。
「あのー、せめてお肉をくださーい、出来れば水もくださーい」
可能なら出してくださーい。
あたしの心からの叫び……いやまあ、聞き入れてくれるとは思ってないから半ば適当だけど……嘆願は野蛮な笑い声にかき消された。
……はあ、なんでこんな目に。
嘆息しながら檻にもたれると、蔓がチクチクして痛かった。
麻の服もゴワゴワしていて着心地は最悪。
違う世界に行っても運が悪いとか、あたしなんかした?
前世は大悪党だったとか?
なんてあてのない妄想に思いを馳せていると、木のジョッキを持った山賊がフラフラと寄ってきた。
「へへへ……」
いやらしい笑みを浮かべて近くまで。
何が起こるのか身構えていると、男は両手を腰のあたりに添えて。
……ズボンを下ろした。
「ぎゃあああああああああっ!?」
「うーい」
「うーいじゃないわよっ!? ここはトイレじゃないって!!」
なんかブラブラしてる!
「あっち行ってよ!? ほんとやめて!!」
「……なんかうるせえトイレだなあ~……」
文句をぶつくさ言いながら、千鳥足で離れていった。
た、助かった……。
こんな檻の中で汚されたが最後、洗い流すことも出来ない。
危機は去った、と安堵していると違う山賊が檻を力いっぱい蹴ってきた。
「うるせえぞ」
凄んだ声。
その声であたしは、情けなくも怯えてしまった。
生まれてきて今まで、男の人に凄まれたことはないのだ。正直超怖い。
あたしが黙ったまま男の目を見つめていると、つまらなさそうに鼻を鳴らして宴の席へと戻って行った。
これは……肉の要求が出来そうな空気じゃなさそう。
ゴクリと生唾を嚥下する。まだ心臓がバクバクしてる。
「あいつどうすんだ?」
と、山賊の一人があたしを指差して言った。
どうする? どうするとは? 解放以外の選択ありますか?
「明日街付近まで行って奴隷商に売っぱらう。ついでにゴブリンの討伐報酬も頂いて行く」
え? 奴隷商って言いました?
つまり、あたし奴隷になるの? 嫌なんですけど。
「売るなら、その前に味見しても良いよな?」
「………………!?」
なんて言いましたあの人? 味見?
食べるの? 美味しくないよ?
なんて現実逃避してみても、本当の意味は分かっている。
しかしあたしは何の力もない囚われの身、力付くで来られたらひとたまりもないだろう。
「…………おい、お前処女か?」
一瞬、何の話をしてるのかわからなかった。
数秒経って、ようやく意味を理解した。
首が取れるほど激しく何度も頷く。
「じゃあ味見は諦めろ。新品の方が高く売れんだ」
自分を大事にしてたあたしグッジョブ!!
いや、難は去ってはいないのだけれど、当面の悲劇は免れた。
「しかしなんだって、あの女こんなところにいたんだろうな」
こんなところって、ここ何処?
いきなり飛ばされて右も左もわかりません。
「さあな、見た目は悪くねえが服装はみすぼらしいから……食い扶持減らすために追い出されたとかじゃねえか?」
服装はあたしじゃなくてあのお爺さんたちに言ってください。
あたしが選べるなら初期アバターは選ばなかった。
「まあ、誰だろうと関係ねえ。俺たちからすれば、金が転がってきたってだけさ」
人のこと金でしか見れないのってどうかと思うなあ。
しかし……なんとかしないと。
だけどあたしは生まれ持っての不運体質。
そのあたしに状況が好転するようなイベントなんて、起きるわけが……。
「やっと見つけたぞコラァ!」
と、少し離れた所で声がした。
聞き慣れない声。いや、全員そうだけど。
声の主を見てみる。
赤い髪、黒い瞳。
体は大柄で、がっしりしてる。
目を引くのは、背中から背負った巨大な大剣。
「探し続けて三日……いや、五日。住処をあちこち転々としやがって……!」
赤髪の男性は怒り心頭らしく、ワナワナと震えている。
当たり前だけど、あたしは知らない人。
「くっ……しつけえなあ!」
山賊たちは踵を返して逃亡を図る。
しかし先程まで飲んでいた所為もあって、足取りは覚束ない。
背負っていた巨大な大剣を両手でしっかりと持った赤髪の人は、逃げる山賊たちを次々と一刀両断していく。
飛び散る血飛沫。
ゴブリンとは違う、人間の血。こみ上げる吐き気。
直視できない、目を閉じて耳を塞いだ。
そうしていれば、胸の気持ち悪さは多少和らいだ。
どれくらい経っただろう? 静かになった気がする。
「…………おい」
誰か喋ってる? まだ誰か生きてる?
「おい!」
檻が蹴られる、体がビクッと跳ねた。
続け様に見せつけられる命のやり取りに、あたしの心はすっかり萎縮しているらしい。
目を開くと、赤髪の男性がいた。
傷一つないみたいで、ピンピンしていた。
「お前、何してんだ?」
「何って……捕まってるんですけど」
そんなの見たらわかるじゃん、バカなの?
「そんなの見たらわかる、バカなのかお前」
「………………」
自分が思ったことと同じことを思われ、なんとも言えない気分に。
「あいつらは懸賞金を懸けられた山賊でな、もう何日も追ってた。色んな野営地を見てきたが、お前の痕跡は無かった。つまりこの辺で捕まったんだろ?」
おっしゃるとおりです。
「で、お前はなんでそんなみすぼらしい格好でこんな森深くまでいたんだ?」
今日で何度目だろう、みすぼらしい格好って言われるの。
自分で選んだ服じゃないとはいえ、こう何度も言われると流石に傷つく。
「……何も言わないなら、このまま置いていってもいいんだが?」
それは困る!
「あ………………」
……なんて言おう?
死んだら、白装束のお爺さんに囲まれててこの世界に送られました。
だから何処かわかりません。
信じるだろうか? 絶対信じない。
言ってるあたしが嘘くさいと思うくらいだ。
……そうだっ!
「今まで村で暮らしてたんですけど……食い扶持を減らすためにあたしを……それで、ウロウロしている間にいつの間にかこんなところに……」
山賊が言ってた内容をそのまま丸パクリ。
昔の時代かよって思ってたけど、この世界だと往々にして存在するのだろう。
「……そうだったのか」
信じた!?
男の人は蔓をナイフで切ってくれて、解放してくれた。
こんにちは自由! さようなら牢獄!
「ありがとうございました! じゃっ!!」
そしてさようなら赤髪の人!
「まあ待て」
襟を掴まれた。
何故? まだあたしに用があるの?
「村まで送っていってやろう、何処の村だ?」
「え」
何処の村?
知らない。架空の村だし。
「お前みたいな若い女を放り出す極悪非道な村なんだろう?」
「ええ、まあ……」
「本来口減らしは男か老人が相場だ、女は嫁いで人脈を広げる必要があるからな」
知らない、そんな常識……。
「若い女を捨てたと、ちょっと脅せば……少しくらい稼げそうだよな」
悪そうな笑みを浮かべた。
……おやおや? この人も山賊に負けず劣らず悪人なのでは?
「で、何処だよ?」
「………………」
困った。
歩いてる最中に適当な村があったら、そこです、って言おうと思ってたんだけど。
強請が目的なら言い出せなくなった。
……見知らぬ村に迷惑はかけられない。
こうなったら正直に言うしかない。
信じるか信じないかはともかくとして!
「実は……」
というわけで、かくかくしかじか。
………………。
…………。
……。
「……なるほどな」
「あれ? 信じた?」
「んなわけねえだろ」
ですよね。
あたしも元の世界で違う世界から来たんです、って言われても信用しないと思うし。
「強請れる村は無いってことか……」
そこだけは信じたようだ。
無性にがっかりしていた。
「じゃあお前に用はねえ、じゃーな」
いとも簡単に踵を返し、立ち去っていった。
「……いや、いいんだけど」
悪党っぽいし。悪そうな顔してたし。
でも、こんな所に女の子一人置いていくってどうかしてると思うんですけど?
一緒に行動したくはないけど、悪そうだし。
…………まあいいか。
山賊の死体だらけの場所にいつまでもいたくないし、移動しよう。
「あ」
少し焦げてるけど、肉串を発見!
串をつまみ、口に運ぶ。
お腹減ってるからかなんでも美味しく感じられる。
そんなことをして時間を無駄にしたバチが当たったんだろう。
後ろから、獣の唸り声。
「………………」
ギギギ……なんて音が聞こえそうなくらい、軋んだ歯車のように振り返る。
そこには。
シカ……のような生き物がいた。
でも公園で見たのより角が歪に尖ってて、より攻撃的な形をしていた。
あれ、シカって臆病じゃなかったっけ?
でもすごく獰猛そうで。
とりあえず。
「きゃああああああああああああっ!!」
走って逃げることしか出来ない。
え、でも人間の脚力で逃げ切れるもんなの!?
「……おいおい、不幸体質ってマジ話だったのか」
走る先には、さっきの赤髪の男の人。
悪党だけど、強い悪党の人!
「た、助けてえええっ!!」
「よーし、そのまま走れー。食い殺されるなよー」
お、鬼っ!?
息を切らせながら走り続ける。
あの生き物は、真後ろにいる、絶対いる!
だって、耳元から声が聞こえるくらい近くにいるっぽい!!
「ひいーっ!!」
ようやく赤髪の人へと辿り着く。
「ご到着ー」
呑気な事を言いながら踏み込んできた。
流れるように大剣を振り下ろす。
たった。
たったそれだけで、気配が消えた。
「お前……実は金の成る木なのか……?」
「はあ……え……?」
「こいつは普段、人の気配に敏感で姿を現さねえ。それどころか人を襲うのなんて初めて見たぜ」
地面に座り込み、息を整えていると傍らに立って見下ろしてくる。
手を差し伸べて立ち上がらせてくれるでもなく、ただ見てるだけ。
顎に手をやり、考えているようだ。
「……よし、決めた。お前俺についてこい。どうせ行くとこねえんだろ?」
「………………え?」
行く所はないけれど。
この人について行くと、ろくな事にならない気がする。
是が非でも拒否したいけど。
「別に断ってもいいんだぜ? ただし次は助けねえけどな」
「………………」
これだもの。
拒否すれば生きていられないかもしれない。離れた途端襲われたわけだし。
なら……今のあたしには、選択の余地はなかった。
「決まりだ」
ニヤリと笑う。
その顔が悪党そのものにしか見えないんだよなあ。
「じゃあよろしくな、俺のエ…………えーと、ヒナ!」
「エって何?」
「細けえこと気にすんなよ」
「エサって言おうとした? ねえ?」
背中を向けて歩き出したのを、慌てて立ち上がって追いかける。
「うるせえなあ」
そう言いながら笑うその横顔は。
とっても。
とっても――――張り倒したくなるくらい憎たらしかった。
読んでくださってありがとうございました!
これからも不幸少女は頑張って生きてまいります。
もしよろしければ評価をしていただけたなら幸運になるかもしれません!