破壊の王様(仮)
本文
1
三百年前に突如として天から降ってきた無数の結晶は世界を一変させた。
結晶はそれぞれが異なる性質を持ち、時に火となり、水となり、電気となり、鉄となり、家となり、町となり、やがて国となった。
それが持つ数十万以上もの性質を見た人々は、夜空に瞬く無数の星々になぞらえてこう呼んだ。
——”星の結晶”、と。
===
ネクスタス大陸の半分を占める大国、大結晶帝国。
その最東端にある小さな町、オーグイ。
年中雪が降り注ぎ、枯れた山と森に囲まれた町の中央には巨大な結晶がそびえ、町の人々はこれを縄で巻き神聖なものとして毎日欠かさず崇めていた。
オーグイのはずれにあるニンジン孤児院でリューは育った。
生まれた時から両親はおらず、孤児院の院長に拾われた彼女は今年で十二歳になっていた。
ある日の午前中、ニンジン孤児院と隣接した教会にて葬式が執り行われていた。
聖堂には孤児院の職員と子供たちのほか、町の人々を合わせて五十人ほどがいた。リューもその一人だった。
本来は窓から差し込むはずの陽光は天を覆う雪雲に遮られ、代わりに教会を照らしているのは、壁際に等間隔に設置された白く発光する結晶——”光灯星”と呼ばれる——だった。
集まった人々は内陣の祭壇に立つ男と祭壇に横たわる”それ”を見つめていた。
”それ”は少年の形をした結晶であり、まるで眠っているかのように安らかな表情をしていた。
祭壇の前に立つ、典礼用の白を基調とした礼服に身を包み、顔の下半分を覆う白銀のフェイスマスクをした男は目を瞑り手を組み、祈りを捧げていた。
その様子を見守る大人たちのひそひそとした話し声が響く。
「かわいそうに。病弱だったらしい」
「飢えと寒さに耐えられなかったんだろう」
「”星化病”に罹ってしまうとは……なんとも不運なことだ」
「だが、彼の魂はマルボル様が救ってくださる」
それらを席の端で聞いていたリューは、ぎり、と歯を食いしばった。
その時、内陣で詠唱を終えた男——マルボルが祭壇に置かれた青い金属製の小槌を手に取った。
彼は小槌を頭上に掲げると、
「——主よ、どうかこの者に安らかな眠りをお与えください」
という言葉とともに振り下ろし、結晶と化した少年の胸を叩いた。まるで鉄同士をぶつけた時のような甲高い音が響き渡った。
直後、パキパキ、と音を立てながら叩かれた箇所を中心に少年の身体はひび割れていき、やがて弾けるようにして粉々に砕けた。
それを見た瞬間、リューの拳が、ぎゅっ、と握られる。
飛散した結晶の破片が周囲に散らばり、祭壇には小さな球体の青い結晶だけが残っていた。
マルボルはそれを懐から取り出した布で丁寧な仕草で包み込むと黒い紐で縛り、懐にしまい込んだ。
一連の動作を終えた彼は参列者の方を向くと穏やかな表情で口を開いた。
「”結晶葬”は以上となります。彼の魂は私が責任を持って大聖堂の地下で大切に保管いたしますのでご安心を」
そう言ってマルボルは深く一礼した。
その時、誰かがぼそりと言った。
「あの子も”再生士”様に弔ってもらえて幸せだろう」
それを聞いたリューは、バッ! と勢いよく席を立った。
周囲の視線が一気に集まる。
リューは教会に響き渡る声で言った。
「何が幸せだよ」
そう言ってリューは教会の出口に向かう。
「リュー!」
シスターの声が聞こえてくるが、リューは無視した。
参列している人々が冷たい目線を向けてくる。
女たちの話し声が聞こえる。
「あの子って、ほら”破壊士”の……」
「やっぱり野蛮な血は親譲りなのね」
リューがぎろ、と睨み付けると女たちは焦ったように目を背けた。
リューは「チッ」と舌打ちし、教会の外に出た。
教会と隣接したオレンジ孤児院の庭にある屋根付きの木製のベンチで、リューは足元に積もった雪を蹴った。
「……クソッ」
その時、ぐー、と腹が鳴った。
「お腹、空いたな……」
リューは空を見上げる。
空はいつもと変わらずどんよりとした灰色の雲に覆われ、まばらに雪が舞っている。
「——やっぱりここにいたか」
ザッ、と雪を踏む音とともに男が立っていた。
その顔を見た途端、それまで曇っていたリューの表情が僅かに緩んだ。
「ノーザン」
浅黒い肌に眠たげな瞳と筋の通った高い鼻、厚めの唇とシャープな顎といった容貌。
黒い礼服の上に革の防寒着を着込み、編み込んだ黒髪を頭の後ろで束ね、シルバーのイヤーカフを身につけている。
彼の名はノーザン。
リューが生活するオレンジ孤児院出身であり、現在は町の大工として働く二十五歳の青年である。
ノーザンはリューの横に腰掛けると、ポケットから一本の煙草と赤い結晶を取り出し、赤い結晶に親指の爪で傷をつけた。
すると結晶に付いた傷から小さな火が吹き出し、煙草に火が灯る。
ノーザンが手を振ると結晶に付いた火は消え、彼は結晶をポケットにしまった。
彼は実に美味しそうな表情で煙草を吸うと、ふーっ、と煙を吐き、空を見ながら言った。
「どうして最後式を抜けたんだ?」
リューは唇を尖らせて顔を背けた。
「好き勝手言うヤツらにムカついたんだ」
リューは足元に目線を落とす。
「ムーリは”星化病”になっても最期まで生きようと懸命に頑張ってた。優しい子だった」
ノーザンは「ああ」と頷いた。
それに、とリューは拳を固く握った。
「あいつら、パパとママのことを馬鹿にした。何も知らないクセに」
するとノーザンは口の端に笑みを浮かべ、リューの方を見た。
「お前の言う通りだ。カルーとミリアさんは町を襲った怪物から町を守って死んだんだ。二人は立派な”破壊士”だった。俺も小さい頃は随分と世話になった。外野の言葉なんて気にするな」
「うん……ありがとう。でもさ、どうして”破壊士”ってだけでそんなに嫌われるのさ? ”再生士”はあんなに慕われてるのに」
リューの目線の先、孤児院の柵越しに見える教会の玄関では、白銀のフェイスマスクをした男、マルボルが子供たちに囲まれていた。
ノーザンはゆっくりと煙を吐いてから答えた。
「再生士と破壊士は相反する存在だからな。再生士は結晶を守り、破壊士は結晶を壊す。”星の結晶”から生まれる怪物”星の魔物”を倒すのは破壊士の役目だった。だが、再生士たちによって整備された場所には”星の魔物”は現れなくなり、破壊士は必要とされなくなった。今じゃ結晶を壊す野蛮な連中、ってのが世間の認識だ」
それを聞いたリューは唇を尖らせた。
「そんなの……みんな身勝手だ」
「ああ。違いねェ」
その時、孤児院の前を一台の”車”が通り過ぎ、教会の前に止まった。
胴体を黒褐色の結晶を削って作られ、後部に付いた黄色い結晶を動力としたそれは”星動車”と呼ばれ、爵位を持つ者の一般的な移動手段として知られている。
教会の前に止まった”星動車”に乗り込んだマルボルは、車が発進した後も窓から顔を出して子供たちに手を振っていた。
律儀なヤツ、とリューは呟いた。
「リュー。お前、今年でいくつになった?」
不意にノーザンが問うてくる。
「十二。もう子供じゃないよ」
「子供だろ。つっても、あと三年したらお前も孤児院を卒業か。卒業したらどうするんだ? 将来の夢とかねェのか?」
問われ、リューは灰色の空を見上げた。
生まれた時から空は分厚い雲で覆われており、リューは雲の向こう側がどうなっているか見たことがなかった。
リューは真っ直ぐな瞳で言った。
「わたし、”王様”になる。誰もが毎日お腹いっぱいになるまでご飯を食べられる世界を作るんだ」
それを聞いたノーザンはしばし驚いた表情を浮かべていたが、やがて吹き出すようにして笑った。
「ふはははっ! リューらしいな!」
ノーザンはひとしきり笑った後、からかうような表情で言った。
「誰もが毎日お腹いっぱいって、そりゃお前が食いしん坊なだけだろ。昔っから食い意地だけは頭抜けてたもんな」
「そ、そんなことないって! やめろよ!」
顔を赤くするリューを見てノーザンはくつくつと笑っていた。
彼はふと真面目な顔になると、言った。
「リュー」
——自分が欲しい物のために、何かを捨てる覚悟はあるか。
リューが何かを言う前に、ノーザンは煙草を消して立ち上がった。
「そんじゃ、オレはもう行くぜ」
「うん……また遊びにきてね」
リューの言葉に片手を上げて応え、ノーザンは去っていった。
翌日、早朝。
極寒の中、リューが洗濯当番として孤児院の裏手で洗濯をしていた。
蛇口には橙色の結晶が取り付けられているが、これは”温熱星”と呼ばれる熱を発生させる結晶であり、蛇口に付けると水をお湯に変換してくれるため、年中寒波に襲われているこの地域の水作業には必須のものである。
あともう少しで洗濯が終わるという時、シスターが慌てた様子で呼びに来た。
「リュー!」
「どうしたのシスター。そんなに慌てて」
シスターは顔を真っ青にし、手に持った新聞をリューに渡してきた。
「こ、これを見て! 大変よ!」
リューは濡れた手を服で拭って新聞を受け取る。
ややあって、新聞の記事を読んだリューは唐突に叫んだ。
「嘘だッ!!」
新聞の一面を飾る見出しには大きな文字でこう書かれていた。
『昨夜未明、結晶工場が襲撃され、大量の”爆弾星”が盗まれる。首謀者はニンジン孤児院出身の大工か』
その文字の隣に掲載されているのは、監視カメラの映像の切り抜きと思しき画像であり、複数人の男たちが工場に襲撃している様子が収められていた。
男たちの一人、先頭に立つ男の顔にリューは見覚えがあった。
「こんな記事、嘘に決まってる! ——ノーザンがそんなことするはずがない!」
リューは震える声で言うと、シスターは明らかに狼狽した様子で顔を伏せた。
「ええ。あのノーザンに限ってそんなこと……でも、その写真に写っているのは間違いなく……」
「……ッ!」
リューは新聞を強く握りしめると、その場から走りだした。
「リュー!」
シスターの制止の声を振り切り、リューは孤児院を飛び出した。
それからリューは走り続け、気がつけば町の中心部にあるメインストリートにまで来ていた。
メインストリートは通勤をする大人たちで溢れかえっており、道の一角には人だかりができていた。
「号外! 号外——ッ!」
新聞屋らしき人物が新聞を配っており、人々は次々とそれを受け取っていた。
「結晶工場でテロだってよ。物騒だな。首謀者は孤児院出身だとか」
「自分たちがどれだけ結晶に生かされているか理解していないなんて。馬鹿で罰当たりな連中だ」
そんな会話が聞こえてきて、リューは思わず会話の主をキッと睨んだ。
すると二人の男と目が合い、彼らは目を細めた。
「なんだガキ、文句あるのか」
「……ノーザンは馬鹿なんかじゃない!」
リューは足元の雪を拾って固めると、男の一人に向けて投げた。
雪玉は男の顔面に直撃し、男はよろめいた。
「ぶはっ! てめえ、よくもやったな!」
追ってくる男たちから逃げるようにして、リューは全力で走った。
やがて男たちが諦めた様子で足を止めた後、リューは荒い息を吐きながら横道から路地裏に入った。
「ハァハァ……クソッ……!」
リューは壁に身を持たれながら座り込むと、突然激しく咳き込んだ。
「ゲホゲホッ! ……え!?」
リューは口元を抑えた右手の手のひらを見て目を見開いた。
手のひらの皮膚がまばらに結晶化していたのだ。
「そんな……嘘だろ……」
脳裏に浮かぶのは、全身が結晶化して祭壇に眠る少年の姿。
突然、リューは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。
身体を動かそうとするが、指先一つ動かなかった。
「なんだよ……そんな……わたしも死ぬのか……」
リューは涙を流した。
雪が舞い落ちる空を眺めながら、リューは呟いた。
「死ぬ前に一度くらい……お腹いっぱいになるまでご飯を食べたかったな……」
ほどなくして、リューは意識を失った。
意識を取り戻した時、リューはまだ路地裏にいた。
辺りは暗くなっており、表通りから漏れる街灯の光が僅かに路地裏に差し込んでいる。
「生きてる……」
リューは冷え切った身体を起こし、自分の身体を見下ろした途端、喉奥から小さな悲鳴をあげた。
なぜなら——右手が結晶化していたからだ。
「な、なんだこれ……!」
慌てて防寒着を脱ぐと、アンダーウェアから伸びる右腕が指先から肩まで透き通る結晶と化していた。
動かそうとすると問題なく動く。だが、明らかに普通ではなかった。
その時、リューの腹から大きな音が鳴った。
「お腹減ったな……」
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
リューがメインストリートに目を向けると、数台の”星動車”が走り去るのが見えた。
「ノーザン……!」
リューは急いで服を整えると、町の北西へと走りだした。
2
リューは町の北西、貧困層が住むスラム街の一角にある古びたバーにやってきた。
ここは前に一度ノーザンが仲間を紹介すると言ってリューを連れてきてくれた場所だった。
玄関に『CLOSED』と掛札がかけられていたが構わず押し入る。
ドアベルの心地よい音色が鳴り、カウンターの奥にいたバーテンダーが驚いた表情でこちらを見ていた。
「リューじゃないか。どうしてここに——」
リューは何も答えず、暖色の”光灯星”が照らす店内をずんずんと進むと、バーデンターの制止を振り切って右奥の扉を開けた。
すると煙が立ち込める狭いバックヤードには泥だらけの作業着を着た十数人の男たちがおり、部屋の中心のテーブルに広げた地図を囲んでいた。
「あと二時間で町全体が消灯する。そうしたら全員で”大結晶広場”に行く。——ん?」
男の一人、編み込んだ黒髪を頭の後ろで束ねた男、ノーザンがリューに気づいて驚いた表情になる。
「リュー。お前、どうしてここに……」
リューはずかずかと部屋に入ると、ポケットからしわくちゃの新聞をテーブルに叩きつけた。
「ノーザン、これはどういうこと!? ノーザンがやったの!?」
リューが強い剣幕で問い詰めると、ノーザンは観念した様子で息を吐き、「ああ」とうなずいた。
リューは顔を歪め、「なんでそんなことを……」と呟いた。
「お前には関係ないことだ」
ノーザンが冷たい声音で言うと、リューはショックを受けた様子で目を見開いた。
その時、ノーザンがリューの右手を見て息を飲んだ。
「お前、その腕……!」
ノーザンはリューの右腕を掴んで確認するそぶりを見せると、思い切り机に拳を叩きつけた。
大きな音が鳴り、部屋に沈黙が流れる。
「……出て行け」
ノーザンが低い声で言った。
リューは唇を震わした。
「嫌だ。ノーザンが困ってるならわたしも手伝う」
「ダメだ。今すぐ孤児院に帰れ。”星化病”のヤツを連れていけるか」
「だ、大丈夫だよ。さ、さっきからこれ以上広がってないんだ」
「三度も言わせるな。帰れ」
「ど、どうして! わたしだって戦えるもん!」
「お前はまだガキだ。いいから帰れ。……ここを教えたのが間違いだった」
「ッ!」
リューの目から涙が溢れ、部屋を飛び出した。
バーを出て、唇を噛み締める。
「ノーザンのバカ……!」
少しして、リューはハッとした様子で顔をあげた。
脳裏に浮かぶのは、ノーザンの言葉。
『あと二時間で町全体が消灯する。そうしたら全員で”大結晶広場”に行く』
リューは涙を拭い、町の中心部に向かった。
オーグイ町の中心には、夜でも燦然と輝く巨大な青白い結晶が屹立している。
それを中心とした場所は”大結晶広場”と呼ばれ、結晶を囲むようにして十本もの太い柱がそびえている。
昼間は町の人々の憩いの場となっているそこには大勢の黒いフェイスマスクをした兵士が警戒態勢を敷いていた。
兵士たちは皆、結晶で作られた銃を携えている。
大雪の中、リューは柱の陰から広場の様子を眺めていた。
「こんな時間にこんな数の兵士が集まってるなんて……どういうことだ?」
見れば、広場の中央、大結晶の前に見覚えのある人物がいた。
白装束に白いフェイスマスクの男——マルボルだ。
「どうして再生士が……?」
リューが疑問を抱く最中、マルボルの話し声が聞こえてきた。
「今夜必ず反逆者たちはここを襲撃しにくるだろう。奴らが真実に感づいていれば、の話だがな」
リューは眉をひそめた。
「真実……?」
「——それにしても、この町の連中は馬鹿ばかりだな。町を守っているはずの結晶が、実は町の資源を枯らしていることに気づかないなんてな」
「……えっ!」
リューは慌てて口をふさぐが、時すでに遅し。
「誰だ!」とマルボルが叫び、リューは観念した様子でゆっくりと柱から姿を現した。
兵士たちが一斉に銃を向けてくるが、マルボルが片手を挙げて制した。
マルボルはリューの姿を認めると怪訝な表情をした。
「なんだ、子供か。こんな夜に何をしている。……ん?」
マルボルは何かに気づいた様にリューの右手を見て、ニヤリと嘲笑を浮かべた。
「星化病か。フン……哀れな」
リューは拳を握りしめ、言った。
「結晶が町の資源を枯らしているって、どういうことだ!?」
「聞いていたのか。どういうことも何も、言葉通りさ。あらゆる資源の代用となる”星の結晶”は、実のところ他のエネルギーを吸い取って成長する物質なのさ」
「他のエネルギーを……? それじゃあ、町の周りにある山や川が枯れたのって……」
マルボルの目が細められる。
「ああ。後ろの大結晶が大地のエネルギーを吸い取っているからだ」
「ど、どうしてそんなものを守ってるんだ!?」
「どうしてって、金になるからに決まっているだろう。万の性質を持つ星の結晶は当然金になる。それを守り、増やすことが我々再生士の使命なのだよ」
リューはギリ、と奥歯を噛み締める。
「町の人たちは貧困に苦しんでるっていうのに……どうしてそんなことができるんだ!?」
するとマルボルは目を丸くし、心底不思議そうな表情で首を傾げた。
「平民が死のうがどうでもいいからに決まっているだろう。それに、何もせずともこの町の奴らはそのうち死ぬ運命なのだ。餓死しようが大差ないじゃないか」
「何を……!?」
リューは沸騰寸前だったが、マルボルの言葉に眉をひそめる。
マルボルは両手を広げながら、まるで演説するような口ぶりで言った。
「この雪は単なる雪ではない。結晶工場から排出された廃棄ガスに含まれた微小な結晶が大気を覆い、それが雪と混ざり合って降っているのだ。それを吸い込んだ人間は結晶によって蝕まれ、やがて死に至る」
リューは呆気にとられた様子で口を開けた。
「そ、んな……。じゃあ”星化病”は……。ムーリが死んだのも結晶のせいだっていうのか……?」
「ムーリ? あぁ、死んだ孤児院のガキか。あの子供は痩せていたからな、大した金額にはならなかった」
それを聞いて、リューは"結晶葬"の際にムーリの身体から出てきた結晶の塊を思い出した。
あの時、マルボルは大聖堂の地下で大切に保管すると言っていた。
だが、真実は——。
次の瞬間、リューはマルボルに向かって飛びかかっていた。
「うわあああぁぁぁっ!」
マルボルに殴りかかるが軽くかわされ、腹に膝蹴りを入れられて崩れ落ちる。
「ごほっ! ちくしょう……何が再生士だ……!」
血が滲んだ咳を吐きながら悪態をつくリューに対し、マルボルは近くにいた兵士に合図した。
「殺せ」
兵士が銃を構え、銃声が鳴る。
直後、兵士はその場に倒れた。
広場に現れたのは、大きな袋を背負った十数人の男たち。
彼らの先頭に立つ、編み込んだ黒髪を頭の後ろで束ねた男がリューの身体を支えながら言った。
「——怪我はねェか、リュー」
その顔を見たリューは反射的に男の服を強く握りしめた。
「ノーザン! あいつら……! あいつらのせいでムーリはッ!」
涙を流しながら叫ぶリュー。
ノーザンは「ああ」と小さく頷き、鋭い目つきでマルボルを睨んだ。
マルボルは余裕げな笑みを崩さずに言った。
「お前たちが工場を襲った愚か者どもか。一体なんのつもりだ」
ノーザンが静かに、だが怒りの籠った口調で言った。
「とぼけるな。お前たち再生士がしたことが一体どれだけの人間を苦しめているのか分かってるのか。結晶が大地を枯らしたせいで、毎日生きるのでさえやっとなんだぞ」
それを聞いたマルボルは「フン」と鼻で笑う。
「町の連中は泣いて我々に感謝しているぞ? 結晶のお陰でなんとか暮らせていますとな」
その瞬間、ノーザンが激昂した。
「黙れ外道! 俺たちは貴様ら再生士の企みごと大結晶を壊し、町を救うためにここにきた!」
ノーザンの言葉にリューはハッとした表情になった。
マルボルがまるで三日月のように、ニィ、と目を細める。
「何も知らなければ死なずに済んだものを。破壊士にでもなったつもりか?」
「いいや、俺たちはただこの町を愛しているだけだ。カルーとミリアさんが守ってくれたこの町を汚すお前たちを俺たちは許さねェ」
「くだらない理由だ。それで? 碌な兵力も武器も持たない貴様らに何ができる?」
マルボルが手を挙げると、周囲の兵士たちが一斉に銃をノーザンたちに向けた。
その時、ノーザンがニヤリと笑う。
「忘れたのか? 俺たちが工場で何を盗んだのか」
ノーザンの仲間たちがそれぞれ背負っていた袋を、どさり、と地面に置いた。
その弾みで袋の一つから黒い結晶が落ちる。
途端、マルボルの表情が一変した。
「貴様ら、その袋の中身はまさか——」
ノーザンの口元に笑みが浮かぶ。
「”爆弾星”だ。こいつで大結晶をぶっ壊し、この町から結晶を跡形もなく消す!!」
「貴様ァ!!」
マルボルは額に青筋を立て、兵士たちに発砲の合図をしようとした。
ノーザンが言った。
「撃ってみろよ。その瞬間、ここにいる連中は全員爆発に巻き込まれて死ぬぜ」
マルボルが明らかに狼狽した様子を見せ、兵士たちに怒鳴った。
「き、貴様、死ぬ気か! お前らっ、絶対に撃つなよ!?」
ドン、と拳を胸に当てるノーザン。
「とっくに覚悟は決まってる。俺の命でこの町から貧困がなくなるなら安いもんさ」
リューはノーザンを見た。
「ノーザン……」
「リュー。あぶねェから下がってろ」
直後、ノーザンが叫んだ。
「行くぞ、野郎ども!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
ノーザンたちは鉄パイプや金槌といった武器を手に数十人の兵士に向かって突撃する。
マルボルが慌てた様子で怒鳴る。
「相手はたかが十人だ! 貴様ら、やってしまえ!」
——十分後、広場に立っていたのはノーザンたちとリュー、そしてマルボルだけだった。
「そ、そんなバカな……」
「あとはお前だけだな」
ノーザンが頰についた血を拭いながら言うと、マルボルは「ひっ」と声を漏らした。
だが、マルボルは額に脂汗を浮かべながら引きつった笑みを浮かべると、懐から白い結晶を取り出した。
「くははっ! 驚くがいい! これはこの町から吸い取ったエネルギーで生み出した兵器だ! 貴様らもこれで終わりだ!」
マルボルが結晶を地面に叩きつけた瞬間、それは眩い光を放ち、白い閃光が縦横無尽に広場を駆け巡った。
結晶はみるみるうちに肥大化していき、やがて巨大な狼となった。
リューの傍でノーザンがごくりと唾を飲む。
「星の魔物……!」
馬よりもふた回り大きい巨大な結晶の狼は唸り声を上げた後、ぎろりとリューを見た。
「え——」
目にも留まらぬ速さで飛びかかってくる狼。
リューは一歩も動けずにいた。
「リュー!!」
振り下ろされる鋭い爪。
鮮血が舞う。
リューはノーザンに抱えられて石畳に転がった。
「リュー、無事か」
ノーザンが笑いかけてくる。
「ノーザン、ありがとう——」
ノーザンに抱きついたリューの顔が一気に強張る。
ノーザンの頰につう、と汗が伝った。
リューの手にはべっとりと血がついていた。
ノーザンの背中は深く抉れ、おびただしい量の出血をしていた。
「ノーザン!!」
「リュー……ごぼっ!!」
ノーザンの口から血が溢れる。
その様子を見たマルボルが笑い声を上げる。
「くはははっ! ざあまみろ! おいバケモノ、こいつらを全員食い殺せ!」
命令された結晶の狼はぎろりとマルボルを睨むと、間髪入れずマルボルに襲いかかった。
「お、おい!? こ、こっちじゃない! くるなぁ! ぎゃあああああああっ!!」
人が噛み砕かれる音が辺りに響き、リューは思わず目を瞑った。
だが、頰に伝わる温もりにハッと目を開いた。
ノーザンがリューの頰に手を当て、穏やかな笑みを浮かべていた。
「リュー。よく聞け。オレはもうすぐ死ぬ」
「ッ……嫌、嫌だよ。ノーザン、死なないで」
ふるふると首を振るリューにノーザンは掠れた声で言った。
「この世界は……腐ってる。再生士どもが結晶を使い、大勢の罪なき人間の犠牲の上でのうのうと暮らしている。今の世界は一見平和に見えているが……再生士が作り上げた”偽物の平和”にすぎねェ。もし……もしそれを壊したければ……貧困から抜け出したければ……戦うしかねェんだ。リュー、お前がやれ」
ごぼ、とノーザンが吐血する。
リューの目から大粒の涙が溢れ、ノーザンの顔に落ちる。
「で、できないよ……! ノーザンがいなかったら、わたし、わたし……!」
「できるさ。なんたって、お前はあの二人の子供なんだからな」
ノーザンは力強い目でリューを射抜いた。
「王様になるんだろ? みんなが毎日お腹いっぱいになる世界か……へへ、最高じゃねェか。見せてくれよ、お前の夢」
ノーザンの手から力が抜け、だらりと腕が垂れる。
「ノーザン! 嫌だよ! 死なないで!! わたしを置いていかないでよ! お願いします……神様ぁ……!」
「ハァハァ……。——リュー」
荒い息を吐きながらノーザンが口元に笑みを浮かべた。
「頼んだぞ。俺の大好きなこの町を——救ってくれ」
ノーザンの瞼が閉じる。
リューの腕にずっしりとした感触がのしかかる。
リューの瞳から大粒の涙が溢れる。
リューはノーザンの身体を強く抱きしめた。
「う、うわああああああああっ!!」
少女の慟哭。
それに呼応するかのように、マルボルを捕食していた狼が振り返った。
「——おおおおおっ!!」
ノーザンの仲間の一人が鉄パイプを持って突貫するも、頭部を食われて死んだ。
リューは涙を流したまま震えていた。
その時、頭に声が響いた。
『——欲望に従え』
リューはハッとした。
気がつけば、結晶と化した右腕がぼんやりと光を帯びていた。
3
直後のことだった。
——ぐうぅぅぅぅぅぅぅ。
リューの腹から大きな音が鳴った。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
リューの目が見開く。
口は大きく開き、口元からは次々とよだれが溢れだす。
「な、なんだ……? は、腹が減って……」
リューはよろよろと立ち上がるとぎらついた目で周囲を見渡し、近くに落ちていた袋に目をつけた。
袋から黒い結晶を手に取ると、躊躇いもなく口に放り込んだ。
それを見ていたノーザンの仲間の一人が怒鳴り声をあげた。
「馬鹿野郎! それは”爆弾星”だッ!」
だが、リューの手は止まらなかった。
凄まじい速度で黒い結晶を次々と口に入れていき、ものの数秒で周囲にあった”爆弾星”を全て平らげてしまった。
その様子を見ていた誰かが戦慄した様子で言った。
「あいつ、なんともないのか……?」
リューが手で口元の涎を拭った時、結晶化した右腕に変化が起きた。
ぼんやりと光を帯びていた腕がまるで墨を垂らした水のように黒く染まっていき、真っ黒な結晶と化した。
その見た目はまるで——”爆弾星”そのものだった。
「ハァハァ……」
リューは虚ろな瞳で右腕を見つめると、おもむろに右腕を伸ばした。
手の先には、人間を貪る結晶の怪物。
直後、右腕に更なる変化が起きた。
まるで水が凍る時のような音を立てながら右腕の結晶が肥大化し、形を変えていく。
結晶は巨大な黒い円筒となり、腕の肘に当たる箇所からは太い二つの脚が生え、石畳に突き刺さった。
その姿はまるで——大砲。
「こ、これは……」
リューは驚いた表情をしたが、すぐに真剣な眼差しになって狼を見据えた。
狼がこちらを向き、咆哮が広場に轟く。
「やってやる」
リューが意気込みに反応するかのように右腕の先端、砲身の先端に光が集まりだす。
光が瞬く間に輝きを増し、砲口から溢れた光が広場を照らす。
狼が唸り、リューに向かって飛びかかってくる。
リューは砲身を僅かに持ち上げ、言った。
「——ぶっ壊す」
刹那、白い閃光が夜を切り裂いた。
爆音が鳴り、リューの右腕から放たれたエネルギーが狼、大結晶、そして空をも貫いていく。
数秒後。
狼は跡形もなく消え去り、大結晶には風穴が空き、空を覆う雲は吹き飛んでいた。
リューの右腕の砲身がひび割れて崩れ、中から透き通る結晶の腕が現れた。
リューは何度か拳を握り、動くか試した。
その時、バキッ! という音が広場の真ん中で鳴った。
大結晶にヒビが入り、やがて粉々に砕けちった。
飛び散った破片は光の粒と化し、尾を引きながら町の外側へと飛んでいく。
リューはそれを目で追って空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「朝だ」
雲が晴れた空の奥から顔を出した眩い光の玉が世界の輪郭を浮かび上がらせていく。
山に緑が戻り、川が勢いよく流れ始め、雪の大地から草木が力強く背をしならせた。
リューが振り返ると、ノーザンが仲間たちに囲まれながら眠っていた。
太陽の日差しを浴びたその顔は微かに笑っていた。
「ノーザン……わたし、やるよ」
リューは笑った。
「壊して、壊して、壊し続ける。この世界から結晶がなくなるまで」
リューは結晶となった右手を強く握りしめた。
「わたしはなる——破壊の王様に」




