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鈴鳴堂怪奇譚  作者: 秋月大海
1年生編
4/12

三の話 修羅に堕つ

 このお話は、美しい青春のお話。苦悩する若者の、汗と努力を讃える話。

 観様によっては。亡き人に縋りつき、狂っていく人々の滑稽なお話。

三の話 

修羅に堕つ

~マジナイ屋、乙女ト共ニ因縁ヲ断ツ~


序の幕 純粋なる願い

「強くなくちゃ」

「強くなくちゃ」

「強くならなくちゃ」

「強くならなくちゃ」

「強く、強く、強く。先生たちに認められるように、コーチたちに認められるように、先輩たちに認められるように。後輩たちに認められるように。強く、強く、強く」

乾いた土の上を、ゴムの柔らかいボールが弾んで飛んでいく。ひとつ、ふたつ、みっつ、絶え間なく。

声が幾重にもコダマする。

「声出せっ、もっと気持ちを載せるんだよっ! 自分の気持ちを載せて玉を打つんだよっ!」

「なんでそこで退くのっ! 勝負に出なさいよっ! 勝負にっ!」

ぽおん、ばんっ、ぽおん、ばんっ

幾重にも音が木霊する。

「誰にも勝てるように、何処でも勝てるように、何時でも勝てるように」

「そして己をも超えるように」

第一幕 マジナイ処 鈴鳴堂

「時に妄執、狂気を孕み。時に渇望、眼曇らす。……いや、ふむ。ただし、ただしだろうか? いや、けだし……蓋し汝が正気なら、向かう我こそ狂いかや」

店の中に、妙によく通る声が響いていた。店の主である、黒井(くろい)(あきら)先生が、今日も飽きずに二人がけのボロのソファの上で胡座をかいて座りつつ、枯れ枝のように細長く血色の悪い指で古本を手繰りながら調子外れに何かを読み上げていた。

私は先生の前にミルクコーヒーを置きながら、本を盗み見た。

表紙にタイトルが書いてあるけれど、ボロボロな上に筆の文字が達筆すぎて何を書いてあるのかすら分からない。

先生はそれに気づいたのか、私の方を軽く見上げて、色の悪い歯をむき出してニヤリと笑った。

「どうかね、いかにも高尚ではないかね助手君」

「こう……なんですか?」

「高尚だよ、こ、う、しょ、う」

「それがどうしたんです?」

「ふぅむ。君には叙情的な感性は無いのかね。たまには詩を楽しむような、そんな教養に身を任せる日もあっても良いのではないかね」

「さっきのは詩なんですか」

「そうさ。僕が作っているね」

私は口を曲げて先生を見た。

「先生が、詩ですか?」

「……なぁんだい、助手くぅん。その胡乱な目はァ」

「似合わないなあと思って」

私の言葉で、先生は苦虫を噛み潰したような顔をして、ミルクコーヒーに角砂糖をいつもより三個も多く入れて乱暴にかき混ぜだした。

「いいかね、助手くぅぅんっ。マジナイ屋ってのはねぇっ、昔っから言葉を操るものなのだよっ。特に古代の中国では、君王の資質を最も的確に表現するのは詩歌だったのだよォっ!」

さっきの訳の分からない詩には余程の自信があったのか、盛大に拗ねている。勢いよくミルクコーヒーを飲んでおかわりっ! と叫ぶ。

「この書物は「(はい)(ぶん)韻府(いんぷ)」と言うのだよっ。中国での詩の文句の辞典、参考書だっ! これを手繰りながら、詩をっ、考えてっ、いるのだよっ!」

「わかりました、すみませんでした」

「分かればよろしいっ」

先生からマグカップを受け取って、おかわりを注いでいく。

先生はまた、はいぶんいんぷとかいう本に目を通してブツブツ独り言を始めた。詩の文句を繋ぎ直しているようだ。

「墜つや将星、いや、違うか。ふぅむ」

先生も変な趣味を持っているものだ。

「先生、なんで急に詩なんです?」

「うん? うん……」

はいぶんいんぷから目を離さずに、呟く。

「そろそろ弔いの時期だからさ」


第二幕 昼休みの教室

「ねえ、モモってスポーツ嫌い?」

お弁当を食べていたら、塚本さんが隣に座って聞いてきた。急な事だったから、お弁当のサンドイッチを詰まらせかけた。なんとか食べた分だけ飲み込むと、塚本さんはニコニコ笑いながら私の頭を撫でてきた。

「あの、塚本、さん?」

「今日もフワフワ~。うーん、モモ分補給~」

「やめて、ください」

塚本さんの、このノリだけは好きになれない。私の頭のどこがいいのだろう?

「急にどうしたんですか、スポーツ、ですか?」

「うん。スポーツ嫌い?」

「好きじゃ、ないですよ。特に、チームスポーツは、嫌いです」

「うーん、やっぱりかぁ」

私の頭を撫でたまま、塚本さんは口をくしゃくしゃと歪めて難しい顔をした。

「そろそろ球技大会じゃん。クラス代表、どうしようかって委員長と話しててさぁ。やっぱり勝ちたいよねぇって」

「それで、声をかけたんですか」

「んー。モモは嫌いっていう確認をしたかったの。嫌いって人無理やり出すのは違うし」

塚本さんはそう言って、ようやく撫でる手を止めると、クラスの右隅で話していたグループと合流した。

そうか、あと二週間経つと球技大会があったっけ。自分には関係がないかと思ってすっかり忘れていた。


大和学園三条高校では、二月の第二週を過ぎたあたりに、各クラス対抗の球技大会が開催される。ドッジボール、サッカー、バスケットボール、そして、何故か三条高校の部活には、硬式テニス部とは別にソフトテニス部があって、球技大会ではソフトテニスが種目として入っている。全員参加というわけでなくて、それぞれ実力のある人たちを中心にして選手が選ばれる。

塚本さんは、広い人脈と誰とでも喋れるという特技を利用して、選手集めを手伝っていた。

「あとはソフトテニスの選手だけ集まらないんだよねえ」

右隅の子達の声が届いてくる。

「んー、アダっちゃんがいたら、任したんだけどなあ。今病院だもんね……」

アダっちゃん、というのは、うちのクラスにいた「仇野(あだしの)」さんという女子だ。女子ソフトテニス部の部員で、背は小さかったけど、よく笑う明るい子だった。試合でも相当強くて、結果も残してきた人だった。でも、今から一週間前にあった試合の最中に倒れてしまい、それからずっと病院にいるのだという。治療のためなのか、試合で何かあったのか。色々な噂が囁かれては消えていった。

「アダっちゃん一択って感じだったから、ほんとどうしよっかァ」

「ん? ちょっとまって、なーんか忘れてる気がするんだけど」

塚本さんの声が聞こえる。

「アイカぁ、アイカいる?」

「うぃー、なにミナっち」

引き締まった長身の女子、笠原さんが長い黒髪を揺らしながら塚本さんに近づいていった。

「アイカさ、中学時代にソフテニやってたって前言ってたよね?」

「っえぇ、ヤダよアタシ、選手でしょ?」

「でも選手候補がほかに居ないんだよォ、人助けだと思ってさあ」

「私たちからもお願い、笠原さん」

私はついつい、グループの方を向いてしまった。笠原さんとも目が合って、笠原さんの口の端を上げた、肉食獣みたいな笑いが目に入ってしまった。

笠原さんはつかつかと私の方へやってきて、私を後ろから抱きしめた。

「なっ!?」

強い力で抱きしめられている訳では無いのに、抵抗できない。

「モモっちを一日好きにしていいんだったらやってやるよ?」

「ふへぇ?!」

急なことで、笠原さんから抜けようとするが、しっかりとホールドされてしまった。

「モモォ、お願い、私たちを助けると思って!」

「は、話がすげ変わってませんかっ」

「変わってないよぅ、アイカがやる気になってくれれば、うちのクラスの選手が決まるの! だから、ね?」

「ね? じゃないですっ、納得できません!」

「モモっちぃ、ウチのこと嫌いなん?」

「そ、そういうことじゃないですけど」

「だったらいいじゃん。ウチと二人っきりで一日デートしてよ。それで選手になったげる」

「……正直、むっちゃ悔しいんだけどさ、モモ、お願いっ」

結局私は、その場の流れに逆らえなかった。後日、二人っきりのデートは笠原さんのエスコートで私のファッションショーが行われ、何着も服を着せ替えられた私はとてつもなく疲れ果てて、その日のことはよく覚えていない。


第三幕 球技大会(ソフトテニス場)

「いっけー、アイカぁ!」

ヒュっ、スパァン!

「やったぁ、アイカちゃぁん!」

スパァン、スパァン、スパァァァン!

笠原さんは、快進撃を続けていた。

今回の試合の方法は、「シングルス」と言って、一人だけでやるらしい。ソフトテニスは普段、「ダブルス」という二人組が基本らしいけど、戦力差や経験差を無くすという目的でこうしているんだとか。

笠原さんは、苦戦することも無く準決勝まで進んでしまった。

「あ、笠原、さん。おつかれ、様です」

私は、笠原さんのマネージャーみたいな事をやっていた。タオルを持っていったり、水筒を運んだり、なんてことない仕事だけど、笠原さんは何故か私にやって欲しいと言った。

「ありがと、モモっち」

水筒を喉を鳴らして飲んで、笠原さんは大きなため息をついた。

「ふぃぃ、やっぱひっさしぶりだとキッついわあ」

腕を伸ばしたり、足を伸ばしたりして自分の体の具合をチェックしている笠原さんに、ふと私は疑問が湧いた。

「あの、ひとついいですか?」

「なに?」

「笠原さん、すごく強いんですね」

笠原さんの顔がくもった。

「なのになんで、ソフテニに入らなかったかって?」

「……はい。笠原さんの実力なら、すごく結果も残せるんじゃって」

「んー、そうだなあ」

笠原さんは、ちょっと汗臭い体を私に寄せて、耳元で囁いた。

「次の試合でわかるよ」

そう言って、笠原さんは次の試合会場へ向かった。


「モモ、ありがとう。アイカ絶好調だ」

塚本さんと新井さんが私の所へ走ってきた。次の試合が行われる、六番コートのフェンスから笠原さんの様子を見る。

リラックスしていて、緊張を少しも感じさせない堂々とした姿。

「あんな風には、なれないです」

素直な感想が口をついてでる。

「でもアイカちゃんがここまで強いなんて、知らなかったなあ」

新井さんが、じっとフェンスの向こうを見ながら言う。

「アイカちゃんね、中学の時の部活の話になった時に、ソフテニやってたって話をちょっとしてくれたんだけど、なんか、話したくなさそうだったんだよ」

「確かに、あんまり聞こうとするとちょいキレ気味になったし。昔なんかあったのかなぁ、あんなに強いのに」

私と同じような疑問を二人も持っていた。

「そういえば、仮入部の時にちょっとだけソフテニに顔出してなかったっけっ?」

「そうじゃん、思い出した。ナイス、ユイ」

塚本さんは、私を後ろから軽く抱っこするようにじゃれてきた。石鹸の香りが鼻に届いてこそばゆい。

「確か、仮入部で一回行った後、「あんな狂ったとこ、二度と近づかない」とか言ってたけど……どういうことだろ」

「……次の試合でわかるよ」

「へ?」

「さっき、笠原さんがそう言ったんです。誰にも聞こえないようにして、こっそりですけど」

「待って、次の対戦の相手って、女子ソフトテニス部の子じゃん」

塚本さんは、今日のプログラムに着いていた対戦表をのぞきこんだ。

「進学スポーツ科一組の、野澤さん。たしか、今年ソフテニの特待で入った子だよ」


笠原さんと逆側のコートに、野澤さんが入ってきた。

細身で短髪、黒いテニスウェアに身を包んだ、引き締まった体つきの女子。

「……っ!?」

でも、明らかにおかしい。

体が思い切り跳ねてしまったのが、塚本さんに伝わった。

「どうしたの、モモ」

心配そうに顔を覗き込んでくるので、隠さずに話す。

「あの人、何か変です」

「変?」

「はい、その。雰囲気が、ものすごく」

言葉に表すのが難しい。でも、この上なく鋭く研がれたナイフみたいな、まるで、殺意に近いような気配を放っている。でも、この禍々しさはそれだけじゃ説明がつかない。


試合が始まった。

初手は、笠原さん側が上へ球を投げ、相手のコートへと打ち込んだ。それを野澤さんが素早く動いて打ち返す。そんな攻防が少し続いたが、笠原さんが球を追いきれず、一点を先取された。

「うわっ、容赦ないねっ」

新井さんが驚いている。

「確かにさっ、クラス対抗だから熱くなっちゃうのも分かるけど……」

塚本さんの、私を抱く腕に力が入った。

「そんなにして、勝ちたいのかな」

塚本さんはそう呟いた。

次の一打でも、野澤さんの攻めが続く。ネットから少し距離を置いたあたりから、球を力強く右に左に打ち込んで笠原さんを走らせている。でも、笠原さんは一瞬ゆるく返された玉を、相手のネットを越したギリギリのところに落として一点を取り返した。

「やった! アイカっ!」

「アイカちゃん!」

笠原さんは声援に気づいて、二人に手を挙げてみせる。

でも、私は笠原さんをみる余裕が無かった。点を取られた後、顔を上げた野澤さんの目に、感情が宿っていなかったのだ。殺気が増している。私は思わず念珠を握りしめた。

それに、妙な気配がもう一つ。向こう側のコートのフェンスの後ろに立っている人からも、似たような雰囲気が発せられているのに気づいた。

私は思わず、二つ目の瞼を開けて野澤さんを見た。

「……ひっ!?」

私は塚本さんの腕の中で、また大きく震えた。

「モモ、まさか、何か視えた?」

「……はい」

「騒がない方が、いいよね」

「はい」

「何が見えたの?」

私は、恐怖心を押え、父や母が表に出ないように心をコントロールしながら野澤さんを見る。

野澤さんの背中から、どす黒い影のようなものが滲み出ている。よく見るとそれが野澤さんの腕や足に絡みついて、輪郭を作っているようにも見える。

「野澤さんが、黒い影に飲まれてるように、見えます」

そして、フェンスの向こうにいる人も、同じように黒い影を吹き出している。野澤さんのそれよりも勢い良く、まるで火山から溶岩が吹き出しているように。

「ワン、オール!」

審判の子の声が響く。得点を叫ぶと、次のゲームが始まる。

笠原さんの雰囲気は何も変わらない。少し緩く構えた形から、軽くボールをほうって、ラケットで打ち込む。

でも今回は、相手の動きが明らかに違う。食いつくように思い切り走り込んできて、ズバァン! という、空を叩く様な大きな音を出してボールが笠原さんに帰って来る。

「っつうっ!」

辛うじて、笠原さんが受けて返す。でも、それに倍するような気迫と共に、また球がコートに帰ってくる。

『さぁぁぁっ!』

今度は、笠原さんがたまらず返し損ねた。球は相手のコートをそれて、外へと伸びた。

「アウト!」

審判の声が響く。

「ちょっと、何あれ」

塚本さんが呻いた。

「なんか、こわいよぅ、ミナちゃん、モモちゃん」

新井さんまで、私に抱きつく形になった。さすがに熱い。

二人にどいて欲しかったけど、離れそうにない。私は仕方なく、二つ目の瞼を開けたまま観察を続ける。

『しゃぁっ! ラッキーっ!』

こっちのコートまで聞こえるような声で、野澤さんは叫んだ。しかも、その声は鼓膜が震えるように響く声で、まるで、先生のマジナイの声のようだった。

野澤さんから出ている影は、野澤さんの手足を覆い尽くしていた。しかも、まだ背中からどくどくと湧き出している。

さらによく見ると、野澤さんにはコートの向こう側から見ている人の影が注がれているようにも観えた。

「アイカっ! しっかりぃ!」

「アイカちゃぁん!」

塚本さん、新井さんの声も増してくる。

次の一打。笠原さんは、今までにない構えを取った。低く屈み込むような姿勢で、球を下へと落とすと、ラケットですくい上げる様に相手のコートへ放った。

玉は緩やかな軌道を描いて、相手のネットギリギリに落ちて、それを野澤さんは取ることが出来なかった。

笠原さんの得点になった。

「い、今のなんですか?」

変化球? とでもいうんだろうか。

「あれ、カットサーブだ」

塚本さんが言う。

「中学の体育でさ、テニス部の子が見してくれたんだよ。力を入れないで、ああいう風に打つとね、ボールがヘンテコな回転をして、いつもと違う方向に跳ねないでコートを滑っていくんだって。でも、ワタシも練習やってみたんだけど、全然出来なくて。その子も、かなり練習を積まなきゃ、モノになんて出来ないって言ってて」

「今の、すごくキレイだったよぅ?」

「だからさ、アイカは、遊びとかそんなんじゃなくて、むちゃくちゃ本気でさ、ソフテニやってたんじゃない?」

二人の会話を聞いて、だからこそ思う。

「だったら、なんで笠原さんは……辞めてしまったんでしょうか?」


「ツー、ワン!」

審判の声が響く。今度は、笠原さんは普通に球をほおって、ラケットで叩いた。

それに食いつき、野澤さんが全力で返してくる。今度は、それを笠原さんが追って返す。

二人の間でボールが行き来し続けた。笠原さんも、野澤さんも全力で走り、全力で返しを繰り返す。球が途切れる気配がない。でも、段々と笠原さんの返しにキレが無くなってくる。いつも練習を積んでいる野澤さんと、そうでない笠原さん。動きに差が出てくるのは当然だった。

「はぁ、はぁっ、はぁぁっ!」

それでも、笠原さんは辞めなかった、必死に食らいついていった。

私は、野澤さんからも目を離さなかった。球が返ってくるたびに、野澤さんの影が濃くなっていく。そして、覆う範囲が広くなり、今は私の目には彼女が真っ黒く染まった、本物の化け物の様に映っていた。黒い影は人の輪郭以上に膨れ、まるで、おとぎ話の中の鬼のようにも観えた。

『こい! こい! さぁ、こおおおい!』

野澤さんの発する気合いは、まるで鬼の鳴き声のように聞こえ始めた。

「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ、はぁっ」

笠原さんの方は、もう限界のようだった。だけど、球を追いかけるのを辞めない。なんでそうまでするのか、私には何も理解できないまま。

「アイカっ……」

塚本さんも、新井さんも、息を呑んだ。

『ぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!』

ズバァン!

野澤さんの渾身の気合いの乗った球が、笠原さん側のコートに届く。でも、それを打ち返そうとした笠原さんの足はもつれ、その場に倒れてしまった。

「っ!? 笠原さん!」

私も思わず声を出す。

『しゃあっ!』

その時、耳に届いたのは、まるで勝利宣言かのような野澤さんの声だった。

私たちはコートの中へ向かって走った。いくら試合途中とはいえ選手が倒れたんだ。これくらいのことは許してもらえるはずだ。

「アイカちゃんっ、アイカちゃんしっかりっ!」

新井さんが肩を叩いて呼びかける。笠原さんは真っ赤な顔で、肩で荒い息をするのを繰り返すだけ。

「アイカっ、わかるっ!? 今運ぶからね!」

塚本さんは笠原さんの肩に手を入れて抱え起こす。私と新井さんも身体を支えて抱き起こす。

「運びましょう。外へ。早くしないと」

私の声に被せるように、向こうのコートから声が飛んできた。

「逃げるの!」

私は、信じられなくて、向こうのコートを見つめた。野澤さんが仁王立ちで笠原さんを見ている。

「アイカ、また逃げるの! なんで!」

塚本さんはキッと引き締めた顔で野澤さんを見返す。

「アンタさぁ、いい加減にしなよっ! 逃げるとかじゃないっ! 今のアイカの状況がわかんないわけ? スポーツマンじゃないのっ? どう見てもヤバいじゃん!」

野澤さんは、目を見開いて、まっすぐ声を向けた。

『そんなの私達にはいつも通りよ! 軽い脱水症状でしょっ、休ませれば回復する! まだアイカとは決着が付いてない! 勝手に連れていかないでっ!』

さっきの鼓膜が震えるような声。でも、塚本さんたちは先生の声を間近で聞いた経験がある。先生の声よりはよっぽど「弱い」のだ。普通の人はビビっても、塚本さんたちはビビらない。

「アンタの事情なんか知らないよ! いくよ、ユイっ、モモっ」

「う、うん」

「行き、ましょう」

三人がかりで、息を荒く吐く、熱い笠原さんの体を動かした。

『待て! 待ってよ! アイカっ!』

言霊が乗った声すら、虚しく空を切るだけ。二つ目の瞼に映る野澤さんの姿は、影が妙に薄れて弱々しい。でも、背中からの影は、未だに噴き出し続けている。その影を送っていた人は、どこかに行ってしまっていた。だから余計にそう見えるのだろうか。

笠原さんを保健室へと運びながら、やはり思う。

あの野澤さんという人は、やはり異常だと。


第四幕 マジナイ処 鈴鳴堂

「先生、勝負って必要ですか?」

私は、ソファでふんぞり返って「はいぶんいんぷ」を覗いて唸る先生に問いかけた。

「いずれなし、いずこもなし、のこるなもなし、ふうむ」

「先生!」

「聞いているよ、助手君。妙に哲学的なことを聞くなあと思って、応えに詰まったのだよ」

先生は目線だけキッチンの私の方にくれて、ふん、と音を立てて鼻息を吐いた。

「必要だね」

「なぜです?」

「そりゃ、単純だ。人間が動物だからだよ」

私は欲しいだけの筋道だった答えを得られず、胸の奥がもやもやした。

表情にも出ていたらしく、先生は目線だけ外さずに言った。

「ヒト、学名ホモ・サピエンス・サピエンス。分類は哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒト。同系列に、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンなどがいる。大枠で類人猿とされる動物の一種だ、僕らは」

早口言葉みたいな、もしくは呪文のような言葉を言い終えて、先生は満足したのか、黙った。目線すら外された。

「それが、答えなんですか」

「ああ、応えだね」

適当にあしらわれたようだ。自然と目が細まって、先生を睨んでいたらしい。先生が体ごと向き直った。

「助手くぅん、少しは自分で考えてみたまえよ。そう、じっくり眺められていてはまとまる考えもまとまらなくなるぞっ」

「私は、先生のように博学でも博識でもないんです。結論だけ言われても分かりません」

皮肉たっぷりに言うと、先生は口をへの字に曲げて、眼鏡を半分下にずらして私の方を見つめた。

「あぁ、君が欲しかったのは解答かね」

「最初からそう言ってます」

「言っちゃないさ、君はコタエとだけ言ったんだ。だから僕は、君の思考の助けになるようにと応答したろう」

そういうことか。納得は出来ないが、このへそ曲がりの先生は私の頭を無理やり動かそうとしていたらしい。

「生き物だから、勝負が必要、それを結論として、筋道をつければ良い。たまにはそれくらい脳みその体操をしてやったってバチは当たるまいよ、助手君。必要なら、応答してやろう」

そう言って、先生は手招きだけでさっさとミルクコーヒーのおかわりを寄こせと促した。私は弱火にかけていた鍋を持って先生の所へ行き、専用の縁のかけたマグカップにおかわりを注ぐと、先生の正面に置かれたお客用のソファに浅く腰かけた。

先生は難しいことを言えとは言わない。正解しろとも言わない。考えをまとめろと言っている。

たまには、やってみようか。

「先生、勝負は絶対に必要、なんですか」

「僕はそう考える」

「勝負する、ということは、生きていく上で必ずやらなくちゃいけないこと、なんですね」

「そうだろうね」

「……まずは、食べるか、食べられるかはあると思います」

生き物には、弱肉強食の仕組みがある。弱いものは食べられて、強いものの栄養に、また強いものはより強いものの栄養になって、自然は回っている。

「他はどうだね。それだけかね」

「うん、そう、ですね。後は、勝ち負けと言うより、この場合は生きるか死ぬか、という方が正しい、気がします。なにか、他の生き物よりも突き抜けた部分のある生き物は、生き残れる、気もします」

「生き死にの観点は間違えじゃないが、後半は少しズレる。視点を変えてみたまえ。例えば、強い弱いの関係をウサギとライオンで考えるのでなく、ライオン同士で考えるとどうなるね」

「ライオン同士ですか。ライオン同士だったら、たぶん餌を沢山捕まえられる方がより生き残れます」

「ふむ、生き残るという言葉が出たね」

「生き残る、がキーワード?」

「そうだ」

先生は眼鏡の位置を直す。

「君の思考を整理してみよう、助手君。結論。勝負は人間が生き物である限り必要である。この場合の勝負とは、実際は生き死にのことであり、自然の理を鑑みると、より強い方が生き残るようだ。それは他種族を視点とする場合も、同族を視点とする場合も変わらない。君がくみ上げた思考はかなり確信に近いぞ、助手君。では僕から問いかけてあげよう、助手君。人間は、弱いからと言って生き残れないのだろうかね?」

私の考えはかなりまとまっていたらしいが、人間だと、どうなるのだろう。

「え、人間、人間の場合、は」

考える。これが人間だったらどうなのだろう? ずっと昔、先生が授業で言っていた石器時代なんかは、きっと強い方が生き残ってきたんじゃないか。でも、今の、例えばこの国はどうなのか。私の学校では、どうなのか。

「……当てはまりません」

「左様」

先生は大げさに頷いて見せた。

「そこまで考えた褒美に、僕の持論を伝えておこう、助手君。若いウチに哲学的思考法を身につけておくのは、マジナイ屋の助手としては必要だろうしな」

先生は本を閉じて、私を正面から見た。

「本来、生き物と言うやつには生存本能というのが存在している。これは例外がない。全ての生き物が、たとえ脳髄がなく思考もないとされる単細胞生物ですら、自身という唯一無二の存在の痕跡を後世に残すという、自然が作ったプログラムに基づいて行動している。人間とてそりゃ例外にならない。生き物は、食べて、寝て、そして交わるのが三大欲求なのだよ」

先生は、ミルクコーヒーを少し啜った。

「しかしね、現代化した世の中では、例え四肢に欠損を持とうとも、例え何らかの重たい持病を持って生まれようとも、例え障害があったとしても、人権と愛という幾分不明確な概念の名のもとに、社会という人間の巨大な群れの中で生かされるのだよ。確かに、他のモノよりも弱いと言うだけで、生き残れぬ世界ではないな」

先生の話の持っていき方からして、これで終わりじゃない。案の定、先生は聞いてきた。

「例えば助手君、サルの母親が二匹の子供を抱え、濁流の中に取り残されたとする。一匹は年上で泳ぐことが出来るが、もう一匹はまだ小さく泳げもしない。君がもし母ならば、どちらをかばう?」

「私、は」

私の側に見えずとも、死んだ後でも寄り添う、母を想った。

「小さい方の子を、庇ってしまうと思います。……でも、違うん、ですね?」

「そうだ。サルの母親なら、小さい方を躊躇わず見捨てる。より生きる方が高い子供を迷わず助けるね」

先生は、じっと私を見据えている。

「この現世に確かにある理法は何か? 多くの哲学者や宗教者が、「真理」などと言う世迷言をもって説明してくれるが、真理など追求するだけ虚しい。真に己を裏切らぬ、この世の中で必ず通ずる理法はないよ。この現世は、ありとあらゆる異常が積み重なって出来ているのだから、万事万象万人に通ずる理法など無いね。だがね、助手君。一つあるとすれば、それは生き物と言うやつは生きている限りは、ただひたすらに生き残らんとすることを欲し、他の生き物や同族より、わずかでも優れていようとするということなのだよ。今の人の世ならば、そう。より美しく、より金を持ち、より友を持ち、より幸せに。競ったところで、買った負けたなど決めたところで己の生き死にに関係ないところでも、相手を打ち負かさないと……死に至らしめんと気に食わないのさ」

先生はそこまで言い切った。それこそが、勝負が無くならない理由だと。

「つまり、人間の生き物としての本能が勝負を求めるんですか」

「他の人より何かで優れていることが、精神の安定にもつながる。これは事実だな。ただ、それを求めすぎてはケモノに堕ちる」

「生き物に帰るって事ですか」

「聴いてないな、助手君。人は生き物だ。決してそこからは逃れられない。思考、感情、ありとあらゆる生きるのに必要ない無駄な要素を詰め込みすぎたせいで人は見失うがね。人は生き物だ。サルだ。生き物は本能に抗えないのだよ」

「じゃあ、ケモノに落ちるって」

「ん? あぁ、君にはそう聞こえたか」

先生は、テーブルの上にあったチラシを一枚とって、どこから出したのか分からない筆を走らせた。


チラシには「化物に堕ちる」と書かれた。


「本来、他人に対する勝ち負けは、現代社会においては「競争原理」というもので表される。この国は資本主義だからね。勝った負けたがはっきりしている。勝てば金持ち、負けたら貧乏。のし上がる機会は転がっているが、それを掴むには金がいる。生き死にを金のある無しに変えると分かりやすいかね」

先生の理屈は、とても乱暴だった。

「いくら人権だ、愛だと嘯けども、人間の生き物としての部分から脱出した試しは無いね。しかしだ。こと、戦争という暴力的外交手段に訴えない限りは、ココ最近の世界では滅多と争いの中で命を落とすことはないだろう。貧しいものは早く死に、不幸だと思うかね? 確かにそういった事実はある。だがね、貧しいものは貧しいながらに、不幸も幸せもあるのさ。長く生きること、金にまみれて富の中で生きることそれ自体が幸せなのかは、大いに考える余地があるね。偶発的な殺人などの犯罪は別としてだが。そこは、法律、ルールという人間世界の理法が働いて抑制されている」

そこまで言い切ると、先生は黙った。

急に、黙りこくって、ミルクコーヒーをゆっくりと二回すすると、大きなため息をついた。

先生が話すことをためらっている?

「……だがね、助手君。覚えておきたまえ。時に、様々な理由から、人であることを投げ出す大馬鹿者共がいる」

先生は、またミルクコーヒーをすする。

「君が、非常に珍しいことに哲学的な思想に至ったのは、この前の球技大会で笠原君が倒れたからではないかね」

私は、急に体が強ばった。

何度体験しても、先生の偽千里眼には慣れない。

じいっと、私の目を見つめたまま語る。

「あれは飽くまで、レクリエーションを目的とするお遊び大会だ。教員側の私が断言してやろう。だが、君はその中で、何か「場違い」なモノを見たのではないか?」

私は、野澤さんの顔を思い出す。背中から吹き出す影を、あの声を、あの態度を、ハッキリと思い出した。

「見たんだね、助手君」

私が言い淀むと、先生は淀んだ色の目を引き絞って私を見る。まさか、私の記憶まで見えている訳では無いはずなのに、この目を前にするとゾッとする。まるで全てを見透かされているかのような感覚に陥るのだ。

「安心したまえ、こんなのはハッタリだと、君は知っているはずではないか」

先生は呟く。

「僕にあるのは、言葉を弄ぶ力だけだよ。だけどねぇ、こういう脅しは有効なんだ。君の心は知っていてなお揺さぶられている。そろそろ、こういう脅しにも慣れてもらわんと困る」

先生は眼鏡を治して、改めて私を見る。

「見たかね」

「……見ました」

「何を見たか、出来うる限り正確に思い出したまえ。そして言語化しろ」

私は、見たものを見た通りに、できる限り細かく先生に伝えた。

先生は何も言わず、私の言葉を聞いていたが、表情がどんどんと曇り、最後には、呻きながら顔を伏せた。

「あそこは……まだあんな事をさせているのか……」

先生は、そう言いながら立ち上がり、おぼつかない足取りで二階へと登っていった。ほんの少し経った時、呼びかけられた。

「助手君、出かける支度をしたまえ。病院へ君のクラスメートを見舞いに行くぞ」


第五幕 市立病院

昔から、病院は嫌いだ。

こう言ったら、多くの人は「子供じみた事を言う」と笑うのだろうか。

だけど、考えても見てほしい。ざわざわと常になにかに囁かれ、見えない何かに冷たいもので喉をつかまれ、引きずられ、舐められ。そんな目に何度も会えば、嫌にもなるだろう。

人の負の想いが濃く厚く淀み溜まった場所。それが私にとっての病院で、私が高確率で怪異を撒き散らした場所だ。


三条の市立病院というところは、市の郊外に当たるところにあって、規模はかなり大きい。ただし、店から行こうとすると相当距離がある。何故か先生はバスもタクシーも使わないで歩いていく。

真っ黒い紬の着物に、真っ黒のインバネスを羽織って、頭には真っ黒いフェルトの帽子。カラコロと下駄の音がよく響く。背中には木箱を背負っている。先生の仕事道具が詰まった道具箱だ。

私は急に出かけることになって泡を食ってしまい、制服のまま。指定のコートだけ上に引っ掛けて、とぼとぼと後ろを歩いていく。着物の中年男と制服の女子。我ながら、なんて怪しくて奇妙な取り合わせなんだろうか。

「先生、なんで急に病院へ?」

前を歩く先生に問いかける。

「言ったろう、君のクラスメートの見舞いだよ」

先生の声はいつもと違い、ふざけた雰囲気が消えている。酷く真面目な、硬い声だ。

「それだけの理由で、先生は道具箱なんて持ち出すとは思えません」

「よく見てるじゃないか。では僕がこいつを持って仇野君の所に尋ねていくのは何故だね」

「仇野さんが、先生のお客さんだったからでは無いんですか」

その答えを聞いて、先生は立ち止まって私の方を振り返った。

私は、先生の表情を見て驚きのあまり固まってしまった。いつもふざけた様にコロコロと大袈裟な表情をつくる先生の顔に、なんの表情も浮かんでいなかったからだ。

「そうだったなら」

先生の声は、聞いたことがないほど弱々しかった。

「そうだったのなら、良かったんだがね」

先生はそう言って進む方向へと向き直ると、また歩き出した。

私は少しの間、体が本当に動かなかったが、無理やりに脚を動かして無言になった先生の背中を追いかけた。


市立病院に着くと、先生は受付なども通さずにそのままエレベーターへと直行した。いくら鈍い私でもわかる。先生は前にも仇野さんをお見舞いに来たことがあるのだ。

迷いなくエレベーターの四階のボタンを押して、扉が開いたらすぐに右に折れて、個室が並んでいるエリアに入ると、その中の一つの前で立ち止まり、扉をノックした。

扉が横に滑って開くと、そこには先生より頭一つ背が低いけど、私よりは少し背の高い四十歳くらいの女の人が立っていた。先生の顔を見ると、軽く会釈をしてすぐに個室の中に入れてくれた。私にもその人は軽く頭を下げた。

それが、仇野さんのお母さんだと気づいたのは、ベッドに横たわる仇野さんを見た瞬間だった。

「ありがとうございます、先生」

仇野さんのお母さんは、そう言って先生に飲み物を勧めようとしたが、先生は断った。

「礼は不要です。僕は……僕自身の尻拭いをしているだけに過ぎんのです」

先生は仇野さんの様子をじっと観察している。頭からつま先までをゆっくりと視線が動いている。

私も、ゆっくりと二つ目の瞼を持ち上げた。

普通に見ただけだと、仇野さんはただ寝ているようにしか見えなかったが、ちゃんと視てみると全く違った。

体全体が、濃い黒い影に覆われている。そのせいで仇野さんの本来の姿が何も見えなくなっている。これまでの経験から、この黒い影が一種の「ケガレ」らしいということはすぐに分かったけど、こんな風に人の体を埋めてしまう様なモノは知らない。

先生は、道具箱を下ろすと素早く戸を開いて、墨壺と筆、それに御札用の紙を取り出した。紙に、いくつもの漢字と模様を書き込んで、口の中で何かを唱えると、その御札を仇野さんの額に貼り付けた。

『かけまくも かしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかの たちばなの おどのあはぎはらに みそぎはらひしときに なりませる はらえどのおおかみたち もろもろのつみけがれ あらむをば はらへたまへ きよめたまへと もうすことを きこしめせと かしこみかしこみも まおす』

大声では無いけれど、部屋を震わして耳の奥、頭の芯まで届く先生の言霊を乗せた声が響く。

『かぁっ!』

祝詞を読み終えた直後、そう音を発してぱんっと勢いよく手を打ち鳴らした。

先生の気合と共に、御札から光が発せられて仇野さんの影をかき消した。

だけれども、私には影が一時的に「開いた」だけに見える。じわじわとまた影が滲み出している。

「どうかね、助手君。何が視える?」

やはり先生は私の眼をあてにしていた。先生の眼よりも様々なことがはっきり視えるという私の眼が捉えたことを、正確に先生へと伝えた。

「どこから影が染み出している? やはり背中かね?」

今はどうなのか、私は神経を集中して仇野さんを観る。すると、影の出処はちょうど胸の中央辺りにあることが分かった。しかし、この位置は先生が何かするには、少々問題があるだろう。

私はおもむろに、かけて合ったシーツを引き下げてみた。やはり胸の中央から新しい影が盛れ出している。しかも、服の下から。

「その……服の下の胸の中央あたり、からです」

「……急にシーツをずり下げるもんだからなんだと思ったら、そういう事か」

先生もさすがに渋い顔をしている。

「お母さん、お聞きしますがね、彼女の胸の辺りに原因があるそうなんですよ、なにか心当たりはありませんかね」

先生の声に、お母さんは戸惑っていたようだが、不意にあっと声を漏らした。

「入院して直ぐに、部活の子がお守りだと言って渡してくれたマスコットの小さいぬいぐるみ、みたいなものを、肌身離さず持ってて欲しいって言うからお守り袋に入れて持たせてるんです」

先生は私に目線を寄越した。私はお母さんに了解をとると、仇野さんの首にかかっていたお守り袋を外させてもらった。

確かに、袋から薄モヤのような影が漏れ出している。正直、これに触っていたいとは思えず、先生にすぐに手渡した。

先生は袋に手を当てると、それを縛っていた紐を解き、中にあるものに触れないように机の上に出した。


「小さな、お猿さん?」

女の子がお裁縫して作った、マスコットみたいな猿のぬいぐるみだ。私の手のひらにも収まるくらい。私の親指と同じくらいの小ささで、外見もアニメに出てくるみたいな猿だ。

でも、この人形そのものから影のようなものが滲み出ている。それが、蛇のようにのたうって、行く筋も湧き出ている。間違いなく、これは咒具だ。

「これは……お母さん、こいつは間違いなく、部活の生徒が娘さんに持ってきたんですね?」

「ええ、だって持ってきてくれたのは野澤さんだったから」

「こいつは、咒具ですよ。娘さんになんらかの咒をかけている。そんなものを部活の生徒が、あぁ」

先生は帽子をとって頭をバリバリと掻き毟る。相当イライラしているらしい。この小さな、猿のぬいぐるみの存在の、がそこまで先生の琴線に触れてしまったのか。

「やっぱり、そうだったんですか」

仇野さんのお母さんは、呟く。

やっぱり、そうだったんですか? この人はそう言ったのか?

「あの、おかあ、さんは、分かってたんですか。仇野さん、が、呪われているかも、しれないって」

「ええ」

思いの外落ち着いた声で呟く仇野さんのお母さんの様子に、私は正直背筋が凍えるような感覚を受けた。実の娘が誰かに呪われているんだぞ、もっと他に言うべきことや取るべき反応があるのではないのか。

ぱちっ、ぱちり、ぱちぃ

『助手君、落ち着きたまえ』

頭の中を先生の声が直接揺さぶり、私は父と母が私の制御から離れかかっていることを実感した。まずい、感情を昂らせすぎたのだ。

すぐに深呼吸して、左腕の念珠を強く握りしめる。

父と母の気配が遠のいていく。

「助手君。この人は自分の娘が呪われて当然などとは考えていないよ。十分に胸を痛めておられるのだ」

先生は、私の頭に手を置いた。手から気が流れ込む感覚が分かる。

「ただ、場所が場所故に心を乱さないようにしているだけだ。この人にも、この咒物から出ているケガレが見えている。この人も、仇野君も、「見鬼」の才のある人物だ。だから、仇野君からは度々、突発的な「見鬼」の発動の封じ方についての相談を受けていた」

「ごめんなさい、誤解をさせて。貴女は、平坂さんと言ったかしら。貴女ほど強い才はないの。でも、祖先がどうやら「ソッチ」の仕事だったらしくて、普通の人よりは私も娘も見えてしまうのよ。だから、部活に入ってからのこの子の話を聞いていて、あの部活は何か「ソッチ」側に触れているんじゃないかとは思っていたんだけど」

「予防策も何も講じられず、こうして彼女の身は呪いに犯されたわけだ。だから尻拭いと言ったのだよ。僕の才でも、漏れ出すケガレは分かっても、元凶となるものまでは分からなかった。しかし、君の目を通すことでハッキリしたのだよ、助手君。見事な働きだ」

変なところで褒められて、どんな反応をしていいのか分からなくなった。

「これは回収させてもらってよろしいですな」

「はい。お願いします」

先生は、袖の中から沢山の不思議な模様の書かれた布を取りだして人形を包む。

「……これ以上、負の連鎖が繋がらないように、務めます」

先生は、酷く丁寧に頭を下げた。

お母さんも、丁寧に頭を下げた。

「どうか、よろしくお願いします」


第六幕 マジナイ処 鈴鳴堂

僕は小さな猿のぬいぐるみを分解するところから始めた。

意匠はさほど凝っていない。女子が描く漫画絵の猿が、テニスウェアを着ていると言うだけのぬいぐるみだ。しかし、眼鏡のレンズに擬した照魔鏡を通してみるこれからは、薄黒い靄が流れ出している。靄を手でなぞると、指に鋭い痛みが走るような感覚がある。

『識咒物、識咒文、録写咒式』

照魔鏡入の眼鏡の縁をなぞりながら呪文を唱える。僕を呪おうとするこの咒物の式の組成を、左のレンズに記録させる。

式は記憶の中にある「呪詛返し」と、「感応」の式に近いものだ。大して苦労をしなくても解呪は可能だが、厄介なこともわかった。式がかなり陳腐で杜撰なつくりで、素人仕事だとひと目でわかるものだということ。素人の仕事ほど怖いものは無い。加減を知らない咒法ほど、厄介なものなどないのだ。


これを観ていると、思い出したくもない昔のことが頭を過り、側頭部に痛みを感じた。

女子ソフトテニス部、後悔が胸の中にふつふつと湧く。もはや戻る気もないが、自分がしでかしたことの後始末はせねばならない。

ウェアを剥がし、背中側の縫い目に作業用の小柄を当てて、呟く。

『オン クロダナウ ウン ジャク』

猿に、小柄を伝い不可視の炎が伝って外側を焼き尽くしていく。猿の外側は、焦げなどは残らないが持っている「呪詛返し」の機能を消失した。小柄の刃を抉りこませて、背中を捌く。

ちょうど、腹の綿に包まれた当たりに、丸く包まれた紙のようなものが見える。小柄の刃に紙が触れた瞬間、どす黒い靄が人形から吹き出そうとする。僕は小柄に指をはわせ、何度も烏枢沙摩明王の真言を繰り返す。不可視の、障り成すもののみを焼く不浄金剛たる烏枢沙摩明王の真言は紙に刻まれた咒を焼いていく。それは、労せずとも焼ける程度の弱いものだった。

紙をピンセットを使って取り出す。手では極力ふれぬように、片側を虫ピンを使って固定し、作業台の上で開いていく。

巻いただけのその紙には、部員全員のメッセージが書かれている。だが、それは彼女を慮るものとは真逆だ。仇野君を追い立て、責め立てる様な文言が並ぶ。

「戻って来い」「また試合をするんだ」「勝ちにいくんだ」「目標のために」「コーチのために」「先生のために」「自分に勝て」「強く」「強く」「強く」「強く」「強く」…………。

倒れた戦士への尊敬の念などない。倒れたのは仇野君が弱いからか、否。

彼女らは、囚われている。その価値観でしかものを観れなくなっている。

強く在らんとするその心が、一人ずつの心が、その心の軋みが、歪みが、この紙切れに込められている。そして、それを誰かが咒の形にまとめているのだ。


人は、人を理解出来ぬ。

己と異なる有り様のモノは受け入れぬ。

強くなることは変革なのか。

あの日々は僕や彼女らを救ったのか。

あの日々を、紙切れに突きつけられる。

あの日々を通じて僕は。

人間は救われぬ愚かなものだ。

そう悟り、そして、諦めたのだ。

あの部活に関わるべきではなかった。

彼処は、もはや異界。それに勘づいてしまった僕は、逃げるしかなかった。あの部活に巣食っている「魔」は、当時の僕では太刀打ちできないものだった。


今はどうか。


一日、二階の作業場に篭っていたのも久しぶりだ。一階から助手君の足音やらほうきで床を履く音やら、湯をわかす音などが聞こえてくる。彼女を仕込んでそろそろ一年が経つ。まだ未熟ながら僕の扱い方は心得させた。

これで良い。

必要以上に懐かせるべきではない。


作業に再び意識を向ける。

問題は誰がこの咒を仕組んでいるのか。

咒の根源は、テニス部員たちの感情だろう。それも、当人たちはそれがノロイなどとは気付かないような感情だ。多くの人間はそれを間近で見ても、美しい感情だと勘違いを起こすだけだろう。

だが、彼女らのそれはそんな生ぬるいものでは無い。

「勝つことへの執念」

「強くなることへの固執」

「敗北への恐怖」

「脱落への憎しみ」

そういった物が綯い交ぜになっている。

これらは、美しいだけの感情では無い。実際は人間の生命の根源に関わる感情であるこれらは、追いかけ過ぎると大切なことを見失っていく。助手君との問答でも確認したが、勝負そのものは必要なのだ。そうすることで人間は生の実感も得るし、精神的な安らぎも得る。しかし、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、である。これにこだわることはつまり、生き物に立ち返るということ。近づき過ぎれば、修羅に堕ちる。

「やはり、彼奴は道を誤ったのか……」

言葉が口から漏れる。

「将星は堕ちて久しく、その信念はねじ曲がったものに変わってしまった。あの人の求めた強さは、それじゃない」

僕は、左のグラスに記憶した式を帳面に書き写して立ち上がった。

助手君をまた厄介事に巻き込むのだ。説明責任くらいは果たそうと思う。


先生は、二階に籠ったきり出てこない。

今朝店に来てから、一度も姿を見ていない。こんなことは今まで無かった。

この店は、一階が文字通りの「店」になっていて、昔喫茶店だったものを適当に改造して使っている、らしい。

店の真ん中に、ガラスの板張りの横長のローテーブルがあって、それを挟むように奥側に先生の定位置であるボロボロのカウチソファが、入口側に比較的綺麗な二人がけ用の革張りのソファが置いてある。それが、お客様用の椅子になっていた。それ以外の椅子も机もなくて、後は先生のソファの周りに無造作に大量の本が積み上げられている。テーブルの右手側にはカウンターがあって、その奥がキッチンスペース。広くは無いけど調理道具は一式揃っているから、不便を感じたことは無かった。基本的に私の定位置は、このカウンターの中。店の中に転がっていた木製の丸椅子を持ち込んで、座れるようにしてある。

私は定位置の丸椅子に座って、片付け終わったお皿をぼーっと眺めていた。

眼をお店の壁に移すと、そこかしこによく分からない飾りがかけてある。

あるものは、なにか仏様の書いてある掛け軸、あるものは、牙をむき出しにした赤い悪魔のようなお面、あるものは青色のガラスで作った目玉、またあるものは、これは雑貨屋で見たよりも豪華なドリームキャッチャー。魔除らしい。

眼を天井に移す。

お客様から見えないように、壁の後ろ側に狭いロッカーだけあるような更衣室と、階段がある。そこから先は先生の家になっている。そっち側は私の立ち入り禁止な場所で、一度も覗いたことは無い。

先生が依頼を受けて念珠を作ったり、本格的に調べ物をしたりする時はそちらに引っ込んで、数時間出てこないこともあった。


でも、開店からずっと出てこない、なんてことはなかった。


思えば、最近の先生は変だ。

いや、元からへんてこで変人のへそ曲がりな人だけど、最近は妙にイライラしたり、沈んだり、ぼーっとしたりが増えていた。思い出すと、仇野さんが入院したくらいの時期、ちょうどあの頃に先生は似合いもしない詩なんて作っていた。あの頃から、酷く変だった。


扉が開く音。階段が軋む音がする。

先生が、私のいる位置と逆側の扉を開けて店に入ってきた。

私の姿を確認して、メガネの位置を直すと、いつものソファに座って。

いつものように寝るのか、と思ったら、私の方を向いた。

「助手君、話すべきことがある」

先生はいつになく沈んだ、真面目な声色でそう言った。


私は、ものを言えなくなった。

先生の指示に従って、仕事を中断してお客様用のソファに腰かけた。先生も指定席に腰掛けて、私をじいっと見つめる。

「今回の一件についてだ」

先生は、一切ふざけずに切り出した。

「僕は、かつて女子ソフトテニス部の顧問をやっていたことがある。そしてその時に、道を誤っている。今回の事件は、元はと言えばそこから発展したものだ。……僕の助手として動いてもらう以上、君にも聞いておいてもらいたい」


私は、何も言わずに頷いた。

この人は過去は語らない。それを私に語ろうとしている。

その事が、とてつもなく大きな意味をもっていると、直感が働いたのだった。


第七幕 先生の昔語り

……僕はあの学校に来て大体十年が経とうとしている。あの学校は、僕の母校であり、拾われたのは、あの学校にいた僕の恩師が、ろくな食い扶持もない僕を心配して当時の校長に口を聞いてくれたところが大きいのだよ。

最初の頃は、マジナイ屋と言うよりも食い扶持を稼ぐために割と真面目に教員と言うやつをやっていたのだよ。

なんだね、その顔は。信じていないね? ……まあ、無理もない。だが僕はね、受けた恩は返すと決めていたのだ。僕を拾ってくれた恩義くらいは返そうと仕事に打ち込んだのさ。

教師の仕事なんてのは、実際必要な仕事の数倍の雑事が押し寄せる。僕も当時の校長共の命令で、持ちたくもない部活とやらに配属された。

もう分かるだろう、それが「女子ソフトテニス部」だったのさ。


あの部活は、元々野田山さんという名監督に率いられていたが、その方が病に倒れられ、空中離散しかけていた。跡を継いだのは、野田山さんの教え子であり、その部活のOGでもあった小早川という女性教諭だった。僕よりも三歳ほど年は上だったな。小早川さん自身も在籍当時は国体や全国大会の常連だったような強豪選手でね。野田山さんの跡を継いで、部を立派にもり立てていこうと必死だった。だがねぇ……優秀な選手が優秀な教官になるかは別物だったね……。


あの部活は、文字通り野田山という名将によって支えられていてね。技術面でも指導者としても。本当に偉大な人だったと僕ですら思うよ。本当の大黒柱、部活という世界の中心さ。多くの部員が野田山さんの下で強くなりたいと集ってきていてね。野田山さんを慕うコーチ陣なども結集して、それはそれは盛んな部活だった。保護者たちの熱も凄かったよ。試合の日なんてのは、早朝から夜まで保護者が会場で付きっきりなんだ。声援も送る、支援もする、なんなんだろうね、あれは。


そう、僕が見たものを名付けるとしたら、アレは「狂気」だったよ。


朝練は、朝の五時から。毎日欠かさずに行われる。部活も、休み無し。夜八時まできっちりとやられるのさ。いや、例えなんかじゃない。本当に休みなんぞ無いのだよ。学校の休日は一日部活だよ。土日祝日指定休日、全てなし。練習試合に大会に、校内練。雨が降ろうが風が吹こうが、強くなるという一心に縋って、延々と練習をし続けるのさ。皆が勝ちたい、勝ちたいと叫びながらな。青春をすべて、すべて注ぎ込んで。親共もそれを強烈に後押しする。それも熱狂的にね。確かに彼女たちは勝ってきたさ。夏の大会、新人戦。市の大会から県大会、地方大会、そして全国大会。国体予選でも勝ち上がり続けたさ。僕自身も全国大会の引率をしたことがあるし、ベンチにも入ったことがあるのだよ。審判の資格も持っていたぞ? もうすっかり、ルールは忘れたがね。


狂気さ。狂気。僕はそれを傍から眺めているしか出来なかったのさ。多くの先生方がそれを美しき青春と笑ったがね。そうは考えられなかった。


多少勉強はした。ルールの把握や多少のアドバイスができる程度には。しかしねえ、その部活には小早川さんというプロがいた訳で。更にはコーチも、あの時はそう、五人ばかりいたろうかね。そんな状況で素人の僕の言葉なんて、何を言っても嘘か戯言にしかならんさ。早い段階で、真面目に考えるのがアホらしくなった。部員たちが快適に部活を送れるよう、小早川さんとコーチ陣が快適に指導できるよう下働きをした方が賢明だと思えるようになったのさ。


だが、そうもいかなくなった。

小早川さんが産休で抜けることになってね。一年間僕がコーチたちと面倒を見ざるを得なくなった。しかも、面倒は重なって、野田山さんの力で抑えられ、ギリギリ小早川さんが抑えていた部活だったのに、この二本柱が抜けちまったからね。今度はコーチ間で方法論、指導論の対立が深まってね。

そうだなぁ、野田山さんをどちらも慕っていたのだけどねぇ。理論派と実践派の争いとでも言えばいいのかね。そのせいで、どんどん雰囲気も険悪になる、指導もまとまりゃしない。僕は生徒に申し訳も立たなくてね。心を病んでいったのさ。あぁ、部の生徒共は気のいい連中でね。しかしねえ、あのコーチ連中は最後の最後まで好きにはなれなかったよ。実を言えば、僕は小早川さんも嫌いだった。何回か相談ももちかけてみたが、何も解決にはならなかったよ。あの人は、一年三百六十五日、とは言わぬが、生徒と長い時間を共有していくのが最も善い道なのだと信じて疑わなかった。野田山さんがそうしたのだから、それこそが最善だと信じて疑わなかった。コーチの大多数もそうだった。野田山さんの思想の後を追って、部を盛り立てねばという強迫観念に誰も彼もが駆り立てられていたのさ。


僕はそれを、ひたすら狂気だと思ったのさ。


まあ、そうやって、部をなんとか潰さずに存続させて動かすしか僕にはできなかったのさ。

部員たちをなだめすかして、コーチの言いなりになって部活を進めて。何が正解とも分からず、何が間違いかも分からず。右から左から濁流のように流れ込む情報と、生徒や保護者からあびせられる心もないような言葉とお世辞と、なじり言葉。どう対応しても、どう受け流しても裏目にしか出ない。それ故に日々削られるだけの心身。あの日々は、何をしても空虚だった。


しかし、あの時。僕にはあの部の本質が見えた気がしたよ。小早川さんも、コーチ連中も。そして部員共も。皆、「野田山さんの亡霊」に取り憑かれていたのさ。野田山さんを中心に回っていた部活は、野田山さんがいなくなっても、連綿と野田山さんがやってきたことを受け継ごうとしてきた。既に野田山さんはおらず、野田山さんを追いかけても意味などないと、僕は思ったのだがね。

コーチの内の二人がね、その在り方に嫌気がさして、部内改革をやろうとした。そいつがコーチ共の対立のきっかけだったのさ。僕も当時それに賛同して実行してみたんだがね。完全に、完全に逆効果だった。

コーチ、保護者、部員。皆から反発と反動を受けて、勝手に野田山流に戻って行ったよ。休みなく只管に練習に打ち込み、強くあるために、強くあるために進もうとする。休みを少し増やしてみただけで、保護者共から反発が来たんだぞ……信じられるかね? 一瞬の勝利にかけ、涙と苦悩とを積み重ねていく日々。それこそが王道にして正義だと……。馬鹿らしい。本当に心身を鍛えようと打ち込むなら、緩急が必要では無いのか。たしかに結果は出ていた。部を引退したヤツらは、その道に居られたことこそが青春の象徴であり、その道を後輩たちが継ぐことこそ重要だと。そうやって、何年も何年も脈々とただ一点のこと、ただ一瞬のものにすべてが注ぎ込まれていく。


その様を狂気としか思えなくなっていったのさ。


その中でね、僕は彼女達の心をケアする目的で幾つか「マジナイ」を教え、施したのさ。彼女達の声の出し方を聞いたろう。あれも、彼女らの先輩に僕が教えてやったものさ。周囲を鼓舞し、己に克つための方法としてな。そして、心をひとつにして大望を成すために、結束のためのオマジナイなども教えたっけな。心が折れかけた子達に対して、カウンセリングもどきを行ったことも何度もあったなあ。


僕はね、その中で最終的には顧問としての判断ではなく、マジナイ屋としての判断を行った。部の連中全員が、野田山さんを成仏させる気がなかったのさ。そう、病で倒れて、ある程度回復してコートに出てきたことも数回はあったのだ。僕には妄執に取り憑かれた亡者が居る様にしか見えなかったよ。病でボロボロの体を押して出てこられてんだからね。声はかすれ、目は潰れ、それでも部活を見ていようとする。そこまでするものなのかね? 部活とはその人の人生になってしまうのか? 周りのやつもそれを喜ぶんだ、野田山さんが来てくれたと。それが、それこそが野田山さんを妄執に駆り立てたのでは無いのか?


……それも少しのことで、野田山さんは亡くなった。それから、余計に狂気が深まった気がするのだよ。だから、僕は。


野田山さんを成仏させるために、野田山さんに縋りつかないように、部内改革と同時に霊的な改革も行おうとしたのだが。その何もかもが、失敗して、闇と狂気がより深まってしまった。僕が伝えたマジナイは、間違った形で継承されてしまったようだ。

仇野君に渡されていた人形に込められていた咒は、僕が教えた形とはまた違うものだ。もしかしたら誰かが、その咒を部に伝えていったのかもしれん。仇野君が見た狂気の正体は何かを調べあげ、僕がやり残してしまった除霊を、祓えを今度こそ完全に終わらせる。

それが、僕の今の望みだ。これは、僕の個人的な失態への尻拭いである。今までの厄介事とも違う、僕が招いたしくじりの尻拭いである。

……今君に伝えておこうと思ったのは、これが本当に僕の私怨の問題で、それに君を巻き込むという愚かしいことをしようとしていることを君が知ることが重要だと考えたが故だ。


今度こそ、僕は、死人を縛り付けている妄執を、断ち切りたいと思っている。


第八幕 午後の教室

「アイカ、大丈夫なの?」

塚本さんは、席に突っ伏したまま動かない笠原さんを揺さぶっていた。

「だーいじょーぶだからぁ、ほっといてぇ」

あの球技大会が終わってから、笠原さんもおかしかった。気落ちしているような時が増えて、たまに無言で私を抱きしめてきては、満足すると離れてなんてこともあった。今までそんな風な笠原さんを見たこともなくって、塚本さんも新井さんもどうしたらいいのか分からずに困り果てていた。

今日も、状況は変わらず。

でもひとつ違うことがあるとすれば、塚本さんと新井さんの後に私が笠原さんのそばに寄って行ったことだろう。

「笠原さん」

私は、笠原さんの前の机の椅子を引き寄せて、笠原さんの隣に座った。突っ伏したまま、笠原さんは動かない。

「あの、試合のこと。というよりも野澤さんのこと。気になってるんじゃないですか?」

笠原さんがぴくりと震えた。

「あの時、野澤さん、笠原さんのこと昔から知ってるみたいに声をかけていました。それに、試合の様子を見てて。私も、笠原さんが素人だなんて思えませんでした」

笠原さんは顔だけを私の方に向ける。

薄く開けた目で、じっと私を見る。

私の言葉が詰まって出なくなる、けれど、このままではどうにもならない。念珠を擦りながら、話を続ける。

「笠原さん、中学の時のこと。野澤さんのこと。私たちに話してくれませんか?」

笠原さんはゆっくりと体を起こして、髪をかきあげながら弱くため息をついた。

塚本さんと新井さんは逃がさないと言うふうに両腕を抱いた。笠原さんは困ったように眉尻を下げて、私を見ていた。

「モモっち、どっから話せばいい?」

「そうですね。……最初から」

「さいしょ、かあ」

両腕の塚本さんと新井さんを見て、もう一度私を見て笠原さんは脱力した。

「モモっち、ゼンチューってわかる?」

「ぜんちゅう、ですか?」

「そ、ゼンチュー。全国中学校体育大会。略してゼンチュー。アタシさぁ、中二の頃、そのソフテニの選手だったんだよね。チナっちは、そん時のアタシのペアだったわけ」

その場にいた私含め、全員が固まった。

「え? えっ? ……アイカって、そんな、へっ?」

「スポーツばんのーだって思ってたよっ、でもそんな凄かったって、だって、アタシたちに話してくれたこと」

「ないよ。そういう反応されんの苦手だもん」

笠原さんは、バツが悪そうに笑った。

「すごい、そうだよね、普通の子からしたらきっと凄いんだよね、あたしは。あたし自身は、正直ただのソフテニ馬鹿だっただけなんよねえ」

笠原さんは目を細めた。まるで、昔のことが目の前に浮かんで見えているみたいに。

「あたしさぁ、あん時はすっごいソフテニが好きだったんだ。あたしの家はさ、ママがやっぱソフテニしてて、チビの頃からそういうクラブとかに遊び感覚で入っててさ。上手くなって、強くなって、試合で勝てるようになっていって、周りの人からたくさん褒めてもらってさ。単純にそれが好きだった。もっと褒めて欲しくて、もっと上手くなってみたくてさ、どんどんソフテニにのめり込んでったんだ」

好きこそ、ものの上手なれ。

放課後の授業の中で先生は私に言ったことがある。結局上達するもの、強くなるものは純粋にその物事に打ち込んでいける人間だけだと。好きというのは執着にはなるけど、それが純粋な執着の内は、どこまででも伸びて行けるのだと。

でも。

「でさ、中二の時の大会で、強かったからさ、先輩とペア組ませて貰って頑張ったら、県大会で準優勝。その決勝でバトったのがチナっち……野澤(のざわ)千夏(ちなつ)ね。あたしもチナっちも後衛ってポジションで、まあ、ライバルみたいなもんだったの。それまでも何度かやり合ってたしね。んで、県で勝ったから県の代表選手に選ばれてさ。そこで、練習を今まで以上にたくさん、たくさんやってさ。チナっちとは相性が良かったらしくて、代表の時にペア組んだの。有名だったっぽいよ? あたしたち、強かったからさ」

笠原さんは、腕に絡みついていた塚本さんと新井さんを解いて、なんでか私を抱きしめた。引き剥がそうかとも思ったけど、その時、笠原さんは。

泣いていた。

「行ったんだ。ゼンチュー。行くまではさ、すっごい、すっごい楽しみだった。どんな強い子がいるんだろうって。ワクワクするじゃん、皆と、自分より上手い子と戦えるのって。でもさ、違った」

笠原さんの声が震えている。

「ねぇ、分かる? モモっち。あたし達に負けた子達がさ、わーん、わーんて、人前でさ、泣くんだよ。悔しい、悔しいって。あたしさ、今までそんな風に考えたこと無かった。ソフテニって割と勝ったり負けたりすんのね、だから、負けたら、今度は勝つんだって、もっと上手くなって、もっとワクワク試合をするんだって、ずっと、そう教えられてきたけど」

笠原さんは、その時に気付いたんだ。

自分の足元には、沢山の涙を流している人たち、負けた人達が積み重なっているということに。その人たちの上に自分の、自分たちの今があるんだって。

「しかもさ、全国、じゃん。あたしらも県の代表だからさ、やっぱ勝つってことを考えさせられる訳。楽しく試合をするってだけじゃなくて、勝ちにこだわれって。特にさ、チナっちは、勝ちにこだわりたいタイプの人だったんだよね。普段はねえ、良い奴だよ。一緒に練習するのも、試合すんのも楽しかったし。でもね」


「チナっちはさ。あたしが気付いちゃったことは、分かってくんなかった」


笠原さんはそこで言葉を切った。

私をだく力が強くなる。

すすり泣くような声が、耳に響く。

「試合が何回か終わってからさ、あたし、チナっちに話したんだ。あたしはあんな風に泣いたこと無かった。悔しいもワクワクに変わるって思ったけど、負けた子達のこと考えちゃうとモヤモヤするって。チナっちはその時、明るく笑いながらさ。でも勝とうよって。勝ちたい、じゃんって。負けるのがやだ、やっぱり、勝って勝って勝って、練習だってやっぱり勝ちたいからするんでしょ? アイカは違うのって。あたし、そん時にチナっちがわかんなくなっちゃったんだよね。あたしは、勝ちたいんじゃなくって、楽しくテニスをしたかっただけで、誰かを泣かせたり、県の代表みたいに持ち上げられたり、勝つことにこだわりたくなんてなかったんだって、分かっちゃったんだよ」

そして、笠原さんと野澤さんは決勝トーナメントまで進んだ。

だけど、笠原さんは体が動かなくなってしまった。サーブは外れてしまう、ボールは追い切れない、ミスは連発する。

「チナっちにはキレられた。当然、だよね。でもさ、でも。楽しくなくなっちゃったんだよ! あんなに大好きだったソフテニが、楽しくなくなっちゃったのっ! 試合から逃げ出したかった。あんな所にいたくなかった。誰かを泣かせながら、勝ち負けをきっちり決めながら進んで、楽しかったねって笑い会えなくて、またやろうねって言えなくて。負けた子達がさ、チームの先生やコーチに怒鳴られてんのも見ちゃって。あたし、あたしっ、あんな事のためにやってきたんじゃなかったのにっ!」

結局、試合はボロボロの結果で終わり、野澤さんとは喧嘩別れのような形で、その大会は終わってしまったという。

「うちの中学、部活強制参加でさ。辞められなかったんだよね。うん、学校に戻ったら、ちょっとは楽しかった、かな。でも、ね。試合をさ、やろうとすると、もう体が動かなかった……」

試合の度に、その光景が目の前に浮かんでしまって、体がすくむようになったのだという。練習や、学校の中では問題なくテニスができたし、友達と遊びで試合をやるくらいはいいけれど、どんな小さな試合でも公式のものになると、なんにも体が動かなくなってしまったのだという。

「そういう、専門のお医者さんに見せたらさ、イップスって心の病気になっちゃったんだって、あたし。だからね、ソフテニ、あんまりしたくないし、話したくもなかったの。チナっちとも会わなかったの。でも、ここでさ」

中学三年の時には大きく成績を落として、選手としては使い物にならなくなってしまったと、笠原さんは語る。そこからソフテニからは離れていたけれど、家族はそんな状況を受け入れきれなかった、と言う。

「ここの高校に来たのってさ、じつは中学の時に憧れてたからなんだよね。この高校のソフテニって必ず全国大会に行くような強豪でさ、そんな所でワクワクしながら試合してみたいって、中二まではガチで思ってた。でも、どうでも良くなってたんだよね。だけどさ、ママは諦めきれなかったみたいでさ。うちの高校に入れて、強い人たちとやらせれば昔のアイカに戻るかもって言ってさ、ソフテニに入れ、入れって」

そう言って、私を離した。

「アイカ、でも体験入部の後、あんな狂ってる所へは二度と行かないって」

塚本さんが食い気味に聞く。

「そうだよ、一応行ったの、体験入部。つーか、春休みちょっと前から練習には加えてもらってた。そこでさ、チナっちとも再開したわけ。……相変わらず、勝ちたいばっかの子だったなあ。あたしと会った時も、これでやっと同じところで戦える、今度こそライバルになれる、みたいに喜んでたけど」

笠原さんの表情が曇る。

「その部活はさ、地獄だった。すべての動きが、結局は勝つために集中してってた。あたしはさ、ソフテニが出来んのが楽しいの。勝ち負けはいいの。最悪。でも、そこでは勝ちにこだわれって。試合もバンバンやらされて。ともかく勝つためにはどうしたらいいかって。自分のやり方もだいぶ変えろって言われたっけ。コーチにも、先生にも下半身を強化しろって、粘りとか、軸足とか色々言われまくって、三条流で心身強くして、全国だろうとどこだろうと勝ってけって。それをずっと刷り込まれる感じ? …………なんにも、これっぽっちも楽しくなかった」

大きなため息が出る。

「部の皆がそんな感じ。そんな所でやるの、耐え切れなかった」

だから、笠原さんは本入部をしなかった。仮入部の時に一度顔を出したあとは、結局はどこの部活にも入らずにいた。

「チナっちにぶちギレられた。逃げたって。でもさ、もうどうでもよかったわ。そん時には、ミナっちとユイっちとつるんでる方が楽しかったしね」

笠原さんは二人を思いっきり抱きしめた。二人も笠原さんを抱きしめ返す。

「二人と……モモっちのためなら、楽しくテニス出来そうだったんだけど、やっぱそんな簡単じゃ、ないよね」

そう言って泣き出した笠原さんの背中を、塚本さんと新井さんは抱きしめながら撫ぜていた。

私も、おっかなびっくり、頭を撫でてみた。笠原さんの鳴き声が大きくなって、クラスのみんながこっちを見ていたけど、そんなことを気にせずに、三人は抱き合ったままだった。


第九幕 テニスコート

ぱん、ばんっ、ぱん、ばんっ

白球が地を跳ねて、ラケットが空を切り、球を捉える音が響く。

『さぁ、こおおおい!』

空気を震わせるような声が次々に響く。


この場所には二度と立つまいと思っていた。立つだけで、気持ちが淀む場所もそう無い。穢れた場に立つ時ですら、ここまで気落ちもするまい。

『見鬼、見霊、見穢、見咒』

コートがギリギリ見える位置から、照魔鏡入の眼鏡の縁をなぞり、「見顕し」をかけてみる。

この位置からですら、薄靄のように穢れが漏れ出している。

「ここまで、か」

つい言葉が口から漏れる。

最後に見た、あの子たちから漏れていた黒い感情の波。それが穢れまで成長している。

マジナイ屋として、成し切れなかった祓えを成すと決めたはいいが、どうして心も体も、こうも動かぬものか。自分の弱さと意気地のなさに、我ながら腹も立つというものだ。

それにしても、やはり妙だ。

人間の負の感情は確かに、折り重なれば穢れを産む。それは間違いない。あの部活がそれを産みやすいことも、亡霊を縛り付けていたことも事実だが。

こんなに穢れを垂れ流す様な場所だったろうか? 亡霊のせいか?

穢れの流れを探ろうとした私の目の前に、いつの間にか男子生徒がたっている。

「あぁ、またアナタはムダなコトをなさル?」

その生徒の目は虚ろ、気配はなく、ただそこにいるだけ。しかし、口からは僕を指す言葉が漏れている。

その異様な光景を僕は何度か見た事がある。素早く目線を滑らせると、首筋の辺りに札が確認できる。

「校舎の入口の結界を抜けたか? また穴を塞がんとな」

僕は男子生徒から視線をそらさずに答える。こいつは、ただのスピーカー。

「イエイエ。アナタの結界は完璧でしたヨ? この人はコンビニで授業をサボっていたノデ、ちょっと体を使わセテ貰っていマス。そうでもしなキャ、アナタとはマトモに話せナイ」

軽薄かつ、こちらの神経を逆撫でする喋り方。そして、咒物を惜しげも無く使いながら僕に接触を図るもの。

「行商人が僕になんの用がある?」

「そうですネェ、まずは先日のお礼ヲ。あの鬼は、我々も手を焼いていましてネェ。処分していただいて助かりましタ」

男子生徒は、舞台役者の様に演技じみたお辞儀をしてみせる。

「我々の商売は、堕ちかけた人間に有効ですカラネ。堕ち切った鬼は商売自体の障害になりますのデ」

「貴様らの商売はいつでも身勝手だな」

「そりゃそうでス。我々の顧客が身勝手なのですかラネ。アナタが今やろうとしているムダなコトも、我々の身勝手な顧客が引き起こしたコトです」

僕は男子生徒を睨む。生徒は虚ろな目のまま、口の端を歪に釣りあげた笑顔を作り上げる。

「コワイですねェ。我々はネ、あくまで末永く商売をして、お金を稼ぎたいダケ。教員や医者や、八百屋や大工。そういった人達と同じデスヨ? 」

「その商品が人間を堕落させ、失道させ、人間でない化け物にしたとしても?」

「依存、というなら砂糖と何が違いマス? 薬と何が違いマスカ? 用法用量を正しく守れバ、我々の商品は人の心を癒すのですヨ。みな用法用量を守らないカラ、おかしくなるのデス。我々は化け物を産んではいまセン。客が勝手に堕ちていくだけでス。あのテニスコートの中の修羅たちの様にネ」

男子生徒は体をあらぬ方向に捻りまげながら、乾いた笑い声を上げる。

「白状しまス。あの場にはアナタがもたらした咒があっただけでなく、あの中に我々の顧客がいましタ。しかし、どんなに注意しても、用法用量を守って頂けなィ。だから、その方との商売はもう行っておりまセン。しかし、元お客様はご自身で咒物を独学で組上げて使っておられル。もはや我々の出る幕ですら無くなったのでス」

「一体、何の咒式を売り付けた?」

男子生徒は歪な笑みを深め、体をあらぬ方向に軋ませ、曲げながら呟く。

「ヒンナガミ……」

それだけ言うと、その場にどさりと倒れた。

僕はその生徒を観察し、外傷のないことを確認して背中から気合を入れてやった。生徒は目を覚ましたが、案の定なんで自分がテニスコートのそばに居るのかは理解していなかった。

彼が立ち去った後、僕は意を決してテニスコートへと近付く。眼鏡が捉えた穢れがより強く、近づくほどに濃くなっていく。それに吐き気を覚えながら、張り巡らされたネットの際ギリギリの位置に立つ。

あの日とは違うメンバーが、練習に打ち込んでいる。だが、コーチの顔ぶれは相変わらず。理論派のコーチ二人は、あの騒動の後部活から消えていった。今は、感情と熱意で動くコーチのみ姿が見える。コートの端では、小早川先生が生徒にフォームと前衛の動き方を伝授している。そして、穢れは淀んだ空気を伴い、テニスコートを取り巻いて、周りに流れ出している。

僕は気付かれないよう、極力気配を消して、テニスコートの観察を続ける。最も穢れが噴出しているところは何処か?

「……部室か」

ソフトテニス部は、野田山さんの権力と功績を元に好き勝手が許されていた。その時代に、テニスコートの内、クレイコート内部に専用の部室棟を設けることとなった。

そのせいで、余計に他の部活から切り離され、此岸も彼岸も見えなくなっていると当時の僕は考えていたが。その境界線の上に立つプレハブ式の建物から、もっともどす黒いものが流れ出ている。あそこに間違いなく咒物の本体がある。

しかし、それとは別に。部員たちよりも濃く、穢れを吹いているものがある。目だけでそれを探す。

ベンチエリアとして設けられた日除けの屋根の下。いつもコーチや小早川さんが座っているお決まりの、居心地の最悪な場所。

そこに立っている、細身のウィンドブレイカーを来た女から、信じられないようなどす黒い穢れが吹いていた。

それよりも、僕はその顔を思い出す。あの日、僕がそこを去ることを告げたあの日に記憶が一気に引き戻される。

「津田沼君……」

その声に勘づかれた訳では無いだろうが、彼女の視線が不意にこちらを捉えたような気がして、僕は総毛立った。眼には光が映らず、すぐ目の前のプレイヤーしか見えていないような、あの時のコーチたちと同じような目をしていた。

僕は口の中で必死に隠形の咒を唱えながら、気配を乱さないようにゆっくりとテニスコートを後にした。


()()(ぬま)()()()

当時の三年生であり、現役時代国体にも選出され、かつ全国大会にも出場し、部長を務めた、傍から見ればバグの様な出来の生徒だった。

社交的で明るく、人当たりの良い表の顔。母一人、子一人で生きてきたが故に世の中の大人たちを覚めた目線で見て、冷徹に沈んだ裏の顔。

この学校で当時最も長い時間を接していた生徒。お互いの良さも悪さも、全てさらけ出した唯一の生徒でもある。

野田山さんの薫陶を受けた最後の世代でもあり、当時副顧問であった僕には、小早川さんの愚痴をだいぶ言い募ったものだった。それを、大きな改革を望む流れと誤解した僕も馬鹿だったのだろう。

改革が始まってから大分、僕も色々と言われ考えさせられたが、もう部をどうのこうのとする気もなかった。コーチたちの言いなりになりながら、彼女を中心とした部員たちの寒々しい目を見ながら、部を動かしていたあの日々。


重くなった足を引きずるように校舎へ向かった。

「あんれぇ? 黒井の大先生じゃないっすかあ! 珍しいっすねえ、日のあるうちにグラウンドに出てるなんて!」

鬱屈とした気分を吹き飛ばすように底抜けに明るい声がした。

「おやぁ、小崎の大先生。おお、いつの間にかサッカー部の練習エリアまで来てたんですなあ」

僕は軽く頭を掻く。考え事をしていたせいで、普段より大回りに歩いて、グラウンドの東端にあるサッカー部の練習グラウンド付近まで来ていたようだ。

「大先生の来た方ってのは……ソフトテニスの子らのコートっすね。もしかして、この前の球技大会のことをなにか探ってんすか?」

「そんなものだよ。後は過去のヤラカシの、尻拭いかね」

「……なるほど」

一を聞いて十を知る。論説を振りかざす阿呆には煙たがられるが、小崎先生は態度が軽薄なだけで余程知恵者であった。

「ソフトテニス部はまた新しいコーチを入れたのかね?」

「そうっすよ。若い女の子の、うん、確か小早川センセはリオナって呼んでましたわ。教え子さんだとかで。つい最近大学を出て、今はフリーランスのトレーナーだかコーチングスタッフだかしてるとかいう話っすよ」

「どうだい、君の目から見て、その若いコーチは」

「そうですねぇ、優秀だとは思いますよ。あの子が入ったのは今年の初めからだけども、大学でもかなりスポーツ系の実践を詰んだんでしょうねえ。アドバイスも的確だし、トレーニングも根性的なもんじゃなくて、理論的っすよ。実は何回か俺もアドバイス貰ってましてね」

ニカッと歯を見せて笑う小崎先生の顔を見ると、畑違いとはいえかなり良いアドバイスを貰ったようだ。

「なるほど。かなりの拾い物を小早川さんはしたと」

「そっすね……」

不意に、小崎先生の顔が曇る。

「何かあるんだな」

「……黒井先生、仇野の様子、どうっすか」

今度は、僕の顔が曇る番だった。

「隠さなくっても大丈夫っすよ。俺も、それが引っかかってんすよ」

僕は、部活棟の方まで小崎先生を引っ張って行った。簡易的に設けられた顧問用の休憩室に誰もいないのを確認してから、これまでの仇野君の経過を、できる限り、咒の側面まで隠さずに伝えた。

「……やっぱ、そうっすか」

小崎先生の顔は益々渋く、暗くなる。

「小崎先生、僕はスポーツ関係の事は分からないんだ。怪異やら咒やらは分かるけどね。その側面から見て、あの部活はとても宜しくない方向へ進んでいる」

「……スポーツ関係でも、良くない方に進んでますよ。黒井先生、この話は分かりますよね? ここ数年各部活に対して、法令を守って指導しろっつう話が、教育委員会やら、私学協会やらからも、ついでに保護者からも出てるってのは。部活動の指導については、平日の指導時間を、二時間以内、無理ならば、可能な限り各校の下校時間までに納めると共に、平日内には一日の休みを儲け、休日に至っては必ず一日以上の休息日を設ける、などを徹底するように、と」

「あぁ、アレね。通達された時はうちの先生方もだいぶ荒れてたけど、確かどの部活も例外無くその形に統一された、筈じゃなかったか?」

「いえ、例外はあったんすよ」

「……女子ソフトテニス部かね」

「ええ」

小崎先生は適当な椅子を引いて腰掛けた。

「小早川さんの息子さんも大きくなったんで、段階的に部活動の方への入れ込みも本格的になってたんすけどね。ここ数年は、無茶な朝練の中止とか、休日の取り入れとかもやってたんですよ。でも他の部活よりかなりハードで、多方面から批判を受けてたのも事実っすけど」

小崎先生はそこで言葉を切って、大きくため息を着く。

「ただ、津田沼ちゃんが帰ってきてから、完全に元通りになりましてね」

「元通り? 何から何までかい?」

「ええ。小早川先生の独自路線も、いつの間にかゆっくりと消えて、野田山さんがいた時代に逆戻りっすわ」

「だが、あの穢れの溜まり方、吹き出し方は説明がつかない。僕はそいつに、咒の理屈を持ってきているんだが」

「それだけじゃあないっすね。うん、そう、こいつは感情の理屈っすよ」

小崎先生は真っ直ぐに僕を見た。

「勝ちたい、という執念かね? それとも、もっと上に行きたいという妄念かね?」

「あぁ、やっぱ黒井大先生、そこは先生にはわかんない感覚っすかねえ」

「まさか君まで、美しき青春的精神論を語ろうって訳では無いよな」

「いいえ、そう、先生が一度潰そうとしてしまったもの、ですかね」

僕は、あの頃の蓋をした記憶を出来るだけ引き出すが、自分の感情ばかりが頭の中を駆け巡っている。そう、あの時の、彼女らの感情はなんだ?

「たまには、俺が先生にお伝えしましょう……そりゃあね」


「あの頃は良かったという感覚、野田山さんの教えこそが最高だという盲目の好意、それ以上に」


「自分たちのしてきたことを無駄だったと思いたくは無い、そういう、心があるんだと」


第十幕 マジナイ処 鈴鳴堂

先生は、店に帰ってきてから微動だにせず、ソファに横になっている。

いつも淀んだ眼をした人だけど、今日は眼は虚ろになっていた。

抜け殻というのは、こんな状態の人を指すのかもしれない。

一時間が経ち、そのまま二時間過ぎた。

先生は、全く動かない。


そのまま、店の窓に填めてある古い刷りガラスから、宵闇が忍び込んできた。さっきまでオレンジに染め上げられていた先生の顔も、段々と黒くシルエットの中に埋もれていく。店全体が暗くなっても、先生は眼を、虚ろな穴を天井の一点に向けたまま、ピクリとも動かなかった。

私は、店の灯りをつける。

先生は目を細めるでも、反応するでもない。私の存在など端から無かったかのように、というより、自分が肉体という動かせる殻を持っていることすら忘れたようだった。

「先生、店を閉める時間ですよ」

私は、この沈黙に耐えきれず、遂に三時間目にして声をかけた。

先生は、体を動かさずに眼だけを私に向けて、特大の溜息を全身を使って吐き出した。

「つくづく、僕という人間は愚かしく馬鹿馬鹿しく、そして知恵の回らないことだと思う」

久々に言葉を発した先生は、枯れ枝のような体の節々を豪快に鳴らしながら立ち上がった。

「助手君、店を閉めてくれたまえ。僕は今日一日、無い頭を全力で回転させた結果得られた回答について、夜半をかけて検討を重ねるつもりだ」

先生は、たったその場で大きなため息をついて、頭を振るった。

「先生、そこまで追い詰めているものは何なんです?」

私は、堪らずに聞いた。

この人は、妙に自信があり、皮肉屋で、性格が悪く、常に私をおちょくり、こけにし、笑うような人が、ここまでしょげることがあるのか。

「……疑心暗鬼というのを知っているね」

「疑う心が一度産まれたら、どんどんと疑う思いが生まれてしまって、限りがないんだってことですか?」

「本来は違うのさ……。疑心は暗鬼を生ずと謂う。暗闇の中で、あらゆるものがまるで己を害する化け物に見えるように、疑う心が湧けば、全ての者に対する恐怖が、疑う心から生じてくるのだよ」

先生は私を虚ろな目で見据える。

私を見ているのではなく、なにか別のものを見ている目で。

「自分の過ちという奴に向き合うというのは、大人には難しいことなのだよ。特に、やり残した課題について、逃げてしまった問題について考えるということは。ここ一ヶ月、それと向き合い続けてきた。流石に、疲れてしまったのだ」

先生は語る。

「回答は、出たんですね?」

「ああ、女子ソフトテニス部の、荒御魂となって藻掻くモノを、祓う」

先生はそこで、またため息をついた。

「だがね、これは誰かからの依頼という訳でもない。仇野君の件も、野澤君の件も、全て今回は僕がかつて犯した過ちに瑞を発するものだ。己の罪を、ただ精算したいがためだけに、今回の祓いを行うのだ、僕は」

「……それが、先生を追い詰めているもの、ですか」

「他人の為に力を振るうのには、理由が必要で、躊躇うこともない」

先生の目は、次第に私を捉えだしているようだ。そして私は、先生の目の中に今まで見た事もない感情を見た。

「だがね、桃君。覚えておきたまえ。自分のために、間違えとわかっていても尚、力を振るうというのは、酷く恐ろしくなるのだよ」

先生は、怯えていた。

私の名前をわざわざ、噛んで含むように呼ぶなんて、普段の先生では絶対にありえないことだ。

先生は深く息を吸い込んで、無理やり背筋を伸ばした。

「桃君、僕は準備に一日掛ける。たとえ、過ちに更なる過ちを加えたとしても、過去の亡霊を怨霊に変えたとしても、僕は僕の罪穢れを祓いに行く。そのためにも万全を期する」

「先生、その前に教えて下さい。今度の、祓いは何を祓うんですか。先生の過去、と言うのはわかりました。じゃあ、先生の過去ってなんですか? 前した話は、本当の意味で確信になんて触れてない……。 今回、私はほとんど何も分かりません。私は、それでも、先生の助手です! 知る権利は、あります」

先生はもしかしたら、私を置き去りにしてでも過去を消しに行くつもりかもしれない。

ここまで私を引きずり回して来たんだ、今更格好をつけさせるもんか。

「私も行きます。だから、教えて下さい。過去の亡霊、罪、それが形になって居るものは、何ですか?」

先生を逃がさないように、目を捉える。

先生は、私から目を逸らさずにいた。

「………………分かった」

そう言って、先生はどさりと音を立ててソファに腰掛けた。

先生の雰囲気がいつも通りのものへと変わったような気がした。

私はキッチンから出て、客用のソファに腰掛ける。

先生は、体の前で腕を組み、ゆっくりと喋り始めた。

「今回、穢れを産んでいるのは女子ソフトテニス部のトレーナーとして部に入り込んだ卒業生、津田沼里緒菜だ。そして、彼女は僕の「弟子」でもある」

私の前にいた、先生の「弟子」。その言葉は、思った以上に私にとって衝撃だった。この人嫌いの先生の、弟子。

「僕は部長だった彼女のメンタルケアに、咒の理屈を使い、部をまとめさせる為に幾らかの咒を教えた。僕があの部を裏切り抜けた後、彼女は、独自に色々と修練を積んで「呪」を極めて来たらしい……コートまで出向いて確認してきた。あの雰囲気はマジナイ屋の中でも、「呪」を中心に扱う人間の気配だった」

「ノロイ、マジナイとは違うんですか」

「授業で教えたろう。咒は二つの面を持つ。一つは相手に正の効果を与える「祝」、そして一つは相手に負の効果を与える「呪」。彼女は、技術として人間の負の感情を増大させ、膨張させ、操る方法を身に付けた。あの仇野君の首に下がっていた人形は、彼女の作だろう」

先生はそこまで言って、ふうと息を吐く。先生にとって、津田沼さんという生徒は、先生の弟子は、特別な意味を持つのだろう。私に見せる、妙な先生のこだわりと同じ様に。

「それに、彼女はあの部活の中で最も野田山さんの時代に憧れを持っていた。彼女が部活に入ったタイミングで、野田山さんの病気が発覚し、満足に活動できなくなってきた。だからこそ、余計に、その時代に強い憧れを持った。その時代を護らなければと強く思っていた。僕にも懐いてくれてはいたが……あれは彼女なりの処世術に過ぎなかった。あれは、どんな大人よりも聡く、賢く、だけど幼稚で、頑固で、真面目で、思い込みが強すぎる……。そんな幾つもの面のある少女だった。だからこそ、僕の裏切りは許せなかったのだろう」

先生のこんな姿は本当に初めて見る。そして、初めて知った。

「私の、前の、お弟子さん。だから、そこまで迷ってたんですね?」

「そして、僕が掬うことを諦めた。僕はあの時、彼女たちではなく、自分の感情を優先したのだ。それを、彼女は許さなかった。最後に、僕があの部活を去る日に見せた、あの子の、眼が……忘れられないのだよ。あの、深い虚ろの様に、あらゆる感情がないまぜになった、あの眼が……」

先生の組んだ腕が、キチキチと音を立てて軋んだ。

「それが先生の罪ですか」

「そうさ、中途半端に掬い上げて、放り投げた報いだ」

「その津田沼さんを祓えば終わりですか?」

「いいや、彼女が用意した呪の本体を叩かないと意味がない。あの部活に施した、彼女の呪を。そして、小早川さんの、コーチたちの、今の野澤君を含む、あの部活全員を含んで蝕むあの、呪を」

先生は、組んだ腕に折れんばかりの力を込めて自分を抱いているようだった。

「津田沼君には、あんなに禍々しい咒は教えたことは無い。僕が抜けた後、自分たちで部を存続させていくために彼女は「呪」に特化した。闘争という負の感情を起点として咒を組んで行った結果だろうか……何時からかは分からないが、「行商人」と接触した様だ」

「「行商人」とですか? 証拠は?」

「向こう側から僕に接触してきやがったのだよ……曰く、商品を下ろしていたがあまりに暴走が酷いため、客から外したので後始末をしろとさ」

私は、呆れを通り越してビックリした。もちろん、先生に直接接触してきたことにも驚いたけれど、後始末?

「よくある事だぞ、覚えてくれ助手君」

先生は話しながら冷静さを取り戻しつつあるようだった。私の驚いた顔を見て、取り戻した様にも見えるのが少し癪だけど。

「「行商人」は、世の中に咒を無造作にばら撒く我々の敵であるが、一方で彼奴らはどこまでも商売人に過ぎなくてね。商売として価値ある取引のできなくなった相手とは早々に縁を切ってしまうのだよ。今回のケースは、想定外に強力な咒を購入者が生み出してしまったこと、あまつさえ、その購入者は彼奴らの商売品などなくとも呪を扱えるほどの術者になってしまった事、ここら辺が影響しているのではないかな」

「そこまで言うって事は、先生は咒の正体も分かってるんですよね?」

「彼奴らが漏らして行ったよ。人形(ひんな)(がみ)だそうだ」

全く聞いた事もない名前だった。

「ひんな? 呪なんですか? ……神様? の力を使うんですか?」

「助手君、君は色々と忘れているようだが、授業を思い出したまえよ」

先生は調子を取り戻したらしく、腕を解き、眼鏡の位置を直し始めた。私を小馬鹿にするだから、ある程度大丈夫と言っていい。私もひとつ、軽くため息をついて先生の質問に向き合った。

「少なくとも授業中に聞いた事は無いですよ」

「では、ひとりかくれんぼ、では?」

「……降霊術、ですか?」

先生はニヤリと口の端を釣り上げて、不揃いで色の悪い歯を見せた。

「そのとうり。やり方は覚えているかね?」

「確か、塩と蝋燭に包丁、コップ、後は髪の毛と……ぬいぐるみ、ですか」

「理屈はどうかね」

「なんの霊なのかは分からないなりに、ぬいぐるみを仮の入れ物にして、そこに霊を……」

そこまで言って、別の授業のことをふと思い出す。

日本には、昔からヒトガタを使う文化があると先生は言った。例えば神社で穢れを払う時、ナデモノという髪の人形に名前を書いて、穢れのある場所を撫でて息を掛け、それを火で燃やして清めるという。ものは単なる紙なのに、それは人間そのものを清めたのと同じ効果を得るという。

また昔、雛人形は飾るものじゃなくて流れる水に流してしまう、穢れ祓いの為のヒトガタに由来していて、流し雛という風習が残る地域もあるという。

日本では、人の形を真似たものには、そのウロに魂が宿りやすいという。

「ヒンナガミ……雛神、人形の神様、なんですね」

「授業が無駄にならずに良かったと感じているよ、我が弟子」

先生が、私を助手でなく、弟子と言った。

「人形神は、元々富山県の近在に伝わる伝承で、憑き物とも咒とも、様々に伝わるものだが。七つの村の、七つの墓から持ってきた土でこさえた神や仏の姿を写した人形を、大通りなど人が多く踏みしめる場所に埋めいれて通行人に踏み重ねさせるのだよ。最も強きは一千の人に踏み固められた墓の土を使うものと言うがね? もしくは、千個の土人形を鍋に入れこみ、煮立たせて持ち上がってきたものを指すとも。そうした人形に、願をかけるとあらゆる願いを叶えてくれるそうだが、死のその時に術者の魂を持っていくともされているよ。彼女は、本来マジナイ屋の中でも禁忌とされている人工のカミの作成にまで及んでしまった。人が寄せた神がどうなるものか、知らぬ助手君では無いな」

私は思い出す。五月のあの日の教室で、塚本さんが降ろしてしまったモノを。あれも、あとから聞けばカミなのだと先生は語った。

「あの部活は、現在、形の判然としない霊の支配域となっている。十中八九祀られているのは野田山さんの霊だろうが、御本人の御霊ではない」

先生は妙に自信ありげに言い切った。

「なんで言い切れるんですか? 確かに、死者の霊魂は簡単に呼び戻せないものだと言うのは分かります。だけど」

「君の父と母の例もあるからな、だが有り得ないのだよ……」

先生の目は、真っ直ぐに私を捉えて離さない。

「覚えていないかね、僕が最近していたことを。あの時に君になんと言ったか」

ここ最近の先生の動きを思い出す。急に妙なことをはじめて、あの時。

「詩を作って、弔いの時期って……弔った……野田山先生の霊は、先生が、鎮めたんですか?」

「そのとうりだ。あの人の葬儀のすぐ後、僕が入念に、もう誰にも利用されないように祓い鎮め慰めた。あの時の僕には何となく予感のようなものがあったし、あの環境だと、もしかしたら僕が巫になってあの人を祀っていたかもしれないよ。だからこそ、入念に、懇ろに、葬った。普段使わないような古の作法すら使ってね。だからこそ言える。今の彼女らが、津田沼君が祀っているのは、本当のあの人の霊なんかじゃない。無理やりあの人の形を与えられた、ナニモノかだろうよ」

先生は再び足に力を込めて立ち上がった。その顔には、もう影は刺していなかった。

「助手君、明日の放課後にソフトテニス部を祓う。君にも、きっちりと付き合ってもらうことにする。そのつもりで用意をしておきたまえ」

先生は今度こそ二階へと上がって行った。


私は店の鍵を閉めて、肌を刺すような風が吹く街を家に向かって歩く。今日は、心なしか姿の見えない大狼である父と母の距離がいつもより近いような感覚がある。あんな話をした直後だからだろうか? それとも、父と母なりに私に気を使って寄り添っていてくれるのだろうか?

でも、死者のことなんて我々魂魄が揃っているものの考えの及ばないものなんだ、と思う。

先生風にいえば、生きている人には生きている人の、死んだ人には死んだ人の理屈があるんだと。

私の前のお弟子さんである津田沼さん。私はどんな人か全く分からないけれど、津田沼さんのしていることは間違いだと思っている。私は、数少ない友達の泣き顔を見た。普段はクールで頼れる人なのに、子供みたいに泣きじゃくった笠原さんの原風景を歪ませてしまった場所と、人たちが、正しいとも思えない。

私は、私のやるべき事をする、と決めた。


第十一幕 堕修羅

ぱぁん、ぽぉん

コートに音が木霊する。

ゴム製のボールが跳ね、ラケットが空を斬る音が響く。

みんな、ボールに喰らいつくように向かい合い、自分の姿勢や打ち返し方を徹底的に練っている。

傍から見れば、真剣な部活動の光景といえるだろう。


でも、私には違って見える。

二つ目の瞼を開いてみたその場所は、鬼のペアが無我夢中でラケットを振って、走り回っている様に見えた。


先生は、黒いフェルトの帽子に黒いインバネス、黒い着流しに下駄履きの、いつもの仕事のスタイルでこの場に望んでいた。そばに私を控えさせたまま、ゆっくりとテニスコート入口の柵を開けて、宣言も何もせずに、影がただ伸びていくだけのように、コートの中へと進んで行った。

部員たちの怪訝な目も気にせず、足取りは迷わずに、コートの中に設けられた、顧問の先生やコーチたちが座る場所であろう屋根付きの席へと進む。


「黒井先生?」

初めに口を開いたのは、テニスウェアを来た四十代半ばの女の人だった。声音は優しそうだったが、まとう気配は貼り詰められて、目線はコートから離れない。鋭く生徒たちを観察しているその目に、私は気圧されそうになる。

「お久しぶり、というのも変ですがね、コートの中ではお久しぶりですな、小早川先生」

この人が、先生がソフトテニス部を持つきっかけの一人、小早川先生。

「今日はだいぶカッコイイ服を着てるんですね」

まるで世間話でもするように気さくに先生に声をかけるが、先生の表情は眉間に皺を寄せ、口をきちりと閉めたまま動かない。先生は、この人にペースを握られたくないようだった。小早川先生の問いかけを無視して、一方的に話を進め出す。

「唐突で申し訳ないが、この部活は早急に処置が必要でして。今からその、処置を行わせて頂きます」

先生は、私が見た誰との会話よりも丁寧に小早川先生に言葉をかけた。小早川先生の表情が曇る。

「処置? 黒井先生のもうひとつのお仕事は聞いているけど、うちの部活は特に問題ないよ。「外の人」に急にそんなこと言われてもなあ」

小早川先生の、外の人、という言い方が妙に心をザラつかせた。無意識に、先生と私の存在を牽制している。

「そうも行きません。事実、この部活には大いなる悪影響が発生しておりますので」

「何故あなたに分かるの?」

言葉は柔らかいままだが、小早川先生の放つ気配がどんどん冷たく重くなっていく。言葉の裏に、無関係の人間から口を出される憎悪がにじみ始める。

でも、先生は。

一つ、溜息をつき、拳をきつく結びながら、言い放つ。

「僕が、マジナイ屋だからです。小早川先生。貴女が女子ソフトテニス部の指導者としてプロであるように。僕はマジナイ屋としてプロです。その目線から見て、この部活は「異常」だ。この学園の「異常」を祓うのが、僕の役目です」

そう言って、先生は両の袖を大きく払って、「喝ァッ!」と叫んだ。

あまりに瞬間のことで私は対応できなかったが、見えない父と母が私に寄り添った。

先生を中心にして、猛烈な衝撃が放たれて、小早川先生を昏倒させた。それはコーチの席だけでなくて、コート全体まで一気に広がり、その場にいた霊的に無防備な部員たちまで昏倒させたのだった。


「相変わらず、大雑把ですね」

皆が倒れた空間で、ただ一人。

ウィンドブレイカーに身を包んだ、細身の女の人が佇んでいる。

肩のあたりで揃えられた髪。日に焼けた肌。澄んだ大きな目が印象的な、鼻筋の通った美人だった。顔には、薄い微笑みすら浮かべて、先生を真っ直ぐに見つめている。背は、先生よりも頭ひとつ小さくて、私よりは頭一つ大きい。

でも。

私の目には、 黒い淀みのような穢れに覆われた、人の形をした何かの姿が重なって見えた。

「今更何の用ですか? 黒井先生」

「君を祓いに来た」

「お言葉ですが」

先生の言葉を遮って、その女の人は囁く。

「この部活は極めて健全で、みんな真剣に強くなろうと取り組んでいます。貴方のような門外の人間が軽々と口を出していい所じゃありませんよ。貴方は、真剣にテニスに向き合っているこの子達を、妖怪かなにかと一緒と考えるんですか?」

先生は、その人の言葉をただ聞いていた。

「この部活の在り方は、そもそも僕の好みのものじゃあなかったよ」

「あなたの好みで部活の内容を語らないで下さい。あなたの好みの部活は、私たちが望んだものじゃあなかったんです」

先生との間に流れる、独特な空気感。

この人が、先生の最初の弟子。

津田沼里緒菜さん。

「それに今更、戻ってきてどうしようというんです?」

津田沼さんは無造作に手を叩く。

『いつまでも寝てない!』

言霊の籠った声。先生のそれよりも冷気を持った声が場に響くと、昏倒していた部員たちが、糸で引っ張られるように立ち上がった。

その中には野澤さんもいた。でも、表情はなく、虚ろな目をしたまま。

良く視ると、津田沼さんの背中から噴出している穢れと、ほかの部員の子達が繋がっている。

「帰ってください。これから練習なんです。次に向けて、もっと練習を重ねて、もっと調整をしないと」

「君の言う調整は、肉体的なものでは無いだろう」

「それが?」

津田沼さんは、先生をキッと睨んだ。

「私たちから逃げた貴方には関係ないことです、黒井先生。この子たちは強くならなければいけないんです。その為には、時間を少しでも作って練習して、テニスに身も心も染み込ませて、部活のことを、テニスのことを常日頃から語り、真剣に考えていかなきゃダメなんです。それがこの子達の理想的な青春。お分かりでしょ?」

先生は、袖を大きく払った。

「やっぱり、君たちは狂ってる。そんな思想を押し付けて、考え方すら染めあげたものが、人間の在り方であるものかっ!」

先生は声を張った。

『なうまく・さんまんだ・ばだらだん・かん!』

手は、人差し指を立ててそれ以外の指を折り曲げて結んだ「不動明王の印」にして、十文字に空を切り裂いた。

手の印に、炎の剣が重なって見え、一直線に津田沼さんへと伸びていく。

『のうまく・さまんだ・ぼだなん・あはん・はたえい・そわか』

津田沼さんが、低い声で真言を唱えながら手で事も無げに炎を払う。炎が触れた先から掻き消えていく。

「攻め方がやっぱり雑」

先生も印を解く。

「子供だましなど通じないか」

どうやら、小手調べのようなものだったらしい。

「当たり前です。私は先生の真面目な弟子だったでしょう?」

「狂った挙句に失道した、愚かな弟子だ」

先生は吐き捨てた。

津田沼さんは、悲しげな顔をして私の方に視線を移す。

「新しく弟子を取ったんですね」

でも、津田沼さんの目には今、先生しか映っていないようだ。私を見つめたまま、先生に言葉をぶつけていく。

「また途中で放り投げる気ですか?」

先生を揺さぶるための言葉。

「私たちは、一緒に部活を盛り上げてくれると思ってた。先生は、小早川先生の、野田山先生の在り方を分かってくれるって」

「小早川さんの在り方を最初に否定したのは僕じゃない、君だ。そして、消えた途端に固執しだした」

「私は最初から野田山先生の率いるこの部を愛してました」

「改革に乗り気だったのは君たちの方に見えていた」

「貴方たちがこの部を壊そうとした」

「君たちのための部を作りたかった」

先生たちの言葉は、お互い通じていない。

私は当時のことを知らない。だけども、二人は同じ場所を見ていたのに、全く違う何かを追いかけていた、それだけは強く伝わってくる。

私は、この空間では「除け者」だ。

でも、その「除け者」に先生は役目を作っておいた。私はただ、機会を待つ。


「うるさいっ!」

最初に焦れたのは、津田沼さんの方だった。

「何が私たちのためだっ!アンタたちのやりたいような部活を作りたい、そのための道具として私たちを使っただけだろう! アンタはいつだって、私なんか見ていなかったろう!」

背中から、今まで以上の穢れが噴出し、それが部員たちに注ぎ込まれていく。

『やれっ!』

そして、部員たちは一斉に私たちに向けて襲いかかって来た。

部員たちの体を覆う穢れは、あるペアは一本角、あるペアは肩から背にかけて布のようなものを垂らし、あるペアは仮面のように顔に張り付く。全部で八ペア、それぞれ別の形の化け物の姿を取っている。

「助手君、生徒諸君には手を出すなっ! まずは逃げに専念しろっ!」

私は先生の指示を受け、用心の為に口を開かずに祝詞を念ずる。

『かけまくもかしこき おおくちのまかみの はやきあし ときあし つよきあし やそかぜきりすすむ そのみあしを まとわしめたまえ』

一息に体の中の気を吐き切り、足に纏う父と母の気配に神経を研ぎ澄ます。父と母の足と私の足が重なるイメージと、生徒たちの手が伸びるのはほとんど同時だった。

『疾ッ!』

私の体は追いすがる手からするりと逃れる。伸びてくる手をよく見て、細かく早く足を動かすよう心がける。

「どうだね? 我が弟子もなかなかだろう」

先生を見れば、津田沼さんと対峙したまま動かない。

「それが何ッ!」

津田沼さんは、両の手を先生の方に向けて思い切り振るった。先生はとっさに顔の前に手をかけて防ごうとしたが、動きのキレは格段に津田沼さんが上、手から放たれた小さな袋が、先生の前で弾けた。

ぶわっ、と粉のようなものが拡がっていく。

先生はそれを吸い込んでしまったようだ。思い切りむせ返っている。

「げほ、げほっ、カハッ!」

そして、喉の辺りを抑えながら津田沼さんを睨んだ。

「なる、ほどっ、胡椒と山椒、唐辛子……それに焼いた塩の灰かっ」

先生の声が、嗄れて聞き取れないものに変わってしまっている。津田沼さんはそれを見て、冷たくて乾いた、肩頬だけを持ち上げたような笑いを浮かべた。

「黒井先生、教えてくれましたよね? マジナイの基本は「声」だって。言霊を込めた声で呪文を唱えることが、ありとあらゆる現象に、人の心にだって作用するってぇ!」

津田沼さんはいつの間にかマスクをして口を覆って、自分は粉を吸わないようにしていたらしい。

「私は貴方からたくさんの教えを受けたんですよ? 忘れたんですか? これでも、貴方の弟子だったんですよ!」

わざとらしく両の手を広げて、津田沼さんは先生を見ていた。

『その人を捕らえろ』

二人の部員が先生の腕を掴んで、羽交い締めにした。

私は思わず、先生を助けようと体が動きかけたが、先生は目の動きだけで私の動きを止めた。私のところには残りの部員が押し寄せてきている。確かに、少しでも気を抜くと捕まりそうだった。私にはまだ、役割が残っている。

「新しいお弟子さん?」

津田沼さんは、初めて私に声をかけた。

彼女が手を叩くと、部員たちの動きは止まる。そして、指で先生を指し示す。

「あなたは優しい人? それとも冷たい人?」

津田沼さんの声は、先生の妙な納得を人に引き起こさせる声とは違う。相手の心の中にスルッと入っていくような、心地良さを持った声だった。

私は会話を放棄した。足は止めたものの、父と母を纏わせることだけはやめない。いつでも行動を起こせるだけの準備をした。

「返事もなしか。先輩への礼儀もないのね。それじゃ、これからやってけないよ?」

津田沼さんは指を振るう。すると、部員が二人、ラケットを持って先生の隣に立った。先生は、別の生徒に腕をがっちりと固められているため、動けないでいた。

「知ってる? お弟子さん。鍛えている全国レベルの選手のスイングの威力を」

部員の一人は、先生の胸めがけてラケットを振るう。ぶおっ、と風を斬る音がして、ラケットは寸前で停められた。

「骨のニ、三本くらいは折れるかもね?」

この人は、先生を人質にして、私に話しかけてきている。

「アナタになんかしようって気は無いの。今のところはね」

さっきの部員がもう一度スイングをして、寸止めする。

「私は、この部活を野田山先生がいらした頃の、この部活本来の、みんなが望んだ形にしたいだけ。この子達に施した調整も、全国でも、国体でも、さらに上の大会でも、この子達が勝って楽しくテニスを続けて、人生の糧にして欲しい。そのためだけのもの。この部が活動を続けて行ければ、それでいい。望みはそれだけ」

もう一度スイング、寸止め。

「ねえ、お弟子さん? それは悪いことなのかしら? 私たちは、純粋に部活動に打ち込みたいだけなのに、この黒井先生は邪魔をしたいんですって。ねぇ、どっちが間違っているのかな?」

もう一度スイング、寸止め。

「彼女の声を聞くな、助手君」

しわがれた声で、先生は言う。

「彼女は僕より、よほど弁が立つ。一度懐に入るのを許してしまうと、一気に引きずり込まれるぞ……」

スイングは、寸止めされず先生の胸を思い切り強打した。

「ぐああっ!?」

「貴方は黙ってて、黒井先生。今は貴方のお弟子さんと話してるの」

津田沼さんは部員に指を振るう。

部員はまた、寸止めせずにスイングした。

ばあん! と強く叩きつけられる音がした。

「けはぁっ!?」

先生の口から、血が吹き出る。

「すごい威力でしょう? これが全国選手の力ですよ、黒井先生。身をもって味わってみてどうですか? この子たちの練度は? これなら、どこへ行っても通じるでしょ?」

津田沼さんの声はどこまでも柔らかい。だけど、その声に優しさなんてこもっていない。先生よりも優位に立ったこの状況を楽しんでいるようにすら思えた。

先生は、力無く、だけども不敵に笑った。

「……しい」

酷くかすれた声で聞き取れない。

「素晴らしいでしょ! ここまでやってきたんですよ! 私ひとりでっ! ここまで、ねえ!」

「……バカバカしい」

先生は、確かにそう言った。

津田沼さんの顔から表情が消える。

「今なんて?」

「バカバカしい、と言ったんだ」

もう一度先生にスイングが叩き込まれる。

先生は、思い切り吐血した。

「先生っ! もうやめてください!」

私は耐えきれなくなって叫んだ。

でも、先生は歪んだ笑顔を浮かべていた。

「ははははっ、ねえ、黒井先生! お弟子さんが心配してくれてるよ? もう辞めようよ、私達は放っておいてくれればいいの。この子達は、青春を部に捧げたいの。テニスに捧げるって自分で選択した子達なんだよ。それを先生は邪魔してるだけなの。先生はこんないい子たちの未来を邪魔するの、ねぇ? この子達だけじゃない、ほかの先生も、保護者の皆さんも望んでるのよ。この子達が強くなって、勝って、実りある人生を歩んでいくことを!」

「げぼっ……けほっ、ああ、そうだろうさ」

勝ち誇ったように語る津田沼さんに対して、先生の態度は変わらない。重たいラケットのスイングを何度も受けて、体中痛むはずなのに。声も封じられて、呪文も使えないはずなのに。

先生は、そのかすれ消えた声で語る。

「だがね、里緒菜君」

津田沼さんの名前を呼ぶ。私がピンチの時にそうした様に。

「呪いで無理やり心を潰して、整えた選手で、君の操り人形にしかならない生徒たちで、君は何をしてるんだね? 選択? この子らが傷を負いながら成長するなら良し。現状ではその気配もないがね? 彼女たちが、真に君の言う未来を選択しているなら、なんでわざわざ彼女らに、この部に、理をねじ曲げるような呪なんてかけている?」

津田沼さんは、部員にまたスイングをさせようとしたが、その部員は急に動きを停めた。

先生が、その生徒の目を捉えて思い切り睨み付けている。

部員は身体を痙攣させて、その場に倒れてしまった。

「っ?! なんで!」

「テストだけ乗り切るような君の修行のやり方には、昔から知識の量に限界があるのさ」

先生は私に目配せをした。

私は、足への集中を解いた。

『われはこいねがう、おおくちまかみよ、そのつよきつめをもて、そのつよききばをもて、このちにすくうおにをくい、このちによどむけがれをはらえっ』

念珠を握りしめながら、父と母の存在を強く思う。

『きませいっ!』

私の左右の空間を歪めながら、巨大な白いオオカミたちが現れる。

「ぐおおおおう!」

「ぐああああう!」

私は全神経を父と母を操ることに集中して、力の加減を誤らないように部員たちを蹴散らした。父と母の爪と牙は、部員たちを覆っている黒い穢れだけを切り裂いて、中の身体を傷つけずに引きずり出していく。

津田沼さんはさっきの先生の咒にかかって、動揺していたお陰で部員への指示ができていない。その隙に、私は父と母と共に「祓い」を行なっていった。

「里緒菜君。マジナイの発動に言霊は重要だ。僕の力の要も、もちろん言霊だ」

先生を捉えている部員を父と母が引き剥がして、先生は自由の身になった。何発も打撃を受けていたので、そのまま倒れてしまうかと思ったが、先生はそのまま、いつもの調子で立っていた。

「だがね、僕はプロだ。不測の事態に備えて、ある程度「次善策」位は用意しておくものだよ」

先生の手にはいつの間にか破れた御札が握られている。

「例えば、肉体が傷つけられた時の為に、回復用の咒を込めた札を用意しておくこと。そして例えば」

先生は、眼鏡を指でつついてみせる。

「普段から身につけているものに、咒を仕込んでおく、とかね」

津田沼さんの顔には、明確に憎悪の感情が滲み出ている。目の端を釣りあげて、吠えた。

「アンタはいつもいつも、そうやって人をバカにしてぇっ!」

津田沼さんの背中から、また穢れが噴出して部員たちに注ぎ込まれようとした。でも、父と母の爪と牙で部員に掛けられた呪はズタズタに破壊してある。先生と相談の上でやっておいた事だ。

特に、津田沼さんとの「リンク」を完全に切り裂いておいたので、穢れは部員たちの周りをぐねぐねとのたうつだけだった。

「さあ、どうするね、里緒菜君」

先生は口に残った血を、自分が持っていた札に吹き付けて、それを津田沼さんへ放った。噴出する穢れに呑み込まれて札はちぎれ飛んだ。

津田沼さんは、先生を強く睨んだあと、テニスコートの中に作られている部室の扉へと走っていって、思い切り開けた。

「アンタがどこまでも邪魔をするのなら!」

津田沼さんの穢れは部室の中にゾロゾロと吸い込まれていく。そして、大きく部室が震えた。

「助手君、いよいよ本星だぞ」

津田沼さんの口から、言霊のこもった、だけど先生のように周囲を震わせる声でなく、耳障りで心がざわつくような声が発せられる。

『斯くばかり 戀つつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを』

「今のは……和歌、ですか?」

私は先生の横に駆け寄る。

「ああ、昔から詩歌には咒の意味が込められていてね。君らが覚える百人一首にもそんな内容のものがあるが」

『ちはやぶる 神の持たせる 命をば 誰が為にかも 長く欲りせむ』

がたがたと部室の揺れが激しくなり、穢れがずるりと音を立てながら、部室から抜け出ようとしている。

『天地と 共に終へむと 念ひつつ 仕へまつりし 情違ひぬ』

「しかも津田沼君の詠っているのは、貴い人の死を惜しんだり、その人を恋しく思うという歌ばかり……ある種歪んだラブレターと言っても良い」

「ラブレター? こんな時にふざけて」

「巫山戯てなど無いよ。恋文ってのは強い思いを込めて書かれるもんだろう、ああいうものは強い呪になるんだ!」

穢れが強すぎて、実体を伴う程のナニかが部室から現れた。それは輪郭が巨大な人のようで、入口にいた津田沼さんをそのまま飲み込んだ。

手のように見えるものを動かしながら、ずるり、ずるりと音を立てながらそれはテニスコートに這い出してきた。

それは、見ようによっては歪な赤ん坊にも見えた。丸い顔に見える場所に、四つの穴が空いている。穢れが吹いたり、澱んだりしながら輪郭を作っているので、ビクビクと脈打っているように見える。

強烈な、ものが腐ったような匂いが辺りに拡がっていく。

「さて、助手君。コイツがテニス部の神様だ」

「神様? こんな気色の悪いものが?」「作ったのは、行商人から知識と技術を買った津田沼君だろうけどね」

いつの間にか、声すら治った先生はじっとその神様?を眺めている。

「ヒンナガミを中心にしながら作った、この部の大黒柱にして神。つまりこいつは「野田山さんの似姿」だろうよ」

「亡くなった方の姿を、写した神様ってことですか?」

「そうさ」

部室から完全に抜け出した偽物の神様は、部室そのものよりも大きく、私たちはその姿を見上げる形になった。無造作に穢れで出来た手をばたつかせて、手当たり次第に周りのものを壊そうとしている。

「本当に、これが神様?」

私には、単に暴れている赤ん坊のようにしか思えなかった。

先生も、危なっかしい足取りで穢れを避けながら答える。

「さっき、津田沼君が自分の穢れを注ぎ込んでわざと暴走させたからなあ。元々まともな神なんかじゃないが、これでは単なる霊的災害だ!」

偽神は天に向かって吠える。その吠え声に呼応して、テニスコートから穢れが噴出する。

「流石に津田沼君だ。この地が龍穴の影響にあることまで計算詰めで野田山さんのヒンナガミを置いたんだ。霊的能力を強めるために、わざと穢れと神をリンクさせたんだろう」

先生は、自分の式神を呼び出すためにペンダントを掲げた。

『稲妻を落とせ、雷鳴! 吹雪を呼べ、鉄斗羅!』

先生の両脇に、雷を纏ったイタチと、雪を纏ったイノシシが現れた。彼らが吠え声をあげると、空が一気に曇って、幾重もの雷が偽神を打ち据えて、その後を氷の矢が降り注いだ。偽神は悲鳴のような声を上げ、その場へと倒れ込んだ。体からは穢れが霧散していく。

『われこいねがう、きり、さけ!』

私も父と母に念じ、偽神を攻めた。身体にまとわりつく穢れを、父と母が喰らい尽くし、引き剥がしていく。

少し勢いが衰えた様に見えた偽神だけど、コートから止めどなく湧いてくる穢れをどんどん取り込んで、偽神の勢いは衰えない。ぼやけた輪郭の四肢を踏ん張って、立ち上がろうとしているように見えた。

「あぁ、これはいかん」

先生は、懐から札を取り出して構えた。空中に札をばら撒きながら、大きく柏手を打ち、回復した喉から言霊を乗せた咒を放つ。

『きいつきいつ たちまちうんかをむすび

うだいはっぽうごほうちょうなん たちまちきゅうせんをつらぬき げんとにたっし たいいつしんくんにかんず きいつきいつたちまちかんつう にょりつりょう』

再び大きく柏手を打つと、空中の札が円を書いて偽神を取り囲み、巨大な光の柱を生み出して穢れを一掃した。

先生は、そのまま膝から崩れた。

息がいつもより荒い。

「大丈夫ですか」

私が肩を貸そうとすると、先生は手でそれを止めた。

「……さ、すがに、こう、連発で強い咒やら、専門じゃない咒を、うつと」

先生の目の焦点が合っていない。

「太乙真君法なんて、こんな事でもなけりゃ使うこともないし、流石に想定外が、過ぎるぞ……あの、愚か者め」

私は、母を自分の傍に呼び戻す。母の尾を私に絡めさせ、母の力を少しだけ分けてもらうイメージを強く持つ。

『おん ばいせいじゃらじゃや そわか』

先生に習った、薬王菩薩の真言と共に、母の気を先生へと注ぎ込む。

『おん とんばざら よく』

そして、延命菩薩という、命をつなぎ止める力を持つという仏様の真言を注ぎ込む。先生は、大きく息を吐くと、呼吸を整えていく。

「すまん、助かった」

私は、母の鼻先に手をかけて立ち上がる。私もここまで真言を使ったことは無かったから、かなりフラフラと足取りがおぼつかなくなった。

「あの愚か者め、自分を生け贄に捧げて神の楔を解き放ったんだ。元々は、人の願望を吸い上げてそれを叶える憑き物とも神とも言えるものだそうだが、こいつはもう、このコートに染み込んだ積年の感情を吸収して、あの愚か者の独りよがりな感情を取り込んで、タガが完全に外れちまってるんだ」

先生は、無理やり私が注ぎ込んだ気のおかげでかなり回復したらしい。

「助手君、君も相当キてるだろうが、後二打で決める。持ちこたえてくれ。コイツを、この地の妄執を、僕のエゴで祓い切る」

先生は、腰に指していた細長い布袋から、金色の剣を引き抜いた。「不動明王の利剣」、仏教の中で、教えを素直に受け取れ無い迷いの中にある人たちを、厳しさを持って救う怖い顔をした仏様の、右手に握られた剣に似せて作られたものを、まっすぐに偽神に向ける。

『のうまくさらば たたぎゃていびゃく さらばぼっけいびゃく さらばたたらた せんだまかろしゃだ けんぎゃきぎゃき さらばびきなん うんたらた かんまん』

あの本成を殺した時の、不動明王の火界咒という強力な術を剣に込めたが、今回はそれだけではなかった。

『らん、らん、らん、らん』

先生は刀印を結んだ左手で、すうっと刃をなぞる。そして、再度息を吸い直すと、さらに呪文を重ねた。それは私も聞いたこともない呪文で、今までにない強く荒々しい気の奔流を纏うものだった。

『てんまげどうかいぶっしょう しまさんしょうじょうどうらい まかいぶっかいどうじょり いっそうびょうどうむしゃべつ』

剣を中心にして、黄金色の膨大な気の刃が作られ、先生はそれをまっすぐに持ち上げ、偽神に向けて斬り降ろした。

偽神は、訳の分からない悲鳴をあげながら、今度こそ真っ二つに切り裂かれた。

幾つもの祓えの咒を重ねたからか、コートからの穢れも湧き上がらず。

ちらちらと、光の粒のようになって、穢れが散っていく。

先生は、それを見つめると、懐から紙を取り出して、広げた。

聞いたことも無い、厳かで、澄んだ声で、歌を歌う様に咒が唱えられる。

『将星、堕つと皆が啼く。正念、誰も保たざる。功を数えて限りなく、業を数えて限りなし。誰が背くや、其の大恩、誰が笑うや、其の来道。将星、堕ちて幾星霜。正念、皆に帰り来ぬ。功を追うても届かざり、業を追うても届かざる。誰が続くや、彼の大業、誰が嘆くや、彼の逝道。時に渇望、眼曇らし、時に妄執、狂気を孕む。追う者全て、修羅に堕つ、追う者統べて、修羅と化す。蓋し汝が正気なら、向かう我こそ狂いかや』

先生が、弔いだと言って作っていた詩だった。言葉の意味なんて分からない、と私は内心笑っていたが、今この場で詠まれている言葉は、妙に意味が分かる気がした。


昔、ここには立派な指導者がいた。その人が亡くなって、皆悲しんだ。皆がその人の残したものを追おうと必死だったけど、その中で目的がおかしくなった。精神を強く、弱さを越えていくという事じゃなくて、ただ指導者に求められるように、その人の功績に追い付くようにと、どんどん履き違えた様な姿に変わっていった。

その最たるものが、津田沼さんの暴走なんだろう。皆の心を呪を使ってまで揃えて、勝利を目ざして突き進む。でもその果てには、修羅に堕ちる未来しか、ないのだと。


『今我は汝に向かい、言の葉捧げ、鎮め奉る。汝が思いは受け継がれ、また世を経て、人を経て、心と共に今も息づき、根付くものなり』


先生は、そう言葉を締めくくる。

穢れは全て霧散し、津田沼さんと部員たちがコートで倒れ伏している。

先生は、ふらつく足で津田沼さんのところまで行き着くと、その場にしゃがみ込んだ。

そして、頭を小突いた。

私が呆気に取られていると、先生は泣きそうな声で呟いた。

「……すまなかった、ちゃんとして、やれなくて」

その声が、誰に届いた訳でもない。ただ私が聞いていただけだ。

先生は、ゆっくり立ち上がると部室の中へと入っていって、すぐに出て来た。

手には布にくるまれた何かを持っている。きっとあれが、呪の中心だろう。

「行こう、後のことは彼女ら次第だ」

先生はそれだけ言って、私を伴ってテニスコートを後にした。


終幕 教室にて

「色々ありがとう、平坂さん」

あの祓えから一週間後、仇野さんが復帰した。開口一番、そう言われて私は困惑した。

「いえ、私は何も……全部、先生が」

「ううん、その先生が動けるきっかけになったのは、多分平坂さんだから」

仇野さんは、そう耳元で囁いて、自分の友達の輪の中に入っていった。

あれから、彼女は正式に部を辞めた、と聞いた。


女子ソフトテニス部がその後どうなったのか、私は詳しく知らない。先生は「あの分からず屋どもっ!」と店で憤慨していたから、案外、呪なんてなくってもそう変わらなかったのかもしれない。

仇野さんがこっそり教えてくれたおかげで分かったことは、少し休みが増えたこと、そして、津田沼さんがコーチを辞めたことだった。

津田沼さんのその後のことは、先生は何も教えてくれなかった。

「呪をアレだけ使ったのだから、返りの風も相当受けたことだろう」

津田沼さんに関する話はそれっきり。

処分をする前に、今回の呪の中核となったヒンナガミも見せてくれた。

はた目には、不細工なゴリラのような顔の、土を固めて焼いた人形にしか見えない。ただ、先生は色々と鑑定をしたうえで、こう語った。

「これは、霊的な残滓から見て野田山さんの墓の土をわざわざ持ってきて、野田山さんの似姿として細工を加えたものだったよ。周囲の気を吸い上げる術式、周囲の感情を高ぶらせる術式、また、拙いけれど、苦しさや悲しみ、痛みや辛さという負の感情を戦闘本能へと転換する術式が組み込まれている。仇野君のサル人形は、こいつの小型端末だったという訳だ」

先生は、大きくため息をついて、天井を見上げた。呆れ果てたとでも言いたげだった。

「津田沼君はこいつを依り代にして部員間の結束を強める咒を組んでいた。だが、彼女はそれよりも、もっと他に多くのやるべきことがあったろうにな……あの、愚か者め……」

先生は、それ以降ソフトテニス部のことをふっつりと語らなくなった。


私の周りの変化は、と言えば。

笠原さんと野澤さんが大喧嘩したくらいだろう。

笠原さんは、野澤さんのクラスまで乗り込んでいって、今まで思ってきたことをぶちまけてしまったらしい。あの騒動の後で精神的に来ていた野澤さんと、売り言葉に買い言葉になって、大分揉めた挙句、取っ組み合いの喧嘩になったらしい。通りがかった生徒指導の先生に引き剥がされるまで、二人はお互いの感情をさらけ出しながらやり合ったのだとか。

笠原さんは、そのあとこってりと叱られたとカラカラ笑っていたけれど、その顔はとても晴れやかだった。

「今まで我慢してきたのがバカらしくなっちゃった。アンタのこと、嫌いなんだって言っちゃったらスッキリしてさ。今までなんだったんだろうって」

笠原さんの中の憑き物が落ちたのだ、と実感した。

「ありがとう、モモっち!」

感謝の言葉は有難かったけど、今回は私は何も出来ていない、気がする。


ひとつ考えに至るのは。

修羅の道に堕ちる人達は、結局その歩みを止めないのではないか、という事。

部活のことと、軽く考える訳には行かない。グラウンドを眺めてみると、今日も多くの部活が活動している。

多くの部活の人達は、楽しそうだ。

でも、その奥のコートでは、今日も修羅の道を進む人達がいるんだろうか?


でも、つい昨日。

野澤さんたちが、ラケットを持ちながらテニスコートへと歩いていく姿を見かけた。

同じ学年の人達だったかもしれないけれど、野澤さんたちは、確かに屈託なく笑っていた。

あの場所は、彼女たちにとって向かうのに楽しい場所のようだ。


楽しいのなら、それでいいんではないか。


私は無責任にも、そう思うことにした。


                                               了


 三の話、お楽しみいただけましたか? 貴方の退屈を一時でも忘れさせることができたなら、これ以上の幸いはありません。

 僕が小説を書く際、その題材は自身の実体験によるものが大きいと言えます。現実に感じた葛藤や憤り、違和感や不気味さなどを、時に滑稽な、または憎たらしい、そして愛くるしい妖怪やお化け、怪異の姿に変えて自分の中で消化し、昇華させるのです。

 このお話以降のお話は、僕の実体験が強く反映されています。このお話はあくまでフィクションですが、先生が抱えてしまった葛藤や疑問などは、当時の僕が抱えていた葛藤や疑問を二回転ほど捻り上げ、すりこ木ですりつぶした後にもう一度形にしたものです。この体験をしている時の僕は、いつも何かに憤り、いつも無駄な葛藤をして神経をすり減らしていたのをよく覚えています。そう言った生々しさがご不快に感じる方もいるやもしれません。

 

 さて、このお話はテーマが裏でも表でもなく「部活動」です。

 この問題ほど、見る人間によって捉え方の違う問題はないでしょう。それが僕の葛藤の元でもあるのですが。僕の職場でも部活動は盛んにすべきという論が大きいのですが、一方で個人の思想に任せるべきという論も根強く存在します。

 僕の立ち位置は「否定寄りの存続派」です。確かにこの活動が子供たちの魅力を引き出す瞬間を無数に観てきました。過酷な部活動でも、勝利の瞬間に抱き合って涙を流し、目を見張るような試合での成長を見せた瞬間に感動を覚えたことも一度や二度ではありません。それでも、僕は思うのです。この子たちは心の底からこの活動を楽しんでいるのか。今この時間、この子たちが自由であるなら、この子たちは何を得たのだろう。そして休日返上でここにいる僕は、いったい何をこの子たちに出来るというのか。早く帰ることとさぼる事しか考えていないような僕が、この子たちに偉そうに能書きを垂れたり、鼓舞したり、試合を仕切るような真似をする資格などないと。何度も煩悶してきました。

 でも、そんな僕の煩悶をよそに、子供たちは最終的に楽しそうなのです。それに挑む人々も、なんだかんだと楽しそうなのです。そして今、僕自身もどこか楽しみながら部活動に挑み、自分自身の中の「狂気」をひしひしと感じる瞬間があるのです……。


 硬いことを申しましたが、本編はどうか気楽にお読みください。だって、本編はフィクション。あくまでも、とめどない作り話なのですから……。

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