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鈴鳴堂怪奇譚  作者: 秋月大海
1年生編
1/12

明けの話 狐狗狸奇譚

このお話は「出会い」の話、ある少女の人生が明けた時のお話。


観様によっては、少女たちの儚く、愚かで、美しい青春の日々のお話。

明けの話 

狐狗狸奇譚

~依童ノ乙女、マジナイ屋ト邂逅ス~



開きの幕 回想


息の詰まる場所が、嫌いだ。

人混みが、嫌いだ。

人の思いがある場所が、嫌いだ。

群れるのが、嫌いだ。

人付き合いが、嫌いだ。

同情が、嫌いだ。

悪意が、嫌いだ。

好奇心が、嫌いだ。

友達面されるのが、嫌いだ。

裏切られるのが、嫌いだ。

私が、生きていることそのものが、大嫌いだ。


私の高校生活は、これまでと変わらず。

黒く淀んだ私の胸の内を写して、灰色と錆色が滲んだような色をしていた。


四月。入学式なんて本当は、希望の中で、ほんの少しのワクワクと、ドキドキを混ぜたようなものだろう。笑顔をうかべる同級生たちを横目に、私はため息を着く。

私の胸の中には、恐れと諦めしかなかった。

どうせ、前と同じだ。

私は、人を恐れて、人に恐れられながら、生きていくしかないのだから。


多くの人間が、新しいクラスでは友人作りに必死だ。

でも私は、人を避けるのに必死だ。

最初は、ただ怪訝な顔をしていただけの皆も、私の噂を耳にするようになると自然と距離をとるようになった。


そして、入学から一週間目のあの日。

私に絡んできた上級生の男子が、階段から落ちて、全身にズタズタの傷を負って見つかった日を境に、私に声をかける人は一人もいなくなった。


「死神」平坂桃。 それが、私だ。


第一幕 教室 ~ 屋上

ざわざわと、人の声が耳障りだ。

「ねぇ、知ってる?」

「昨日、あの子がさぁ」

「今度さぁ、どこ行く?」

「あいつムカつくんだよね」

「ねー、次の授業なんだっけぇ」

私は、その声の圧に耐え切れない。

席を立つ。それだけで、教室が静かになる。人が割れて道ができる。

今度は、教室の異様な静けさに耐えられなくなる。みんなの視線が私に集中する。背筋がすうっと冷たくなって、心臓がどんどん早くなってくる。


「死神……」


ばちぃっ


クラスの掲示物が、大きな音を立てて破け、ちぎれる。

教室中にこれまでと違うざわめきが生まれ始める。

「やっぱりあいつ……!」

「ダメだよ、殺される」

「死神」

「死神」

「死神」

「死神」

「しにがみ」

「しにがみしにがみしにがみしにがみしにがみしにがみしにがみ」

私はそれに耐え切れずに、急いで駆けだして教室を抜け出す。

ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!

視線が刺さる、変なものを見る目、怪物を見る目、目線から悪意が刺さる。痛い、気持ち悪い、嫌だ!


教室から廊下、脇目も振らずに走る。誰かにぶつかった気もした、途中でコケた。それでも走って、走って、走って、息が切れても走って、鍵の壊れた扉から、屋上へと続く階段を駆け上がる。


思い切り扉を開け放って、肺の中の空気を全部吐き出して。

吐き出しそうになる気分をおちつけるため、外の空気を思い切り吸い込んだ。


誰もいない。

声もない。

視線もない。

心がスっと楽になっていく。

人混みの中は昔から苦手で、人の思いがこもる所はもっと苦手だ。教室みたいなところが一番気持ちがザワついて、私の周りで「おかしなこと」が起こりやすくなる。その度に私は余計に視線を集め、余計に「おかしなこと」を招く。


だから、一人でいる方が良い。

人は、人と繋がらないと生きては行けない。服や食べ物、私のアパート。スマホもそう。誰かに私は生かされてる。でも。


私はもう、それも嫌だった。


『だったら、其の命を呉れよ』

耳元で、耳障りな、悪意の籠った声が聞こえる。

『要らないのなら、私におくれな』

『否や、儂に寄越せ』

『否や、妾に寄越せ』

『其の命、寄越せ!』

『寄越せ、寄越せ、寄越せぇ!』

無数の声が私を囲み、命を寄越せと呼び掛けてくる。目に見えないけど、確かにある何かの声が私を包んで染めていく。


あぁ、そうか、またなのか。


「なんで、私は……私は」


このまま、ここで


りぃぃぃぃぃぃん!


突然、屋上に澄んだ音が、でも強烈に響き渡りありとあらゆるモノを震わせる様な音が鳴る。


りぃぃぃぃぃぃん!


『ぎゃあああああああああ』

私に群がっていた『声』たちが、一気に「消え去った」。

私の足は、屋上の縁にかかっていた。


「まったく、だからフェンスをつけておけと言うんだ。不法侵入する生徒だってゼロではないと言うのに」

私の頭の上から、声がした。

生身の人間の声だ。

「おい、そこの生徒君、君ね、人が昼寝してる前で自殺なんか考えないでくれたまえ。おちおちサボっても居られなくなるだろう」

屋上への出口の上の屋根。

屋上より一段高くなっているところに、逆光で真っ黒に染った人がいた。

ひょろ長い体をしていて、ぼさぼさした頭。顔や服なんかは影になって見えない。手には、なにか握っている。そして、変に耳に残ってよく通る声。

「生徒君、君はその歳で人生に絶望でもしたか。死のうとしている人間やここから消えちまおうとしてる人間にはね、あっち側の連中が引きずり込もうと寄ってくるんだ。……それにしては君のその寄せ方は異常……おや」

影は、ゆっくりと起き上がり、備え付けのハシゴを慎重に降りて来た。

私の目の前まで来ると、その影が誰なのかハッキリとわかった。

「進学一年八組の、平坂桃君だな」

不健康にくすんだ肌色。ボサボサの髪は白髪混じりで手入れもされてない。痩せた顔には、不機嫌そうに眉根を寄せた表情。まるぶちの黒メガネに、無精髭。

所々に空いた穴を雑に継ぎ当てしたボロボロのスーツ。


私のクラスで世界史を教えている教師。


「くろい、せんせい?」


「そうとも、ぼかぁ黒井(くろい)(あきら)。君の世界史の担当教師だとも」


第二幕 地歴科資料室

私は半ば黒井先生に引きずられるように屋上から連れ出され、ついでに「着いて来なさい」と言われてしまった。


「あの、次の授業」

そう言いかけた私を先生は遮った。

「もうとっくに始まってるよそんなもん。第一、あの屋上入口から君の教室までは戻るのに早くても三分はかかる距離じゃないか。君が屋上の扉を開けたのは授業開始の一分前だったよ。今更マジメぶらんでも、端から一時間はサボるつもりだったんだろう、だったらどこに居たって変わりはない」

前に行く先生は早口でまくしたてた。

「それにだ、目を離したら死ぬかもしれん生徒をだ。さらにサボりの常習犯をほったらかす訳にも行かんし? ともかく着いてきなさい。さっきの件も話をせにゃあならんしね」

スタスタと歩く先生はこちらに歩調を合わせる気は無く、先へ先へと進む。しかし、こちらを見逃してくれないのは目線の運び方で分かった。

私は、大人しく着いていくことにした。


先生は、校舎八階の外れにある部屋の前に着くと、ポケットから鍵束を出して、ひとつの鍵を見つけると扉の鍵穴へと差し込んだ。

「さ、入りたまえ」

私は入る前に部屋の名前を確認した。「地理歴史科資料室」

部屋の前の薄汚れた表示にはそう書いてあった。


「この部屋には、この学校のジジイ共が金に明かして集めた貴重な資料類がころがっているのだが」

先生は適当な丸椅子を掴んで、私に差し出した。座れということか。

「最近はみな電子資料にばかり頼るせいで省みもされなくなっている。実に悲しく惜しいことだ。まぁ、裏を返せばこの部屋にはこの学校では僕しか近づかないので。どんな珍妙な話をしていても構わないということさ」

ギシギシいう回転椅子に腰かけながら先生は私を「観察」していた。

「さて、平坂君。君の悩みは君自身の「体質」に関連することだろう」

先生は私の観察を辞めると、そう言った。

「え、体質? ですか」

「そうだ、体質だよ。君のその厄介極まりない、我々の業界にとっては非常に希少価値の高い体質だよ」

先生は、黒縁メガネを指で軽くなぜながら、口の中で何かを呟いた。

「ああ、なるほど」

先生はそう呟くと、机の上を漁って、細長い紙を取り出した。紙には、妙な形の文字と模様が沢山描いてあった。

「君は自分の体質についての理解をまるでしてないようだ。幼い頃に自分の体質や、家系のことについて誰かに聞いたことは?」

私は首を振る。そんな記憶はない。

「では、そう。周りの人間から虐げられてきた……いじめ抜かれた記憶はあるかね」

私の胸に黒いものが沸いた。

記憶。今までの、思い出したくもない記憶が溢れ出して、整理がつかなくなる。


ばちぃぃぃぃっ


先生の手に持った細い紙が、鋭い音を立てて独りでに千切れた。

「なるほどな、平坂君。君はよっぽど重傷なようだ」


冷静な先生の言葉が信じられず、私は感情に任せて叫ぶ。

「見透かしたように言わないでください!」


ばぢぃぃぃぃっ!

先生の机の上の本が引き千切られる。

「私は、今までどこへ行ったって、どこでも、わけも分からずに皆から変に見られて! 少しでも遠くにして忘れようとしたけどダメでっ! ずっと、ずっと! 私はっ!」

ばぢぃ、ばぢっ、ばぢぃぃぃ!

資料室の中の棚に、爪痕のような傷が着く。今まで通りの、私の周りで起きる「おかしなこと」。今度も、やっぱり起きてしまった。


でも、なにか違和感がある。


おかしい。


この人は、なんで「無傷」なんだ?


今まで私が感情のままに叫んだり、相手に攻撃されたりすると、今の様な「傷」が その人や、周りのモノに着く。特に私を虐める人には、嫌な気持ちにさせた人には真っ先に傷が出来たのに。


でも、この人は傷を負わない。

「ふうむ。やはりそうか。君が嫌っているその現象だがね。僕なら治療してやれるぞ」

先生は涼しい表情でそう言った。

「ちりょう……治療? なおすってことですか」

「そうさ。ついでに君の体質の正体も教えてあげよう。そのまんまじゃあんまり生き辛いだろうに」

「馬鹿な事を言わないで下さい! なおせるわけがないっ!」

ぱぁん

先生に向けた敵意は、間抜けな音と共に弾けた。

「あぁ、おい。君のは強烈だな。もって五発とはなあ」

パラパラと床にものが転がる音がした。

見ると、小さな玉のようなものがたくさん床に散らばっていた。

「護りの念珠がこうも簡単に。間違いないな、君は本物だ。それに、そうだな、これまでの反応からすれば、君は人間の善意なんぞ欠片も信じられんだろうしなあ」

先生は、ため息と共に懐から銀色のライターと、銀色のケースを取り出して、迷いのない動きでタバコを取り出し火をつけた。

ここは禁煙だったはず。

私の頭は、そんなことを考えられるくらい冷静になっていた。

「あの」

「待ちたまえよ。君と話をするのは我々「マジナイ屋」だって命懸けなんだ。せめて準備くらいさせてくれたまえよ」

匂いがキツく、むせるようなタバコの煙が部屋の中に満ちていく。

「さて、平坂君。僕は、僕の気まぐれで君の治療をしてやることに決めた」

先生はそう言い切った。

「ほんとうに、なおるんですか」

「なんだ、少しは信じる気になったかね」

「あ、の。先生は、今までの、その、詐欺師みたいな人達とは、なにか、本当に違う、ので」

「それはそうだ。僕はホンモノのマジナイ屋だぞ。腕には自信がある」

「その、あり」

「交換条件がある」

先生は私の言葉を遮りそう言った。

「僕は本物だ。力もあり知識もあり技術もある。そして君の体質も今の観察と分析でわかった、が。ぶっちゃけ君の治療には色々と手間がかかる」

「え」

「ついでに、僕はさっき君の自殺を止めてやった恩があるな? 僕は神聖なるサボりを中断して君の自殺を誠心誠意止めてやったんだ。相応の見返りを要求する権利を獲得しているものと考えるが、違うかね?」

何を言ってるんだ、この人は。

そりゃあ、私の自殺を止めてくれたのは確かだけれども。

しかし。そう。あの危ない状況を解決した上で、私の、この、嫌なものを無くせるかもしれない可能性のある人で。

「じ、条件って、なんで、すか?」

それを絞り出すだけでやっとだった。

『僕の助手をやってくれ』

「は?」

『だから、僕の「仕事」の助手をしろ、と言ってるのさ。それが君の体質改善並びに治療と、君の因縁を僕が解く対価だ。ついでに言えば、自殺を救った分の対価も含まれる』

先生は妙に頭に響く、よく通る声でそう言い切って、私を見た。

淀んだ目が私を捉えている。けど、その言葉にも姿勢にも「害意」も「敵意」も感じなかった。

「わかり、ました」

私は雰囲気に流されて、つい返事をしてしまった。その瞬間に、何かが「変わる」感覚があった。それが良い方に変わる感覚かは分からなかった。


でも、その後。私の生活は確かに、大きく一気に変わっていった。


第三幕 放課後の学校~マジナイ処 鈴鳴堂

あの日以来。私は放課後になると先生の下で「アルバイト」をすることになった。

まずは、一緒に校舎を回らされた。

「さて、助手君」

先生は、仕事の時になると私を助手君と呼ぶようになった。何故かと聞いてみたら「そういうもんだ」と返された。

「この学校の面倒な部分を覚えておきたまえ。君のその体質にとっては面倒くさいことこの上ない特徴が、この学校にはある」

そう言って先生は、学校の中のいくつかの場所を教えた。

「この学校、大和学園三条高校は、古くから三条市に存在している「あるもの」の上に乗っかって存在している。ここを設計した人間が、それの力を活用しようとして構造を生み出したようだが、完全に裏目に出ているわけだな」


今日の場所は、私たちが普段いる新校舎から見えない位置にある、小さな祠だった。校舎の陰に隠れてしまって、ここの存在を知っている人は先生方でも多くないと言われた。

先生は、右手には数珠を、左手にはお坊さんが持つような金色の鈴を持って祠の前に立った。

そして、あの日以来何度も聞いた、謎の言葉を唱えだした。

『かしこみかしこみもまをさく たかまがはらに かみづまりまして ことはじめたまひし かむろぎかむろみのみことをもちて …………』

「アルバイト」のついでに、先生は私に度々「授業」をした。その時に私は「二つ目の瞼」の開き方を教わった。

私は、瞼を閉じる。そして、もう一度、自分の瞼が「二重」になっている様を強くイメージしながら、ゆっくりと二つの瞼を開くように目を開けた。

今までは、薄暗く見えていただけの祠の周りに、黒く淀んだなにかが見え始める。時に脈打ち、時にのたうちながら、祠の周りから抜け出そうとしているように蠢いている。

それが、先生の声と鈴の音に応じて、少しずつ削られていく。

こうした特別なものの見方を、先生は「見鬼(けんき)」と呼んでいた。

『…………おおもとの みたまにかへり まろかれの はじめをまもりたまひて えやみのわざわひを はらひたまひ しりぞけたまひ さきわひたまへと かしこみかしこみもまをす』

先生は、鈴をひとつ強く打ち鳴らした。

祠の周りを巡っていた淀みは、きれいに掻き消えた。

「「視えた」かね、助手君」

「はい、淀みは消えました」

「よし」

先生はこちらに向き直った。

「こうして定期的に、祓えを行わんとこの学校はタタリを受ける」

今日の授業が始まったようだ。

「さて、この学校は何の上に立つのだったね、助手君」

「たしか……龍穴です」

「ふむ。合格だ」

先生は私をしたがえて歩き出す。

「地脈や龍脈、要は人間の体に流れる生体エネルギーの道のように、この星に流れるエネルギーの道がある。そしてそのエネルギーの噴出する場所。それが龍穴だ。それを上手く捉える事が出来れば、その場所への巨大な祝いを与えることが出来るが、しくじるとその場所に強烈な呪いを与えることになる」

先生は、そのまま校門を出て歩く。私も自分の荷物を持ちながら後に続く。

「三条のマジナイ屋は三流だった……否。むしろここまで龍脈をイジれるのだから一流どころか超一流だったんだろうなぁ。ただし、それを管理し、引き継げる人間がいなかった。そこを考慮しなかったから結局は、腕が超一流で計画性は超三流と言ってもいいかもしれんなぁ。いくら最初は巨大な祝ぎを与えていたとしても、気枯れては元も子もなしだなあ」

先生は大きな溜息を吐いて、私を見た。

「結果、君のような体質の人間を招くのであるなら、呪いだろう」

私は自分でも顔をしかめたのがわかった。この人はいつも言葉が足りない。自分の頭の中の言葉だけで話すのだ。

「この作業は、この学校にとっては校舎の清掃や学習課程を組む事なぞより、余程重要だ。あの作業を定期的にやらないと、脈の中の霊気のカスみたいなものがわずかずつ溜まり、淀んでいく。君が視たどす黒いアレが、この土地のケガレだ。要は汚れだ。あれが溜まりすぎると、ゴミからゴキブリが湧くように、宜しくないものが無数に湧いてくる。君を引きずり込もうとした低級な浮遊霊共も、ケガレが餌になって引き寄せられたものの一部だ」

先生と共に、学校を出てすぐの坂道をゆっくりと下っていく。高校、中学校、小学校という学校の群れを抜けると、三条駅がある。駅の脇の下り坂のトンネルを抜けて少し歩いていくと、古ぼけたアーケード商店街が現れる。

先生はそのアーケードの外れの店の前で立ち止まった。

赤茶色のレンガの壁の、今にも崩れそうなお店。壁には蔦がはい周り、窓は曇って中も見えない。入口の前に立っている朽ちかけた木の看板には、消えかけた文字で「マジナイ処 鈴鳴堂(すずなりどう)」と書いてある。


先生は鍵の束から古めかしいくすんだ金色の鍵を探り出して、扉にまわし入れた。

扉がきしみながら開く。私もいつものように後に続いて入っていく。

先生は二階へと上がっていき、私は店の電気をつけて、更衣室へ入って制服から給仕服へと着替えて、店に出た。


「アルバイト」には、先生の「店」でのお仕事も含まれていた。

この店は、三条市の中で唯一、マジナイの専門家である先生が経営している、「ありえないこと」や「おかしなこと」に対応できる唯一の「専門店」として有名なんだとか。

とは言え、普段はお客さんなんて滅多に来ない。もっぱら、この場所は、私の授業と体質改善の治療のために利用されていた。


今日も今日とて、私は先生の授業を聞いていた。

「さて助手君」

すっかりと部屋着用の作務衣とドテラに着替えた先生は、店の真ん中に置かれているガラステーブルを挟んで奥にある二人がけ用のソファの上で器用にあぐらを組んでいた。

私はテーブルを挟んだ手前側のお客様用のソファに浅く腰かけた。

「今日は、君の体質についての話だ。あれから一週間、君の観察と才能の確認を繰り返して、僕なりに調査した結論だから、話半分に聞いても良い」

私は、居住まいを正した。

「まず、君の体質に関してだが、「超強力な霊媒体質」であることが判明した。色々な「見顕(みあらわ)し」の咒式を君に対して試したがね、そのどれもが、君自身が様々な「ありえないもの」、我々の業界では「怪異」というものを強烈に引き寄せることがよく分かったのだよ。君の周囲で起こる様々な怪現象に関してもまったく同じ原因から発生しているもんだ」

先生は、両の手で狐のサインを作ってから指を組み合わせ、不思議な形の小窓を作って見せた。

「覚えておきたまえ。この指の組み方は「狐の窓」というのだ。見鬼の才のない只人が怪異を見るために生み出した咒式だ。見鬼の才のあるものが使えば、普段は見顕せないものであっても強く認識できるようになる。君も組んでみたまえ」

見様見真似で、私も指で小窓を作る。

「僕の後に続いて言葉を、体の底から自分の気を引き出して、それを言葉に乗せるようにイメージを持ちながら」

先生の声は、途端によく響く不思議な声色へと変わっていった。

『ましょうのもの、けしょうのもの、しょうたいあらわせ』

私は深呼吸し、イメージを強く持って言葉を言う。私の喉から今まで出たことの無いような、妙な震えをまとった声が出た。

『ましょう、のもの、けしょう、のもの、しょうたい……あらわせ』

ものすごく疲れる、ただ言葉を言っただけなのに身体中の力が吸い尽くされるような感覚に襲われる。先生は小窓から私を見つめ、私も同じように、自分の指の小窓から覗き込む。

途端に、大きな金色の目が、私を覗き込んだ。

「ひっ」

「覗き返されたか。でも、逃げるな助手君。その眼の持ち主が、君とずっと共にあったモノなのだから」

金色の目はゆっくりと私から離れ、今度は、大きな銀色の目が小窓から覗き込んできた。

「それは、決して君を傷つけることは無い。そして、それらは君が自分たちを「認識」したことを気付いた。もう君の、二つ目の瞼を開ければ彼等が視えるだろう」

先生はゆっくりと小窓を解き、私にもそうするように指示してから、二つ目の瞼を開けるように言った。

正直、私は怖かった。でも、それと同じくらい知りたかったのだ。私をこれまで苦しめてきたものの正体を。

ゆっくりと二つ目の瞼を開けると、それの姿が初めて見えた。


私を取り囲むように、白く毛羽立った、ソファにまたがるほどに大きなしっぽが見えた。そして、先生の左右に、天井に着くぐらい大きな、大きな、二匹の白い犬が見えた。

一匹は血走った金色の目、もう一匹は血走った銀色の目を持ち、白い毛の上に、赤い筋のような不思議な模様が幾重にも入っている。大きな犬は、口から牙をむき出しにして、部屋中が震えるような音を出して唸っていた。

『ぐぉぉぉぉぉ』

『ぐぁぁぁぁぁ』

二匹は私を見つめると、低く唸り、私に頭を差し出した。

噛み付こうとか、そういう動作ではない。まるで、鼻の上を掻いて欲しいとでも言うような仕草に見えた。

私は、恐怖よりも何故か、好奇心と妙な懐かしさを覚えて、思わず手を差し出して、二匹それぞれの鼻の頭を掻いていた。


「それが、君が怒り……違うな。他人に敵意を向けた時、また君が敵意を向けられた時に、君の代わりに相手を切り裂いて……「君を守って」きたものだ」

先生も二匹が見えているらしく、巨大な犬を見て口の端だけを持ち上げてニヤリと笑った。

「ここまで見事なものは見たことがない。これは「山犬」だ。「犬神」……いやここまで強力で強大ならば、……さしずめ「おおくちまかみ」だな」

「や、やまいぬ? いぬ、なんですか」

「なんだ、知らないのか。山犬とはすなわち、オオカミの事だ助手君。かつて、日本の山林を我が者としていた王者たちだよ。日本には山岳信仰と言い、山々そのものを神と崇める信仰が存在しているのだが、その神のひとつが「大口真神(おおくちまかみ)」。その姿は「白く大きなオオカミ」として現されている。山から来たりて、人の田畑に害なす鹿や猪を狩るものとして崇められたのだよ。記紀神話のヤマトタケルノミコトが深山幽谷の霧の中に迷われた時にそれを導いたモノでもある。その一方で、闇夜の中で人を襲って食い殺し、不用意に山に立ち入った者たちにとっては災厄そのものとなった。人に大いなる災いと大いなる加護とをあたえるモノ。まさしく荒々しき日ノ本のカミだ」

「え? えっ?」

理解が追いついていない。つまり、私には日本の、カミサマが取り憑いていて?

私が嫌っていた「おかしなこと」は、私が敵意……ちがう、私はあの時も、あの時も、あの時も……。

「わたし、私が、「こわい」って、思ったから……」

「ふむ、それが君のもつ異能の発動条件だな。だとすれば、あとは容易い。発動条件を自分でコントロールできるようになれば良いのだ」

先生は黒縁メガネを少しズラして私を見つめる。

「見たまえ、「彼等」を」

私は、自分の手の先、私に身を委ねている二匹の巨大なオオカミを見た。気持ちいいのだろうか、喉を鳴らして大人しくしている。

「発動条件が分かるのであれば、それを逆手にすれば良い。つまり、君が誰かに害意を向けない限り、恐怖を感じない限りは「彼等」は何かを害す存在にはなり得ない」

先生は、メガネをかけ直して、オオカミたちを見上げる。

「……「彼等」は本当に大口真神なのかは分からないがね。少なくとも、今の僕にはそう見えるのだけれども」

そう言いながらソファから立ち上がり、店の二階へと上がり、程なくして降りてきた。その手には、古ぼけた大きな木箱を抱えていた。

「今から君用の咒具を作る」

先生は木箱を私に見えるように広げて見せた。中には、色とりどりの宝石の玉や、キラキラした破片、鳥の羽や動物の牙のようなもの、そしてそれ以外も色んな小物が入っている、「道具箱」だった。

「今回の咒具は日常的にずっと身につけるものだ。君の力と肌に馴染むように、利き手と逆側の手にはめる念珠の形に落とし込む」

私は、たどたどしくオオカミたちに「下がって欲しい」と伝えてみた。オオカミたちは、びっくりするほど素直にそれに従った。

「ふむ、確実に君の指示を聞いている。少し腕を出してくれ」

私は先生に腕を差し出した。オオカミたちは先生の動きを警戒し始め、低い唸り声を上げ始める。

「心を落ち着けろ、助手君。危害は一切、加えない。ゆっくり呼吸していてくれ。すぐに済む」

先生は、差し出した私の腕の手首の周りに緩く糸を結び、直ぐに離した。

「後は……助手君が元々身につけていたものか、それか」

先生の視線はオオカミたちに注がれている。

私も、今日初めて見たオオカミたちにもう一度向き合った。このオオカミたちは、考えれてみれば私に怖い経験をたくさんさせている。それによって、散々な目にもあってきた。それが、私の中の事実。

だけど。

最近のことを思い出す。

先輩に声をかけられたあの時。正直あの先輩は、私に乱暴なこと、いやらしい事をしようとしていたんじゃないか、という確信がある。あの時の、先輩のあの目、あの感じ。今まで私があってきた、見せかけだけの同情をつかって私を騙そうとしてきた人間のそれと同じに見えた。それが、私はたまらなく怖かった。だから、とっさに叫んだ。

「こわい」と。

その結果として、今私が助かっている。何事もなく、ここにいる。

オオカミたちに憑かれ、私が経験してきた周りからの疎外感、孤独、辛さ、でも。

でも、オオカミが私に憑く前は……。頭の片隅に湧き出た、暗い記憶から私は思わず目を背けた。


「……なにか、くれる?」

私の口はそう動いていた。

オオカミたちは私を見下ろしていたけど、ふと頭を私に近づけて、ゆっくりと口を開いた。

金の目のオオカミと、銀の目のオオカミのそれぞれの舌に、金色の牙がいくつかと、銀色の玉がいくつか乗っていた。オオカミたちは舌を器用に使って、私の手に載せてくれた。

「これは……」

先生は、それを注意深く私の手から取上げた。ふはっ、と鼻を鳴らして、急いで道具を取り出して、念珠を編み始めてくれた。

「これは、ふうむ、うむ。本当に凄いものだ。うむうむ。ああ、助手君。そろそろ二つ目の瞼は閉じたまえ。君では体力の消耗が激しいはずだ。使いすぎはむしろ毒だからな」

先生に言われた通り、私は二つ目の瞼を閉じた。オオカミの姿は消えて、いつものお店の中の風景に戻る。

でも。

先生の手の中の銀の玉と金の牙は消えていなかった。

「この牙と玉は、彼等の霊力の結晶。驚くほど凝縮された霊力の塊だ。こんなものを現代社会で見ることが出来るとは思わなかった」

先生は妙に興奮していたけど、私にはなんのことかは分からない。

「これを中核にする。それに、琥珀と淡い色の瑪瑙、屋久杉……後は、奥出雲で掘り出された翡翠……」

私が見ている間に、みるみる念珠は形を得ていった。形を生したそれを左手に持って、右手でなぞりながら口の中で何かを唱えた。

場の雰囲気がふと軽くなり、念珠が淡く光った、ような気がした。

「……ふむ。つけてみたまえ」

私は受け取ったそれを左手に通す。

「だるさや気持ち悪さ、妙な束縛感などはないかね」

少し腕を動かして感触を確かめる。特に変な感触はない。むしろ、馴染みすぎるくらいだ。

「よろしい」

先生はそれを確かめると、箱を閉じながら私に向き直った。

「いいかね、助手君。今度から、何か嫌な視線や気持ちを抱えた時は、その念珠を触りたまえ。軽くでも強くでも構わない。念珠そのものに、気の流れを落ち着かせる咒を込めた。それで、多少は大口真神を君の制御下に置けるはずだ。だがな、もし自分に害をなすような状況が来た場合は、その念珠を握りながら、強く『出てこい』と念じるのだ。今日、狐の窓の咒を唱えた時と同じような感覚を思い出してな」

先生はそこまで一気に言い切ると、ソファに横倒しに突っ伏した。

「明日からはその咒具の調整作業に入るぞ……あ、それと助手君。その咒具は値が張るんだ」

「へ?」

「へ? じゃないぞ助手君。値段が高い材料を使わないと君の体質を抑えられんのだよ。その分はアルバイトをして稼いでもらうぞ。自分の咒具の購入費用くらい自分で稼ぎたまえ」

「……ちなみに、幾らですか?」

「ざっと、十五万円。手間賃と授業料込みだと十七万五千円。うちの店は現金払いオンリーだが払えるかね?」

私は、その言葉を聞いて、今までの感情など全て吹き飛び絶句した。

「明日から本格的に働いてもらうぞ、助手君。裏表とも働けば、なあに、半年も働けばなんとかなるさ」

先生は軽い口調でそう言った。


第四幕 午後の教室

あれから一ヶ月。季節は巡って五月の終わり。みんなの服も夏服に変わり、風が熱気を帯び始めていた。

私は、と言えば。

今日も教室で空気を演じていた。

人の噂も七十五日、と先生は言った。そんなものは別の興味を引くものさえ出来たら、忘れ去られてしまうものなのだと。でも、私の噂はそうそう忘れられるものでもないようで、未だに皆からは遠巻きに見られている。

だけど確実に変わったこともある。

念珠の効果は確かにあった、ということ。心に嫌な気持ちが湧いた時に、念珠を握るくせをつけた途端に、怪異を起こす事はなくなった。

それだけでも、人の敵意は私から逸れてくれた。不気味な噂は残ったけれど、あれはあくまで噂なのだと。「平坂桃」と言う奴は、単に無口で喋らない、臆病なだけの奴なのだと、みんなに思わせることには成功した。

だから私は、今日もまた。

空気を演じて生きていた。目立たぬように、騒がぬように。それだけで、ほんの少しだけ今までよりも生きやすくなった。


「でもさぁ、やっぱ桜峰祭までには彼氏欲しいじゃん」

黙っていると方々から声は聞こえてくる。最近は先生について、その声の聞き流し方も教わっているけれど、それでも気になった言葉だけは耳に入ってくる。

「じゃあさ、アレ試してみる?」

「アレ? でもアレってさぁ」

「でも当たるって言うよ?」

「んんん、聞いて、みるかなぁ」

「塚っちんとこ?」

「あの子らが一番やってんでしょ?」

「らしいよねえ」


私は念珠に手を添えた。

先生の言葉を思い出す。

「……助手君、君の身のうちの不幸は、君の体質によるものだ。そして君は、無意識に「怪異」を引き寄せる。そういうものだと思うといい。知っているのと知らないのとでは、対応も変わってくるだろうからな」


授業も終わり、放課後になったが、私は教室に残っていた。

帰りたくない、なんて理由ではなく、昨日出ていた物理のワークの課題をやり忘れていた。物理の先生に謝って、放課後に残って宿題を片付ける羽目になっただけだ。


教室には、私の他に女子が数人。

明るい女の子のグループで、いつもクラスの真ん中でキラキラしている子達だった。私とは住んでいる世界が違う人たちだった。

私は黙々と課題をしていたが、彼女達の声は勝手に耳に入ってきた。単純に声が大きかったのだ。

「ミナちゃん、また当たってたよっ!」

「へっへー。あたしの腕がいいからね」

「チョーシのんなミナッち。アタシらみんなでやってんじゃん」

茶髪で、くりくりした大きな目が綺麗な、可愛い顔をした女の子らしい子が塚本さん。その隣の、長い黒髪と涼しい切れ長の目と、耳にしているピアス、すらっとした長身が印象的な子が、笠原さん。三人の中で一番小さくて、ぴょんぴょん跳ねてるのが新井さん。

最近、よく放課後に教室にいる子達だった。

「また依頼が来てるんだよォ、アイカぁ。私たち人気者だよ」

「ホントに当たるもんね、アイカちゃん!」

「まあねぇ、こんなのタダのおまじないのはずなのに、なんでこんな当たってんだろ?」

「いいじゃん! みんなに頼られんのちょっと癖になっちゃうよね。私たちいいことしてんだもん」

「そうだよねっ! ねえ、ミナちゃん、今回のお願いって何?」

「えー、オホン。じゃあ発表します! 1年5組の子からの依頼で……」

彼女たちは、そこまで盛りあがってから私の存在に気づいたらしい。三人がそれぞれに顔を見合せたあと、塚本さんが恐る恐る声をかけてきた。

「あのー、えーっと、平坂……さん?」

「え、あっ、はい!」

私は声をかけられそうだと分かっていたのに、口から出た言葉は怯えた人のそれだった。本当は彼女たちが私に脅えているのだろうに。

「あーのさっ、私たちこれから、ちょーっとナイショの話したいんだ? その、どっか別の場所、動いてもらえる?」

「あっ、あ、はい。大丈夫、です」

手元を見る。やることは終わった。

「あの、じゃあ鍵、は」

「平坂ちゃん、やっさしー。そんなこと気にしてくれるのっ?」

小さな新井さんは、少し警戒を解いてくれているようだ。

「いいよ、気にしないで。アタシらが後でちゃーんと返しとくから。その……ごめんな」

「あっ、い、いえ。さっ、さよならっ」

私は急いで荷物をまとめて、そのまま教室を後にした。


第五幕 マジナイ処 鈴鳴堂

この一ヶ月、先生を見ていて分かったことがある。

この人は性格が悪い。

この人は仕事嫌いだ。

この人は、人付き合いが嫌いだ。

基本的に自分のペースと考えでしか動かない人だから、傍から見ててもなんだかよく分からない。

「おい助手君、なんか飲み物をつくってくれたまえ」

人使いは荒い方だ。

「はいはい」

「ハイは一回でよろしい」

あと細かい。

私はここ一ヶ月、自分の念珠代をぼったくられたせいでさせられている強制アルバイトの中で、ずっと先生を見ていたので、もうなんか色々どうでも良くなったのだ。

分かったのは、この人には本当に気を使わなくていいということ。私を助けた理由だって、本当に昼寝の邪魔くらいの理由しかないんじゃあないだろうか。

「どうぞ、ミルクコーヒーです」

「なんだぁ、代わり映えのしない」

「他のもの、飲むんですか?」

「まあ飲まんね」

「文句言わないで飲んでください」

「もっと愛想良くしたまえ、君は曲がりなりにも店員だぞぅ」

「ソファに寝そべって柿の種を貪ってるドテラ姿のおじさんが店長だとこうもなります」

先生はふはっと鼻を鳴らして、ソファから身を起こした。

「これでもぼかぁ、神聖なる作業の真っ最中だったのだぞ」

「暇の消費をがんばってたんですか」

「言うようになったじゃないか、助手くぅん?」

先生はミルクコーヒーに、自分専用の砂糖壺から角砂糖をふたつ取り出して、ゆっくり溶かし始めた。


毎日、こんな会話が放課後の授業の合間に繰り返された。この一ヶ月、私の「憑き物」である『おおくちまかみ』の制御を学び、そのための呪文も習った。まだ暗唱できるほどでもないし、また意味もよく分からない。でも先生は、その作業を続けるのが大切だと言いきった。仕事の前のおまじない暗記テストはもはや日課だ。


「そういえば先生」

「なんだね」

ソファの脇に山積みになった、ボロボロの和紙の本を読み漁る先生に、私は急に聞いてみたくなった。

「何にでも良く効く「おまじない」なんてあるんでしょうか」

先生は、黒縁メガネを半分ずらして私を睨みつけた。先生が不正解をした生徒を見る時のお決まりのポーズだった。

「助手君、君はもう一ヶ月この店に通っているんだぞ」

「そうですね」

「だとしたら、この疑問は自ずから解るのではないかね」

「……分かっています。咒は、必要となる場所、時、人、モノなどの諸条件に応じて、適当なものが使われる。なんにでも効く咒なんて、そんな都合の良いものは存在しないんですよね」

「ふむ、分かってるんじゃないか」

私は教室での会話が頭から離れなかった。

「なら、先生。よく当たる……おまじないか、占いなんてあるんですか?」

先生は、ふむ、とうなった。

「なにか気になることでもあったね?」

「そう、ですね」

先生は読んでいた本を閉じて、キッチンにいる私の方へ少し目線を移した。

「世にいう占いと言うやつは、「当たるように出来ている」ものだ」

「え」

「聞こえなかったかね、当たるように出来ている。占いの時に人に伝える文句というのは、かなり広い意味で解釈ができるようになっている。占い屋は顧客に合わせてその文句を、占いの都度再構築して伝えている。だから、大まかな部分では占いは必ず当たるのだよ。占いが外れるというのは、占った奴が余程のヘボで、文句の再構成がとてつもなくド下手くそな時だけだ」

先生は私の方へ体を向けた。これも授業になるのか。

「あぁ、そう。例えばだ助手君。僕が占いの心得を持っているのは知ってるな?」

「はい」

「ついでに、この店に来てから何人かの客が来たのを覚えてるかね」

「そうですね……みんな占いをして欲しいってお客でしたね」

「ふむ。記憶力は悪くないな」

先生は、ソファの脇に積んである本の中から、淡いピンク色の表紙の本を取り出して開く。

「ある客はこう言った。最近、友達と喧嘩をしてしまい、どうしても仲直りすることが出来ない。どうやったら仲直り出来るのか、占って欲しい。その後に僕がやった事を覚えているかね」

「ええと、まずは話を聞いてました?」

「そのとうり」

先生は、ピシャリと膝を打つ。

「黙って座ればピタリと当たる、なーんて昔は占い屋が冗談言ってたこともあるが、黙って座ってわかることなんてほぼないのだよ。占いの精度を上げるには、その時点で相手が何を言われたいのか、聞きたいのかという事を、じっくり話を聞きながら分析するのが最も大切なのだよ。それが、占いが当たるようにする最大の秘訣だ。それがわかり、さっきの理屈に通暁した人物なら、たとえペラ紙一枚の占いの教本を元に占ったとしても、百人別々の悩みがあれば百通りの話し方をするだろう。但し、かの名探偵シャアロック・ホウムズ氏のごとく観察を駆使してその人の特徴を割り出すことぐらいは出来る。そしてもう一つずるいやり方で、僕は客に当たると思わせている。何かわかるかね」

私は、ここ最近のお客さんを思い出す。お客さんは全部で三人で、三人とも皆。

「三条高校の生徒、でしたね」

「だろう? 僕は嫌々ながら教師の嗜みとして……後は相談の時に説得力を持たせる目的でも、生徒の情報は可能な限り頭に入れるようにしてるのだよ。例えば君のクラスの人間でもなんでも、名前さえ言ってくれれば当ててやれるぞ」

「……飯野さん」

「二番で今は廊下側の列の三番目に座ってる彼かい? 中学時代はソフトテニス部に所属していたが現在は膝の故障から部活には無所属だ。だが、それがストレスになってるようだな。服装違反でよく教員に注意されてるよ。元々は中学時代から付き合っていた彼女がいたが一週間前に別れたらしい。カバンから彼の趣味に合わないキーホルダーが外されていたのと、不貞腐れた態度が強くなった」

「……岸野さん」

「岸野? それは助手君のクラスメイトでなく、君の大口真神がめった切りした進学2年7組の男子生徒だろう。元々女癖が悪いことで有名で、アイツに目をつけられて泣かされた女子の相談を何人か受けていたことがある。呪いやマジナイは面倒くさいので進めなかったがね。一年の時は担任にも数回釘を指したが、その時の担任は女性で、しかもヒドイ事勿れ主義だ。指導も細かくはされなかったと記憶している。今回の一件で因果応報な結果になって喜んでいる奴の方がむしろ多いぐらいじゃないのか?」

先生は一切の迷いなく言い切った。嘘じゃなく本当のことらしい。確かに相談に訪れて、座っただけでこんな事を言われたら、信じてしまいそうになる。

「例えば、アシスタントを使う方法もあるぞ。僕と助手君の間でやり取りの仕組みを決めておく。君が依頼者から話を先に聞いておき、僕は別室で待っている。僕が来たところで、ハンドサインや目配せ、出すドリンクの種類などで情報をやり取りするのだ。それでさも相手のことをなんでもお見通し、という演出をする。人間というのは単純なもので、そんな程度の詐欺で騙されてしまうのさ」

私は、呆れてため息をついた。

「案外、俗っぽいんですね」

「そりゃそうさ。世の中に神秘秘匿のオカルティズムなど、そうそうありゃしない。占いの技術の中心は統計学と心理学、対話術などの集大成だ。はっきり言えば勉強さえすれば誰だって出来るし、数をこなしていけば当たる占いをすることも出来るようになってくる」

先生の話を聞いていて、何となく占いに関することは分かった。自分で先生に聞いてみたいこともようやく纏まった気がした。

「じゃあ、先生。「オマジナイみたいな占い」ってあるんですか?」

「占いはマジナイの一部だぞ」

「んん、そうじゃなくて、ですね」

「つまりあれかね、タロットとか星占いとか易占とかでない、不可思議な力を元にする占いってことかね」

「そうです」

先生はふうむと唸った。

「そうだなあ。水晶玉を使う占い師も居るが、あれは一種のパフォーマンスと割り切るべきだ。あの中にビジョンを見出すらしい。僕が得意とする占いが道具や咒式を主に使うもので、苦手なジャンルだから仔細はわからんが」

「ふつうの女の子が、急にできるようになるもの、とかあるんですか?」

「ふつうの女の子が、急に……そんなものは……いや、待て」

先生はボサボサの頭をバリバリ音を立てながら掻きむしる。先生が悩んでる時のお決まりの仕草だ。

「あるには、あるが。仮に助手君が聞きたいものが、僕の思い浮かべているものと同じであり、君がどこかで見聞きしているとしたらだ、しかも、うっかり学園で流行りでもしているのなら、火消しが面倒くさいことになる……」

先生は、今まで見たどんな顔よりも真剣な顔をして、眉間に皺を寄せて唸った。

「助手君、君の今までの経験の中で、コックリさんと言うのを聞いたことはあるか?」

「こっ、くり?」

「ふむ、聞き覚えなしか」

「占いなんですか?」

「ああ、君が言った、オマジナイみたいな占いに当たるのはこれだろう」

「どんなものなんです?」

「ん? そうだなあ。助手君、台所から小皿と箸を三本。それと、輪ゴムを取ってきてくれたまえ」

「え? おさらとはし?」

「三本に輪ゴムだ。実際に見せた方が早い」

私はキッチンから言われたものを持ってきて、先生の前に置いた。先生は、三本のお箸を束ね、真ん中を輪ゴムで止めて足のように広げて、小皿をその上に置いた。そして、私に対面で座るように促した。

「小皿の逆側に手を起きたまえ。そう、軽く指先だけでいいぞ」

私が指を置いた逆側に、先生が指を置く。

「これがコックリさんの古典的な形だ。この状況から、そうだな、占っても特に差し障りのないものであると」

先生は目を閉じて、直ぐに開けた。

「助手君、何が起きても指を良しと言うまでは離すなよ?」

「はい?」

「離すな。離さなければそれで良い」

先生は、軽く息をついて、咒文を唱え始めた。

『かけまくもかしこき おのかみめのかみ おおくちのまかみに といをたてもうす きこしめたまえ きこしめたまえ』

かたり、と小皿がなった。

『おしえさずけよ、あすのひるげは、めんかどんか、いずれがきちか、めんならこちらきし、どんならあちらきし、われにしろしめしたまえ』

私は特に力を入れなかったし、先生も特に何かした素振りはなかっが、かたかたと小皿が小刻みに動いたかと思うと、かちゃり、と音を立てて私の方に傾いた。

「え?」

『おしえたしかにさずかれり かたじけなみまおす もどらせたまえ もどらせたまえ』

かたかたとまた小皿がなり、ピタリと動かなくなった。

「ふむ、もういいぞ助手君。今のがコックリさんだ」

先生は使った道具を片付け始めた。

「元々は西洋のテーブルターニングという占い遊びだ。何人かが手を置いたテーブルの傾きで、ものの吉凶を占う遊びでね。十九世紀頃に大流行したのだ」

「先生は何を聞いたんです?」

「うん、咒式を聞いてたろう。君の大口真神たちの霊力をほんの少しだけ貸してもらって、「明日の昼飯は麺類か丼物か」どっちの方が良いのか聞いたのさ」

「はあ?」

「あのなぁ、呆れてるんじゃあ無いぞ助手君。占いなんて自分の人生に関係のあまりないものを見るに限る。明日の学食での飯は丼物の方が吉だぞ、楽しみにしようじゃないか」

「あの、これのどこが厄介なんです?」

「専門的な知識を持ってる人間ならやったって問題は無いんだよ」

「……つまり、専門家じゃない人が、コックリさんをやると危険なんですね?」

「まあねえ。そもそも、このコックリさんという占いは降霊術という側面がある」

「こう、れいですか」

「霊を降ろすと書いて降霊術。この世のモノならざるモノを招き、その力を借りて占いやマジナイを執り行うことだよ。古来多くの文化圏で、神の依代たる(かんなぎ)の文化が登場したのもこのためだ。俗説だが、かごめかごめという童遊びも元々は降霊術の一種だと言うよ。ありとあらゆる我々の文化の中に、その名残はあるのだよ。そんな数ある文化の中で、西洋で降霊術を利用した占いのために作られたウィジャボードというものがある。これが現在多く行われているコックリさんの元になっている。降霊術と言うのは、術者であれば狙ったチャンネルに合わせた霊と交信し、有益な情報を得ることも出来るという。しかしね、素人が手を出すと君にまとわりついたような浮遊霊みたいなもんを引き寄せる可能性が高くてね。最初は上手くいってたとしても、回数を重ねていくと妙なことが起きやすくなるとも言われている。一九七〇年代に日本中にやり方が拡散されてね。今では、最悪、紙と赤いペンさえあれば占えてしまうのでな。思春期の阿呆高校生などが手を出してしまうのさ」

先生は大きなため息をついた。

「ただでさえ、ココ最近はケガレるのが早まっていると言うのに、そんな爆弾みたいなもんが流行ってるとすると……あぁ、面倒くさいことになるぞ」

先生は私を横目で見て、ぬるくなってきたミルクコーヒーを一息にあおった。

「助手君、いかなる物が流行っているか探りを入れてくれたまえ」

「え」

「場合によっては、面倒事が起こる前に芽を摘む」

「面倒事って、何が起こるっていうんですか?」

「……今にわかるよ、助手君」


第六幕 午後の学校

「うえ、まだ気持ちわりぃ」

「なんだよ、昼飯のA定食、 美味そうだったじゃん」

「ばか! あのカルボナーラうどんってやつは変に味は濃いしモッタリしてるしで腹にキテんだよっ。付け合せも唐揚げとかガチで胃袋に大ダメージだわ」

「うげっ、俺大人しくB定食にして良かったわ」

「B定食、天丼に冷奴に味噌汁だもんな。冒険なんかしなきゃあ良かったんだ」

私の耳に飛び込んできた男子の会話で、私は改めてコックリさんの威力を知った。確かに、よく当たる。私も今日はお弁当を作りそびれて学食のテイクアウトを使ったけど、丼類を選んで正解だった。

そんな下らなくも、どこにでもある会話のすき間から、嫌な気配が姿を見せていた。


「ねぇ、アレ試した?」

「う、うん、でも」

「なに? どうしたの?」

「あのね、私昨日、友達とやってみたんだけど」

「えっ?」


その声は小さいものだった。

でも確実に教室に波紋を呼んだ。


「アレって本当によく当たるよね」

「でもさぁ、なんか最近アレやったって子達が色々ヤバいらしいよ?」

「どういうこと?」

「変になっちゃうって、変なことが起きるって」

「変なことってなによ?」


教室の中が嫌なざわつきを見せている。

私が今まで経験してきたざわつきと同じもの。自分たちの日常が、嫌なものに犯されていく時の人間の心の揺れ動き。

それが広がっていく。

最初は一粒の真っ黒い水滴。それが、水を染めて、波を広げて、少しずつ広がっていく。


「塚本、どこ? ねえ、話があんだけど?」

「笠原は? 新井もいないの?」

「無責任じゃない」

「どこ行ったんだよ、授業中はいたよね?」

「逃げたの?」

「そもそもアイツらが広めたんだよね?」

「アイツらが」

「アイツらが」

「アイツらが」


先生から指示が出て、たった一日で波は教室中を埋めつくした。

私は、深呼吸を繰り返し、念珠を握りしめて心を落ち着かせる。やっぱり、こういう人間の悪意があふれる場所は大嫌いだ。

聞き込みなんか、私には出来なかった。でも、話に耳を傾けていれば嫌でも情報が入ってきた。

主に女の子たちの間に、「アレ」が流行ったこと。「アレ」をした子達の間に変なことが起こってしまったこと。「アレ」を流行らせたのが塚本さんたちということ。そして、流行らせた本人たちは、授業の時以外は行方をくらませていること。

私は、誰にも気づかれないように廊下に出て、そのまま屋上へと向かってみた。久しぶりにクラスの雰囲気に息が詰まりそうだった。

あの日のように鍵の壊れた屋上入口の扉を開けて、階段を昇って屋上へ。


「ねぇ、どうしたらいい?」

屋上から生身の人の声。

「だって、どうにもならないじゃんっ! アタシ達はオマジナイを皆に教えただけで、あんなことになるなんてさっ!」

「いつまでも、ここにいるって訳にもいかないしね……」

塚本さん、笠原さん、新井さんが、屋上の一角に輪になって座っていた。

扉の開いた音にびっくりして、みんなが私の方を見た。でも私は、気にせずに扉を閉めて深呼吸した。

気持ちは大分、落ち着いた。

「ねえ! 平坂さん!」

塚本さんが声をかけてくる。

「なんでここに来たの?」

私は塚本さんたちの方に一歩進んだ。

「えっと、その、空気を吸いに、来ました」

「空気を吸いに来たのっ?」

新井さんが私に少しにじり寄る。

「そう、です。人がいない、とこの、方が、落ち着くん、です」

私は、呼吸を繰り返す。

頭が冷えて、冴えてくる。

「平坂ってさ、前からここ来てたん?」

「そう、ですね。四月の頃はよく来てました。皆からの、視線も声も、嫌な時は」

「そっ、か」

笠原さんは、黒くて長い髪を耳にかけながら、崩した体育座りをした膝に、顎をつけてうずくまる。

私は、深呼吸を止めた。

「ここは、何にもないから。ここで息を繰り返してると、楽になってきます」

私は、誰に向けているわけでもなく話し始めた。口から言葉が勝手に出ていた。

「でも、現実は消えてなくて、クラスはあります。帰りたくなくっても、戻らなくちゃならないん、です」

塚本さんたちは私を見ている。視線が集まっているのを感じるけど、嫌な気持ちにあまりならない。私は少し勇気を出して、言葉を口にした。

「……もし、良かったら。話して、ください。私の持っている知識と、先生が、みんなの助けになってくれるかも、知れないから」

塚本さんたちの目から、涙が一粒こぼれたのを、とてもよく覚えている。


第七幕 地理歴史科資料室

私は塚本さんたちを引き連れて、地理歴史科資料室にやってきた。扉を叩くと、中から音がする。先生が居る。

「黒井先生、助手の平坂です」

ノックだけでは物音だけだったけど、この言葉に反応して先生は扉を開けて顔を出した。

「なんだい、助手君。人の神聖なる昼寝の時間を裂くだけの緊急事態かね」

「そうです。今回の件の……」

私は適当な言葉が思い浮かばずに詰まってしまった。彼女達のことをなんと説明したものか。

「んん? 新井君、笠原君、それに塚本君じゃないか……ははぁ、なるほど」

先生は私の後ろの三人を目だけで追って、三人を手招きした。

「君たちからはじっくり話を聞かなきゃならないようだな、お嬢さん達。まぁ入りたまえ」

三人はそれに素直に従って、部屋の中に入った。私は、みんなが入ったあとに後ろ手に扉を閉めて、そのまま寄りかかった。正直、三人は「相談のお客さん」でもあり、「重要参考人」でもある。だから、逃がす訳にも行かないと思った。

「助手君、彼女らが元凶かね」

先生は、躊躇いもせずに言った。

「せんせー、待ってよ!」

「待てない、ぼかぁ眠い。話は単純な方がいい」

先生は塚本さんの言葉をさえぎって、三人の顔を見回した。

「どうも最近、一年生の特に女子たちの動きに妙なものを感じていたので、助手君に探らせていたんだ。そうしたら見事に君たちが引っかかった訳だよ、助手君と同じクラスの新井君、笠原君、そして塚本君。君たち、知識も腕もないくせに、マジナイに手を出した挙句それを広めたな?」

「それは、みんなが喜んでくれたからだよぅ!」

新井さんが反論する。

「ほほう、つまり新井君、君は人が喜べば大麻や覚醒剤を進めるのかね?」

「え」

「いまいち分かってないなぁ、諸君らは。君たちがよく当たる占いかオマジナイとして教えたものは、わかりやすい所では麻薬や覚醒剤のように人間を蝕み、時として死を招く咒式だったんだよ」

先生はメガネを半分ずらした。

「では笠原君、聡明な君ならわかるかね? 君たちが広めた咒式の顛末なんて、とっくに耳に入っているのではないかな?」

「それはっ」

笠原さんは先生の言葉を受け止めて、きっと見返して語り出す。

「最初は普通に占えたって! でも……占ってる子が倒れたり、変な結果が出たり、占いそのものを辞められなくなったり、無理に辞めると、その子たちに変なことが起こったり、して」

「で、教えた側の君たちが元凶として集団から排除されかかっている訳かね」

先生の言葉はいつだって真正面から人の心をえぐりとる。

笠原さんも、新井さんも、塚本さんも、誰も何も言わなくなった。

「ふうむ、とは言えだ」

先生は三人を見回すと、躊躇せずにタバコをくわえて火をつけた。ゆっくりと部屋の中に、あの日と同じようにむせ返るような煙が満たされていく。

「このまま君たちを放置してもどうにもならんし、ここで虐めていても解決にもならんな。君らの話の中にしか解決のための糸口は無いのだから、ここからは無理にでも話してもらうぞ」

先生の眼が、塚本さんを捉えた。

「時に塚本君、君が広めたオマジナイの名を答えたまえ」

「……エヴァンジェル」

「エヴァンジェル、ねえ。意味は知ってるかね」

塚本さんたちは首を振った。そういう不思議な名前のオマジナイ、と言うだけの覚え方だったのだろう。

「助手君。君はなんのことかわかるかね」

急に先生に振られて私は軽くパニックになり、答えられなかった。そんな単語自体を聞いたことも無いのは確かだったけど。

「いかんなぁ、この程度のこと知っても居ないとは。エヴァンジェルとは「福音」のこと。キリスト教系の信仰の中で語られる、「神からの良い知らせ」を指す単語だ。これを運ぶもののひとつが、エンジェルだ」

「つまり、天使ですか」

「ああ。彼女らが使っていたのは、降霊術の中でも一番不確定極まりない、天使なんてもんを利用した咒式だったわけだっ」

先生は鼻からふはっと息を吹き出した。

「事態解決のために一遍どんなもんか見させてもらおうじゃないか。やって見せてくれたまえ」

先生は三人に促し、私も、皆に向けて頷いた。三人はお互いに顔を見合わせて、眉根を寄せた。

「変なこと、起きちゃったら?」

塚本さんがおずおずと聞いた。

「何のために僕がいるかまだ分からんかね? それが起こったら対処するし、起こらないように防止するのも役目だ」

「うう」

塚本さんは、ポケットの中から丁寧に折りたたまれた布のようなものを取り出して、それをテーブルに広げた。

「ほう?」

先生はそれを覗き込むと、感心したように声を上げて、じっと観察し始めた。

「これは……ふむ、興味深い。素人が適当に作った物じゃないな。何らかの知識があるやつが作り出した、占い用の魔法陣だが」

先生は顔を上げると、口の片方を下側にねじまげて見せた。

「しかし使い方を間違えてるね、本来の魔法陣と言うのは、自らの身を守るためのもので召喚用のものじゃない」

その場にいる誰も理解していないことを、つらつらと語る。

「四方にはそれぞれ、空気、水、土、火の四元素を象徴する古来の神聖な名前 。シャダイ・エル・カイは空気を、エロヒム・ツァバウトは水を、アドナイ・ハーアレッツは土を、そしてイェホヴァ・ツァバウトは火を現している。神聖な名前の間には、八つの翼に包まれた光·····これは天使の最高位である熾天使(セラフィム)の象徴。その下には、ミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエルの名前·····これらは、全部ラテン語で書いてある。神の座に近いと呼ばれた四大天使の名。その中に、アルファベットと、数字。なるほど、凝った作りだな」

先生はじっと魔法陣を観察していたが、息をついて顔を上げた。

「塚本君、これをどこで手に入れた?」

「一か月前の、日曜日に三条中央公園であったフリーマーケットの、ハンドクラフトの出店で。お店の人は若い女の人で、高校生くらいの子だったらどうって·····値段も千円で、マケてくれたし、デザインも可愛かったし」

「ほう、ハンドクラフト、ねえ。その女性は確実に魔法関連の知識があったな。その知識が他人に勧められるものかは別だが」

先生の目線は塚本さんから笠原さんへと移っていく。

「笠原君、これを使うときの作法を教えてくれたまえ」

「作法って?」

「そう、例えば何人でやるとか、使う道具はなにか。あとは、使う時に言うオマジナイみたいなもんがあるかだな」

「必要な事なわけ?」

「必要でないことなんぞこの場で聴くわけないだろう」

先生はこんな時ですら容赦がなかった。

「わーったよ、えっとさ、まずはシャーペンが必要なんだわ」

「シャープペンシル? 色は関係あるかね?」

「色? 関係·····あるの?」

先生は、顔の中心に向かって思い切り皺を寄せた。酷くイライラしてるようだった。

「ううむ·····無知というのは罪だっ。君たちは占いのイロハも知らんでっ! あぁ、だがしかしっ」

バリバリと頭を掻いた後、大きく息をついて先生は脱力した。

「·····他には何をするのだね、笠原君」

「え? えっと、それの芯をさ、出さないで」

笠原さんは、新井さんと塚本さんを誘い、机にあったペンを手に取るとそれを三人で、上から順番に握っていった。

「こう、三人でさっきのシートを囲むようにしてさ? こう座んの」

先生はその「形」を見て、ふんと唸った。何かがわかってきたらしい。

私が先生とやったコックリさんとはだいぶ違うようだけど。

「で、オマジナイをすんだけどさ、それは今は怖いから手ぇ離してもいい?」

「ああ、構わない。僕は呪文の文句を知りたいんだ」

「じゃあ、ユイっちがいちばん上手いから、ユイっち、いい?」

「う、うんっ。じゃあいい?」

新井さんは一度深呼吸をして、いつもの可愛らしい声とは少し違う、深みのある声でオマジナイを唱えだした。

「·····エロヒム・エッサイム、フルガティウィ・エト・アッペラウィ。·····私たちは望みます。あなたが答えてくれることを。セラフ・タルシス・アリエル・ケルブ。私たちは真理を求めます。あなた達の力を持って、我らの望みに答えてください。エロヒム・エッサイム。フルガティウィ・エト・アッペラウィ·····」

新井さんの声は普通の声だったけれど、場の雰囲気が張り詰めたものに変わった。先生はじっとその言葉に聞き入っていた。

「このシートとそのオマジナイを作った人間は、本当に天使について人以上に知識があるのだろう。だが、根本的に天使と言うやつを履き違えて理解している」

大きなため息をついて、資料室にあった少しホコリを被ったホワイトボードに歩いていった。マーカーを手に取ると、「天使」と書いて、身を返すと塚本さんを指さした。

「塚本君、天使とはそもそも何かね。正確に理解しているかね?」

「えっ、正確にって、そう言われちゃうと自信ない」

「では何も知らないかね?」

「えっと、神様の、なかま、仲間で。で、私たちを守ってくれる、人?」

「ふむ。笠原君は?」

「その、神様の、部下? のすごいやつ。結構お守りとか売ってるし」

「新井君は?」

「いいもの、じゃないの?」

先生は、ふむと一声上げてホワイトボードにマーカーを走らせていく。

「良いかね、君たちはそもそも天使も、その大元締の神のことも勘違いをしているな。本来ここで言う神は、狭義で言うユダヤ教ないしキリスト教の神。唯の一つしか世界に存在しえない、「天の父」なる存在を言う。この神は、人を愛するという、一見すると善なるものに感じるが、そんなものではないな。時に、塚本君」

「またワタシっ?」

「そうとも。君彼氏がいるね」

「へ?」

「彼氏だよ、彼氏。二年生の進学1組のスポーツ推薦クラスで名前は」

「待って、待って待って待って言わないで!」

「其の彼氏が君の愛に答えてくれないとなると、君はどう思うね? 例えばデートをすっぽかされる、持っていったプレゼントをこき下ろされる、grapeを無視される、などなど」

「·····正直言えば、死ねばいいって思う」

「そうだろうねえ。神だって同じだ。人間は神からの愛を一身に受けているくせに、神を何度も何度も裏切り続けている。そしてその度に、神は人間に対して試練という名前の虐殺や虐待を引き起こすんだよ」

私はその言葉を聞いて、思わず口を挟んだ。

「神が虐待、虐殺、ですか?」

「例えば楽園よりの追放に始まり、兄弟のいさかいを広げ、天高き塔を崩し、背徳の街は雷をもって焼き滅ぼし、大洪水を発生させて人間を含めた全ての命を洗い流したこともある。これら全てが愛を裏切った人間への癇癪から来た行動だ。超ド級のドメスティックバイオレンスだと思わんかね?」

「·····はあ」

「天使というのは、この神の使いなのだよ。御使いとも知らせ持つものとも言う。彼らの動きは常に唐突で、神のメッセージを一方的に伝えるに過ぎん。力を貸すのだって、神が認めた人間に限るしな。故に彼らは説くのだよ。神に認められ天使にも認められるような人間になれば守られると。そんなことは神側の理屈であって、我々多くの声は神には届かんのだよ」

先生は断言した。

「この天使というのは、我々から見ると唐突なる存在だ。人間を守る? 違うね、そんな生易しいものじゃあない。彼らは最も我らに近しい上位存在で、人間と神との仲達。そして、残酷なまでに神の使命に忠実だ。彼らには僕たちの言葉なんて通じやしない。基本的に奴らは、自らが選んだものにしか力を貸し与えもしない。そんなものの力を自由に使おうと言うのだ、おかしなことも起こるさ」

先生は三人を順に見回して、大きなため息をついた。

「もうひとつ言えば、君たちはこの術式の簡易版を広めてしまったんだ。広めた人間が全員、正確に術を使う訳じゃあない。天使降霊の言葉を間違えたもの、返しそびれたもの、チャンネルを併せ損なってアクセスしてはならない存在を呼んだもの·····。そういったことは、正直諸君らの責任とは違う。しかし、イタズラに自分たちすら理解の及ばない咒式を広めた罪は非常に重い」

塚本さんたちは、項垂れて言葉をなくしていた。

「さて、塚本君、笠原君、新井君。君たちにも手伝ってもらわねば行かん! いいかね! 君たちがエヴァンジェル降霊法を教えた生徒たちを可能な限り思い出してリストを作らねば。そして、君たちの手で後始末をすべきだろうな」

塚本さんが顔をいきなり上げた。

「後始末ってっ! そんなの出来るわけないじゃん! だって、心霊現象みたいなのが起こってるんだよ!? 病んじゃった子もいるし! ウチらに何ができるの!? 謝ってくればいい訳!?」

先生は真っ直ぐに塚本さんを見つめた。

そして、例のよく通る声·····『言霊』を乗せた声で語り始めた。

『君たちがしでかしたことだ、君たちが責任を取りたまえ』

怒鳴るわけでも声を張る訳でもないのに、その声は部屋中に響き渡る。

『やり方は教えよう。必要な道具も与えよう。だから、自分で広めたノロイの不始末は自分の手でつけたまえ! でなければ、君たちは群れの中には二度と入れん! それでもいいのなら、私が一から百まで手を貸してやろう。どうする!』

空気が爆ぜた。その場の雰囲気が全て壊れて、先生の声だけに支配された。

「もどれない、って」

『そうさ、戻れないのだよ。いいかね、昔から日本人はケガレを嫌うのだよ。分かりやすく言おう、自分たちの集団を破壊する可能性のある「あらゆるモノ」を、「あらゆる現象」を嫌うのだ! 諸君らはそれを自ら、無自覚に招いたのだっ! だとしたら、諸君らはこれからひたすらに排除されるのみだっ。だからこそ、諸君ら自身で招いたノロイをハラして証明するしかないっ!自分たちは、自分たちの所属する集団に対して有益な存在で、害をバラ巻くだけの存在ではないと。さあ、どうする! やるのかね! 』

三人はすっかりと先生に飲まれてしまった。もう三人は先生には逆らえない。

そして、思う。この人は、この三人のことを放っておいて眠ってしまってもいいのに、ここまで面倒を見るのか、と。私のこともそうだ。あの時、そのまま昼寝をしていて、私がたとえ死んでも、それでもこの人には関係なかったのではないか。

私は少しだけ、先生のことが分からなくなった。


第八幕 狐狗狸奇談

「助手君。オソレとは何だね」

先生の手伝いをしながら、和紙を丁寧に切っている時に急に問いかけられた。

「恐れ、ですか。恐怖、自分とは違う訳の分からないものへの、怖さでしょうか」

「ふむ、それだけかね?」

一つの札を書き上げた後に顔を上げていた。メガネが少しズレた状態で私の目をしっかりと捉えている。

私は手を止めて考えたが、全く浮かばなかった。

「例えば、畏敬という感情がある」

先生は、積まれた和紙を一つ手に取り、迷いのない筆取りで、縦長の紙へと呪文を書き付けていく。

「これは、オソレの一つで、(おそ)(うやま)うという感情だよ。自分より格が上の存在に対するオソレさ。では助手君。このオソレの二点に共通する要素は思いつくかね」

御札にした紙に対して、手を結んだり開いたり形を作ったりしながら、口の中で呪文を唱えていく。

「そう、ですね。相手を「自分とは違うものだ」と分類すること、だと思います」

先生から受けとった御札を、丁寧に重ね直して桐の箱に収めていく。

「それもあるな。僕はね、助手君。オソレとは溝なのだ、と考えている。もっと言えば、それをかけることで、対象を自分たちとは隔てたものにしてしまう、この理屈がわかるかね」

「へだたり……みぞ……」

私はこれまでの自分を、「おおくちまかみ」に取り憑かれている自分を思い出してみた。そう。皆私が、私に取り憑いた「おおくみまかみ」の起こす霊障が怖くて、私には近づかなかった。陰口などは言われてきたけど、直接私に手を出そうとする人は、確かにいなかったと。

「確かにそう、ですね。場合によっては……私たちを守ってくれるものかもしれませんね」

先生は筆を書く手を止めて、私を見つめた。

「それに考えが辿り着いたかね」

「……先生、私に何かしました、よね」

「ほう? なぜそう思うね」

「最近、思い出せるようになったんです。ずっと、忘れていたことを」

「忘れていたこと、かね」

「それが、私がたどり着いた『応え』です。先生」


先生と塚本さんたちが話をして、一週間が過ぎた。先生と私は、塚本さんたちを指導した。と言っても、正確な御札の使い方を教えただけだ。

塚本さんたちは、自分たちが広めてしまったエヴァンジェルでおかしくなった子達のリストをちゃんと作ってきた。初めの一回だけ、先生が立ち会って「おはらい」が行われた。「おはらい」された女の子は、エヴァンジェルを友達と行った後、その場で意味不明なことをわめき散らして、倒れてしまった。そこから意識が戻らなくなってしまったという。

先生は「家庭訪問」と称して塚本さんたちをその生徒の家まで連れて行って謝らせる……というウソをついて、家に上がり込んで、塚本さんたちに「おはらい」をさせたのだ。

「やはりというか、なんらかの霊的存在の精神干渉にヤラれた状態だ。こういうのを僕らは『トオリモノ』に逢うと言うんだがね」

先生は女の子の状況を確かめた上でそう診断した。曰く、他の子達もほぼ八割がこの状況だそうだ。

「おはらい」は単純で、御札をその子の頭に乗っけて、三人が「気」を込めるだけ。そうすると、御札にしかけてあった「咒式」がはたらいて、霊的なものに触れた後遺症のようなもの …… 先生は「霊障」といった …… を消してしまうのだ。

この一件は、その子の回復とともに一気に噂として広がり、塚本さんたちは罪滅ぼしをかねて「ごーすとばすたー」として忙しく働いた。そういうことを広めたから、解決の方法も知っている、くらいの受け止め方をされて、徐々に居場所が戻ってきていた。


「さて、そろそろだな」

「何がです?」

放課後、お店でミルクコーヒーを準備している時に先生は唐突にそう言った。いつものソファに座って、じいっと動かずに一点を見つめながら。

「先生、何がそろそろなんです?」

私がガラスの長机に置いたミルクコーヒーを、先生は砂糖すら入れずに一気に飲み干した。

「ばらまかれた霊障が治まってきた。そうなると、阿呆な生徒が出てくる可能性がある。塚本君達は、災いの避け方を知っているのだから、自分でやらずに彼女たちにもう一度頼んだっていいだろう、とね?」

「そんな……だって、良くないものを引き寄せるってことは、もうみんな知ってるはずじゃ」

先生はようやく私を見た。

淀んだ目は、珍しくとても悲しそうに、目尻が下がって眉根には深い皺が刻まれていた。

「助手君、人間はそんなに賢くはないんだよ」

吐き捨てるように言う。

「火事に遭っている人間は、火事の恐ろしさをよく知っている。だけどね助手君。対岸の火事というのは、エキサイティングな見世物である、と言うだけなのだよ」

先生の言葉は、今まで一度も聞いた事のないような震え方をしていた。その言葉が現すような場面に、何度もあったことがあるのかもしれないと思える程度には、珍しく素の感情が乗っているように思えた。

「仮にそういう人間が現れた場合、塚本くんには連絡をするようにキツく言ってある。その時が、潮時だ。マジナイ屋としての彼女らには、劇的な方法で幕を引いてもらうさ。あぁ、おかわりをくれ」

先生からグラスを受け取って、おかわりを注ごうとした時だった。

かろん! かろん!

乱暴にドアベルが鳴り響いた。

「せんせえっ!」

新井さんが、大きく肩で息をしながら立っていた。

「たすけてっ、せんせえっ! ミナちゃんが、ミナちゃんがっ!」

先生は何も言わずに、じっと新井さんを見た。

「……使ってしまったのか?」

そう言った先生の表情は、きつく引き締められていた。

「別のクラスの子たちが、五人くらいで来て、とにかくやってくれって! すごく大事な事だからって。やれないって言ったら、すごい勢いで悪口言われて、それで、ミナちゃんが、私一人でやるって、言って」

「笠原君はどうした」

「アイカちゃんは、何かあった時のために残るって言って! だから、アタシっ」

先生はそこまで聞くと、驚くほど素早く動き出した。ニ階へ籠るとすぐに黒い紬の着物姿になって、私の念珠を作った時とは別の道具箱を背負って降りてきた。

「助手君、行くぞ! 君はその格好のままでいいから来たまえ!」

枯れ木のような体から想像もできない様な力強い走りで、店から出ていった。私は呆気に取られていたけれど、新井さんの姿が目に入って正気に戻れた。

「ねえ、モモちゃん! どうしよう、早く戻らなきゃだけど、アタシ、もう、走れないよう」

新井さんは安心して緊張が切れてしまったのか、扉のところでへたり混んでしまった。道案内も含めて、やって欲しいことはたくさんあるのに、このままだと本当に間に合わなくなる……。

私は、大きく息をついた。迷っている場合じゃない。やり方は習った。今が使い時なんだ。ぶっつけ本番でもやるしかないんだと、自分を納得させた。

「あのっ、あ、新井さん。手を、繋いでくださいっ!」

「えぇ、モモちゃん!? そんなことしてる場合じゃないよう!」

「ひ、必要なんですっ!」

そう言って新井さんの手を勢いよく握った。

そして、心を落ち着けるために深呼吸。少しづつ、お腹の下あたりに火を燃やすような感覚で、息に自分の心を乗せて。

『……くらめ、かすめ、かぎろひのなかに。われらのかたちを、おぼろとなして。おんまりしえいそわか、おんまりしえいそわか、おんまりしえいそわか』

念の為に先生から習った目眩しを唱えておく。

『……かしこみかしこみまおす、つつしんでここにまおさく、おおくちのまかみ、もろもろのしし、ぬさ、こう、みず、ささげ、ここにきねんし、かんじんしたてまつる』

念珠が熱くなる。心臓がどくどくと脈をうつのがはっきり分かる。

『……われは、こいねがう。われは、ひたつらにこいねがう。わがみあしに、はやてのころもを、つちふみしぬく、つよきちからを』

足に、大きな何かの絡みつく感覚。

グッと足に力を込めて、一気に踏み抜く。そして、新井さんの体を脇に抱えるように自分側へと引っ張る。

「えええええええええええええっ!?」

新井さんの絶叫が後ろへと飛んでいく。

一歩踏む事に、体がどんどん前へと進む。大きなオオカミになったみたいに、体が軽い。

はやく、はやく、はやくっ!

最後に私は、思い切り地面を蹴りつけた。

体が、宙へと思い切り飛び上がる。

「このまま、行きます!」

「こ、このままっ、ねえ、このままってぇ!?」

ぐんぐんと校舎が近くなる、そのまま屋上へと着地する。

自分でもびっくりするほど、痛みも何も無く、屋上へと降りた。街を風になって走り抜けて、屋上まで飛び上がるなんて。

自分でしたことに自分でも驚いて、少し呆けてしまったけれど、新井さんのことを思い出して頭を振るった。

「い、いきます」

もう一回そう言って、気配の消え切る前に足を力を込めて教室へと走り出した。


私たちの普段の教室からは、信じられないような気持ちの悪い気配が盛れ出していた。

先生の姿は、ない。

教室の端の方には、五人。女子が固まって、声もなく震えていた。皆の視線は一点に集まっている。

笠原さんが、手に御札を握りしめたまま倒れていた。

その向こうに。

「塚本、さん?」

椅子に座って、魔法陣に向き合った、塚本さん。

でも。

目は虚ろで、ペンをじっと握ったまま、口は半開き。

その口から、彼女のものでない、酷くひび割れた声が漏れ出す。

「ひひひっひひ、ひひひひひひひぃ」

ぎしり、と塚本さんの体が鳴る。

首だけが、女子たちの方を向く。

「のぞんだのはおまえたちだなあ、ならおまえたちをもらわなきゃなあ、ひとつぅ、ふたつぅ、みっつぅ、よっつぅ、ひひ、ひひひ、いつつぅ」

声が告げる。

私は、自分の頭の中身が驚くほど冷たくなっていくのを感じた。

「……あなたたちは、塚本さんに何を頼んだんですか」

女子のひとりが、私を見た。

目を開いたまま涙を流し、しゃくりあげながら。

「あ、あ、こ、この子の、この子の好きな人、好きな人のぉ、心を、振り向かせる方法、方法を」

「……あれは、そんな優しいお願いのために来てくれたモノに見えますか?」

頭の中が真っ黒に染まっていく。

「ひっ、この、この子が、この子が今日振られちゃったんだよォ! だから、この子の好きな、好きな人がァ! 絶対にこの子を好きに、なる方法を、占わせたのォ!」

それを聞いた瞬間に、私は自分の頭の中が完全に黒く塗りつぶされたのを感じた。それと同時に。


ばあん! ばあん! ばあん!


教室中に何度となく大きな、それこそ「大きなオオカミ」でも暴れたような音が響いて、教室中の机や椅子があらぬ方向に吹き飛ばされた。

「そんな身勝手なことを願って、塚本さんは狂ったんですか!? あなたたちの勝手な、本当に勝手な、ただ、深く考えもしないくだらない理由で! そんな、そんな理由だけで、塚本さんはあ!」

音がどんどん大きくなる。

女子の周りに、大きな爪痕のようなものが走る。

「モモちゃん!? ねえ、モモちゃん! やめてよ! ミナちゃんがっ、ミナちゃんがぁ!」

新井さんの声が遠い。

「あなたたちが、あなたたちさえ」

黒いものが体中に絡みつく。それが私をつき動かして、もう、私は、目の前の、こいつらを、こいつらを。

その瞬間に、左手の念珠に付けられた牙が思い切り私の腕に食い込んで、激痛を走らせた。

「ぎぃっ!?」

いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい!

それしか考られなくなって、頭が痛いで埋め尽くされて。


『まったく。我が弟子。助手君。自らの感情に身を任せてはならないと、あれほど訓練したじゃあないか』

大声でないのに、妙によく響き、通る声が私の耳から入り、直接精神を縛り付けてくる。

『土壇場で憑依をあれだけ成功させるのだから、資質ありなのは間違いないが……君はそのまま、人殺しにでもなりたいのかね?』

声は段々とこちらに近づいてくる。

『使われている側も、どうやら、君が人殺しになるのは望んでいないようだがね。その念珠の牙がその証拠だ』

黒い紬の着物を翻して、先生は教室の入口に立ち、私を見下ろしていた。

『頭は冷えたろう、助手君。いいかね、よく見てみたまえ。君が今、相手をするべきはそこの無知な女子共じゃあない。あれだ』

先生の枯れ枝のような指が、すっと一点を指さして止まる。

教室の真ん中で、首だけをひねらされてこちらを向いている塚本さん。

その口から、また醜い声が漏れる。

「こころがほしい、ほしい、ほしいというならくれてやるよぉ、だったら、おまえらのこころ、こころ、こころ、たましい! よこせ、よこせ、よこせよええええ!」

建物がひしゃげるほどの声。

『助手君、あれが天使に見えるか。その眼でしかと確かめ給えよ』


私は、頭から、心から黒いものがすっぽりと抜けてしまった。その代わり、今見るべきものがハッキリわかった。

二つ目の瞼を持ち上げて、改めて塚本さんを見る。

さっきまでは見えなかった、けれど、今はハッキリとその姿が見える。


黒く、粘ついたナニかが魔法陣から伸びて、塚本さんの腕にまとわりついていた。それは塚本さんの体を這い回っていて、背中側から何本もの手が伸びて塚本さんをまさぐっている。うち二本は、塚本さんの頭をがっしりと抱えている。

体のような、歪な線の集まりが見える。その上に、汚い泥が泡立つように、顔のような模様を形作っていた。

頭を抱えた腕、その手には指が人間の倍近く生えていて、それが塚本さんの口に三本ほど差し込まれている。これで無理やり喋らせていたんだ。

「ひ、ひひひひ! いのちだよぉ、いのちぐれよぉ、おねがいぎいてやるがらよぉ、おまえらのいのぢ、がらだっ! ぐれよぉ、ぐれよぉ!!!」

どろどろ、としか呼びようのないソレは、笠原さんにもうひとつ伸ばした腕を擦りつけようとしたが、彼女の持っていた御札に阻まれた。

「いてえなぁ、いてえよお、しんでもいてえよお、いきてりゃもっどいでえよお! いでえほうがええんだよぉ、だがら、がらだをよごぜぇ!」

どろどろから何本も腕が伸び、女子たちに触れようとする。


『焼き尽くせ、千力』

その声は、大声じゃない。でも空間を震わせた。

先生の手には、白い大きめのペンダントトップが握られていた。まるで、鳳凰が銀色の翼を広げたような飾りの、羽の付け根がひとつ光り、オレンジ色の炎を吹き出した。

炎は、どろどろの腕を一瞬で焼き尽くした。

「ひぎゃあぁっ!」

どろどろは、思い切り身をのけぞったが、決して塚本さんを離さなかった。人質、ということなのだろう。

『小賢しい亡霊だな』

先生はペンダントトップを握りしめたまま、どろどろを見つめている。

『問おう、お前は誰だ?』

「あ、あ、おでが? おでのなまえが、なまえ、なまえ? なまえっ? おで、おで、おでおでおでおでででででで」

塚本さんの口を借りて声を発すどろどろは、その問いを聞いてから壊れ始めた。

「おでででは、おで? だれ、だれ?」

先生は、空いているもう一つの手に、なにか別のものを握っていた。

『お前は誰だ』

声の圧力が強くなる。

どろどろは、どんどん形を崩して、膨らんだりしぼんだり、爆ぜたり混じったりし始めた。その手が、塚本さんから緩む。

『助手君、今だっ!』

私はその声に弾かれたように、念珠を塚本さんの方に突き出して叫んだ。

『われこいねがう、かのものを、ここへっ!』

私の左右から、私の背丈の倍はある巨大なオオカミが現れて、右のオオカミが塚本さんを加えあげて、私の方に放り投げた。放り投げた先には左のオオカミが控えていて、投げ込まれた塚本さんを体で包み込んだ。

オオカミたちは消えず、塚本さんを降ろし、私の後ろに寄せてからも、じっと指示を待っているようだった。

『さて、もうお前の依代はなくなった、だからこそ再び問おう』

先生は、逆の手に握ったものを、寄る辺のなくなったどろどろに向けて突き出した。それは、先生の掌に収まる大きさの、八角形の鏡だった。

『お ま え は だ れ だ っ』

先生の言葉に込められた霊力が限界を超えた。場がビリビリと震え、私は立っているのもやっとになってしまった。

その言葉を受け、鏡からはとてつもなく眩しい光が溢れ出し、どろどろの体を貫いて包み込んだ。

「ぎゃあああああああああ」

光の中から、幾人もの声が聞こえた気がした。


光が引くと、そこには、空中に浮かんだ虚ろな人の影のようなものがたくさんあった。あるものは髪が長く、あるものは短く、背丈も小さいものから大きいものから何もバラバラで。性別もバラバラで。でも、その影たちは何故か、みんな学校の制服のようなものを着ていた。

『見ろ、助手君。これがエヴァンジェルで降ろされたモノの正体だ』

先生は、ゆっくりとその光景を見つめた。

『これは、想いの欠片とでもゆうべきかね。もしくは感情の絞りカスか。魂の残り香でも良い』

私はその影たちを見つめる。もはや虚ろで、ただようだけのもの。多分、影一つだけだとすごく力の弱いものなんだろう。それが、あれだけの恨みを発するのだ。体が、命が欲しいと。

『中には本物の死霊も混じっている様だが。それもえらく力の弱いものだけだ。その他の、あの影のようなもの。あれは、人の「羨み」の感情だ。誰かの持っているもの、誰かの未来、自分に手に入らないありとあらゆるものに対する、無自覚な悪意。それが溜まりに溜まったものが、これだ。この学園に溜まった、ケガレだよ』

先生は、それを見上げたままで言う。

『助手君、今の君ならこれを、君の力で祓うことが出来る。やってみたまえ』

私の方へ向き直る。

『僕は、そこの女子達の治療を進める。今の君ならば……モモ君ならば出来る』

私は、先生の目を見る。いつも通り淀んだ目だったけれど、それでも、先生の目の中にいつもと違う感情があるのを感じた。

私は、オオカミたちを見る。オオカミたちは、私を静かに見下ろしている。

頷く。

『……おおくちのまかみに、こいねがいてまおさく、このちによどみし、つみ、けかれ、そのきば、つめ、あし、おをもって、くらい、さき、はらえたまえ』

「ぐおおおおおう」

「ぐあああああう」

ニ匹のオオカミは、大きく唸り、空へと踊り出る。その爪で、その牙で、その尾で、すべてのケガレを薙ぎ払って行く。

私はじっと、それを見ていた。

私の人生の大半を、共に居た見えないオオカミたち。私の気持ちなんか考えずに、こわいと思った私を守ってきた身勝手なオオカミたち。それが、今は何故か。


……この騒動の後、私達の学年で素人占いをする人は誰一人居なくなった。先生は、この経験をした五人をあえて野放しにしたのだ。

塚本さん、笠本さん、新井さんは、その後もエヴァンジェル騒動の後始末を真剣に続けて、ちょっとずつ皆の信用を得て輪の中に戻って行った。

何もかも、昔のようには戻らなかったけれど。

三人には、どうしても「嫌悪の目」が向けられる。だけど、彼女たちはそれを乗り越えている。

「モモが耐えてるんだもん。ワタシ達だって負けてらんないよねっ」

ちょっと疲れた顔で、塚本さんたちは笑った。

「私は、耐えてきたわけじゃ、ないんです。何度も、逃げて、来ました」

私も少しだけ微笑んで返した。

「モモっち、本当にありがとうね」

「モモちゃん、何かあったら私達も、助けるからねっ」

どこかで、そんなことは嘘だと囁く自分がいる。

でも今までの上辺だけの言葉でないのは、分かった。


「さて、助手君」

今日も今日とて、先生は私にミルクコーヒーを作らせて、放課後の店でふんぞり返っていた。

「騒動もある程度カタは着いた。今回も結果として、我々はタダ働きだった訳で、君のバイト期間も短縮どころか増えていく訳だなあ」

先生の皮肉も聞き慣れてしまった。でも、違和感がある。

「先生」

私は手を止めて、先生を見つめる。

「先生は、なぜタダ働きするんです?」

「なに?」

コーヒーにいつもより多く角砂糖を入れて、先生は私の方へ顔を向けた。

「先生は前に、他人の生き筋は己には関係ないのだから、いちいち他人に関わって人生を浪費するのは阿呆臭い。放っておくのがいちばん楽だ、と私に言いましたよね。それが僕のモットーだって」

「言ったね、確かに」

「でも、先生の行動は、それから全部外れている気がします。だって、おかしいじゃないですか。先生は他人を助けすぎます。塚本さんたちも……私も。私を助けて、先生にはなにか得でもあったんですか」

私は、これまでの事を吐き出した。

「先生の言葉と行動は矛盾だらけです。なんで私を助けたんです? あの時、寝ていて、気付かなくて、私が……死んでも。あの時、あの場所で、彼女たちを私が……殺しても。先生の人生には、関係ないはずでしょう?」


先生は、驚いたように目を見開き、口をへの字に曲げて私を見ていた。

そして、たっぷりと間を開けて。

「強いて言えば、寝覚めが悪いからだ」

と語った。

「言ったろう、あの時も。君が死んだということを知れば寝覚めが悪い。多少手を出せばどうにかなるなら、僕は手を出したくなるのだ。確かに、君の言う矛盾だと思うがね。でも、そう、駄目なんだ。手を出してしまうのだよ、僕は」

私は、この人のことが分からない。

性格が悪く、底意地が悪い。でも、妙なところで情けを見せてくる。

「そいつの人生を助けたいと言うんじゃない。見て見ぬふりなどした、己を気色悪く思う。そして寝付けなくなる。だったら、僕が平穏に昼寝が出来るように、僕自身が労力を払う必要もあろうということさ」

そこまで言って、一気にミルクコーヒーを飲み干した。

「でだ、助手君。今度は僕が聞く番だ」

先生は黒縁メガネを半分下げて、私を淀んだ目で見つめる。

「君に取り憑いている大口真神、本当にタダのデカいオオカミなのかねえ」

先生は、オオカミの正体が分かるか、と聞いているのだ。

「……確証はありません」

「ふむ」

「でも、あの時のこと。これまでの事。少し考えをまとめてみたら、分かりました。先生。あの鏡、ありますか」

「鏡……照魔鏡かね」

「はい」

私は、二つ目の瞼を開けながら、深呼吸をして念珠に意識を集中する。

ずるり、と大きな気配が動き、二匹のオオカミが私を取り巻いて現れる。

まるで、私の意思を汲み取って、自分から姿を現すように。

「……お願い、します。先生」

「高くつくぞ?」

「……お願い、します」

先生は、私を見つめる。でも、すぐに何処からか取り出した八角形の鏡を私の方に向けて突き出す。

そして、あの時とはまた違う、どこか柔らかい声で、呪文を唱えた。

『あなた方の、真姿を、どうかお見せ下さい』

鏡から放たれた光の中で、眩みそうになる目を見開く。

オオカミの姿の中に、遠い昔の思い出の中にしかない、二つの大人の背中を見た気がした。

「おとうさん…… おかあさん…… 」

口から漏れた言葉が、オオカミたちに届いたのだろうか。

金模様のオオカミは、お父さんと呼ばれて喉を鳴らした。銀模様のオオカミは、お母さんと呼ばれて私に頬ずりした。

「なんと、はた迷惑な親の愛だろうなあ……。こんな姿の、『(あら)御魂(みたま)』になってまで、君を守り続けているのか」

先生は、さも知っていたように、無感動につぶやいた。


「君は、ご両親に愛されていたんだな」


先生の声は聞こえなかった。

私の耳には、私の泣き声以外の音は、何にも聞こえなかった。


                                                   了


 この話は、執筆順でいえば第3話に当たります。第1話と第2話を書き上げた後、ふと「平坂桃」という女の子がどんな経緯で先生と知り合うことになり、自分の力を自覚したのかを書いてみたくなったのです。この少女は、まだ自分の周りに広がる世界がどんなものか知りません。自分とつながっている人たちがどんな人で、何を考えていて、何故自分と親しくしてくれているのかを知りません。それは、この後に執筆した第3話の時点でも同じです。ですが、一つだけ言えることは、彼女の人生は黒井晃というへんてこなおっさんに合うことで、確実に変化した、ということです。

 ただ、その変化を感じ取れるようになるまで、そして、変化の意味を見出すまでには、当分時間がかかることになるでしょう。


このお話の裏テーマとしては、「占い」とその怖さを上げたい、と思いました。占いは、どんな人でも気軽に取り組むことのできる魔法の一種です。数ある魔法の中でも、最も現在に息づき、多くの人がその存在をすんなりと受け入れている、といって過言ではありません。一方で、その低いハードルが誤解を生むことも多いのです。

 占いは、あくまでも「現在の延長線上をわずかに垣間見る」程度の力しかなく、それが分かったところで「未来を支配している」訳ではありません。

 よく言う例えですが、もし占い屋に未来すべてが分かったとしたら、世界中の占い屋は今よりもっと金持ちでしょうし、もっと平和で、よりよい社会が来ていたことでしょう。

 学術的に観た占いは、一種の統計学や心理学、話術のトリックを用いた詐術、とも言えます。それで、日々が救われるなら良いでしょうが、依存するものでもないですし、占いは必ずトリックがあるものです。超心霊における何とかが、とか、あの神様がついて未来を云々、となると、それは占いではなくて宗教になってしまいます。ここら辺のことは、京極夏彦先生の小説である『魍魎の匣』で京極堂が詳しく述べているところです。

 困ったことに、若い女性の皆様などで占いに妙に依存してしまったり、占える自分に全能感を持ってしまう方がいるのは残念なことと感じます。占いは、「日々を生きるためのちょっとしたアドバイス」を超えるものではなくて、日々を支配するものでも、人の心を支配するものでもないのです。占いを学ぶ人は、それを忘れるべきではないでしょう。

 また作中の様に、軽々しく上位存在にアクセスするのもお勧めしません。人間の思い込みというのは、我々が想像する以上に恐ろしい側面を持つものなのです。

 長々と硬いお話をしましたが、これらのお話はあくまで舞台裏のこと。お目汚しと思っていただき、読み飛ばしていただいても宜しいところです。ですが、もし興味を持たれた方がおられましたら、努々、お気を付け下さいませ。

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