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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第6章 少女は蝶へと羽化を遂げる
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6.11 まだ、諦めなくていいんだ

 沈黙が病室を支配していたのは、ごく僅かな間だった。どう応えるか目配せしていた二人の答えを待たずに、少年が自ら動き出したのだ。


「……オフクロなんだ」


 選ぶほど言葉は多くないから、絞り出された答えはシンプル極まりない。だが、それは紗夜を当惑の沼から引きずり出すどころか、更に深淵へと誘う。


「蒼一くん、それ、どういうこと?」

「グロリアは、俺の母親なんだよ」


 噛んで含めるようにいいきかせても、紗夜の眉は寄ったまま戻らず、疑いの色がまるで薄まらない。紫音と蒼一を二人並ばせて見比べても、目元と耳の形を見るよう勧められても、巫女の首は(かし)ぎっぱなしだ。


「いわれてみれば似てなくもない、かな……?」

「基本的には死んだオヤジに似たんだ」


 その言葉をフォローするように、桃香は在りし日の蒼一の父親、紫音の夫の写真を手渡した。マウンド上でセットポジションをとる横顔は、確かに目の前の少年と瓜二つ。

 それを踏まえた上で、紗夜はもう一度、花泉親子の顔を見る。二人とも目尻が下がり気味ではあるが、精悍な方に振れば息子に、柔和さと愛嬌を足せば母親にかわると気づいてからは、少し腑に落ちたらしい。


「お父様が野球選手で、お母様もそれだけスタイルが良いのなら、蒼一くんが立派な体格で、運動神経抜群というのはわかる気がします、でも……」

「まあ、俺たち、ぱっと見は似てねぇし、オフクロも姿形(ナリ)がコレだからな」

「若いときの子だから……蒼くんと一緒に歩いてると、お姉さんですかとか、若い旦那さんですねって言われちゃうのよ」

「それは……わかる気がします。本当によくわかる気がします」

「そういうわけで、ほら、親子なんだな」

「そうですか……。そう、なんですねぇ……」


 お世辞はいいのよ、と言いつつまんざらでもなさそうな紫音に、ちょっとげんなりした様子の息子。

 二人を見て、紗夜はがくりと肩を落とし、目頭を抑え、深いため息をついた。ひとしきりの疑問に対して答えが与えられ、張り詰めていた神経が緩んだのもあるかもしれない。


「本来ならね、藤乃井くん、君に色々お話を伺いたいところなんだが……さすがに、今はちょいと酷だね」


 紗夜は言葉もなく、ただ小さくうなずくばかりだ。

 一番出会いたくない場所とタイミングで恋敵と遭遇し、爆発的な感情の奔流に飲まれて魔女化したと思ったら、百戦錬磨の魔法少女と力比べの末に【救済】を経たのもつかの間、知らない病室で立て続けに真相を暴露される。半日立たずの時間で理解しがたい事象にさらされつづけて疲労しないわけがない。今の少女には、心身を整え、知り得た事実を咀嚼(そしゃく)する時間こそ必要だろう。小さな両肩から溢れ出る、そっとしてほしい、という本音を見落とすほど、桃香は残酷でもなかった。


「長い話は、君が調子を取り戻してのほうがよいね。今夜はこれで失礼するよ。心配することはなにもない、今はゆっくり休みたまえ」

「すいません、お気遣い、痛みいります……」


 さあ行こう、と先に立って病室をあとにする大人たちに促されてなお、後ろ髪を引かれる思いの蒼一は、


 ――また後で来るから。


そう口だけで呼びかけると、少女の顔がほころぶのを待たず、後ろ手で静かに引き戸を閉めた。




 一人残された紗夜は、再び頭を枕に沈めた。

 漂うのは消毒液のかすかな刺激臭と無機質な静寂ばかりだが、彼女のそばに、もはや孤独の影はない。

 少年が触れてくれた背中にも、まだ、ほのかな温かみが残っている気がする。


 ――まだ、諦めなくていいんだ。


 蒼一の心の中にちゃんと紗夜がいて、グロリアよりも特別だといってもらえた。今の彼女にはそれだけで十分だ。


 ――次に目覚めて彼に会えたら、ちゃんと、互いの想いを伝え合おう。


 小さな胸に去来した安堵感は、彼女の体を隅々まで包み込み、眠りの入口がみえるところまで(いざな)ってくれたが、あと一歩先に進めない。

 その原因は間違いなく、グロリア――もとい紫音が、紗夜の想定を大きく越えていたことだ。高校生の息子(そういち)がいるのだから、少なくとも三十路(みそじ)半ばを迎えているはずなのだが、見かけだけならそれより(とお)近く若い。


 ――あれだけきれいなお母さんと暮らしてたら、蒼一くんが女性に求めるハードルって、相当高くならない?


 無意識のうちに自身と紫音を比較しはじめてしまった紗夜の頭は、疲労しているはずなのに冴えてしまう。

 身長もない、スタイルも足りない、大人の色気からは程遠い。おまけに魔を祓う者としても半人前と、どうしても自分のネガティブな部分が眼について仕方ない。清楚で慎まやかで可愛らしいという武器もあるし、大いなる将来性が後ろに控えているのだけれど、今の彼女は、そこまで考えが回らなかった。

 素敵で、強くて、あらゆる面で先を行き、いつか再び壁となるであろう存在。ベッドに横たわる今の藤乃井紗夜にとって、花泉紫音はそういう位置づけに収まりつつある。

 そんな彼女にぶつけた言葉の数々がふと頭をよぎった瞬間、少女はつい、布団を頭からかぶって丸まってしまった。


 ――はしたない娘だと思われてないかなぁ……?


 自分の気持ちに正直に振る舞ったこと自体に後悔はない。でも、「あなたの息子さんが好きです、あなたよりも私の想いのほうが強いんです」と母親に向かって啖呵(たんか)を切ったのは、まぎれもない事実だ。


 次に合った時にどんな顔すればいいんだろう――?


 心の充足に由来する暖かさでもなく、さりとて体調不良とも違う熱に頭を苛まれながら、少女は一人、肌触りのいいシーツの中で身悶えするのだった。

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