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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第6章 少女は蝶へと羽化を遂げる
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6.7 あなたたちが心配することなんて、なにもないわ

「伏せて!」


 友の信頼と、息子の言葉なき懇願に後押しされて歩み出るグロリアに、魔女に堕ちた巫女の拒絶が遅いかかる。

 矢のような警告が桃香と蒼一を地に押し付けた直後、雨に(けぶ)る空気を割り、頭上を魔法が飛び去ってゆく。背中に粟粒を浮かせる風切り音がもたらす惨状を気にする余裕など、少年にはなかった。殲滅という強い言葉がでてくるのも当然と骨身にしみて理解し、這いつくばるばかりだ。

 それでもどうにか首を動かし、魔法少女(ははおや)魔女(おもいびと)の様子をうかがう。

 紗夜が繰り出す魔法は、洗練とは程遠い。瘴気を練り固めて力任せにぶつけているのか、魔弾(たま)とも魔槍(やり)ともつかない不定形だ。あるときは陽炎(かげろう)のように揺らめき、またあるときは鋭く明確な境界を手に入れる。

 それらを【鎖】で捌きにかかるグロリアだが、全てをしのげるわけではない。仄暗い光は魔法少女装束(ドレス)を焼き、肌を裂いて紅の華を散らす。旺盛な魔力はあらゆる(ほころ)びを繋ぎ治すが、雨あられとぶつけられる悪意の群れはそれを上回る勢いだ。忌々しい粘液に苦しめられた夜が自然と思い起こされ、蒼一の心配に拍車をかける。

 それでもグロリアは臆することなく、魔女との距離を削り取るのだが、その装いは一歩ごとに変わりつつあった。

 長靴(ロングブーツ)のかかとや、かつての晴れの衣装を思わせる装束(ドレス)の裾から、黒が遡上(そじょう)する。白銀と薄紫色の中間で揺らめいていたはずの髪も、いつしか艶のない漆黒に塗りつぶされていた。

 紗夜を飲み込んだ瘴気と同じ色が、グロリアの身を包もうとしている。その様を目の当たりにして、見守る者たちが心中(しんちゅう)穏やかにいられるはずがない。


 紗夜だけでなく、紫音(グロリア)もまた、魔女と化しつつあるのではないか――?


「嘘だろ、まさか、自分から魔女に()()()気か!? 戻れなくなるぞ!」


 深淵へ飛び込もうとする友人を止めようとする桃香の叫びで、不吉な予感は花開く。息子はただ、認めたくないとかぶりをふるばかりだ。


「討つためじゃない。私はね、あの娘ヲ救うために魔女ニなるの』


 大切な二人を危険にさらさぬよう、瘴気の()()を塞ぐ位置を計算しながら、グロリアは愚直に進む。普段はない雑味を声に交えながら。


『来なイデ!』


 紗夜の魔法は、徐々に練度を高めつつある。生の瘴気では通じないと悟ったとたん、熱や雷撃に変質させる離れ業を駆使して、引き続きグロリアを責め苛み続けた。淑女はドレスもろとも皮膚を焼かれ、黒髪は容赦なく削られる。

 

『ナぜあなタナの……!』


 昏く染まりきった紗夜の瞳に一抹の悲痛をみて、薄紫色の【鎖】で立ちふさがる困難を薙ぎ払い続けたグロリアの足取りが、わずかに鈍る。

 そのためらいを何かの機と感じたか、感情が抑えきれずに噴き出したか、年若い魔女は喉を裂かんばかりの勢いで叫んだ。


 

『アなた、蒼一くンノ何ナのよ!』


 疑問を。


『あナタガなんデ彼のそばにいるのよ!」


 羨望を。


「私が先に好きになったのに!」


 そして、素直な、ありのままの気持ちを。

 ほんの僅かな瞬間、緊迫した状況を忘れたように、グロリア(しおん)は頬を緩ませる。自慢の一人息子に思いを寄せ、好いてくれる娘がいるのが、母としては素直に嬉しいのだろう。

 その喜びが、かえって使命感と緊張を際立たせる。【救済】し損ねるわけにはいかないと気を引き締めるが、それは敵意と映ったらしい。


『私ノ邪魔ヲシないで!』


 折からの風雨すらも遮る、紗夜の感情の暴走は、巧みな【鎖】捌きを凌駕(りょうが)し、危うい均衡を保っていた天秤を無理やり自分の側へと傾がせる。グロリアが負う傷は、突如として数と深さを増した。裂かれた皮膚と肉からほとばしる赤が()()魔法少女装束(ドレス)を汚し、炎に焼かれて肌が剥がれおちるそばから神経がむき出しになる。


 それでも歩みを止めようとしないグロリアは、相対(あいたい)する者にどう映るか?


 自ら魔女に()()()ことで底上げされた魔力は、回復に時間を与えない。命の拍動ある限り流れ出るはずの血はすぐに止まるし、弾け飛んだはずの肉もどこからか盛り上がって傷を塞ぐ。あちこち破けていたドレスまで、元の丈を取り戻して艶めかしい肢体を覆っていた。まばらに残った黒焦げの皮膚を押し剥がすのは、元と変わらぬきめ細やかな肌だ。

 しかし、自然の摂理に真っ向から抗い、不可逆から最初の一文字を消し去ってなお、激痛はそのまま身を蝕む。

 グロリアの顔色は明らかに青白いし、眉根も厳しく寄っている。噛み締めた唇からは、受けた傷とは違う血がにじんでいた。


「魔法少女の強さは、心の強さよ」


 それなのに――焼かれ、刻まれ、絶えず痛みに(いら)われてなお、グロリアの双眸の輝きは褪せない。


「魔女だって同じ。最後に想いを遂げるのは、強い心の持ち主よ」

『負ケナい……負けらレナい、あなたにダけは!』


 紗夜の言葉は、あくまでも強気である。

 だが、諦めという単語を心の辞書から破り捨てたようなグロリアを前にして、徐々に怯えが芽生えはじめているようだった。彼女を(おのの)かせるのは、魔女としての力量の差か、女としての覚悟の違いか。

 呼吸を忘れ、固唾を飲んで見守る蒼一たちの視線の先。魔女たちの距離はついに、互いに手を伸ばせば触れ合えるところまできた。

 うかつに仕掛ければ自らの魔法で傷つくと察したか、紗夜はもう無闇矢鱈に力を振るわない。手負いの獣のように威嚇するばかりだ。


「私は彼を愛してる。それは否定しないわ。あなたよりもずっと前から、彼のことを知ってるし、想ってる」

「ダから何よ! ワタしだッテ、わたしだって……!」


 燃え盛る感情に油を注がれた紗夜は、真っ向から恋敵(ライバル)を睨みつけ、吠えた。

 それと同時に、質の悪い硝子(ガラス)同士をこすりあわせたような不協和音が境内に響きわたる。その根源は向かい合った魔女二人のちょうど真ん中あたり。互いの魔力が干渉と共鳴を繰り返して生まれた振動は、聴覚と触覚の両方から身体に忍び込み、中枢神経を無遠慮にこすりあげる。

 耳を覆ってなお苦しむ音の奔流のなかで、グロリアは平然と、【救済】を待つ少女へ歩み寄る。

 拒絶を超えて間合いに入られたという事実は、紗夜の支えを奪うには十分だったらしい。散々痛めつけてなお、目と鼻の先にまで踏み込んできた恋敵を前に膝をついた少女から、瘴気が塵となって剥がれ落ちる。

 小さく薄い胸によぎるのは、魔女としての資質で勝てぬ絶望か、蒼一に対する愛情の深さで及ばぬことへの諦めか。かがみ込むグロリアをみつめ、透明な雫で頬を濡らし続ける紗夜に、抵抗する気配はもはやなかった。


「大丈夫。あなたとは、見ているものがちょっと違うだけ」


 慈しむような微笑みとともに、グロリアは紗夜の涙をそっと拭う。

 その身を包む魔法少女装束(ドレス)は、いつのまにか元の薄紫色を取り戻していた。魔女()()()痕跡は、もはや艶のない黒髪くらいのもの。魔女と魔法少女の境界線上に立ったグロリアは、ともすると黒い深淵に転がり落ちそうな危うさを匂わせている。


 でも、いや、だからこそ――。


 かつてはチームのエースとして、奇跡の一球一打を望まれていた、蒼一の大きな手。今やそれは、敬愛する(はは)に願いを託し、祈りを捧げるように組まれていた。


「オフクロ、頼む……!」


 仲間を鼓舞したあの時のような声なんて出ない。それでも、思いはしっかりと、母の胸に届く。


「あなたたちが心配することなんて、なにもないわ」


 これまでもそうしてきたように、グロリアは紗夜の眼前で指を鳴らす。

 響くのは、紗夜の心に巣食う闇を、この期に及んで細い身体にすがろうとする黒い気配を、まとめて吹き飛ばす【救済】の鐘だ。

 風雨も、分厚い雨雲も、少女を苛んでいた瘴気も、世界を満たす温かくも強い光の前では無力だった。

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