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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第4章 二人は秘密の夏休みを過ごす
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5.5 残念だけど、お楽しみはここまで

 直後、耳を(ろう)する空気の振動と重なって、人々の足元をすくいあげんばかりの大きな揺れが会場一帯を襲う。

 あちこちのステージで響いていた演奏や歓声、夜店の立ち並ぶ広場に満ちていたはずの高揚感は雲散霧消し、悲鳴と恐慌によって制圧された。多目的広場を後にしたばかりの一行も似たようなもので、先程まで騒いでいた荒城も、日奈も、蒼一も、すっかり青ざめた顔をしている。混乱の真っ只中にあって平然と構えているのはただ一人、グロリアだけだ。


「え、やだ、事故?」

「花火会場だな。手違いでもあったか?」

「たぶん、荒城くんの言うとおりでしょうね」


 会場内のスピーカーから流れる避難誘導の放送、そのさらに向こうでは、星々を覆い隠さんばかりの黒煙がもうもうとたなびている。その根本で散発的に()()()が光り、それに遅れて低い爆発音が腹の底まで揺らす状況を思えば、どこで何があったかの想像はつく。ただし、()()そうなったかまで思い至っているのは、おそらくこの場では花泉親子だけだ。


「荒城くん、日奈ちゃん、放送に従ってここを離れて。私はちょっと、確かめなきゃいけないことがあるから」

「ちっと待てよ、グロリアちゃん。まさか残ろうってのか? 事故のことだったら警察だの消防だのに任せりゃいいだろうが」

「ごめんなさいね、荒城くん」


 紺の巾着からインカムを引っ張り出し、逃げ惑う人の流れから少し外れてひとしきり状況の把握に努めていたグロリアは、魔法少女としての勤めを果たすべく天へと指を掲げた。

 唐突な仕草の真意を理解したのは息子だけ。少し申し訳なさそうに指を鳴らせば、荒城と日奈はもう、魔法少女に忠実な操り人形だ。


「あなたたちは先に避難していて、ね」

「……わかった」

「気をつけてね、グロリア」


 先程垣間見せかけた強引さが嘘のように引き下がった荒城は、日奈を促し、安全な場所へと駆けていった。

 ()()に後押しされた二人の背が人混みに消えるのを待たずに、グロリアは息子を引き連れ、人の流れに逆らって進み始める。


「残念だけど、お楽しみはここまで。蒼くん。お仕事の時間よ」

「……ああ」


 先をゆく母にならった蒼一が慌ててインカムをつけたときにはもう、電波の向こう側にいる指揮官(ももか)への状況報告が始まっていた。


[花火の暴発は、君のいう通り瘴気の干渉が原因だろうね。こちらでも強い反応を確認した]

「今、蒼くんと現場に向かってるわ。到着次第即座に対応します」

[よろしく頼む。あたしも向かってる途中だけど、すぐには合流できそうにない。いかんせん人が多すぎね。瘴気の量によっては人々が魔物化するかもしれないし、花火が燃え残ってる可能性だってある。二次災害は十分に気をつけてくれたまえ]


 了解、と短く答えたグロリアの行動は速い。即座に【転調】で蒼一ともども自分を()()に送り込み、次の一歩を踏み出す間を惜しむように魔法少女装束(ドレス)を着装している。


「ねえ、蒼くん」

「なんだよ、こんなときに」


 目にも止まらぬ()()()()を済ませ、蒼一にちらりと目配せしたグロリアは、非常事態だというのになぜかいたずらっぽく微笑う。


「紗夜ちゃんとトレーニングした成果、みせてごらんなさいな」


 なっ、と言葉につまる蒼一をよそに、グロリアは魔法でも使ったか、常人では不可能な歩幅(ストライド)で地を駆ける。秘密の逢瀬の相手がバレていた困惑は置き去りにせざるをえない速さだ。今の蒼一には、薄紫色のドレスの背中を追いかける以外、できることもやるべきこともなかった。




「ずいぶんひどいものね……蒼くん、足元に気をつけて」

「ああ……わかって……る」


 花火が設置されていた野球場は、外見こそ元の威容を保っていた。

 でも、足を踏み入れた先の惨状は散々だ。鉄扉はことごとくひしゃげ、大方の椅子が吹き飛ばされた観客席は地のコンクリートを晒している。ひびだらけの柱や壁、バックネット裏のスタンドで()()()がひん曲がっている様子をみれば、素人目でも崩落は時間の問題に思えた。蒼一が行きがけに見た限りではあるが、観客席に倒れ伏す怪我人、あるいは怪我人()()()()()がいなさそうなのは不幸中の幸いか。

 グラウンドの様子は釈然としない。クライマックスのために用意された花火がことごとく燃えカスと化したせいで、空気は煙とホコリで汚れたままだ。照明は例外なくやられているから、明かりといえばグロリアの魔力の光か、グラウンドで揺らめく炎くらいのもの。どちらも黒煙に遮られ、光量が圧倒的に不足していた。闇の中で二人を待つのは鬼か蛇か、予断を許さない状況だ。

 重ねて、足裏から伝わる微震が、二人の警戒心をより強める。


「なあグロリア、これ、何の音かわかるか?」

 

 グロリアの【転調】で恣意(しい)的に切り取られた常世には、ざわめき・どよめき・悲鳴のたぐいは届かない。その代わりに、毛先まで震わせる重い音がずっと響いている。長くこの状態に置かれていると、そのうち吐き気を催しそうだ。

 更に悪いことに、イヤホンからはもう、桃香の声が聞こえない。野球場に近づくにつれて荒れ始めた通信は、グラウンドに降りてからこっち、だんまりを決め込んでいる。現場の対応はグロリアに委ねられる形になった。


「……だいぶ難しい状況ね」

「どういうことだよ?」

「通信障害を起こすくらいの量か質の瘴気が、煙の向こうにいると思ったほうがいいわ。蒼くん、私の後ろから絶対に出ないで」


 グロリアのなめらかな背の向こう側で、夏特有のねとついた夜風が、グラウンドを覆う黒煙を静かに押し流す。

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