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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第4章 二人は秘密の夏休みを過ごす
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5.4 可愛いだけじゃない一面、ってやつはご堪能いただけた?

 厳かながらも穏やかで、ともすれば和やかさすら漂っていたはずの会場は、いまや肌を粟立たせんばかりの緊張感に満ち溢れている。その中心にいるのは、ゆったりとした拍子の和太鼓に迎えられて花道の端に姿を表した、小柄な巫女だ。

 背格好だけで紗夜と看破できる線の細さだが、その装いが蒼一たちだけでなく、居並ぶ観客一同を戸惑わせる。揺らぐ灯りで(だいだい)に染まる白衣(しらぎぬ)と千早。昼間より色に深みを増した緋袴は、昼間と変わらない。一線を画すのは白い雑面(ぞうめん)と、腰に履いた一振りだ。特に後者は、持ち主の体格もあってか実寸以上に長くみえる。白木の柄と鞘の端に飾られた紙垂(しで)くらいでは包み隠せない物騒さだ。赤絨毯の花道を踏みしめた紗夜の両足から生み出され、細くともしゃんと伸びた背筋を伝わって宵空に吹き抜けてゆく気合いも相まって、場にいる皆が固唾をのんで成り行きを見守っていた。太鼓の拍が早まっても、手拍子を打つものはいない。

 そんな視線などお構いなしに、紗夜は雑面が揺れるくらいに深く息をつき、ごく自然な所作で鞘を払う。腰を落とした構えから一転して花道を駆け出す足取りは、彼女らしい軽やかなものだった。


「紗夜……!」


 一息で舞台の中央へと飛び込んだ紗夜に、蒼一のつぶやきは届いただろうか。

 疾風(かぜ)を置き去りにするかのごとく、最後に一歩跳んだ巫女は、着地と同時に大上段から白刃を振り抜く。

 舞台を蹴る小気味よい足音、ひらりと揺れる巫女装束の袖、柄を握りしめる女の子らしい手からは想像がつかないほどに、一太刀は重く鋭い。暖色の灯りに照らされてなお、剣閃は青白く、雷光さながら闇を裂く。

 一拍遅れて湧き上がる(とき)の声は、紗夜の技をますます冴えさせる。和太鼓に支えられた楚々とした足運びとともに、まとわりつく淀みを祓う剣さばきを見せたかと思えば、裂帛(れっぱく)の気合いとともに踏み込んで一撃を繰り出す。時折翻る雑面の下からは、日本刀なんて全く似合わない整った顔がちらりと覗く。眼差しに宿る危うい煌きから繰り出されるのは、演舞ではなく、演武と称したほうがふさわしい。据物なき虚空に()()を見出したような一閃は、会場の空気にも緩み(ゆる)(たる)みの暇を与えない。

 そんな親友を見つめる四人の思いは様々だ。

 多くの観衆と同様に声を上げる荒城のそばで、日奈は迫力に声を失っている。蒼一は呼吸(いき)も忘れたように見守る側だったが、ふと隣のグロリアが気になり、横目で様子をうかがった。友人の意外な一面に驚いているか、日奈のようにほかの巫女たちとは非なる力強い演舞に圧倒されたか。


 ゆらめきさえ再現した灯りに照らされた魔法少女(ははおや)の顔は、意外なことにそのどちらでもなく――逆に、この会場に居合わせた誰よりも厳しいものだった。


 舞う紗夜がグロリアにはどう映るのか、蒼一には推し量れない。舞にしては力強すぎる動きが腑に落ちないのか、雑面に隠された心境に思いを馳せてでもいるのか。小さく声をかけても、ちょっと強めに肩を小突いても、彼女は何も答えない。底なし沼に手を突っ込んで探しものをするような神妙さで舞台を見つめたままだ。

 そんな親子をよそに、紗夜の演舞は最終盤を迎える。

 八相の構えから軽くその場で跳んで繰り出した唐竹割りが、今宵彼女が最後に魅せる技。赤絨毯に触れるか触れないかの紙一重で刀を御した巫女は、殺陣(たて)よろしく血振るいして見せた後、淀みなく刀を納め一礼し、そのまま舞台からはけてゆく。

 あまりにもあっけなさすぎる退場に、しばし呆然としていた観客たちは、やがて思い出しように拍手と喝采を贈り始めた。

 ただ一人、難しい顔をしたままのグロリアを除いて。




「まさか委員長が()()()()ぶん回して大立ち回りとはな!」

「びっくりしたけど、意外性があっていいんじゃない? ねえ花泉?」

「なんでそこで俺に()んだよ」


 そりゃねぇ、と蒼一の顔を覗き込む荒城と日奈は、そろって含みのある笑みを浮かべている。普段はいがみあってばっかりのくせに、こういうときは幼馴染らしい阿吽の呼吸で動けるのが不思議でしかたない。


「愛しのあの子の晴れ姿はどーだったよ?」

「可愛いだけじゃない一面、ってやつはご堪能いただけた?」

「いや待て雪村(ユッキー)、こいつの称賛を最初に受け取るべきは、やっぱ舞台に上がった本人じゃねーの? 俺たちがここで問いただすのはヤボってもんだぜ」

「それもそうね。大丈夫、花火の時間にはちゃんと二人っきりにしたげるからさ、思う存分褒め倒してやんなよ」

「ついで男になっちゃえよ、蒼一ちゃん」


 余計なお世話だ、と逃げるようにそっぽを向いた蒼一だが、そこにはグロリアが待ち構えている。

 演舞を見ていたときの険しさは影も形もない笑顔で三人のやり取りを眺めていたが、瞳の奥に宿る光はいつもより少しだけ剣呑だ。


 ――()()、取れないようなことしちゃダメよ?


 僅かな目配せと首肯、親子にしかわからない機敏で意思疎通した二人は、紗夜が合流できる時間まで屋台を冷やかす腹積もりの荒城と日奈に付き従う。


「グロリアちゃんはどーよ? 日本の夏、楽しんでる?」

「ええ、とっても。留学中にまさかこんなに大きなイベントが見られるなんて思わなかった」

「まあ、日本らしいかっつーとちっと微妙だけどな。それっぽいのは盆踊りと花火くらいしか残ってねーし。あと落研(おちけん)ぐれーか?」

「十分です。みんなと一緒ならどこだって楽しいもの」


 熱気に満ちた夏の夜の空気を豊かすぎる胸いっぱいに吸い込んだグロリアの回答は、初めて訪れた異国の祭りにふれてお腹いっぱいになっている留学生として、非の打ち所がない。


「夜はまだまだこれからだよ、グロリアちゃん。夜店回って食いだおれて、ライブ見て叫びまくって声潰す覚悟はOK?」

「いいですね! 何からいきましょう?」

「お紗夜の分も買ってってあげないとね。端からちょっとずつ楽しんでっちゃう?」

「食いきれなくなるまで買うなよな……」

「カタいこと言うなよ花泉ぃ、アタシたちが楽しんだ残りはどーせアンタ達の胃袋に収まるんだからさ、逆に感謝しなさいよ」

「食いかけよこすってどういう了見だよ」

「オレはグロリアちゃんのお下がりなら、なんぼでも頂いちゃいますけどね!」

「うわ荒城きっしょ」


 いつも通りの友人たちの会話に、時に相槌で、あるいは渋面で答えながらも、蒼一は一人、舞台の裏に消えた紗夜のことを想っていた。

 今ごろ控室に戻り、巫女装束から着替えている頃合いだろうか。ポケットに入れたままの自分のスマホは、まだなにも、彼に知らせてはくれない。


 その代わりに――ボディバッグに入れていた別の端末の震えが、そのまま悪寒となって背筋を凍らせた。

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