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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第4章 二人は秘密の夏休みを過ごす
37/59

4.11 ずいぶん頑張るもんだねぇ

 蒼一と紗夜が、削り取るような歩調で互いを知り、距離を縮めていた頃。




 桃香は例によって、ちょくちょく、花泉家に顔を出している。目的はあくまでも仕事――魔法少女(グロリア)の近況確認と情報共有であり、紅茶やお茶菓子は二の次、のはずだ。


「その姿に戻ってしばらく経つけど、不都合はないかい?」

「おかげさまで、元気そのものよ」


 蒼一が生まれて十と五年、ずっとしまい込んでいた魔法少女の力を取り戻すために、紫音は魔力活性を高めた状態――若いころの姿で日々を過ごしている。どうしても大人(しおん)として対応しなければいけない用事を除けば、家事も食事も風呂も含め、おはようからおやすみまで少女(グロリア)の姿だ。


「見た目は高校生でも、実際は三十路を折り返してるからね。無茶がきく年齢(とし)はとうに過ぎてることは、頭の片隅においてほしい」

「……否定できないのが悔しいところね。若い頃は一晩寝れば、大概の疲れはとれたものだけど」


 もとより童顔の紫音は、母となってなお、蒼一の姉と間違えられることが多い。魔力活性を高めても顔だちはさほど変わらないし、身長・肩幅・その他諸々も若干スケールダウンした程度。その上でかつての魔力を取り戻し、第一線に復帰するという本来の目標も達成済みだ。

 だが、いくら彼女が魔法少女として優秀でも、時を(さか)しまには戻せない。高い()()を武器に魔物を【救済】した後の支払いは、昔より確実に増えている。無理をするたびに、体に刻まれた年月が声高に存在を主張するのだ。


「魔法少女も寄る年波には勝てず、か」

「人を年寄りみたいに言わないでよ。そもそもあなたのほうが一つ上じゃない」


 悪い悪いと軽口を叩きながら、桃香は渋い顔でタブレット端末を繰る。荒城の一件以降も、この街では散発的な瘴気の湧出と突然の消滅は続いているし、後手を踏みがちな現状も改善されてはいなかった。事後処理に当たる裏方――即応部隊も、現場で事態の収拾にあたる魔法少女も不足したまま。慢性化した人材不足に、現場と指揮官は悩まされ、ないものねだりをし続けている。


「まだしばらく、この街を救えるのは君一人だ。体には十分気をつけておくれよ」

「……あの子の協力が得られたら、もう少し、風向きも変わるかもしれないわね」

「どの子?」

「刀を持ってた、あの黒服の子よ」

「荒城くんのときに乱入してきたアイツのことをいってるのかい?」


 名案じゃない? とでもいいたげなグロリア(しおん)だが、桃香の表情を晴らすには至らない。

 何を隠そう、少年とも少女もつかない黒ずくめの闖入者(ちんにゅうしゃ)こそ、統括機構が辛酸をなめさせられ続けている原因だ。黒い影は相当鼻が利くらしく、グロリアや魔法少女統括機構に先んじて瘴気の気配を察知し、力をもって場を治めている。監視網の反応を追い、グロリアたちが現場にたどり着いた頃には状況が終わっていて、残るのは目を覆いたくなる血の跡ばかり、というのも相変わらずだ。蜃気楼のように尻尾を掴ませず、ただメンツを潰してくれる厄介者という評価が、統括機構内でも固まりつつある。


「もう一度会えたらお話してみたいのだけど」

「その願いが叶うのと、君がこの街の瘴気をすべて浄化し切るのとどっちが早いか聞かれたら、あたしは君に賭けるね」

「あら、ずいぶん高く買ってくれてるのね?」

「負ける博打をしないってだけさ。あの子の資質には眼を見張るものがあるって点なら、大いに同意だけど」


 統括機構を出し抜いて現場に駆けつけるだけの速さ、常世と現世の境目を探し当てる嗅覚、刀一本で魔物を討つ技量。

 グロリアのいう通り、味方にできれば百人力かもしれないが、二者の考え方には決定的な溝がある。魔物を救うことを念頭に立ち回るグロリアに対し、影法師は魔を討つことに執念を燃やしているご様子だ。両者の意見は交わるどころか、寄り添う気配すらない。


「仮にあのコを仲間に引き込んだとして、魔法少女との行動理念と、あのコの行動が相反してるのは、どう折り合いをつける? 実力はあれど他人に(くみ)しないタイプに見えるけどね」

「私は一抹の希望にすがってみるわ。こちらから粘り強く歩み寄ってあげないと、心を開いてはもらえないもの」

「さすが人の親」


 猫の手も借りたい現場と、最悪の事態を想定しておきたい指揮官は率直な意見を言い合う。もっとも、互いの立場を理解しているから衝突にはいたらない。桃香の賛辞にも雑味はないのだが、グロリア(しおん)はどこか自信なさげだ。

 彼女がこういう顔をするとき、心に何が引っかかっているのか。付き合いの長い友人なら即座にお見通しだ。


「蒼ちゃんのことで、なんか気になるのかい?」

「……最近よそよそしくて」

「そういう年頃じゃないか、彼」


 荒城の一件以降、親子の間には、目に視えぬ線が横たわっている。

 息子の方は、現場での母親(しおん)の行動と、その根底に横たわる原理原則を頭では理解できても、心では納得できていないフシがある模様。グロリア(しおん)自身が息子への過度の干渉を避け、自分で考え選ばせる方針をとっているのもあって、今の二人の距離はやや遠い。

 桃香からすれば、放任としか思えないグロリア(しおん)の方針も疑問だし、腹を割って話せない蒼一の意気地のなさももどかしい。腹を割って話せば解決することだろうにと思いはするのだが、よその家庭の事情に口を挟むのも憚られる。

 息子と母と母の友人、三者がそれぞれの思惑を胸に秘めて様子をうかがっているのが、今の状況だ。


「で、その坊やは、どこかにお出かけかい?」

「トレーニングするって、神社に出ていってるわ」

「神社ぁ?」

「走りに行ってるんでしょうね。蒼くんのランニングシューズ、底がだいぶ減ってきたもの」


 なんでまたそんなところに、とつぶやく桃香の視界の隅で、洗濯物が風にはためく。

 物干し竿に吊るされているのは、LLサイズのTシャツ、スポーツメーカーのロゴが入ったハーフパンツ、夏らしくないアンダーシャツに大きめのスポーツタオルなどなど、いずれも街の盛り場にはそぐわない代物だ。蒼一の言葉に嘘はないように思える。


「この暑い盛りに、ずいぶん頑張るもんだねぇ」

「熱心なのは結構だけど、勉強のほうがおろそかにならないかちょっと心配なのよ……。朝七時前には家を出て、帰ってくるのは夕方って日もあるのよ?」

「部活をやってるって思えば、そんなに心配することでもない気もするけど……」


 桃香はタブレット端末を一旦脇に置き、友人の息子についてしばし考えを巡らせる。

 怪我の後遺症こそあるけれど、蒼一は体を動かすこと自体が好きで、得意だ。少年野球チームでエースとして鳴らし、全国制覇まで果たしたのだからさもありなんといったところだが、それゆえに生まれる疑問もある。


「……いくら蒼ちゃんが体力自慢とはいえ、朝から夕方までってのは、たしかに長いかもね。それにあの子は団体競技出身だ、一人きりで練習するのに慣れてるとも思えない」


 言葉少なに同意するグロリア(しおん)の脳裏に浮かぶのは、オフシーズンに有志と連れ立って自主トレに赴く、亡き夫の姿だ。今でも鮮明に思い出せるし、すこし切なくなる。

 だが、思い出に浸らせることが桃香の本意でないことは、彼女とて百も承知だ。


「蒼くんは誰かと一緒にいる。そう言いたいのね?」

「おそらく。さらにいうなら――」


 美しい思い出を豊かな胸に秘めたグロリア(しおん)の問いかけに、友人は小さくうなずくだけでなく、


「相手は女だ」


と、余計なおまけまで付けてくれた。

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