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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第4章 二人は秘密の夏休みを過ごす
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4.4 ここの巫女なんです、わたし

 濃緑が夏の陽を遮ってなお、鎮守の森は明るい。草が踏みしめられた小道のおかげもあって、紗夜を見失う心配がなさそうなのは何よりだ。

 程なくして、奥の方に日がさす空間が見えてくる。六畳あるかないかのそこだけは、ポッカリと切り取られたように木々がなく、空が緑に縁取られていた。下草はしっかり刈り込まれ、こんもりと盛られた土のてっぺんには、子供の頭ほどの大きさの丸石が置かれている。


 ――あいつ、こんなところで何しようってんだ?


 前をゆく同級生の意図を蒼一が推し測りかねた瞬間、パキリ、と乾いた音が木々の間を駆け抜ける。

 慎重に歩を進めていたはずの少年は、この土壇場で足元に転がる枯れ枝を見落とした。普段なら埋もれてしまうだろうけれど、喧騒と無縁な森なら話は別。紗夜の耳にも届かないはずがない。


「誰!」

「……よ、よお」

「え、嘘、花泉くん?」


 振り向いた少女の顔に居座っていた警戒が、一息で驚愕に塗り替えられる。

 いないはずの者がいたからか、見られたくないものを見られたせいか、その両方か。珍しく狼狽した様子の紗夜を前に、かえって落ち着きを取り戻した蒼一は、自分の事情を正直に話すことにした。


「トレーニングできるところを探してて、ちょうどいい感じの階段があったもんだから……登ってみたらちょうどあんたが奥に行くとこに出くわして、それでほら、な」

「階段……表参道のことですか? かなり急なのに? まさかあそこを走るっていうんですか?」

「一本やってみたけど、なんというか、走り応えがありそうというか」


 呆れの混じった眼差しは、無断で表参道を駆けるという罰当たりな蛮行に向けられたか、急な階段を「走り応えがある」といってのけた図太さに寄せられたか。ちょっとだけ申し訳なさそうに縮こまった蒼一だったが、元の体格のせいでそれでも十分デカい。


「藤乃井こそ、ここで何を?」

「……お弔いです」


 蒼一の言葉でやるべきことを思い出したように、紗夜は簡単にまわりを掃除し、丸石に丁寧に水をかけ、新しい花を供える。彼女の身振り手振りからは、どこか視線をかわすようなぎこちなさがにじみ出ていた。


「神社の敷地内にたどり着いて、誰にも知られずに息絶えてしまう動物がたまにいて、ここはその子たちのお墓です」

 

 一通りの手入れを終えた紗夜に習い、蒼一も膝をついて手を合わせる。


「わざわざ付き合ってくれなくてもいいんですよ?」

「そこまで話聞いて何もしねぇほど薄情じゃねぇよ」


 浅黒い肌をした粗暴そうな少年が、見かけに似合わず神妙な顔で祈る。

 少女もそれ以上、余計なことはいわなかった。蝉の騒ぎも、鳥の歌も、街のざわめきも、この墓所の内外を隔てる視えない壁の向こう側の出来事と思えてしまうほどに、鎮守の森は穏やかだった。


「……そろそろ行きましょう、花泉くん」


 自分を呼ぶ声に振り向いたときにはもう、少女は片付けを済ませ、境内へ戻る小路の途中で待っている。おいていかれて困るようなことはないはずなのに、蒼一はひざを払うことも忘れたまま、あわてて紗夜の背中を追いかけた。




「どうぞ、粗茶ですが」

「いえ、お構いなく……」


 ささやかな墓参りが終わり、社務所の縁側に通された蒼一は、座布団の上で正座して大人しくしていた。恐縮の意を示そうと試みてはいるが、図体はもうどうしようもない。


「もう少し楽にしてくれていいんですよ?」

「そうはいうけど、さ」


 肩・肘・背中がこわばったまま、麦茶に伸ばす手もどこかためらいがちな少年の姿がおかしいのか、紗夜の頬がほころぶ。


「花泉くん、意外と律儀で、義理堅い性格してますよね」


 走れる場所を探しに訪れた先で、学校で毎日顔をあわせていたクラスメイトに出会ったあげく、縁側でもてなしまで受けている。

 その現状は、蒼一からすると現実感に乏しい。二人を撫でる涼やかな風も、古式ゆかしい風鈴の音色も、木々が落とす濃い影も、全てが間違いなくそこにあるのに、なぜか遠く感じる。陽炎立ち上るグラウンドか、リハビリで通った病院しか記憶にない少年は、予想外の夏に足を踏み出しつつあった。


「花泉くん、トレーニングしに出てきたんですよね? なにか思うところでも?」


 興味津々といった風情で覗きこまれて、蒼一は答えに窮する。「魔法少女の手伝いをしてるから体を鍛えたい」と正直に明かすわけにはいかないけれど、紗夜は頭のいい娘だから、下手な嘘だとすぐ見抜かれそうだ。


「はたからみるとわかんねーかもしれねーけど、体力落ちててさ、もう一回鍛えなおそうと思って」


 並べ立てられたのは、結局、無難な事実ばかりだ。学校で実施される体力測定でも、肩を使わざるを得ないハンドボール投げを除いて、彼に並ぶ数字を持つ生徒はいない。ライバルは自分自身という状況だが、記録はいずれも去年と同等か下降線に差し掛かっている。

 成長期にありながら身体能力が伸びないのは男として不甲斐ない、という建前は、幸いにも紗夜の理解をちゃんと得られたようだった。


「花泉くん、スポーツ経験者ですよね?」

「おう。野球を少々……」

「あ、やっぱりそうだったのね」

「やっぱり?」

「何となくそうじゃないかな、って思ってただけです。ごめんなさいね、話の腰折っちゃって」


 怪我の後遺症もあって、高校入学からこっち、誰かの前で投球動作(ピッチング)打撃動作(バッティング)も披露したことはないはずだ。取り繕うような口調に感じたひっかかりは、紗夜自身の手によって、すぐに夏の空気に散って消えた。


「部活でもないのに夏場に外出て鍛えるって、なんか蒼一くんらしい感じはしますね」

「家にいてもオフクロが勉強しろってやかましいだけしな……。藤乃井こそ、どうして神社(ここ)に?」

「ここの巫女なんです、わたし」

「え、巫女? バイトとかじゃなくて、本職の?」

「そうです」


 ヘアゴムで髪をくくり直した紗夜は、あまりにもあっさりと、蒼一の予想しえなかった事情を明かしてくれた。

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