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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第3章 坊主頭は欲望を募らせる
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3.8 同じこと二度いわすな

[反応消失、状況終了。ご苦労さまグロリア。身体は大丈夫かい?]

「ええ、なんとか」


 グロリアの言葉の端から疲労が漏れ出る。どちらかといえば精神的なものらしい、魔犬の一件のように人事不省に陥ることはない。労われたあともなお影法師の気配を探ろうとするのだが、もとより彼女は遠い間合いの瘴気や魔物を【探知】できるほど鼻が利かない。すぐに諦めたように肩を落とした。

 その代わりに、ピクリとも動かない友人に駆け寄ろうとする蒼一(むすこ)は、しっかりと視界に捉えている。


「荒城……荒城! しっかりしろ!」


 健康的な日焼けも、失われた血色を隠しきれない。打ち身や打撲にまみれているのも構わず、泥のように横たわった友の元へ駆け寄ろうとする蒼一だが、母の【鎖】がそれを許さなかった。


「何すんだよ、離せ!」


 当然反抗されるも、母は毅然とした対応を崩さない。


「急いで病院に連れてかねーと、こいつは俺たちの友達なんだよ!」

「統括機構にまかせましょう。魔物化した荒城くんには相応の措置と、経過観察が必要です」

「んなこといったって、こいつズタボロじゃねぇかよ! とっとと手当しねえと、こいつ……こいつは……!」

「なんといおうと勝手だが、ここは私たちに預けてもらうよ、蒼ちゃん。瘴気にあてられて魔物に堕ちた者の治療に、普通の病院の設備は不足でね」


 通信機越しでない声に振り向くと、現場の責任者・桃香が仁王立ちしている。言葉だけは穏やかだが、声色も理屈も守りが強固で、蒼一の余計な詰問を許しそうにない。


「それに、処置を受けなければいけないのはみな一緒さ。君の友達も、君の母さんも、何より君自身もね」


 荒城の変貌からこっち、日奈は目を覚まさないままだ。蒼一も粘液をモロに引っ被っている。

 子供たち以上に重篤なのは、蒼一と桃香を交互に見ているグロリアだ。当人に気に留める素振りこそないが、その再生速度はあきらかに落ちている。薄紫色の魔法少女装束(ドレス)の破れはほころびの枠に到底おさまらず、年齢を感じさせない透き通った肌もまだ取り戻せていない。


「ここに君たちが残っていたところで、事態は何も変わらない。あとは担当の者に任せるべきだ」


 そういわれた蒼一があたりを見回しても、魔法少女統括機構の事後処理担当――即応部隊とやらの姿はない。どうなってやがると訝しんだのもつかの間、少年はグロリアの【鎖】によって、有無を言わさず桃香のジープに連れ込まれた。


「しばらく大人しくしてくれたまえ。統括機構は最善を尽くす。悪いようにはしない」

「蒼一、ここは桃香のいうことをききましょう?」


 大人たちは少年の返事を待たなかった。桃香は後部座席に並ぶ親子をちらりと確かめ、目一杯アクセルを踏んで愛車を加速させる。


「桃香、刀の子は?」

「人をやって追跡はしてるけど……ちょっと難しい、かな」


 こうしている間にも、桃香のインカムには各所から報告が入っているようだが、芳しいものではないのは傍からみていてもよくわかる。バックミラー越しに見える彼女の顔は、単に夜道を運転しているだけにしては険しすぎた。


「蒼ちゃんに撮ってもらった映像は解析に回してる。疲れてるところ申し訳ないけど、二人からもこれから話をきくからそのつもりで」

「構わないわ」


 迷いなく返事するグロリアとは対象的に、蒼一は不服そうに黙り込んでいる。動けぬままの友人はもうそこにいないのに、ずっとサイドミラーを睨みつけたままだ。


「返事くらいしなさい、蒼一」

「別にいいさ。荒城くんはそろそろ収容される。命に別状はなさそうけど、意識がまだもどってない」


 もたらされた吉報に安堵したのは母親ばかりで、蒼一は眉一つ動かさない。腹の底で持て余したモヤモヤの正体を言葉にできないでいる。

 少年を慮ってか、それとも単なる説明か、桃香は時折バックミラーを覗きながら語りかけてくる。うなずくのはグロリア(しおん)ばかりだが、いちいち気にしない。


「今日の彼をみてわかるとおり、人間だって魔物になる可能性がある。心が弱っていればもちろんだけど、逆に強すぎる欲望の持ち主も危ないんだ。近しい人が瘴気にやられるのは、あたしたちもこれまで何度もみてきた。グロリアはいつだって、今回と同じように、最善を尽くしてくれてたよ」

「……最善? 最善って、あれが?」


 蒼一の異議は、暗い水底から這い出たかのように、重かった。


「他に何があるっていうんだい?」

「すっとぼけんじゃねぇよ」


 ステアリングを握ったままの桃香が朗々と答える様が、かえって蒼一の神経を逆撫でする。


「あのバケモンが荒城だって、俺いったよな? インカムだってあんだから聞こえなかったとは言わせねぇぞ? そりゃあいつはスケベで、色々やりすぎなところはあるけど、それでも俺達のダチなんだぞ?」「蒼くんや雪村さんが無事ですまなかった、そんな事になったら、私は自分自身を許せないわ」

「だからって、あそこまで痛めつける以外に、方法なかったのかよ?」

魔法少女(わたし)の仕事は魔物を【救済】し、瘴気を(はら)って皆を守ること。そのためにはなんだってする」


 異形へ堕ちた荒城が振るう鞭から、母は息子を救い出し、装束(ドレス)とその身が粘液で()けるのも構わず【鎖】を振るった。

 グロリアにすれば、今まで同様に使命を全うしただけのこと。魔物と化したのが親しい間柄の相手でも、なすべきことは変わらないから、どこまでも毅然とした態度を貫き、ただ自分の覚悟を口にするだけだ。戯言の足元にも及ばないにも息子の反論に、あれやこれやと細かく指摘することもない。

 そんなグロリアの心の内など知らぬ少年は、治まる気配のない己のくすぶりに身を任せたまま、ささくれだった言葉を垂れ流す。


「あんたたちでも、あそこまで痛めつけなけりゃ、あいつを止めらんなかったのかよ……?」

「傷つけずに【救済】できれば、それが一番いいのはわかってる。でも現実はそれを許してくれない。傷つけることをためらえば、こちらが大切な人を失ってしまう。お母さんは魔法少女だから、魔物や瘴気から皆を守るのが使命で、そこから逃れることはできない」

「……俺が魔物になってもさ、同じことするわけ? あちこちから血ぃ流してさ、痛ぇとか死にたくねぇとか繰り返し訴えてもぶっ叩くか? 立派な志だぜ」

「いい加減にしろ!」


 売り言葉に買い言葉とすら呼べない言い草とともに、蒼一は超えてはいけない一線を踏みにじる。

 答えに詰まって目を伏せるグロリアに代わって、桃香が吠えた。車の止め方にも振り返る仕草にもいつもの丁寧さはなく、代わりに少年に対する憤りが満ちている


「さっきから黙って聞いてりゃぐちぐちぐちぐちいいやがって、それでも男か君は? 自分を助けてくれた母親をなじるなんてやり方、誰に教わった? グロリアがいたからこそ、街の被害も最小限だし、君も荒城くんも雪村くんも生きてるんだぜ? 恥を知れ!」


 実親さながらの剣幕でまくしたてる友人とは対照的に、グロリア(ははおや)は惑い、深紫色の可憐な瞳を揺らす。

 今の彼女は、穏やかで淑やかながらも芯に強さを据えた(しおん)でもなければ、溢れんばかりの自信で彩られた魔法少女(グロリア)でもない。無意識に否定していた可能性と向き合わされて動揺する、一人の不安定な女性だ。魔法少女にして母親でもある彼女にとって、課せられた使命と愛する人は、天秤にかけるには重すぎる。

 そんなグロリアに、蒼一はちらりと視線を向けはしたけれど、すぐに車外へ視線をそらす。

 自分の窮地を救ってくれた母親に、答えなどでようはずもない問いを、感情まかせに押し付けた反省はある。だが、自分の心から湧き出るものを溜め込んでおき、誰かに知られぬところでそっと虚空へ融かす術を身につけた大人にも、彼はなりきれていなかった。


「謝れ」


 蒼一は何も答えない。さりとてグロリア(しおん)に向き合うわけでもなく、窓の外を睨みつけたまま、ただ押し黙るだけだ。


「謝れよ。聞こえないふりするな。自分はだんまりきめこむのか、卑怯者。野球ばかりやってると頭おかしくなるのかい?」

「うるせぇよ。おかしいのはあんたも似たようなもんだろうが。荒城が俺たちの名前呼んで、やめてくれとか助けてくれとか叫んでた時にシカト決め込んどいて、いまさらなに抜かしてやがんだ?」


 売り言葉に買い言葉とばかりに吐き捨てた蒼一だったが、なぜか反論も叱声も返ってこず、逆に訝しむ。

 魔法少女と元・魔法少女は、完全に目の色を変えていた。再び車を走らせた桃香はともかく、バックミラー越しに友と一瞬視線を交わしたグロリアにはもう、揺らいで消えてしまいそうな儚さはない。


「……蒼くん、あなた、荒城くんが魔物になる一部始終を見てたのよね?」

「な、なんだよ、しつけぇな。そうだっつってんだろ」

「荒城くんが、私たちの名を呼んで訴えかけているのも聞いたのね? それは確かなのね?」

「同じこと二度いわすな」


 そういったきり、蒼一はもう、何の問いかけにも答えなかった。正確には、その必要がなくなった。桃香は先程までの剣幕を忘れたように夜を見つめていたし、蒼一の縛めを緩めたグロリアは眉間にしわを寄せて考えにふけっている。

 先ほどと違う質の沈黙に満ちたジープは、エンジン音を星の瞬く夜空に響かせながら、猛然とアスファルトを駆けてゆく。

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