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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第3章 坊主頭は欲望を募らせる
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3.2 俺、オフクロのこと、なんにも知らないな

 その後もしばらく、蒼一は心ここにあらずといった様子で、コートを駆けるクラスメイトの奮闘ぶりを眺めていた。


 ――俺、オフクロのこと、なんにも知らないな。


 彼が記憶する限り、紫音の子供時代が親子の間の話題にのぼったことはない。その手の会話が交わされるのは、往々にして子がある程度長じてからだ。思春期の息子が、少女時代の母の人となりを問うというのは極めて稀なケースであり、決して不仲ではない花泉親子とて例外ではなかった。

 蒼一はいつしか、グローブをはめることも、バットを握ることもなくなった自分の両手にじっと視線を落としていた。

 幼い頃から上級生に混じってプレーできたのは、プロ野球選手だった亡父と身体能力に優れた母の存在が根底にあるのは間違いない。人生で一番最初に出会う他人にして、自分の才の礎であり、育ててくれた二人のことを、彼は想像以上に知らなかった。


「蒼くん!」


 自分を呼ぶ元気な声に顔を跳ね上げれば、グロリアがコートのど真ん中で手を振っている。私を見ろとばかりに豊かな胸を張って不敵に笑う姿は頼もしい反面、何をしでかすかわからない空気を(かも)しだしており、蒼一はつい、心配になってしまう。

 体育館の中にはもうひとり、彼と同じくらい困った顔をしているものがいる。自陣側のエンドラインでスローインを控える日奈だ。さきほどグロリアと話し合っていたようだが、どうも腑に落ちていないらしく、半信半疑といった風情で首をかしげているのだが、いつまでもプレーを止めたままではいられない。

 意を決し、どうにでもなれとばかりに振りかぶった日奈のポニーテールが、ふわりと揺れる。投じられたのは味方へのパスではなく、敵陣の最奥、ゴールを狙った放物線。誰が見ても苦し紛れの失投に、追うものなど誰もいない――はずだった。

 「追って!」「止めろ!」と誰かが騒いだときにはもう、重力の(くびき)を逃れたグロリアが(そら)を駆けている。やけっぱちにみえたホットラインを見事につないでみせた彼女は、勢いそのままに大上段に振りかぶって、アリウープを叩き込んだ。

 銀髪をふわりとなびかせ、柔らかく着地したグロリアを、驚嘆と完成が包み込む。

 大技をやってのけた当人は、すべて計算通りとでも思っているのか、ことさら騒ぐこともない。それどころか、他の誰にも目をくれず、蒼一へ投げキッスを贈る。面倒なことになるのはわかりきっているのに、だ。

 いつもそうだ。

 グロリア(しおん)は堂々と、照れも迷いも一切なく、皆がちょうど忘れかけていた頃合いで、息子に親愛の証を押しつけてくる。文句をいいたくとも、好奇心、期待、疑問、羨望、そして隣で強まる嫌な熱に()されてしまってはかなわない。このままじゃ干上がっちまう、とつい一歩後ずさった蒼一は、コトの発端に視線で助けを求めるのだが、願いは通じぬまま、ただ微笑み返されるばかり。素直に振る舞うことこそ最善と開き直っているようにみえる。


「おう、花泉、今日こそ本当のことを吐け。グロリアちゃんとはどういう関係だ?」

「お前らやっぱり付き合ってんじゃねーのか?」

「隠してるとためにならねーぞ」

 

 エトセトラ、エトセトラ……。


 浴びせられる質問は、どれも幾度となく否定と釈明を繰り返してきたものばかり。でも問う方はそんなことお構いなしだ。どこぞのタブロイド記者さながらに、口に出し続けていればいつか自分の望む答えが引き出せるとでも信じているフシさえある。いつまでも戻ってこない男子生徒たちに業を煮やした体育教師が怒鳴り込んでくるまで、蒼一は壊れたレコードさながら、不毛な問答に終止し続けなればいけなかった。




 彼女がみせる豊かな感情の発露や、蒼一に向けた親愛は、幾度となく波風の発端となった。

 それでも、教員たちのグロリア評は概して良好だ。グロリアの授業態度は一貫して真面目であり、一連のトラブルの問題は火種よりも煽る風や注がれる燃料の方にある、とみなされていたのだろう。留学生が学び舎を去った後には平穏が残るという目論見もあったかもしれない。

 一方、学生の間の評判は様々だ。

 男子生徒の多くはグロリアに首ったけ。彼女に「三回回ってワンと鳴け」と命じられたら迷いなく実行しかねず、()()にしたい・されたいという下心がダダ漏れだ。そこまで狂信的でない連中も少数ながらいるが、総じて彼女に好意を抱いているといって差し支えない。例外は蒼一(むすこ)くらいのものである。

 好悪がより顕著にわかれていたのは女子生徒の方だ。天に何物を与えられたか定かではないグロリアは、意識せずとも注目と称賛を集めがちだ。逆恨みに似た嫉妬の炎が燃えることも多々あり、(きゅう)を据えんと校舎裏に呼び出す、という古典極まりない手段をとる連中も出た。

 だが、不届き者は皆、程度の差こそあれど例外なく、グロリアに(ほだ)されて戻ってきた。

 どんな手を使ったか問うても、「ちゃんと向き合ってお話しただけ」と答えるばかり。敵意をむき出しにしていたはずなのに、ものの数分で憑き物が落ちたような顔で戻ってくる女子たちの変貌ぶりは、人格をそっくり入れ替えられたとしか説明がつけられそうにない。()()()の魔法を使った、と蒼一は密かに疑っている。

 とにもかくにも、グロリア自身の人柄に加え、留学生にありがちな言葉の問題もないため、孤立とは無縁の順風満帆な学校生活が続いている。

 問題は、グロリア(しおん)の任務――瘴気と魔物の探索が遅々として進まぬことだ。

 瘴気の【探知】に長けていないグロリア、魔法を失って久しい桃香、そもそも魔法には縁もゆかりもない蒼一のそれぞれが、携帯型の探知機を手に、学校とその周辺をしらみつぶしに練り歩く。瘴気は夕刻のほうが活発に反応を示すから、仕事は放課後が中心だ。

 なんだかんだ理由を付けて居残る蒼一とグロリア、留学エージェントとしての打ち合わせの体で来校する桃香のそれぞれが瘴気の足跡を追うのだが、成果は芳しくない。探知機が急を告げる瞬間には出くわしても、突如として反応が消失し足取りが途絶える、その繰り返しだ。発生元も要因も絞り込みきれない。何かしらの異変が起こりつつあるのは確かだが、瘴気が学校近辺に根を張っているのか、近郊で何者かが魔物化しつつあるのか定かでない。グロリアの()()()()を超える長期戦の可能性も取り沙汰されて始めている。

 夏休みの背中が見え隠れし始めてなお、決定的な証拠は捉えられない。いよいよ、三人の根気が試される時期にさしかかりつつあった。

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