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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第1章 少年は秘密の一端に触れる
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1.2 いまの私は魔法少女グロリア、いいわね?

「え……? まほ、え?」

「詳しい話は落ち着いてからにしましょう」


 紫音はひとまず事態の収拾に専念するつもりらしい。現状を受け止めるので精一杯の息子を背に、一度(ひとたび)指を鳴らせば、目に映る範囲の世界全てから色が抜け落ち、白か黒かそれらの中間色が取って変わる。

 現実のそばにありながら、現実から切り離された世界――常世(とこよ)。いま、この場で彩りを保った存在は、紫音、蒼一、そして二人に牙を剥く魔犬だけだ。


「さあいらっしゃい、ワンちゃん」


 ドレスの裾から覗く同色のロングブーツ、その踵を軽く鳴らせば、薄紫色の【鎖】が術者の意のままに踊り、魔犬の気を引くようにひらひらと揺らめく。

 だが、相手は魔法少女の誘いに乗る素振りをみせない。鋭い鱗に覆われた尾が執拗に狙うのは蒼一ばかりだ。野球で鍛えられた彼の動体視力をもってしても目で追うにはいたらず、紫音が守ってくれなかったら何度絶命していたかしれない。


「嫌な子ね、私が相手するっていってるのに」


 母が普段と変わらぬ落ち着きをみせているから、現実と夢の狭間(はざま)のような世界でも、蒼一はどうにか自分を保っていられる。魔犬に呼びかける声の穏やかさと、ブーツで地面を踏みしめる足取りの確かさもあってか、紫音のきれいな背中はいつもより頼もしく見えた。いかなる角度から魔犬が尾を伸ばそうとも的確に弾き返し、知らず知らずのうちに少年が発していた期待に応えるさまを見せられてしまえばなおさらだ。


「蒼くん、そこから動いちゃだめよ?」

「……おう、頼む、オフクロ」

「あと、この姿のときは、うっかり人前でお母さんって呼んじゃダメ。いまの私は魔法少女グロリア、いいわね?」

「まほ……なんだって?」

「ま・ほ・う・しょ・う・じょ。魔女じゃないわよ? いいわね?」

「なんだよそりゃ」

「い・い・わ・ね?」

「わかった、気をつけるよ、オフ……グロリア?」


 噛んで含めるように突きつけられた要求に、蒼一はつい反駁(はんばく)しかける。でも、紫音――もとい、魔法少女グロリアの妙に力のこもった念押しには勝てなかった。「どう見てもあんたは花泉紫音で俺のオフクロじゃねぇか」「歳だけでいったら魔法少女じゃなくて魔女じゃねぇかよ」と主張したいのはやまやまだが、そもそも状況がそれを許してくれない。魔犬の脅威は依然として存在したままだ。

 全ての奥歯に大物がは挟まってでもいるかのように、少年が魔法少女(はは)の名を大変いいづらそうに呼ぶ間にも、【鎖】が仕事に励む音が響く。


「さて……おいたはだめよ、ワンちゃん?」


 普段から子犬にそういってきかせるだろう、と容易に想像できる声色で、グロリアは魔物に語りかける。一戦交えている最中とは思えぬほど穏やかだし、微笑み混じりなのも場にそぐわない。

 だが、彼女がみなぎらせる気迫は強い。先ほどまでのそれが児戯(じぎ)と思えてくる。

 グロリアの背後で守られる立場の蒼一でさえ声が詰まり、真っ向から相対している魔犬も一歩退いて威嚇する。攻めあぐねているのか、何らかの策を巡らしているのか、暗く濁った眼からは読み取れようはずもない。


「オフクロ……!」


 数秒も立たずに出てきた答えは、守り手(グロリア)の排除。異形の選択肢に、後退の二文字はないらしい。魔法少女も即座に意図を読み、【鎖】を巧みに操って息子を離れたところへそっと避難させる。


「大丈夫よ、蒼くん。それと呼び方には気をつけて」


 余裕なのか空気が読めないのか、気が気でない息子に年甲斐のないウィンクを返したグロリアは、見かけからは想像できない俊敏さで跳んだ魔犬に呼応するように動き出す。体躯に恵まれる異形が剛ならば、ドレスの裾を翻す魔法少女は柔と、二者の動きは好対照。膂力(りょりょく)まかせに地を蹴る魔犬に対し、グロリアの足取りは水面すら駆け抜けられそうなほど、接地感に乏しい。

 一見すると、魔法少女が魔犬を翻弄する絵ではある。立て続けに仕掛けられた攻撃を軽やかなステップでいなすさまは、まるで自由な蝶々。装束(ドレス)ごと肉を切り裂かんと伸ばされた爪も、血肉を食い散らかそうと剥かれた牙も、あと一歩のところで空をきってばかりだ。

 しかし、時折攻勢に転じるグロリアが、有効打を与えられているかと問われれば否である。

 彼女が振るう薄紫色の【鎖】は、魔犬の表皮をくまなく覆う銀の鱗に阻まれる。眼前の巨体に、標的にできそうな柔らかい部位はほとんど見当たらない。関節までもが曲げ伸ばしを遮らないサイズの鱗に覆われているし、数少ない例外である眼や鼻は、【鎖】の扱いに長けた彼女をもってしても的としては小さすぎる。


「おっと!」


 何度目かわからない躍動の後、ついたたらを踏んで傾いだグロリアの身体を見て、魔物は体の使い方を明らかに変えてきた。

 魔法少女が牽制代わりに振るった【鎖】は、尾と交錯した途端、バラバラに切り裂かれて霞と消える。動物並みの耳をしていれば、魔犬の尾を鎧う鱗が耳障りな高周波音とともに振動していると気づいただろう。交わる度に弾きあっていた互いの獲物は、刃が鎖を一方的に散らす関係に変わった。

 魔犬はもう、自分から距離を詰めたりしない。横薙ぎ、振り下ろし、細かい刺突(つき)と、尾を変幻自在に振るって攻め立てる。お気に入りの玩具にじゃれつく様はいかにも犬らしいが、まとわりつかれる方はたまったものではない、はずだ。


「ちょっと作戦を変えましょう」


 一転して逃げ続ける立場となったグロリアだが、余裕はいまだ揺らがない。紙一重で刃を見極めた回避を強いられ、時に魔法少女装束(ドレス)ごと肌と肉を切られて鮮血を散らす。傷を負ってなお、眉を少ししかめる程度だ。


「オフクロ!」

「大丈夫よ、これくらい」


 グロリアの言葉に嘘はない。魔力に支えられた旺盛な回復力は、普通なら命に関わる怪我もたちどころに治し、切り裂かれた装いすらもとに戻す。


「どういうことだよ……?」


 魔物と渡り合う魔法少女もまた、人智を超えた存在であると、蒼一は改めて思い知らされる。常識を裏切りながら上回る現象を前にした少年には、母の姿が実際の距離以上に遠く見えつつあった。

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