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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第2章 魔法少女は穏やかに微笑む
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2.10 面倒ごとふやすなっつの

「そいつは随分、愉快な初日じゃないか、お二人さん?」


 花泉家の居間に、桃香の楽しげな声が響きわたる。

 息子・母・母の友人の三人で集うのもお馴染みの光景になりつつあるが、今夜の桃香はタブレット端末の向こう側にいる。グロリアの編入初日、荒城が起こした騒動の顛末をきいて笑いを噛み殺すのに失敗し、ちょうど男物のハンカチで眼元を拭ったところだった。


「笑いごとじゃねぇよ桃香さん」

「そうよ、向こうは真剣に告白してくれてるんだから。断る方も気を使うし、胸が痛むのよ?」

「いや、失敬失敬。早速男子生徒から熱烈なアプローチを受けるとは、相変わらずよくモテるね、グロリア」

「素直に喜べないわ……」


 魔力活性の高まりで高校生と遜色ない姿となったグロリア(しおん)だが、実際は三十五歳・一児の母・未亡人である。息子と同い年の少年から愛を告げられてもよろめくなんてないけれど、失恋の痛手を与えた事実は心の棘となって澱として残ってしまう。


「あのあとも大変だったんだぜ」


 勇気ある挑戦が儚い最期を迎えたあと、荒城は膝をついてうなだれたまま、自力では立ち上がることすらできなかった。

 底抜けに明るい男の落胆ぶりを目の当たりにした、現場に居合わせた数名――蒼一含む――の動きは迅速だった。事前の取り決めなどなく、留学生を日奈と紗夜に預けると、恋破れた男を近場のファミレスまで担ぎ出すようにして連れ出し、みんなで金を出し合って急遽慰労会を開いたのだ。

 しばらくは借りてきた猫よりも大人しかった荒城だが、友人の励ましを受け、勧められるままに腹を満たしているうちに、もとの活力を取り戻したらしい。しまいには


「今回はダメだったけど、何度でもやってやるさ、次は必ずキメてみせるぜ!」


と締めくくって喝采を浴びていた。

 友人が元通りになって安心した蒼一だったが、彼の想いは叶わぬと伝えられないもどかしさも抱えながら帰宅し、今に至っている。

 ひとしきり話を聞いたグロリアは、珍しく困った顔をしていた。好意を持たれる自体には嫌悪感がなくとも、荒城の目に映る自分(グロリア)が仮初の姿であること、どうあっても想いに応えられないことに、申し訳なさを感じているのかもしれない。


「だいたいさ、オフクロもなんだって学校にくんだよ?」

「蒼一、私がこの姿のときは、気をつけなきゃダメよ?」

「ごめん」


 いくら若い姿でも、グロリアは元を正せば彼の母。体に染み付いた呼び方はそんなにすぐ抜けるはずもない。だが、面識などないはずの留学生をうっかりオフクロと呼ぼうものなら、間違いなくロクな結末にならない。ここは素直に従っておく。


「前もっていってくれりゃ心の準備もできたのに」


 魔法少女とその背後に控える統括機構が相当手の込んだ準備と偽装を施していることくらい、蒼一のような素人でもわかる。

 桃香も留学エージェントの体で学校に出入りするようだし、グロリアの外出の際も、統括機構が全室借り上げたウィークリー・マンションで大人(しおん)と魔法少女《グロリア》を切り替えさせる徹底ぶりだ。留学生一人をでっち上げるのに必要な書類と小道具、整合性を取るための脚本(シナリオ)だって全部準備済みなのだろう。もうどんなことを言われても驚かねぇぞ、と構える少年だが、どこまで虚勢を張り続けられるかはいささか疑問だ。


「蒼くんの学校生活を見てみたかったのよ」

「……はあ?」

「息子の交友関係とか生活態度って、やっぱり気になるじゃない?」


 案の定、蒼一の心構えは大してもたずに、声もろとも裏返った。


「だからってなんで学校に来んだよ……」

「蒼ちゃん、それが親心ってもんだよ。大目に見てくれるとありがたい。もちろん、それだけが理由じゃないけどさ」


 自信満々に胸を張った相棒を、桃香は画面の中から苦笑交じりにフォローする。


「いくら統括機構でも、伊達や酔狂で魔法少女を高校に送り込んだりしないよ。ちょっとトラブルの兆候があるから、グロリアに行ってもらうことにしたんだ」


 母親が同じクラスに編入してくる以上の厄介事なんてあるもんか、と不満げな蒼一をよそに、桃香は所々が黒塗りの資料(スライド)を共有する。


「蒼ちゃんの学校近辺でも、瘴気の発生と消失が頻発してるみたいでね。前みたいに何かが争った痕跡はないんだが、探知網は明らかに反応を拾ってる。装置の異常ということもなさそうだ」


 計測機材のトラブルではないか、という蒼一の疑問は、口に上る前に封じられた。そもそも実働部隊(グロリア)が現場に配されている時点でその可能性は消えている。

 全国一五〇〇箇所に設置された検出器と、その計測結果を入力として異常の震源地を探るスーパー・コンピュータからなる、魔法少女統括機構の瘴気探知網。その分解能は数キロメートル四方が限界で、以降の瘴気発生源の絞り込みは人の手頼みとなる。山と積まれた藁の束に紛れた針を探すほどではないにしても、地道な作業だ。

 さらに難儀なことに、頼みの綱である魔法少女グロリアは()()()()()()。相対した魔物や瘴気の気配を読み、察知することに長けた彼女でも、距離が空いてしまうとお手上げだ。外出のときは彼女も蒼一(しろうと)同様、携帯型の探知器を常備している。


「瘴気の()が近くにあるのか、単に魔物がねぐらを構えてるだけかはちゃんと調べなきゃいけないし、ことと次第によっては処置を施すことになるだろう。ふたりとも、よろしく頼む」

「おまかせください!」


 自信たっぷりに豊かな胸を張るグロリアに、自分に何ができるのやらと疑問を拭いきれない蒼一と、親子の反応は対称的だった。


「以上、蒼ちゃんの学校にグロリアを送り込んだ理由だが、ご理解いただけたかな?」

「俺と同じクラスってのは納得できてねぇけど」


 ちらりと横目で見たグロリアは眼を潤ませており、私ショックです、とわかりやすく訴えかけている。


「蒼くん、私と同級生なの、いやなの……?」

「別にどうでもいいかなぁ」

「ひーどーいー」

「やめろ揺さぶんなって、うわ力強っ」


 両肩を掴んでくるグロリアを引き剥がそうとする蒼一だが、妙に力が強く、悪戦苦闘する。

 言動を見た目に適合させ、人前で母親の地金をさらさないようにする彼女なりの()()の可能性はあるが、少年にしてみれば「ベタベタひっつくなオフクロ」という結論にしかならない。美少女に懐かれている絵面ではあるけれど、母親(しおん)が魔力活性を高めて魔法少女(グロリア)になったとて、見た目がそっくり赤の他人になるわけではないのだ。


「桃香さん、魔法少女って、心まで幼くなるもんなのか?」

「どうだろう? 三十路(みそじ)を超えて魔法少女をやってるのはグロリアしかいないし、実年齢と体の年齢がこれほどかけ離れた例もないからね。グロリア、気持ちはわかるけど蒼ちゃんに絡むのもほどほどにしてあげたまえよ」


 むう、と実年齢(とし)不相応にむくれたグロリアは、渋々蒼一を解放した。


「蒼ちゃんにもしばらくは調査活動を手伝ってもらうからそのつもりで」

「よろしくね、蒼くん」

「給料のぶんくらいは働くけど、人前でベタベタしてくんなよ?」

「えー」

「えー、じゃねぇよ。面倒ごとふやすなっつの」


 乗りかかった船なので付き合う気でいる蒼一だったが、四六時中、母親に近い空間にいるのは息苦しい。同じ教室、しかも隣の席となると、授業態度も交友関係もクラスでのナマの評判も丸見えだ。別に大した秘密なんてないけれど、何もかもみられるのには抵抗がある。おまけにグロリアは荒城を筆頭とした男子生徒の注目の的。しばらくは周辺がやかましくなるのは容易に想像がつく。

 騒がしくも憂鬱と無縁でいられない日々になるのは間違いない、そう悟った蒼一は、この日何度目になるかわからないため息をついた。

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