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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第2章 魔法少女は穏やかに微笑む
13/59

2.5 気に病むことなんかなんもねぇんだな

「でもよ、早く来た甲斐はあったぜ。おかげで面白い話が聞けた」


 蒼一の憂いをよそに荒城が浮かべた笑みは、伝説の財宝を目の前にした海賊顔負けの悪意に満ちている。噂話をするときの彼はいつもこうだ。「歩くゴシップ紙」「人間タブロイド」とまで渾名(あだな)される荒城の情報は、確度の甘さと内容のくだらなさまで天下一品。頬杖をついたままの蒼一にしろ、自衛するように腕を組んで立つ日奈にしろ、話半分どころか一割程度にしか聞く気構えをみせていない。

 そんな空気にも慣れきった荒城は、舞台は整ったとばかりの厳かな調子かつ、とっておきの秘密を匂わせる小さな声で、二人に切り出した。


「転校生が来る。それもこのクラスに」


 コイツ一体何を言い出しやがる――。


 机に突っ伏した蒼一、荒城を白い目で見る日奈、行動は違えど思いは同じだ。教室の片隅、蒼一を中心とした半径一メートル弱の空間がすっかり呆れムードで満たされる。


「……荒城、アンタさ、もうちょっとマシなこといえんの?」

「どーいう意味だ、そりゃ?」

「アタシたちが入学してどれくらいさ?」

二月(ふたつき)弱」

「いくらなんでも時期がおかしいっしょ? 転校生なんて来るか?」


 伏せた姿勢はそのままに首だけ動かせば、視線の先にいるのは堂々たる仁王立ちの荒城。そこまで自信たっぷりな様を見せつけられると、こっちが間違ってる気がして自信も揺らぐから不思議なものだ。


「今朝、校長室の前通ったときに、担任の声がしたんだ。あのダミ声を聞き違えるバカはいねーよ」

「で、なんて?」

「『珍しい時期に来たもんですな』とか『慣れないこともあるでしょうが頑張ってください』とかぬかしてた」


 普段の言動の積み重ねのせいで、荒城がもたらす情報の信憑性ははだいぶ薄まっている。

 それにもかかわらず、今日の日奈は一笑に付すことも、「バカいってんじゃない」と撫で斬りにもせず、話を聞いていた。腕組みは解かないし、疑いの眼差しもそのままだが、幼馴染だからわかる機敏でも感じたのかもしれない。


「……なら、知ってそうな娘にきいてみる?」


 新たな提案は、第三者からの事情聴取だ。日奈の手招きに気づいた少女は職員室にいっていたらしい。日誌を携え、ちょうど教室に戻ってきたところだった。


「おはようございます、日奈ちゃん、花泉くん、荒城くん。何かご用ですか?」


 静かながらも筋が一本通った挨拶で応じたのは、学級委員長の藤乃井(ふじのい)紗夜(さよ)

 大和撫子然とした見た目と丁寧な口調を裏切らない楚々(そそ)とした足取りは、紺のブレザーの裾はもちろん、焦げ茶色を基調としたタータンチェックのスカートもいたずらにひらめかせることはない。わずかに揺れるのは背にかかった真っ直ぐな黒髪と、首元を彩る深緑色のリボンくらいである。


「荒城がさぁ、転校生が来るっていってんの。なんかハナシきいてない?」

「いつもの戯言だから、あんまり真に受けなくてもいいぜ、藤乃井」

「ずいぶんな言い草だなオイ」

「転校生かどうかはわかりませんけど、職員室に見覚えのない方がいらっしゃったようには思います。出ていくときにちらりと見ただけで、面と向かってというわけではないんですけど……」


 自分は何の落ち度もないのに、どこか申し訳なさそうに肩を落とす少女とは対象的に、荒城が息を吹き返したように気炎を挙げた。


「どんな小さな手がかりでもいいんだ。委員長が頼りなんだよ」

「そんなこといわれましても……。背の高い女の子だな、とは思いましたけど」

「そういうのでいいんだよ! どんくらいだ?」


 モーターのコイルが温まってきたところだぜとばかりにまくしたてられて、一歩どころか数歩たじろいだ紗夜は、それでも賢明に記憶をたどる。そこまでする義理立てもないのだが、彼女はあくまでも律儀だった。

 「ちょっと手伝ってください」と眠そうな蒼一を立ち上がらせ、荒城と並べてしばし考えたすえの答えは、


「荒城くんよりは間違いなく高くて、花泉くんよりはちょっと低い、かな?」


 女子生徒としては相当な長身である。


「そんな身長(タッパ)の女子、うちの学年どころか先輩にもいねーよ」

「なんでそんなにすぐわかんのよ……」

「俺んち客商売だからよ、人を覚えるなんて基本中の基本よ」


 すべての女子生徒の特徴が頭の中に入っているとしか思えない速さで一切の迷いなく断じる荒城に、日奈が露骨に、紗夜が慎まやかに引く。


「で、他になにか特徴は?」

「え、えーっと……?」

「どんな些細なことでもいいんだ」

「髪がすごいキラキラしてて、なんていったらいいのかな、銀色っぽい色してまして」

「いいぞ、その調子! もっとちょうだい、そういうの!」


 紗夜ににじり寄る荒城は、地獄の底で水を求めてもがく亡者に似ていた。たじろいだ少女が、手近で最も壁役に適していそうな蒼一の影に隠れるのも無理はない。


「落ち着きなよ荒城、お紗夜ドン引いてんじゃん……」

「何でもいいんだ、とにかく情報を、俺に情報をプリーズ」

「ホントに転校生なら、そのうちツラ拝む機会もあんだろうよ。何をそんなに急いでやがんだよ?」

「蒼一こそ、なんでそんなに冷静気取ってられんだよ? 転校生ってのは、学校生活でも指折りのビッグイベントだろーが」


 紗夜を追い回すことこそなくなったものの、力説する荒城の眼差しから、ギラつきが褪せる気配はない。彼を見守る三人は程度こそあれ冷ややかだ。温度の低い順に日奈、蒼一、紗夜といったところだが、委員長はどちらかというと答えようがなくなって困っているようにも思える。


 ――ああ、別に、気に病むことなんかなんもねぇんだな。


 グロリアと共に瘴気を追って駆けた夜も、明けてしまえばなんということはない。眠気がのしかかってまぶたが重くなるくらいで、世界は何時もと変わらず回っている。

 先陣をきってアクセルをベタ踏みしようとする荒城を日奈と蒼一で止めに回り、紗夜がおっかなびっくりその様子を見守る。相応の上がり下がりはあるだろうけれど、明日も、明後日も、きっと同じように穏やかな日々が続くのだろう。

 この朝の蒼一は、まだそう信じ切っていた。

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