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魔法少女のために僕ができること  作者: 白猫亭なぽり
第2章 魔法少女は穏やかに微笑む
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2.2 ちゃんと話せばわかってくれるはずよ。私の子供だもの

「そもそも、三十代を折り返した紫音が未だに魔法を失わずに現場に復帰できた、それ自体が奇跡のようなものです」


 伸び盛りの若い後輩たちと、長いブランクを経た紫音(グロリア)では前提条件が違う。蒼一の親として過ごした時間は、彼女の身体から徐々に、しかし確実に、魔法が何かを忘れさせつつあった。現に、魔犬との一戦のあと、息子に背負われないと帰ることすらままならなかった。日常生活にはすぐ復帰できたが、魔法の精度とキレを取り戻すのに数日を費やしている。

 そもそも、彼女の十八番(おはこ)は、()()にモノをいわせた短期決戦。瞬間火力に優れている反面、任務が長引くと回復が追いつきにくく、戦力として不確定さを増すことが多かった。若い頃からそうだったのだから、年を経た今ではいわずもがなだ。


「現場での立ち回りを技術で補っても、回復力が昔とはまるで違います。もはや連戦ができる体ではありません」

「お気持ちはわかりますが、他の地区はもっと緊急度が高い状態にあります」

「魔法少女の数が足らぬ現状、お主も知っておろう?」

「グロリアが元の力を取り戻せるか、判断を下すのも時期尚早に過ぎます。そもそも取り戻せる保証もない。それでも、彼女単独であの地域をカバーしろとおっしゃいますか?」


 元・魔法少女と現役復帰を果たした魔法少女の二人で導き出した見解をきいても意志を変えない重鎮を前に、桃香の説明は否応なしに熱を帯びる。

 彼女は現場の責任者だ。無二の親友への信頼はゆるがないが、それでも最悪の事態を想定して動くのが務めである。


「懸念事項はまだあります。私とグロリアの担当する地域には、統括機構に所属していない魔法少女がいる可能性がある」

「この街で発生している瘴気の散発的な発生と消失のうち、いくつかのケースで魔物と()()が争った痕跡が確認されているのは、たしかに報告にありましたが……」


 魔物や瘴気の気配なら目を閉じても察知できるグロリアだが、それはあくまでも距離が近いとき限定だ。すこし離れると途端に鼻が効かなくなる。かつての桃香(フィエスタ)のように、【探知】の魔法に長けた相棒がいるわけでもない現状では、初動のきっかけ(トリガー)を統括機構の瘴気探知網に頼らざるをえない。結果、後手を踏みがちになる。彼女復帰してからこっち、先手を取って現場に急行できたのは、魔犬から蒼一を守ったあの一件だけだ。それ以外の緊急出動(スクランブル)では、現場に残った闘争の痕跡と血溜まりを拝んでばかりいた。


「魔物同士で食い合いをしてるのであれば、瘴気の反応が消失することはありえません。生き残った方の反応が必ず残ります」

「おまえさんのいうように別の魔法少女がおったとして、あたしらの敵にまわる可能性は、どれくらいあるもんだろうねぇ?」

()()()()かの違いはありますが、現状、魔物による被害を抑え込むという点では一致しています。今は刺激しないほうが良いのではありませんか?」

「そうはいいますが、警戒するに越したことはありません。正体も人数も真意もわからないんですよ? 統括機構に牙を剥かない保証がない以上、監視の目は多いほどいい」


 しばらく黙っていた重鎮たちだったが、やがてほんの少し申し訳無さそうに、最後の宣告を下す。


「わかっておくれ、フィエスタや。今はどこも手が空いておらん」

「善処はするが、今すぐとはいかん。互いに全力を尽くそう」


 桃香もこの仕事について長い。魔法少女統括機構における最高意思決定機関・重鎮たちが色()い返事をせず、今後しばらく紫音(グロリア)一人で魔物と瘴気に対抗しなければならない可能性も想定してはいた。だが、実際に否定を耳にすると、どうしても失望の念を強く感じてしまう。


「……無理をさせてすまない。頼むよ、紫音」

「任せて」


 しかし、ここは我慢のしどころ、と重鎮たちを軽く一睨みする程度に留めておく。ここで彼女たちが駄々をこねては元の木阿弥だ。機嫌を損ねた老人は面倒と相場が決まっている。この重鎮たちとて例外ではないだろう。

 迷いも怯えもない相棒の返事に背を押された桃香は、別のプランの遂行に頭を切り替えると、やや険のある声で重鎮たちに告げた。


「みなさんのご意見は承知しました。まずはグロリアに魔力(ちから)を取り戻してもらって、事態の収集に努めます」

「ご期待に添えるよう頑張りますわ。街もそうですけど、息子のこともありますので」


 帰れるものならあの日に帰りたい、力を取り戻したい、と一番願っているのが他ならぬ紫音なのは、瞳に宿る光を見れば明らかだ。彼女の芯には、魔法少女としての使命以上に守らなければいけない存在がある。見た目に相応しい温和な性格で、争いとは一見無縁そうな紫音の微笑みは、単に状況を乗り越える処世術ではない。自らの一念を通そうとする意思の現れだ。


「グロリアよ、貴様の覚悟、しかと受け取った」

「ありがとうございます」

「進捗は都度報告しますので、適宜、お目通しください」


 予定の時間を数分余し、静かに頭を下げた二人は、影からすっと現れた重鎮たちの秘書に促されて会議室を辞し、そのままエレベータに乗り込んだ。


「おじい様たちも相変わらずね」

「予想の範囲内といえばそうなんだけど、ね。それより紫音」

「それ以上は言わなくても大丈夫」


 老人たちの表情は、ブラインドの隙間から差し込む逆光に遮られて伺いしれなかったけれど、それはもう過ぎたこと。二人にはもう一人、説得するべき相手がいるのを忘れてはいけない。


「ちゃんと話せばわかってくれるはずよ。私の子供だもの」


 桃香が不思議になるほど、紫音は自信たっぷりに頷く。

 彼女たちが次に説明をする相手は、魔法の世界に入門して日の浅い少年。魔法少女として復帰した母親が乗り越えるべき課題と試練について、彼がどう受け止めて咀嚼(そしゃく)するか、桃香といえども予想が立てにくい。ひとまずは紫音を信じる以外の手立てはなさそうだった。

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