3.最終日なのに
そうして何の変化もないまま、時間があっという間に過ぎていき……そして今日は、莉子が留学する前の最後の登校日。
しかし、それも今とうとう終わろうとしていた。
(そういえば、莉子と二人でこうやって帰るのも……今日で最後なんだな)
入学式を終え教室入って早々、緊張しながら席に座ってたらいきなり莉子が話しかけてきて……それが全ての始まりだった。
その時何を話したかはあんまり覚えてない。
でも確か、まだお互いの名前すらあやふやな状態で……当たり障りのない話を適当にしてただけだった気がする。
それで、話が終わったところでおもむろに席から立ち上がったら……莉子の目がみるみるまん丸くなっていって。
そして一言、『えっ?!女子だったの?!』って。
入学当初は私、男子並みのベリーショートだったから……多分男子だと思ってたんだろう。
当たり前のようにスカートを履いている姿が、よっぽど衝撃的だったらしかった。
まぁそういうのは慣れてたから、私は驚かなかったけど。
男女どちらとも取れるような名前だし……地声も掠れてる上に女にしては低くて、間違えられる事なんてしょっちゅうだったし。
(ああ、そんな事もあったっけな……懐かしい……)
あれから、莉子とはこうして親友と呼べるほどの仲になった訳だけど。
大勢からの告白を受けておきながらも、彼女は男には興味がなく、親友の私が何より一番らしかった。
のんびりした性格だし……まだ恋愛とかそういった事に興味がないんだろう、きっと。
だから、そのおかげで『とても仲が良かったのに、どちらかが彼氏一筋になってしまって……』なんて事にはならなかった。
そんな感じの話はよく聞くけど、私達には全くその心配はなく。
いつも変わらず仲良しで常に一緒。
一緒に色んなところへ遊びに行って、一緒に同じ時を過ごして……お互い浮いた話は無かったけど、なかなか充実した日々だった。
でも、それももうすぐ終わり。
海外なんて行ったら……いくら興味ないって言ったって、一人や二人は気になる人が出てくるだろう。
少なくとも、私みたいな女がかっこいいと思えてしまうようなこことは世界が違うんだから。
莉子みたいな美人なら尚更、出会いの機会は多いだろうし。
だから、同性の私よりももっとかっこよくて、もっとずっと魅力的な男性と……
(ちょっと寂しいけど……でも、せっかく外国行くんだしね。莉子には思いっきり楽しんでもらわないと)
「って……うげっ、またか……」
感傷に浸ってる暇もない。
まただ。また、アイツが見てる……
「『また』?……ああ、例のあの人?」
「そう!ほんっとに、もう……なんなのよ!腹立つ〜!」
「まぁまぁ、何かしてくる訳じゃないんだし……」
「じゃなくて!なんにもしてこないから、イライラしてんの!」
「へ?」
莉子は頭の上に大きなはてなマークを浮かべている。
ここまで鈍いのも、ある意味すごい。
(いくら鈍いからって!散々告白チャンスはあったのに……!)
(何もしない?ただ見てるだけ?はぁ?!馬鹿じゃないの?!)
焦ったいを通り越したあまりに遅すぎる展開に、私の怒りはもう頂点に達している。
あれから今日まで、毎日わざと人気の少ないところを通って帰った。
わざと途中で自分だけトイレに寄ったり、教室に忘れ物したと嘘ついてまで、莉子一人の環境を作ってやったりもした。
だというのに……そこまでお膳立てしてあげているというのに、あの男は相変わらず影からじっと見てくるだけでなんの進展もないのだった。
ラストチャンスである今日も、相変わらずそんな調子で。
(あ〜、もう!誰だか知らないけど!時間無いんだから、早くしなさいよ!)
「……光?まだなんか怒ってる?」
「ううん、なんでもない」
(ちょっと、今日で終わりなのよ!黙って見てないで、出て来たらどうなの!)
と、内心プリプリ怒りながらコンビニの前まで歩いてきたところで……突然トイレに行きたいと言い出した、莉子。
「あれ?学校出る時行かなかった?」
「うん、でも……その……実は、ちょっとピンチで……」
「えっ、大丈夫?お腹壊した?」
「ううん、違うの。じゃなくてその……」
何やら言いづらそうに口ごもり、急に顔を寄せてくる莉子。
どうやら大きな声じゃ言えない事らしい。
「……」
「……」
ゆっくりと寄ってくる莉子の顔、さらさら揺れる黒髪の先端が私の頬をくすぐってくる。
ふわっと私の顔を包み込んでいく、彼女の甘い香り。
きっとこれが男子だったら……堪らないだろうなぁ。
そしてお互い至近距離まで来たところで、いきなりグッと背伸びしてきて。
二人の顔が同じ高さになった時……彼女は私の耳元に手を添えて、言った。
「あのね……さっきから紐がずり落ちてきちゃって……」
(あ〜……そういう事か)
なんの紐かはお察しの通り。
彼女、華奢で撫で肩だからなぁ……肩幅ガンダムの私とは比べ物にならないくらい。
コトッとローファーの靴底を鳴らして、元の高さに戻る莉子。
彼女に合わせて私の視線もほんの少し下を向く。
「あらら、地味にピンチね」
「でしょ〜?ほんと最悪〜」
同性なら分かる、あの何とも言えない気持ち悪さ。
でも、自分の家ならいつでも気軽にちゃちゃっと直せるけど……こんな外じゃなぁ。
これはもうトイレに行くしかない。他の選択肢なんてない。
「じゃあ私、ここで待ってるから行って来なよ」
「うん、ありがとう……待ってて、すぐ戻るから!」
そう言うなり、すぐにこちらに背中を向けて駆けていった。