2.気になる視線
歩いていると、ふと後ろから視線を感じて。
なんとなく振り返ると、ばっちり目が合ってしまった……いつもの奴と。
「うわ……」
電柱の影からジロジロとこちらを見てくるそれは、私と目が合った途端にシュッと引っ込んでしまった。
「はぁ……ま〜たアイツかよ……」
今みたいに電信柱に隠れてる事もあれば、廊下の柱の向こうからだったり、教室で他の生徒に紛れてこっそり見てきたり……
何度も何度も懲りずに見てくるその視線に、正直もうウンザリ。
「え?アイツって?」
不意に私の耳に入ってきた、真っ直ぐで耳心地のいい声。
生まれつきハスキーで常に酒焼け声の私とは全然違う、まるで小鳥の囀りのような澄んだ音色……これは莉子の声だ。
「いつも物陰からうちらをじーっと見てくる奴」
「えっ、こわっ!誰それ……知ってる人?」
「全然知らない人」
「男子?女子?」
「男子」
「え〜、分かんない。誰だろ……?」
「さぁ?まぁでも、あんなしょっちゅう見てくるなんて……相当好きなんだろうね」
「好き……?何を?」
「いや、物じゃなくて人。莉子のことだよ」
「ええっ、私?!なんで?!」
(そりゃあ……莉子が可愛いからに決まってんじゃん)
なんて、言っても多分信じてもらえないだろうな。
美人は性格まで美人、え〜そんな事ないよ〜!って本気で謙遜されてきっと終わりだ。
才色兼備、性格も良くて声まで綺麗……とあらゆる要素が揃っている彼女と……どれも全部微妙な私。
寝癖治らないからとりあえずまとめました感満載の、ボサボサ一つ結びの私。
香水?知らん。化粧?そんな時間ありませ〜ん。
対して、毎日しっかりセットされたサラサラな黒髪の、いかにも女子って感じの莉子。
先生にバレない程度にメイクして、いつもふんわりいい匂いがする。
ぱっと見だけで分かる、残酷なほどの差。
迷いようがない。私だって、もし男子だったら当然莉子と付き合いたい。
あの影からの視線も今に始まった事じゃなくて、もうかれこれもう1ヶ月近く経つんだけど……超鈍感な彼女は未だに気づいてないようだった。
むしろ、見ているこっちがもどかしくてもどかしくて仕方ない……
でもまぁ、それも今週で終わりだ。
莉子は来週から一年間、海外留学だから。
だから、そうやってじーっと姿を見ていられるののは、今週で最後。しばらくはおあずけ。
戻ってきてからっつったって……それからは受験だなんだで忙しくなって、いくら優秀な彼女だって恋愛どころじゃなくなるだろう。
すでに付き合ってるならまだしも、そこから新しい恋を始める余裕なんて流石にないはず。
つまり、告白のチャンスはもう終わりって訳。
(どこの誰だか知らないけど。いつまでもうじうじしてっからだよ)
彼女は入学から今まで、ほぼ毎日を私と一緒に下校してた……つまり、彼氏はできなかったって事。
莉子を狙ってる男なんてそりゃあ大勢いたし、放課後呼び出されるなんてもはや日常茶飯事だったけど……なかなか彼女のお眼鏡にかなわなかったらしい。
その中には学年一と噂されるほどの超イケメンだっていて……なんかもったいないような気がしちゃうけど、彼女なりになにかあるんだろう、きっと。
そうして見事にみんな振られまくり……結局、今もこうして私と一緒に帰っている。
だから、逆に言えば付き合えるチャンスなんて十分あったはずだ。
そりゃ断りまくりの彼女だから、振られる可能性も高いけど。
だけど、振られるの怖いからってそうやってうだうだしてるくらいなら……
「好きだ!って一言さっさと言やぁいいのに。何をモタモタ……」
「……ん?なんか言った?」
何も知らない当の本人の不思議そうな視線が、これまたなんとも焦ったい。
(う〜ん……気づかない莉子も莉子なんだよなぁ……)
「ああ、いや……なんでもない」
なんとなくもう一度後ろを振り向く。
「……」
そこに彼の姿はなかった。