第七十話 対峙と退治
「どうして! さっきは穴まで開いたのに!」
「だからよ! お前を脅威とみなして魔力を集中させたのよ! 急いで離れるわよ!」
「おい魔族、もっと頑張るべき」
「あなたに言われたくありませんねぇ……! 人族のひよっこ魔術師……!」
黒い巨人の口元が弧を描き、防御に回していた魔力が爆発する。
見えざる衝撃波が暴風となって荒れ狂い、ロクサーナ達を吹き飛ばした。
「ロクちゃん、みんな!?」
「案ずるな。あんな攻撃でやられるような者達ではない」
リグネの言葉通り、体勢を立て直したロクサーナ達がリグネのところに戻って来た。再び集まった一同だが、状況はいかんともしがたい。
「硬すぎるわね。あれ、どうしようかしら」
「わたしの力ではあれが限界です。せめてあと二人がアタッカーが居れば……」
「レカーテ様は魔術出来ないんですか?」
「今は無理だ」
エリィが水を向けると、隣のレカーテは首を横に振った。
「感知系の術は集中力がいる。ただでさえ奴と猿の魔力は融合しているし、身体の中を動いてる。あの中から猿だけを探り当てるのは結構な骨なのだ」
火力が足りない。それが現状の問題点だ。
だからと言ってリグネに頼れるかと言えば、エリィの願いが邪魔をする。肉体と魔力が融合している怪物からディアナを救い出すのにリグネの炎は威力が強すぎる。
「せめてララちゃんとアラガンさんが火力支援に回れることが出来れば……」
「うふふ♪ それならママの出番ねぇ~」
地上で巨大な蛇の下半身を唸らせる女性にその場の全員が目を見張った。
「「「マザー!?」」」
「遅いぞ、蛇。どこをほっつき歩いていた」
「え? レカーテちゃん、今お姉さんって?」
「言ってない!」
どうやら魔王城の急変はマザーにも伝わっていたようだ。
「あらあら、うふふ」と上機嫌なマザーは巨人の触手をかいくぐっている。
「みんな~、ママがこの子をお仕置きしておくから、その隙にお仕事してねー」
「ノリが軽すぎるんだが……」
「いや、レカーテ様も最初はあんな感じでしたよ」
「嘘だよな?」
ノリが軽いとは言わないが、癖の強さではあんなものである。
エリィに頷くようにリグネが翼を広げた。
「役者は揃った。さぁ、行くぞ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
「おい、お前ら! 何とか言えこのバカ夫婦が!」
影の巨人の触手をかいくぐり、マザーの鞭のようにしなった。
「悪い子には、ママがお仕置きしちゃうわよ~!」
何かの魔術だろうか。マザーの尾が倍以上の長さに伸びた。
巨人の巨体をものともしない長大な尾がぐるぐる巻きにしてしまう。
その隙を突き、ロクサーナに運ばれたセナが怪力を振るった。
「せぇええいっ!!」
──……ズガァン!!
強烈な炸裂音を響かせた一撃は、しかし、巨人を怯ませるだけだった。
ここからララたちの支援に頼るとしても、あと一押し欲しいところを。
「ドハハハ! おい! 祭りがあるなら呼べよ、リグネ!」
「……お父様!?」
ぴょんぴょんと地上を跳ねまわったアルゴダカールの拳が振り抜かれた。
「セナ、もう一撃だ!」
「はい!」
「あんた、ワタシが運んであげてるの忘れてないでしょう……ねっ!」
回転と同時に繰り出されたアルゴダカールの蹴りに合わせて、ロクサーナがセナを投げ飛ばす。空中では踏ん張りが効かないと見ての選択。砲弾のように飛んだセナの一撃が、巨人をいっそう怯ませた。
「「今です、先輩!」」
「ちょうどいいです。あの瓦礫を使いますよ」
「それウチが言おうと思ってたやつ」
黒い巨人に魔術は効果がないが、魔術で作った石礫なら話は別だ。
巨人が破壊した大量の瓦礫が一つに集まり、巨人の大きさに匹敵する岩になる。
「私が操作します。あなたは威力をあげなさい!」
「だから命令すんなし」
ララが手を掲げると、巨大な岩が徐々に圧縮し始めた。
凄まじい密度の岩となった流星が、巨人の胸を貫く──!
「──っ、おい、腹に移動したぞ!」
こちらがディアナの身体を取り出そうとしていることが伝わったのか、巨人が防衛反応を見せ始めた。先ほど、セナが胸を攻撃した時に傷一つ付かなかった時のように。
「もう軌道修正は無理ですよ!?」
「十分だ。あとは任せろ」
「きゃ!」
「リグネ!?」
リグネが滑空を始め、エリィは慌てて背中の突起にしがみついた。
一緒に背中に乗っていたレカーテが抗議を始める。
「おいリグネ! 今行ったところで身体は取り出せんぞ!?」
「エリィに取り出させる。レカーテ、其方がサポートしろ」
「~~~~~っ、仕方ないな。おいエリィ、こっちに来い!」
アラガンたちが放った岩礫は巨人の胸に風穴を開けた。
すぐに再生を始める巨人の中に入り、リグネが翼を広げて再生を押しとどめる。
リグネの真下に、ディアナの身体は埋まっていた。
頭だけがかろうじて露出し、上半身かと下半身は完全に埋もれている状態だ。
小さな触手がディアナを守ろうと周りを蠢いていて、かなり気持ち悪い。
「ご主人様!」
「いいか、エリィ」
リグネの背から降りた二人が着地。
レカーテがエリィの肩に腕を回しながらディアナの頭に手を置いた。
「今からボクの力でお前たちを繋ぐ。お前はディアナの思念を掴んで引っ張り出せ」
「そんなこと出来るんですか?」
「お前たちだから出来ることだ。普通なら発狂して死ぬ!」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ」
「いいからやれ!」
「は、はひ」
エリィは促されるままにディアナの頭を抱きしめた。
その瞬間、レカーテの身体に光が灯り、だんだんとエリィに光が移っていく。
エリィからディアナへ、光は想いとなり、互いの意識を繋ぎだす。
「え?」
──廃屋、剣、血を流す女性、泣き喚く少女。
──襤褸を纏うエリィ、暗殺者、侍女、二人の繋がり。
『寂しい……やだ……お母さん……』
『私、捨てられたんだ……』
『──エリィ、ごめんね……』
頭の中に流れ込んでくる見たことのない記憶、想い。
今のエリィには受け止めきれない情報量に、思わず頭を抱えたくなる。
けど。
「ご主人様……」
ディアナに救われた時のことを思い出す。
彼女がくれた、たくさんの楽しいことを思い出す。
行き違いはあったけど、またあんな風に笑い合いたいから。
だからエリィはありったけの力を込めて、ディアナを埋めている巨人に手を突っ込んだ。
「ご主人様、戻ってきて────────っ!!」
光の粒が、視界いっぱいを染め上げんばかりに弾けた。
無数の光が二人の身体を包み込み、エリィはディアナの身体を抱いて宙に放り出されていた。
ふわりと、リグネの翼が二人を受け止め、背中に下ろしてくれた。
「やったか、エリィ」
「はい……はい。やりました!」
両手の中にあるディアナの確かな温もり。
顔色は悪いが、ちゃんと息はしているようでホッとする。
エリィは満面の笑みを浮かべて仲間たちを見た。
「みんなのおかげです。ありがとうございます!」
「皆、其方の頼みだから聞いたのだ。努々そのことを忘れるなよ」
「……はい!」
エリィがリグネに頷いたその時だった。
「魔王軍に告げる! こちら人族連合軍ジグラッド王国守備隊である。我が国からそちらへ嫁入りした第三王女、ディアナ・エリス・ジグラッドの安否を確認したい!」
「…………はい?」
魔王城の外から、そんな声が響いて来た。




