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第六話 疑惑の王女

 

「ここが其方の部屋だ。ゆっくり休むといい」


 そう言ってリグネに案内されたのは豪華すぎる部屋だった。

 大理石を敷き詰められた床の上に赤い絨毯が敷かれ、化粧台や調度品はどれもが一級品。部屋の奥に鎮座する天蓋付きのベッドなど、無限に沈み込めそうなほど柔らかかった。


「どうだ。いい部屋だろう」

(す、すごい……こんな部屋見たことない!)


 と内心で思いつつ。


「ま、まぁまぁですわね! わたくしに相応しい部屋ですわ!」

「そうだろう。魔王の嫁だからな。これくらいで気後れしていたら失望していたぞ」


 ははは、と笑う魔王にエリィはギョッとした。


「我は執務があるのでな。食事になったら呼びに行かせるから、少し休め」


 そう言ってリグネは去って行った。

 ばたん。と扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

 ララと二人きりになったエリィは胸をなでおろした。


「ふ、ふぅあ…………よかった。なんとかここまで来た……」

「エリィ。お疲れ」

「ありがと。ララちゃん」


 ララが差し出してくれた水を呑む。


「ぷはぁ、生き返るよぉ~……」

「ちなみにそれ、魔術で作った水。飲み水にはならない」

「ララちゃんって微妙に役立たずだよね!?」


 エリィが突っ込むと、ララはむっとした。


「失礼。本当のことでも言っていいことと悪いことがある」

「そこは嘘だと言って欲しかった!」


 エリィは布団に座り込み、はぁああ……と脱力した。


「なんにしても……今のところバレてない、よね」

「ん。エリィの演技は完璧」

「完璧ではないんだけどね……」


 出来れば『囚われの姫大作戦』が成功して欲しかった。

 そうしたら魔王とほとんど話すことなく三か月を終えられたのに……。


「まぁバレてないならいいや。私、ちょっと休むね。ララちゃんも一緒にお昼寝しようよ」

「まかせろ」


 エリィはララと一緒にベッドにもぐりこみ、布団の快感に身を委ねる。

 お友達とベッドでお昼寝、なんという至福だろう。

 あぁ、こんな自堕落な時間がずっと続けばいいのに……。





 ◆◇◆◇






「怪しいとは思いませんか」


 魔王城の執務室。

 膨大な書類に片っ端からハンコを押す魔王にケンタウロスが問いかけた。


「ヌ? なにがだ。アラガン」

「ディアナ王女ですよ。彼女、本当にあの(・・)ディアナ・リリス・ジグラッドですか?」


 魔族に嫁いできた姫に対し容赦のない疑いをかけるケンタウロス──宰相アラガン。魔王の右腕を自負する彼にとって王に近付く女は誰であろうと警戒対象だ。


 ディアナ・リリス・ジグラッド。

 ジグラッド王国が抱える王族の恥部とも言われる放蕩娘である。


 曰く、舞踏会に出入りするたびに男が変わっている尻軽女。


 曰く、装飾品を見せびらかして下級貴族をいびる悪女。


 曰く、王族の義務を放り出して遊び呆けている放蕩王女。


 曰く、曰く、曰く──。


 魔族にまで聞こえ来るディアナの噂はどれもが悪評ばかり。

 しかし、実際に来た彼女は勇ましき王女として出迎えられてしまった。

 噂と実態のあまりの違いにアラガンは戸惑いを隠せない。


「噂は当てにならぬ。それは其方が一番良く分かっているのではないか」

「それはそうですが……それはそれで良心が咎めると言いますか」


 アラガンはポリポリと頭を掻いた。

 何を隠そう、今回の人族と魔族の講和条約を推し進めたのはアラガンだ。


(我々はもう限界だった……それは人族も同じ)


 相次ぐ戦争により労働者が失われ、農作物の収穫もままならない。各領地を治める魔侯たちは贅沢をしようと税金を吊り上げ、兵士を強制徴集する始末だ。


 そもそも、戦争を始めた理由すら忘れるほど長い(いくさ)に魔族は疲れ切っていた。

 一部の過激派を除き、真の意味で人族が嫌いな者などどれほどいるものか。


 だからアラガンは穏健派の代表として和平を推し進めた。幸いにも人族代表であるジグラッド王は話の分かる者で、とんとん拍子に話が進んだ。そして両種族の和平の証として婚姻をすることになり、それならとアラガンが要求したのがディアナだ。


 魔族に嫁ぐという人族にとっての重大任務だが、魔族が歓迎するとは限らない。ともすれば苛めのようなものが始まるだろうと推察して、アラガンは噂に名高い悪女を指名した。たった一人で魔族の中に引っ張り込んで、万が一辛い目に合ったとしても罪悪感を感じないように。人族側としても噂に名高い悪女を差し出すなら大歓迎だと思ったのだ。


「あの王女(・・)……無垢すぎるかというか、毒気が抜かれるというか……」

「可愛いだけではないか?」

「魔王様のこともテーブルクロスにすると言ってました」

「勇ましくて良いではないか」


 ダメだこの魔王、すっかり王女を気に入っている。

 もちろんまだ異性を見る目ではない。面白い玩具を見つけた子供のような目だ。

 こういうところも魔王の魅力の一つとはいえ……。


「いくらなんでも魔王様が喜ぶことをやりすぎなのです。あれがすべて演技で、魔王様を誅殺する策略だとしたら、我々は見事に騙されていることになります」

「ヌ。其方は我が人族の娘ごときに遅れを取ると言うのか?」

「そうではありませんが、人族の魔導技術の発展には目を見張るものがあります」

「まぁ、それは確かに」

「それにやはり、噂と違いすぎるのがどうにも……」

「本物の姫などそんなものだ、とも思うが」


 魔王──リグネは執務の手を止めて言った。


「我が右腕がそう言うのだ。其方がそれほど言うなら、試してみよう」

「試す? なにをですか?」

「決まっておろう」


 リグネは笑う。


「其方の言う噂が本当かどうか、確かめるのだ」



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