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第三話 魔王城へ

 

 王都の街並みを通り過ぎる、一台の馬車にエリィは居た。

 王家の紋章が刻まれた上等な馬車である。


「……つーか、魔王とか大丈夫かよ。俺ら殺されねぇよな?」

「大丈夫だろ。いちおう不戦条約は結んでるんだし。怖いけど」

「だよな。平和祈念式典とか大々的にやってくれたら……いや、そんな予算どこにあるんだって話か」

「両種族が消耗し尽くしての講和条約だからな。ぶっちゃけた話、いつ破られてもおかしくない」

「はぁ──……放蕩娘とはいえ、国王も良く娘を差し出す気になったなぁ……」


 馬車に張り付いている護衛たちはエリィが偽物であることは知らない。

 冷や汗をだらだらと流したエリィは隣に座るララに問いかけた。


「あ、あの。ララ様、バレないですよね? ね?」

「問題ない。あなたがヘマしなければ」


 それと、と。ララは言った。


「今のあなたは王女。うちのことはララと呼ぶべき」

「そ、そうですか……じゃあララさんで」

「ララ」

「う……ララ?」

「よろし」


 ララはにこりと微笑んだ。


「お友達、初めて。うれしゅ」

「はわわ……」


 子供のような笑顔にエリィの胸はきゅんと高鳴った。

 お友達。エリィの人生においても初めての存在である。

 同僚たちは貧民街出身の自分とは距離を置いていたし、何なら虐めて来た人もいるから、感無量であった。


「よ、よろしくね。ララちゃん……!」

「ん。万事まかせとけ」

「うん!」


 王都から魔族領域へは馬車で一週間かかる道程で、エリィを乗せた馬車は宿場町で休みながらゆっくりと魔族領域へ向かっていた。いくつもの川を越え、草原を越え、辿り着いた荒れ地。その先にある戦場をさらに超えて、境界線のように景色が塗り替わる。


「うわ……」


 蒼い大地が広がっていた。

 いちおう草木は生えているが、人類領域では見たことがない奇形のものだ。

 空からはワイバーンの嘶きが聞こえ、地上では魔獣同士が肉を喰らい合っている。


「ここが、魔族領域……」


 車窓越しに兵士たちの緊張が伝わってくるかのようだった。

 数百騎の兵士たちに囲まれて到着したのは異形の城だ。

 上空に星空が浮かび、ドラゴンの紋章が雷でピカッと照らされる魔の城。


 そこには数えきれない魔族たちが待ち構えていた。


「人類代表、ディアナ・リリス・ジグラッド殿下が参上仕った! そちらの代表者は!」


 騎士の声が聞こえる。

 男とも女ともつかない美声が応えた。


「魔族代表、宰相のアルガン・ダートが迎えます。ようこそおいでくださいました、人類の客人たち」


 それから彼らは二言三言話したのち、馬車の扉がノックされた。

 エリィはごくりと生唾を呑んで、ララと共にゆっくりと馬車を降りる。


「ーー」


 数千対もの視線にさらされて思わず悲鳴が出そうになった。

 震える足でゆっくりと歩いていくと、先ほどの美声が迎える。

 頭に一本角が生えた男だ。人馬一体。彼の下半身は馬のそれである。


(ケンタウロス……だっけ。いっぱい、色んな人がいる……)

「ディアナ・リリス・ジグラッド殿下ですね。お待ち申し上げておりました」


 ケンタウロスの美声に、エリィはただ頷いた。

 兵士たちが去るまで喋ってはならないと言い聞かされていたのだ。


「そ、それでは、我らはこれで。無事に任務を終えたので帰還する!」

「おや。魔王城でお休みにならないので? 祝宴の用意をしておりますが」

「け、結構だ! 我らは次の任務があるからな! では!」


 人族の騎士たちはそう言って去って行った。

 あっという間に姿が見えなくなった騎士たちをケンタウロスは鼻で笑う。


「やれやれ。ずいぶんと勇ましい(・・・・)騎士たちだ。さて……」


 ケンタウロス──アルガンがエリィに向き直った。


「改めてご挨拶申し上げます。レディ・ディアナ。これからどうぞよろしくお願いします」

「は、はい、よろしく……」


 エリィがメイドのように振舞おうとすると、ララが後ろから小突いて来た。

 そうだった。今の自分はディアナ・エリス・ジグラッドだった。

 エリィは咳払いし、居丈高に背筋を逸らす。


「……えぇ、よろしくお願いするわ!」


 周りを見渡す。


「それで、わたくしの旦那様になる方はどちらかしら! 嫁が来たっていうのに挨拶もなくて? それが魔族の流儀なのかしら?」


(やったー! 怖い人に会わなくて済むならそれでラッキーだよぉ! 早く部屋に連れて行って!)


 なにせ処女の血を好むという恐ろしい怪物なのである。

 出来れば仮面夫婦として穏やかな三年を過ごしたいのがエリィの本音だった。


「いえ。もういらっしゃいました」

「ほえ?」


 エリィの頭上に影が差した。


「……!」


 黒。夜より黒く、暗黒よりも深い黒。

 大きな翼は星々を覆い隠し、ばさり、ばさりと空を掴む。

 四本の足の爪は鋭く、鞭のようにしなる尻尾があった。


「ぅ、ぁ、あ……!」


『魔王』リグネ・ドゥル・ヴォザーク。


 別名、暗黒龍ヴォルザーク。


 紅玉(ルベライト)の瞳がエリィを捉えた。


「貴様が例の王女か」

(う、わぁ……)


 ザっ!! と魔族たちが膝をつく。

 死の具現がエリィの前に降り立った。


「人族の王女よ。まず言っておくことがある」


 魔王は牙を剥き出しにして、


「私がお前を愛することは……」


 エリィは目を輝かせた。


「ど、ドラゴンだぁ! すごい、すごい、かっこい~~~~!」

「……………………………………は?」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「ディアナ・リリス・ジグラッド殿下ですね。お待ち申し上げておりました」 リリスじゃなく、エリスでは?
[一言] 恐怖より好奇心に、心の針がふりきれたな(笑)
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