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幕間 ホンモノの失恋

 

「──どうしてもダメなんですの?」

「ダメだね」


 落ち着いた内装の応接室で二人は向かい合っていた。

 険悪とまではいかないが、彼らの間には微妙な空気が漂っている。


「貴女の頼みといえどこれだけは聞けない。諦めてほしい。ディアナ王女」

「……わたくし、これでも貴方を愛していますの」


 紫色のドレスを着た白髪の女性──ディアナは眉を下げた。

 対面に座る金髪の貴公子は寂しそうに笑う。


「僕も君のことは好ましく思う。でも、王女と侯爵令息ではね」

「十分では?」

「当人たちがどう思うかよりも、周りがどう思うかだよ」

「そんな……どんな障害も二人で乗り越えると誓ったではないですか」

「記憶を捏造しないでくれるかなっ?」

「ちぇ」


 泣き真似をするディアナに突っ込みを入れる侯爵令息。

 途端にほぐれた空気にホッとしたように、彼は細く長い息をつく。


「貴女には貴女の役割があるはずだ。今はそれを果たすべきだと思うよ」

「……」

「もしも向こうが失敗して魔王の怒りを買うことになれば……」

「あーもう! 分かってますわよ、そんなこと!」


 口うるさい説教を遮ったディアナは立ち上がった。


「とにかく、わたくしの愛を受け入れてもらえないなら用はありません。さようなら」

「王女殿下……」

「本当にわたくしを好ましく思うなら……立場や身分なんて乗り越えて欲しかったですわ」


 ディアナは相手の言葉を待たずにその場を後にした。

 何やら言っているのが聞こえたが、捨てた女に追い縋る男に興味はない。

 侯爵の屋敷を出て迎えの馬車に乗り込み、王城へと向かう。


「どうでした?」

「ダメだったわ」


 メイド長であるマーサの言葉に、ディアナは肩を竦めた。


「どいつもこいつも意気地がない奴ばっかり。一時はわたくしの愛に目を曇らせても、二週間もしたら態度が一変する。あれはきっと、親とか周りに何か言われてるのね。ほんっと最悪」

「……そうですか。それで?」

「もう当てがないわ」


 ディアナは自嘲するように天井を仰いだ。

 がらがたと揺れる天井版の染みを数えながらため息をつく。


「恋愛結婚は諦めて、王女としての役割を全うするしかないわね」

「では、諦めると」

「諦めるんじゃないわ。プランBってやつよ」

「負けず嫌いですね」


 乳飲み子から自分を知っているメイド長は肩を竦めた。

 権力が渦巻く王宮の中で第三王女付きメイドを束ねる彼女は頼れる存在だ。


「エリィとの賭けは負けですね」

「……そうね。ララからの報告は?」

「万事うまくやっているそうですよ。ララ様の報告によれば」

「つまり信頼度は低いと」


 その技量の高さから宮廷魔術師に選ばれているものの、ララのぽんこつぶりは悪い意味で有名だ。決して根が悪い人間というわけではないが、魔術に関すること以外、彼女の力は当てにならない。マーサは咎めるように言った。


「嫌な思いをしている可能性もありますね。誰かのせいで」

「うるさいわねっ、わがまま言ってる自覚はあるわよ」

「なにせ魔王の懐ですからねぇ……かの魔王は人道を弁えているらしいですが」

「そうじゃないと困るわ。エリィは私の大事な妹分なんだから」


 人族との和平に応じた魔王だ。こちらの話に耳を傾ける理性はあるだろうし、最悪、隔離塔なんかに幽閉されたとしても無下にはされないだろう。そう踏んでエリィを送ったのだ。もしもエリィを傷つけていたら妻になった時に嫌がらせをするとディアナは決意する。馬車から空を覗くと、どこまでも続く青い海を鳥が泳いでいた。その隣には番であろう鳥が飛んでいて、二匹は互いに道を交錯しながら自由に羽ばたいている。


「……私たちも、あんな風に生まれてきたらよかったのにね」

「王女殿下」


 ディアナはきつく目を瞑り、次に目を開けた時、彼女は王女の顔になった。


「マーサ、ララに連絡を取りなさい。もうすぐ私がそちらに向かうと」

「了解しました。エリィはどうします?」

「元々、決まっていたことでしょう」


 ディアナは冷たく言った。


「あの子には表舞台から退場してもらうわ」



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