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第三十一話 怖いものは怖いんです!

 


「信じましたからね、リグネ様!」

「「な!?」」


 驚愕の声をあげたのは、二人。

 一人は空中で両手を広げたエリィに驚くロクサーナだ。

 驚きのあまり急停止しようとするが、彼女の飛行技術では完全に止まることは出来ない。


(こ、このままじゃ殺しちゃう……!)


 ロクサーナが混乱の境地に達したのと同時。

 驚いたもう一人のリグネは急停止して唇を噛んだ。


「いくらなんでも無茶が過ぎるぞ、我が花嫁……!」


 猛スピードで突っ込んでくるロクサーナにぶつかればエリィはただでは済まない。魔導列車の前に飛び込んで自殺するようなものだ。まず間違いなく、身体がバラバラになって弾け飛ぶ。


 かといってエリィだけ守れば今度はロクサーナのほうが負傷するだろう。

 リグネとしては構わないのだが、エリィが望まないことはやりたくない。

 何より彼女は言ったのだ。信じると。


(ならば応えるのが魔王の努めというもの……!)


 リグネは瞬時に三回(・・)、翼をはためかせた。


 一度目はエリィを風の膜で覆い、負傷を防ぐためのもの。

 二度目はロクサーナの速度を抑えて衝撃を和らげるためのもの。


 三度目をはためかせた時に二人は衝突した。

 リグネは二人を風の膜で包み込み、地上への落下を緩やかにする。

 二人は羊皮紙がひらひらと空を舞うように、祭儀の館の入口へ戻っていく。


 ここまで、一秒にも満たない。

 これほどの繊細な風魔術の行使はリグネが魔王たる所以と言えるだろう。


「まったく……我でなかったら死んでいたぞ、エリィ」


 遠ざかる二人を見ながら、リグネは呟いた。


「雑魚は我が片付ける。そちらは任せたぞ」


 リグネは花嫁に群がる魔族を、ララが作った壁の向こう側へ放り込み始めた。






 ◆◇◆◇




 ひらり、ひらり、と紙のように舞う二人の乙女。

 互いに抱き着く形となった二人は風の膜につつまれている。

 危うく殺しかけたロクサーナが怒鳴ろうとすると、


「えぇぇええん、し、死ぬかと思ったよぉ~~~~~~~~~!」


 エリィは思わず、我を忘れて泣き叫んでいた。

 心臓の動悸が止まらない。視界がチカチカして頭が燃え尽きそう。

 身体の中は熱いのに、背中には嫌な汗が流れて止まらなかった。


「こ、怖かっだ~~~~リグネ様、なんとがしてくれでありがどぉ~~~!」

「……お前、なんかキャラ変わってない?」


 ぴたりと、エリィは泣き止んだ。

 ぎぎぎぎ、と顔を上げると、ロクサーナが怪訝そうに眉根を寄せていた。


(や、やば……!)


 エリィは慌てて悪女の仮面を被り直した。


「お、おーっほほほ! 泣いた振りで気を引こう大作戦ですわ! 成功ですわね!」

「いや思いっきり泣いてたでしょ」

「簡単に騙されてくれるから魔族は御しやすいですわぁ!」

「手も足も震えてるんだけど。心臓の音まで伝わってるんだからね」


 エリィは沈黙し、


「……やっぱり無理がある?」

「あるわねぇ」

「そっかぁ……」


 エリィは遠い目をした。どう取り繕っても無理だった。

 幸い、エリィが偽物であるという発想には至っていないようだが。


(ご主人様、ごめんなさい。エリィは先に逝きます)


「というかこれ、鬼ごっこはどうすんのよ……お互いに捕まってるんだけど」


 エリィは益体もない思考を振り切って笑みを浮かべた。


「引き分けですわ」

「……はぁ?」

「ですから、引き分けです。延長戦をしましょう!」


 ロクサーナは頭に疑問符を浮かべている。


「どういうこと? もう一回やるの?」

「今回は引き分けです。二人同時でしたから」

「いや、ワタシのほうが先だったけど」

「引き分けです!」

「ワタシよ!」

「引き分けですってば!」

「ワタシが先だって言ってんでしょ!?」


 絶対に引き分けにしたいエリィと勝ちを譲らないロクサーナ。

 至近距離で視線の火花を散らしていた二人だが。


「……はぁ、もういいわ。どうせワタシは魔王様に選ばれなかったんだし」


 先に根負けしたのはロクサーナのほうだった。

 自嘲するようにため息を吐き、彼女は額に手を当てる。


「こんなことまでしでかして……癇癪起こして……魔王様も、ワタシを見限るに決まってるわ」


 エリィは微妙な顔になった。

 実際、リグネはロクサーナを極刑にしようとしていたから何も言えない。僅かな沈黙からそのことが伝わったのか、ロクサーナが首を差し出すように顔を上にあげた。


「殺しなさい、ディアナ。勝者にはその権利がある」

「殺すって……そんな簡単に生きることを諦めていいんですか」

「いいのよ。どうせ、生きていたっていいことなんてないもの」

「……」

「どうせ、ワタシはずっと一人だもの……」


 こう言ってはなんだが、絶世の美女の儚げな姿は見る者が見れば甘い言葉をかけずにいられないほど魅力的だ。それこそサキュバスの力など関係なく、彼女のような美人の弱いところを見せるだけで老若男女すべての生物が虜になるに違いない。


「いやいや、何諦めてるんですか。そんなんじゃ困りますよ!」


 しかし、そこはエリィである。

 おのれの人生がかかった局面で他人の虜になる余裕はない。


「あなたには延長戦をやってもらわないといけないんですから! 諦めないでくださいよ! これからもリグネ様にがんがんアプローチしてください!」



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