第三十話 作戦はいつも現場判断
「──さぁ、作戦開始です!」」
エリィが叫ぶと同時に、四方から襲い掛かってくる魔族たち。
狂信的な光を宿した彼らを、見えざる風が吹き飛ばした。
ばさりとマントを翻し、エリィたちの前に飛ぶ小柄な少女。
蒼い髪の宮廷魔術師は後ろ目で言った。
「姫。ここはまかせて先にいくがよき」
「ララ」
「一度は言ってみたかった台詞。うれし」
「ララ!?」
「大儀である。行くぞ、エリィ……っと、その前に」
リグネは口から火を噴いて、エリィに吹きかけた。
熱を感じない炎はエリィの厚化粧だけを落としてしまう。
「これでよし。やはり其方はそちらのほうが可愛い」
「……っ。こ、こんな時にそれは禁止です!」
「ヌ。なぜだ? 可愛いものを可愛いと言って何が悪い」
「タイミングが悪い!!」
「お二人とも、イチャつくのはそこまでに」
ケンタウロスの槍が背後の魔族を斬り伏せた。
「ここは我らが道を開きます。戦場破壊者、南から来る魔族の迎撃を」
「む。魔族がうちに命令とか生意気。死ねば?」
ぶち、とアラガンの額に青筋が浮かんだ。
「はい? 王女様が私にお前の補助をするように言ったのが聞こえませんでした? 主の命令に従えない駄メイドが魔王様の邪魔をしないでいただきたい」
「おまえはケンタウロスの丸焼きにする」
「やれるものならどうぞ」
睨み合う両者の間に、
「お二人とも! 今はそんな場合じゃありませんよ!」
ララの杖の上から飛び上がり、空中で回し蹴りを放ったセナ。
恐るべき膂力の蹴りは飛ぶ斬撃のように周囲に衝撃波をもたらした。
たん、と爪の先で杖の上に着地したセナは言う。
「我が主様。あなたの道はこのセナが切り開きます!」
「う、うん……じゃなくて、みんな、任せましたわよ!」
「「「は!」」」
部下たちが動き出したのを見てエリィたちは魔族の包囲網から飛び出した。
地上から襲い来る矢の雨は、しかし、リグネの纏う風に阻まれる。
そうはいっても、目の前に矢が飛んでくる光景はエリィにとって恐怖でしかなかった。
(ひぃいいいいいいいい! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃう~~~!)
「それでエリィよ。ロクサーナと二人きりにしろとのことだが、その後はどうするのだ?」
心の叫びはリグネの落ち着いた声にかき消された。
我に返ったエリィは冷や汗をダラダラ流しながら焦る。
(い、言えない……まったく考えてないなんて……!!)
ぶっちゃけた話、リグネとロクサーナがくっつくのが一番早い。
そしたらエリィは幽閉生活を送れるし、ロクサーナは本懐を遂げることが出来る。リグネの想いを無視できないのが問題なのだが。
「とりあえず……リグネ様、ちょっと小さくなることは出来ますか!?」
地上に接近したリグネの巨体は家屋を破壊してしまっている。
破片が飛んできて怖さマシマシなのを避けたいエリィの願いにリグネは応えた。
「出来るぞ」
(出来るんだ!?)
魔王の身体が少し縮み、背中が手狭になる。
幅三メルトほどだろうか。ぎりぎり路地を通れるくらいの大きさだ。
「これでどうする?」
「ロクサーナ様の下へ!」
「了解した」
天上都市の大地が揺れ、街の中心に巨大な壁が現れた。
ララの魔術だ。暴走する魔族たちをあの中に閉じ込めるエリィの作戦である。
リグネは都市の路地を飛びながら追い網漁の要領で魔族たちを誘導していく。
祭儀の館まであと五百メルト──見えた。
入り口で佇んでるロクサーナがこちらを射殺すように睨んでいる。
「ロクサーナ様ぁああああああああああああ!」
ちびりそうになるほど怖いので睨むのは止めてほしい。
そう思いながら、エリィはありったけの息を吸って叫んだ。
「あーそーびーまーしょー!!」
「………………………え?」
「鬼さんこちら! 手の鳴るほうへ、です!」
エリィは叫んでから、
「ロクサーナ様の前を横切るみたいに飛んでください! しばらく逃げて!」
「面白い。やってやろう」
リグネの耳元にそう囁くと同時に、ロクサーナの前を通り過ぎる。
驚愕に目を見開くロクサーナと、一瞬視線が交錯。
エリィは後ろを振り返って、
「ロクサーナ様、鬼ごっこです! わたしを捕まえたらリグネ様をあげます!」
「え」
「ま、捕まえられたらの話ですけどね。おーっほほほほ!」
「~~~っ、ま、待ちなさいっ!」
ロクサーナが顔を真っ赤にして翼を広げた。
猛スピードで追い縋ってくる彼女を見てエリィはぎゅっとリグネにしがみつく。
(よ、よし。なんとか時間稼ぎできたかな……!)
まだロクサーナをどうこうする作戦は思いつかない。
だからひとまず鬼ごっこと称してロクサーナを釣り上げ、思いついたら二人になってどうにかしようというのがエリィの作戦だ。
「エリィよ。我をあげるとはどういうことだ?」
「あとで説明します!」
「約束だぞ」
エリィが頷いたその時、
「待ちなさいって、言ってるでしょうが!」
「うわ!?」
後ろからロクサーナが叫び、隣家の屋根から魔族が降って来た。
エリィに取り付こうとした魔族がリグネの風に遮られて地面に落下する。
「我が花嫁よ。案ずるな。其方は我が守ってやる」
「は、はひ……!」
「其方は奴をどうにかせよ。期待しているぞ?」
どこか面白がるようなリグネに構っている余裕はない。
ロクサーナが想定以上に速いからだ。
種族的にはリグネのほうが圧倒的のはずだが、エリィを乗せている都合上、速度を出しすぎて振り落とされないようにしているのだろう。魔術具で強化しているものの、エリィはメイドである前に人族。必死にしがみついてはいるが、体力にも限界がある。
(こ、こうなったら……!)
「リグネ様、上から降ってくる魔族を尻尾で後ろに払ってください!」
「よし」
リグネの尻尾は魔族に巻き付き、ロクサーナへ投擲した。
「ちょ!?」
豪速で振るわれる魔族砲弾にロクサーナは慌てた様子で回避。
僅かに速度を落とした彼女は眉を怒らせて叫んだ。
「ちょっと! 卑怯よ! 魔王様を使うなんて!」
「魔族を使ってるロクサーナに言われたくないです! わたしは生きるのに必死なんですから!」
王女口調を空に置き忘れたエリィである。
「だ、大体、鬼ごっこって……いつまで続けるのよ、これ!」
「………………どちらかがどちらかを捕まえるまで、です!」
「何よそれ、鬼ごっこじゃないじゃない!」
「鬼ごっこにも色々あるんです!」
(うぅ。考えてなかったとは言えない……!)
「いわゆる長期戦ってやつです! わたしは負けません!」
「な、何よ! ワタシだって負けないわよ! 根気には自信があるんだから!」
「根気……婚期!?」
エリィの脳裏に電撃が走った。
長期戦、根気、婚期、ロクサーナ、リグネ、三か月、身代わり。
さまざまな情報が線を結び、エリィが思う最高の絵を描き出す。
(これだ……! これしかない!)
狙いは定まった。手段も簡単だ。
必要なのは、勇気。
エリィはリグネの身体にしがみつきながら囁いた。
「リグネ様、何があってもわたしを守ってくださいますか?」
一拍の沈黙。
リグネは口の端を上げて言った。
「もちろんだ。其方にかすり傷一つ負わせない」
「分かりました」
速度に合わせたすさまじい風を浴びながら、
「信じましたからね、リグネ様!」
エリィは立ち上がり、飛んだ。
ロクサーナに向かって。




