第二話 見送りと護衛
魔王城に行くことが決まったエリィは、他の侍女に手際よく着せ替えられた。
まるで用意していたような手際の良さである。
エリィの白い目に同僚の侍女たちは明後日の方向を向いて口笛を吹いた。
侍従長がエリィの背中を押す。
「さぁ、出来ました。いかがでしょうか、王女殿下」
「まぁ。可愛くなったじゃない」
ディアナは嬉しそうに手を叩いた。
「私そっくりね。可愛いわよ、エリィ」
鏡の前に立たされたエリィは「うぅ」と唸った。
……悔しいが、似ている。
自分で言うのもおこがましいが、綺麗な女の子だ。顔立ちは小さくて蜂蜜色の目はぱっちりとしているし、少し癖のある雪色の髪は三つ編みにされていて、黙っていれば王女に見間違えられてもおかしくはない。若干、そう若干だけ、胸を盛りすぎているところはあるが……パットを何枚も重ねているところはあるが、そこはご愛敬。
(でもやっぱり服に着せられてる感はあるなー……うぅ……)
白いウエディングドレスは華やかなフリルがあしらわれ、煌びやかな宝石が飾られている。けれど、身長が低いエリィが着ると服に着せられている感が強い。せめてもう少し大人になってから着たかったなとエリィは思った。
「それじゃあ行きましょうか。大広間まで送るわね」
晴れやかな顔のディアナの後に続きエリィは大広間へ。人類と魔族の友好の証として嫁入りするのだから、大規模なパレードのようなものがあるのかと思ったが、そんなものはなかった。どうやら『王女』と魔王の結婚を知っているのは王族を含む一部の者だけらしく、エリィは大広間で国王と対面することになった。きっと最初から身代わりの計画が持ち上がっていて、人族側に意図的に伏せられているのだろう。
「陛下。ただいま参りましたわ」
「おぉ、ディアナ。よく来た」
ディアナの父であるジグラッド王は逞しい偉丈夫だ。
エリィのような下賤の血が御前に出るわけには行かなかったからいつも遠巻きに見ていたけれど、目の前にしてみると体つきは大きく、厳つい顔つきに髭の生えた様は一国の王の威厳を纏っているような気がする。
「して、こやつが例の……見れば見るほど不思議だな。少々幼いが、ディアナそっくりだ」
「えぇ、そうでしょう?」
「エリィと言ったな。今回は迷惑をかけて本当にすまぬ」
ジグラッド王は頭を下げた。
自分より遥か上の身分の人間に頭を下げられたエリィは慌てて、
「そ、そんな! 陛下が謝ることではありません!」
「うむ。それは本当にそうだ。我が娘が全部悪い」
「そうです! ご主人様が悪いです!」
「二人とも、本人を前にして言い過ぎじゃない?」
「黙れディアナ。お前の一生のお願いだというから聞いてやっているのだ。本来な王族の責務を逃れようなどという行為、許されるものではないのだぞ」
(陛下がまともな人でよかった……もっと言ってやってください)
まぁ娘の願いを聞いている時点でこの親も大概なのだが。
今のエリィからすれば唯一の常識人であった。
「エリィよ。すまぬが三か月だけ耐えてくれ。どうせ振られる」
「分かってます」
「振られませんけど!?」
茶目っぽく笑う国王にエリィは思わず微笑んだ。
「さて、『王女』を守る護衛を紹介しよう」
ジグラッド王の後ろからやってきたのは小柄な少女だ。
蒼い髪を肩口まで切りそろえた彼女は高級な魔術師のローブを着ている。
「既に会ったことはあるな? 宮廷魔術師のララ・マイヤーだ」
「ん。うちが護衛。よろしゅ」
「よろしくお願いします、ララ様!」
ララはこくりと頷いた。
「うちが居れば魔王も一撃。怖くない」
「いや、さすがにそれは……」
「エリィよ。ララの実力は折り紙付きだぞ」
ジグラッド王は得意げに言った。
そして明後日の方向を見て呟く。
「まぁ、魔族に対して見境がないから一度魔術を使えばあたり一帯を更地に変えてしまうが……」
「え?」
「ごほん、なんでもない」
「ちょっと! 不穏すぎる声が聞こえたんですけど!?」
宮廷魔術師の称号はどこに!?
「さぁエリィよ。今日からお前がディアナ・エリス・ジグラッドだ!」
「一緒に頑張りましょうね、エリィ。私、今度こそ真実の愛を掴むから!」
「二人とも、ちょっとは人の話を聞いてくれます!?」