第二十話 魔王の変化
鬼族の宴は百獣の都をあげて行われた。
元々、魔王歓迎のためにお祭り騒ぎだった鬼族だが、魔王の嫁が正式に決まったことに加え、エリィが鬼族を救ったという話が美談として語られ、話には尾ひれがつき、今やエリィは鬼族の姫と同等、いやそれ以上の人気を獲得してしまっていた。
曰く、ディアナ姫は鬼族を救うために魔王の嫁になった。
曰く、ディアナ姫は未来を見通す千里眼を持っている。
曰く、ディアナ姫は星砕きが跪くほどの実力者である。
曰く、曰く、曰く──。
その噂のすべてに一部分だけ真実が含まれてしまってるからタチが悪い。
エリィが訂正しようとすればするほど『王女は謙虚』という話になり、鬼族は盛り上がった。
「わたしはただのメイドなのに……どうして……」
「エリィ。うち、思うの」
リグネが鬼族たちと挨拶を交わしている横で、ベンチに座って項垂れるエリィ。
メイドの振りをして果実水を注いでくれるララは半目で言った。
「エリィはお調子乗り。自分からドツボに嵌まってる気がする」
「な、何言ってるの、ララちゃん。わたしの策は完璧だよ?」
「完璧にドツボに嵌まる策」
「うぅ……」
言い訳が出来ないところが悔しいところだ。
さらに悔しいのが、どう考えても改善が難しいということである。
(やっぱりわたしに魔王の嫁なんて無理なんだよぉ……ご主人様、早くフられて……!)
生粋の悪女を自称するディアナならもっと上手くやれただろう。
まだ一週間も経っていないところが恐ろしすぎる。
身の丈に合わない任務に疲れ切ったエリィに近付く一人の少女。
「ディアナ様、お元気がなさそうですが大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。セナ様……大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけ」
ハッ、とセナは目を見開いた。
まるで祭儀の最中のような仕草。エリィは嫌な予感を覚える。
「魔族のためにそこまで……ありがとうございます!」
(ほらやっぱり!)
「ですが今は! 今だけはお休みください。疲れを取ることも魔女将としての仕事ですから……!」
(意味わからない……この子のわたしへの評価もどうにかならないかなぁ?)
セナのエリィへの評価はリグネ以上だ。
自惚れでも何でもなく、もはや心酔されていると言ってもいいだろう。
「わたしに出来ることがあれば言ってくださいね。なんでもしますから」
「そ、そうね」
「これからは護衛将軍として健やかなる時も病める時もお小水の時も寝る時も散歩する時も、片時も離れず御身をお守りいたしますから!」
「お願いだからお小水は独りで行かせて?」
自分がシテる時に背後に居るセナを想像する。何それ拷問ですか?
エリィは悪女の仮面を被り苦笑してみせた。
「セナ様。あなたは」
「わたしのことはセナと」
「セナさん」
「セナと。いえ、どうせなら犬と罵ってくださいませ!」
「嫌だけど!?」
(もしかしてこの子、本当は被虐体質なんじゃ)
ラーシャとのアレはマゾ弄りが発展した結果かもしれない。
この上なく嫌な想像を振り払いながらエリィは言った。
「セナ。肩の力を抜きなさい。そんなんじゃわたくしの護衛は務まらないわよ」
「……なんと」
「適度に肩の力を抜き、遊ぶところは遊ぶ。これが悪女の心得ですわ! 悪女の護衛であるあなたも同じようにするように!」
「つまり、裁くべき悪を見つけるまでは力を溜めろということですね、分かります!」
(全っっ然分かってないんだけど!?)
エリィは相手をするのに疲れてしまった。
「とりあえず……我がメイドであり護衛のララと護衛の何たるかを話してなさい」
「ん。うちのことは先輩と呼ぶように」
「ララ先輩……! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
ララは感動したように打ち震えた。
「初めての先輩呼び……気持ちいい……!」
もう勝手にやっていて欲しい。
半目になったエリィが少女二人から目を離すと、隣に大柄な男が座って来た。
「オウ大将ォ、呑んでるかよ、オイ」
(うわぁセナちゃんとは別の意味で厄介なのが)
エリィはアルゴダカールを見上げ、
「もちろん頂いておりますわよ。鬼族程度の酒、わたくしにとっては水も同然ですから!」
「ドハハハ!! ミルク呑みながら言ってんじゃねぇよ!」
「え。ぁ……」
エリィは自分のコップを見て顔を赤く染めた。
うぅうう、と俯いていると、ばんばんとアルゴダカールが背中を叩いてくる。
「まぁそんなこともあらぁな! ミルクも立派な酒だ、な!」
「どう見ても酒じゃないでしょう……」
気安い友達のように接せられてエリィは戸惑いを隠せない。
これが半日前、自分を殺すべきだと主張した男と同一人物なのか。
あまりの急変にどう対応すればいいか悩んでいると、
「オイ王女。もしリグネの奴に愛想尽かしたら言えや」
「はい?」
「そん時はオレが嫁にもらってやるからよ! ぐははは!」
エリィは慄然とした。
(こ、この男、まったく反省してない……!)
そういえばエリィを魔女将と認めてはいても、アルゴダカールは一切謝っていなかった。力を認めても反省はしない、その清々しさに身震いがする。もしもエリィが隙を見せてしまえば、鬼族はあっさり手のひらを返しそうで……
(そそそ、それってまだまだわたしが命懸けなのは変わらないってこと!?)
また問題が増えてしまった……。
「おい。我が嫁に何をしている」
アルゴダカールとエリィの間にリグネが入って来た。
かなり無理やりお尻をねじ込んだ形だがリグネは気にしていない様子だ。
「お、おう。魔王よ。別に疚しいことはしてねぇよ?」
「当たり前だ。そんなことをしていたら其方を八つ裂きにしている」
「ひゅー。あの魔王がここまで執着…………いやなんでもねぇって!」
アルゴダカールは慌てたように離れた。
気を取り直すように酒を片手に鬼族の中に飛び込んでいく。
「何の話をしていた?」
「えーっと」
何故かリグネの声音が冷たい気がするが、気のせいだろうか。
そうであってほしいなと思いながらエリィは視線を彷徨わせる。
「別に、なんでもありませんわよ? 取るに足らない冗談です」
「……そうか」
心なしか拗ねたようなリグネ。
石造りの長椅子はかなり広いのだが、リグネはエリィの側にひっついてる。
よく分からないながらも周りの視線が集まっているのに気付いて、エリィはリグネの肘に腕を絡めた。
「そう心配しなくても、わたくしはあなたの花嫁ですわ、リグネ様」
「……そうか?」
「えぇ。死が二人を分かつまで、共に居ますとも」
「……そうか」
(仲良しアピールしとかないと何を言われるか分かったものじゃないしね!)
内心でダラダラと冷や汗を流すエリィとは裏腹に、リグネはご満悦の様子。
上機嫌に酒を口にする彼に、エリィはホッと胸をなでおろすのだった。




