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第十九話 魔女将の器

 

「む? どうしたのだ、エリィよ」


 黒龍の声が轟いた。

 鼻先を近づけられたエリィはリグネとアルゴダカールを見比べて、


「いや、どうしたもこうしたもないですよ! なんで殺そうとしてるんですか!」

「それが約束だからな」


 リグネは鼻を鳴らした。


「現にこやつも言っておっただろう。命は好きにしろと」

「あ~……」


 エリィはリグネとアルゴダカールの会話を思い出す。


『しかし、魔王の嫁に成り替わろうというのだ。それなりの代償は覚悟しておろうな?』

『もちろんだ。もしも負けたらオレたち命は好きにしろ。でも、オレたちが勝ったら……そいつはもう用済みだよな?』


(確かに言ってた……言ってたけども!)


 普通、こういうのはノリで言うもので、本気だと取る者はいないだろう。

 そう思ったのはエリィだけで周りの鬼族はそう思っていないようだった。


「お父様……」

「これからはオメェが鬼族を率いろ。セナ」

「ぐす……はい……!」

「──待ってください」


 感動的な別れの挨拶に、エリィはたまらず割り込んだ。


「仮にも『星砕き』と名高き四天王の一人をこうも簡単に殺すだなんて、魔族としておかしいんじゃないですか?」

「何もおかしなことはない」


 リグネは口から火を吐きながら言った。


「確かにアルゴダカールは重要な戦力の一人ではあるが、替えの効かない存在というわけでもない。代わりなどいくらでもいる。そもそも、」


 黄金色の瞳がエリィを射抜いた。


「こやつらが勝っていれば幽閉されていたのは其方だ。それは分かっておろうな?」

「それは、そうですけど……」

(むしろ幽閉上等だったとは言えないよね)


 恐らく、これはそういう話ではないのだろう。

 いわばケジメなのだ。

 王の決定に異を唱えた者を放置しておけばやがて反乱分子に変わる。

 ましてや魔王の花嫁にとって代わろうとした罪は、それほどに重い。


「だから我はこやつらを殺す。それが王としての務めだ」


 あぁ、それでも。


()断じて否です(・・・・・・)。それは王の在り方ではありませんわっ!!」


 エリィは扇子をリグネの鼻先に突きつけた。

 リグネの口の端から漏れた焔が、扇子の先っちょを黒焦げにする。


「……今、何と申した? この我に指図をしようというのか?」

「夫に意見して何が悪いのですか。夫のくせに分を弁えなさい!!」

「ヌ……」


 エリィの気迫にリグネはたじろいたようだった。

 尻尾を叩きつけて後ずさる黒龍に対し、エリィは物おじせず畳み掛ける。


「確かに愚かしくも鬼族はわたくしを陥れようとしました。しかし、元より人族と敵対し続けてきた鬼族が人族の王女を受け入れられないのは至極当然の理。それはあなたも分かっていたことではないでしょうか!」

「……続けよ」

「わたくしの立場が確かなものになった以上、リグネ様がここで行うべきは彼らを裁くことではなく、彼らの愚かさを許し、忠誠を誓わせること。それこそが、王の努めというものです!! 自分の力を振りかざして意のままに従わせるのは王の在り方にあらず! それは唾棄すべき独裁者の所業です!!」

「…………ヌゥ」

「王女……オメェはそこまで、鬼族のことを……」

「ディアナ様……!!」


 アルゴダカールやセナが何やら感動しているようだが、エリィは別に彼らのためにリグネに意見しているわけではない。むしろまったくその逆。完全に自分のために意見をしていた。








(いやだって、ここで死なれたら後味最悪だよ!?)






 エリィは生粋の凡人である。貧民街の生まれで王女の器ではないメイドである。

 そんなエリィからしてみればいくら自分の立場を狙ったからと言って彼らの処刑を見過ごせば、絶対に眠れない夜を過ごすようになる。『王女ォ……』と鬼族が恨みがましく枕元に立つことは請け合いであった。何しろ、エリィ的には敗北上等。むしろ彼らに勝って欲しかったのだから。


(魔王様が聞いてくれるかはともかく……ここで殺すのは絶対ダメ!)


 リグネはエリィを殺さない。それは祭儀の前に明言していたことだ。

 だからこそエリィは意見する。自分の夢見のために。

 そしてあわよくば『魔王に意見する愚かな王女』としての立場を確立するために!


 ふと、エリィは気付いた。


(魔王様、わたしにムカついて幽閉してくれないかな?)


 先ほども自分に逆らうのか? と威圧的に言っていたことだし、可能性はある。

 いや、むしろ可能性の塊でしかない。

 一度妄想すると良いほうに思考が転がり、だんだんと興が乗って来た。


「それでも彼らを殺すというのなら、まずわたくしを殺しなさい!」

「ヌ……!」

「そうすればあなたは噂にたがわぬ魔王として後世に語り継がれるでしょう。もしもそれがお嫌なら、わたくしを幽閉でもすればよろしい。いいえ、むしろこんな生意気な女は幽閉するべきです。我が夫と名乗るからには、男の甲斐性を見せてくださいませ。さぁ、さぁ! 早く幽閉を──!」

「もういい」


 リグネの身体が蒼い炎に包まれ、人型に戻った。

 興奮していたエリィの身体は魔王の胸に抱きしめられる。


「ほえ?」

「我が悪かった。鬼族のためにそこまで自分を追い込むな」

「いや、あの」

(むしろ追い込んでるのはあなたのほうなんですが!?)


 なぜだろう。

 自分が幽閉を望めば望むほどドツボにはまっているような気がする。

 エリィは抗議しようとするけれど、優しい手に頭を撫でられて口を閉じた。


「其方は優しいな、エリィ」

「あ、あぅ……」

「すべて其方の言う通りだ。処分は別の形にする」


 まったく全然その気ではなく、むしろ打算しかなかったとはいえ──

 真正面から褒められて悪い気はしないエリィだった。

 顔に熱が集まったエリィが反論を失っている間にもリグネは話を続けて、


「鬼族の姫。ガルポ氏族のセナ。ここへ」

「はっ!」


 初対面の時の態度はどこへやら。

 今や勇ましい戦士と変貌を遂げたセナはリグネの前に跪いた。


「今より其方を魔女将(アミール)の護衛将軍へ任命する」

「!?」

「鬼族は其方の下に着く。これがアルゴダカールらの処分であり罰である」


 セナは感動に打ち震え、瞳に涙を溜めた。


「この上ない栄誉でございます……わたしでよろしいのでしょうか?」

「これはエリィが望んだことだ。そうだな、エリィ?」

「え? あー、えーっと」


 きらきらと犬のように目を輝かせるセナに、否と言えるはずもなく。


「ふ、ふふふ。バレてしまっては仕方ありませんわね」

「ディアナ様……!」


 エリィはリグネから離れて叫んだ。


「ガルポ氏族のセナ! あなたはこれからわたくしの手となり足となるのです。人族の王女に仕えるこの屈辱! 心して味わうがいいですわ!」

「ははーっ! 鬼族一同、命に代えましてもあなたをお守りいたします」


 セナが頭を垂れてエリィの足に口づけをする。

 従順の証を見せる新たな族長に、アルゴダカールが続く。


「新たな『魔女将(アミール)』ディアナ・エリス・ジグラッドに栄光あれ!」

「「「オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」


 世界中に轟くような歓声に──


「うむ。これにて一件落着、だな」


 リグネは満足そうに微笑み、


「そ、そうですわね……あはは……」


 エリィは引きつり笑いを浮かべながら思った。


(いやほんと、どうしてこうなった!?)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新たな信者獲得(笑) [気になる点] 力すべての世界だから、見たものすべて信じて、深く考えないのかも。
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