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第一話 ニセモノ姫の始まり

 

 ──三日前。


「エリィ。お前、私の代わりに結婚してくれない?」

「え……?」


 エリィは女主人の告げた言葉に目を丸くした。


(え、えっと、そもそもだけどご主人様は王女様だし)

「あの、ご主人様。結婚って、一体、あの」

「そのままの意味よ。私の代わりに結婚して? ね? お願い!」


 パチン、と目の前で両手を合わせた主人にエリィは高速で首を横に振る。


「む、無理ですよぉ! 王女様の代わりなんて……!」

「大丈夫! ちょこっとだけだから!」

「そんなお出かけするみたいに……わ、わたし無理ですってば!」

「三年だけだから! それだけ頑張ってくれたら離婚手続きを進めるから、ね?」


 なおも退かない王女にエリィは怪訝そうに問いかけた。


「あ、あの。そもそもお相手は誰ですか? 隣国の王子様? それとも公爵家の誰かとか……」


 主人はいい笑顔で言った。


「魔王様」

「まおうさま」

「うん」

「……」

「……」

「ま、魔王様!? あの(・・)!?」


 エリィは飛び上がった。


 つい一年前まで人族と魔族の戦争が続いていたことは記憶に新しい。

 戦争に疲弊した両種族は講和条約を結び、講和の証として人類の王女が魔王の元に嫁ぐことが決まったのだ……っと侍従長が言っていた。


 その王女こそ、目の前に居る銀髪の美女。

 ジグラッド王国第三王女、ディアナ・エリス・ジグラッドである。


「ま、ままままままま、魔王様って」

「あなたも知っている通りよ。冷酷非道。人族を家畜としか思わず、数多の英雄を返り討ちにした最強の生物……わたし、あんな人外のところに嫁ぐなんて絶っっっ対に嫌なの! お願い! エリィ、この通りだから!」

「いや、そう言われましても……」


 ディアナには計り知れない恩があるし、尽くしてやりたい気持ちは本当だ。

 だけど、魔王に嫁げと言われてすぐに頷くほどエリィは馬鹿ではない。

 厳しいメイド長にしごきあげられたおかげで、それなりに知識はついている。


「こ、この結婚は人類と魔族の講話の証、ですよね……? それなのに、もしもわたしがご主人様のフリをして魔王様に嫁いだりしちゃったら、また戦争になりませんか……?」

「それは絶対に大丈夫よ。だってお前、わたしと顔が似てるもの」


 確かに瓜二つだとは言われているが。


「いやいやいや、そういう問題じゃ」


 講和の証が三年で離婚。大問題では?


「エリィ。あのね……私、好きな人が居るの」


 しかし、ディアナは真剣な顔で言った。


「侯爵家のエリオット様というのだけど、この方は国外とのパイプもたくさんあってイケメンで……」

「ご主人様、その『好きな人』は今年で何人目でしょうか」

「そうね。五人目だったかしら」


 けろりとディアナは言う。

 エリィは激怒した。必ず邪知暴虐の主の目論見を挫かんと決意した。


「ダメじゃないですか! どうせ今回も別れるんだから私を身代わりにする必要ないですよ!?」

「今回だけは本気なの! 私の愛は本物なんだから!」

「それ前も言ってましたよ!?」

「女心は秋の空。人の心は変わるものよ、エリイ」

「さっきと言ってることが矛盾してる~~~~!」


 エリィの絶叫に誰も応えてはくれない。

 周りに侍女たちは存在しているが、まるで我関せずとばかりに壁の花となっている。助けを求める視線を向けても無視された。ひどい。


「エリィ。よく聞いて」


 ディアナはエリィの肩に手を置いて微笑んだ。


「六年前、孤児だったお前を拾ってやったのは誰だと思ってるのかしら」

「あ、あぅ……」


 うふ。うふふ。とそれはそれは良い笑みだった。

 一生の恩義を持ち出されたエリィは喉を詰まらせてしまう。


「この恩は一生かけて返すって、言ったわよね?」

「うみゅ……」

「今がその時よ。エリィ」


 ギリギリ、と肩に痛みが走るほど強く掴まれる。


(そ、それを言われたら……)


 エリィは内心で頭を抱えたい思いだった。


(た、確かに、助けてくれたのはすごく感謝してるけど)


 エリィは王宮に来る前、貧民街に居た。

 父は物心ついた時からおらず、そばに居てくれた母は突然エリィを置いて姿を消した。その日食べる物にも困って、寒くて震えていたのを覚えている。苦しかった。辛かった。寂しかった。貧民街にはゴロツキが多く、病気も蔓延していて、幼いエリィが生きていくには過酷な環境だった。


(でも、ご主人様が現れて……)


 ディアナは人攫いに売られそうになったエリィを救ってくれた。

「汚い子供ね。私が綺麗にしてあげるわ!」「……もう大丈夫よ」そう言って抱きしめてくれた。


 自惚れじゃなければ、実の妹のように育ててくれたはずだ。素性を知らない卑しい女として先輩侍女たちは嫌がらせをしてきたけれど、主であるディアナだけはいつも優しくしてくれて。休日には一緒に街にお出かけして、服を買ってくれたりもした。巷では尻軽女だとか悪女だとか言われている高飛車なところもあるが、それでもエリィのご主人様なのだ。


「でも、だからって魔王様なんて……」

「仕方ないじゃない。私だって心底嫌なのよ」


 ディアナは唇を曲げた。

 そしてやっぱりいい笑顔で笑う。


「だからお願い。エリィ。私の代わりに結婚して?」

「うぅ……」


 《魔王》リグネ・ドゥル・ヴォザーク。

 数百年前、群雄割拠だった魔族領域を一つに束ねた怪物。


 曰く、その牙は処女の血を好み、その爪は骨をも砕く力を持つ。


 曰く、捕えた人族の女を強引に従わせ、最後には殺す。


 曰く、見ただけで呪いを振りかける、邪悪な魔眼を持つ。


 曰く、その身体は天をも穿ち、大地を震え上がらせる巨体である。


 曰く、曰く、曰く、曰く──


 魔王に関する噂は聞くだけで震えあがってしまうほど恐ろしいものばかり。

 そんなところに自分のような女が嫁いだら、それこそ食べられて──


「こらエリィ。噂なんてあてにならないわ。私が良い証拠でしょ?」


 ディアナは『尻軽王女』『寝取り好き』『高飛車で傲慢な娘』と社交界では悪い噂に堪えない女だ。胸に手を当てて得意げなディアナにエリィはげんなりした。


「いえ、ご主人様は結構当たってるところも……」

「な、なんですって! エリィの癖に生意気よ!」

「自業自得じゃないですかぁ! 私が何人の『好きな人』に頭を下げに行ったと思ってるんですか!」

「お前は私のメイドでしょ? それが仕事よ」

「そんなのメイドの仕事じゃなぁあああああい!!」


 誰にもともなく叫ぶエリィに周りは可哀そうなもの見る目である。

 同情するなら助けてほしい。お願いだから。


「はぁ~」


 エリィは色々と諦めた。

 なんだかんだといって主人に甘いのである。


「…………………………三か月です」

「ん?」

「三か月です。それまではご主人様のフリをします。だけど、その間にご主人様が好きな人にフラれたら、わたしと入れ替わってください!」

「ふむ」


三年なんて長すぎるし絶対に無理だけど、三か月なら何とか乗り切れるかもしれない、いや、本音を言えば一日でも一週間でもいいくらいなのだが、今回の王女は『本気』らしいから、いつもより少しだけ長続きするかもしれない……と考えての提案だった。


「三か月……ふむ。なら私が先に振られるか、あなたが先にバレるかの競争ね?」

「──はい」


ご主人様は振られる前提だけどいいんですか、とは言わない。

エリィはこれでも十五歳。もう大人なのである。


(あとバレたら殺されるから本当に洒落にならないし!)

「ふふ! いいわ、じゃあそれで行きましょう!」

「あ、あの。誰か付いて来てくれますよね?」

「もちろん! ララをつけましょう。きっと何とかしてくれるわ!」

「ララ様なら……うん、頼りになりますね」


小さな少女の姿をしているが、ララは宮廷魔術師だ。

ハッキリ言ってディアナの何百倍も頼りになる。


「じゃあ三か月。約束ですよ? 絶対ですよ?」

「もちろん。私が嘘をついたことある?」

「…………」


 残念ながら、ディアナは嘘をついたことがない。

 いつだってまっすぐに自分の思うことをやっていて、そんなディアナだから、少し憎めないところもあるのだ。


「……分かりました。約束ですよ」

「えぇ、約束よ!」


 ディアナはとびっきりの笑顔でエリィを抱きしめた。


「今日からあなたがディアナ・エリス・ジグラッドよ! エリィ。頑張ってね!」

「本当に誰のせいだと…………三か月だけですからね、ほんとに!」


 飽き性なディアナのことだから、絶対に別れると踏んでいる。

 だから三か月。


 三か月堪えれば、自分はただのメイドに戻れるはずだ。

 そう、思っていた──。



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