第十八話 ニセモノ姫の大誤算④
「ディアナ様は知っていらしたのです。鬼族の確執を」
「いや鬼族の確執ってなに」
いつの間にか、セナの言葉に闘技場の全員が耳を傾けていた。
エリィが抗議しようとすると、リグネが口に指を当ててくる。
「まぁ最後まで聞け。聞かないと……分かるな?」
全然わからないが、リグネにいい笑顔で言われて高速で首を縦に振るエリィである。口の端から見えている牙が怖すぎる。セナの話は続いた。
「わたしたち鬼族は後継者問題で揉めていました。お父様──アルゴダカール様の出身であるガルポ氏族に目立った者はおらず、次点でハルヴィル氏族でしたが、アルゴダカール様には及ばない。トゥリヤ氏族、ヴルマッカ氏族も同様です。このままでは後継者を選ぶために血みどろの闘争をで決着をつけなければなりませんでした。そうですよね、お父様」
「……まぁ実際バトルロワイヤルで決着をつけようって話にはなってたな」
(鬼族野蛮すぎでは?)
セナは微笑んで見せる。
「そう、ディアナ様はそれを分かっていらっしゃったのです。だから彼女はわたしを助けることにした。現族長の娘であるわたしが力を発揮すれば後継者問題は解決しますからね」
「だが、オメェは一本角で……」
「そこがディアナ様の素晴らしいところなのです!」
この少女は本当に祭儀前と同じ娘なのだろうか。
きらきらと目を輝かせ、その佇まいは自信に満ちている。
「元来、一本角が弱いとされていたのは魔力を全身に行き渡らせる機能が足りないからという理由でした。しかし、それは大間違いだった! これは体感して分かったことですが、一本角は魔力を高密度に圧縮することで膂力を倍加させ、けれどその身体に負担をかけないためにその機能は制限されていたです。数百年もの間、そのことに誰も気付かなかった。ディアナ様を除いて!!」
「この女がその制限を取り払ったってのか? 一体どうやって……」
「これです!」
セナの取り出したガラス瓶を見てエリィは目を見開いた。
「あ、あ、あぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~!」
エリィが嫁入り道具の一つとして持ち込んだ魔力活性ポーションだった。
一時的に身体能力を上昇させるそれは、あくまでセナへの応援のつもりだったが……
「このポーションを飲んだ瞬間、わたしの中の栓が消えました。だからあれだけの力が出せたのです」
「まさか、この王女はそこまで分かって……!?」
(いやいやいやいやいや!)
セナを応援したのは虐めを見過ごせなかったからだし、魔力活性のポーションをあげたのはあくまで応援のつもりで、鬼族の確執や一本角の秘密なんて知るわけがない。しかし、それを聞いたアルゴダカールは衝撃を受けたように肩を震わせていた。
「王女……オメェは、そこまで……?」
周りの空気がセナの気迫に呑まれている。
今や、エリィを悪女だと信じている者は誰もいないようだった。
──ただ一人を除いて。
「じゃ、じゃあなんでソイツはあんな発言をしたんですの!? 辻褄が合わないじゃないですか!」
(そうだそうだ! ラーシャ様、もっと言ってやってください!)
虐めは許せないが、今ここで縋れるのはもはやラーシャしか居ない。
彼女の虐めの才能は本物だ。同僚に虐められたエリィが言うのだから間違いない。エリィの応援に、しかしセナは、くわっ! と眉を怒らせた。
「──お黙りなさい!!」
「「ひぃ!」」
エリィとラーシャの悲鳴が重なる。
「ディアナ様はわざと悪役を演じたのです。仮にわたしの力が覚醒したからといって、鬼族同士が傷つけあうなど愚の骨頂。だからこそ、この祭儀の場で決着をつけさせようと、自ら悪役を演じ、わたしを奮い立たせたのです。それは彼女があの中で最も強い魔獣である凶兎を残したことからも明白。最強の魔獣を狩ることで力を示せという合図! あのアイコンタクトはそういう意味ですよね、ディアナ様!」
「全っっ然違いますけど!?」
目が合ったのは虐められていた類友を応援したからだし、あの兎が最強だなんて思いもしなかった。そもそも厄災象とやらが一番強い魔獣ではなかったのか。見るからにあれが強そうだったではないか。どうしても過ちを認められないエリィがリグネに問いかけると、
「むしろ個体的に言えばあの象は一番弱いぞ」
「ん?? で、でもラーシャ様たちはあの象を狩ろうと」
「厄災象の面倒なところはその鳴き声で周りの魔獣に狂騒効果を与えるところにある。だからこそまずアレを狩ってから他の魔獣を狩ろうとしたのだろう。その点、其方が目をかけたセナの働きは素晴らしい。狂騒状態の凶兎を狩るのは並大抵の実力では出来ぬからな。そんな彼女を立たせた其方はさらに最高だ。さすがは我の嫁だな」
エリィはあんぐりと口を開けた。
(や、やること為すこと、悉く裏目に……!?)
ラーシャを応援しようとしたことが逆効果になったようだ。
リグネは内心で頭を抱えるエリィの肩をがっちり掴み、
「悪役を演じて鬼族を救うその手腕、まことに見事。魔女将は其方こそ相応しい」
「いやいやいやいやいや!」
エリィは全力で首を横に振った。
もはや藁にも縋る思いで知恵をひねり出し、
「ほ、ほら! 人族が上に立つなんて鬼族的にナシですし! ね! そうですよね、アルゴダカール様! そうって言え?」
もはや自棄になってアルゴダカールに凄むエリィである。
おのれの実力に自信を持つ『星砕き』はいつものように鼻を鳴らし、
「ハッ、当たり前だ。人族なんざオレたちに相応しく……」
ずどん、と膝をついた。
「『ねぇ』なんて、言えるわけねぇだろうが……!!」
勢いよく、エリィに頭を下げた。
(えぇぇえええええええええええええええええええ!! いやいやいや! あなたはそうじゃないでしょう! もっとこう、偉そうに罵ってくださいよ! 人族なんざクズって言ってよ!? あなたそういう人じゃないでしょうが!)
半ば縋るように内心で叫ぶエリィに、アルゴダカールは泣きながら言った。
「ありがとう。王女……オレの娘を助けてくれて……本当に恩に着る……!」
「お父様……」
「セナ。何も出来なかったオレを許せ。オレぁ父親失格だ」
「そんな、お父様は、何も悪くなんて」
アルゴダカールはセナが虐められていたことを知っていたのだろう。
知っていても何も出来なかったのだ。
強さこそ絶対主義。それは彼が族長として掲げる鬼族の指針そのものだったから。
(……って、そんなこと知らないんですけど!?)
何だかいい話になっているが、エリィとしては溜まったものではない。
完璧に負けようと講じた策がすべて裏目に出て自分を追い詰めている。
頼みの綱だったラーシャは崩れ落ち、アルゴダカールは涙すら流している始末。
ここからエリィを敗北に導ける者は、この場には居なかった。
最初は人族の王女を嫌っていた鬼族は見る目を変えてエリィを見ている。
(手のひら返しが凄すぎる……!)
自業自得だった。
(うぅ。ちゃんとご主人様の真似したはずなのに……なんで嫌われないの!?)
(だから真似をする相手を間違ってると何度言えば)
じと目で囁くララにエリィは気付かない。
「我はずっと其方がどういうつもりで逃げ回っているのかと思ったが……こういうことだったとは。其方は凄いな、エリィ」
「そ、そうでしょう?」
怖かっただけです。とは言えない空気だった。
アラガンすら感心したように顎を撫でており、エリィの味方はどこにも居ない。
──どうしてこうなった。
「さて、アルゴダカールよ。約束は覚えているな?」
「……あぁ」
エリィの頭上で魔王と星砕きが言葉を交わし──
「では、魔女将の座を簒奪しようとした罰だ。潔く死ぬが良い」
「覚悟は出来てる。一思いにやれや」
リグネの姿が巨大な黒龍へと変わり、周囲は静まり返った。
水を打ったような静けさに気付いたエリィは我に返り、
「……………………いやちょっと待って!?」
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