第十七話 ニセモノ姫の大誤算③
「この勝負、わたしの負けです」
(ちょ、この子何言いだしちゃってんの!?)
どよめきが闘技場に広がり、鬼族の視線がセナに集中する。
突然の奇行にギョっとしたエリィはリグネが自分を見ていることに気付いた。
(な、何か知らないけど、とにかくやばい!)
幸い、今はセナが叫んだお陰でエリィへの注意が逸れている。
エリィはそろ~り、そろ~りと忍び足で出口へ向かった。
しかし、
「ディアナ王女。逃亡は許しませんよ」
「ひぃ! アラガン様!?」
ケンタウロスであり宰相のアラガンが立ち塞がった。
宰相直属の近衛隊がエリィを取り囲んでいる。
「あなたは魔王城で幽閉されます。大人しくお縄に──」
「つきますつきます! 早く連れて行ってくださいお願いしますぅ!」
エリィはアラガンの胸に縋りついた。
「は?」
「どうぞ! ほら! いくらでも縛ってくれて構いませんから! さぁ、さぁ!」
「いえ、仮にも人族の王女に手荒な真似は……」
「なんでそこだけ真面目なんですか!?」
何か知らないが、早く連れて行ってくれないと取り返しのつかないことになる気がした。やきもきしたエリィは近衛隊から鎖を奪い取って自分に巻き付けていくが、その間にもセナの抗議は続いていて──
「セナ! 一度決まった勝負を覆すことは出来ねぇ。オメェの勝ちだ!」
「譲れた勝利に何の意味がありますか? 本来、勝っていたのはディアナ王女です!」
「はぁ?」
ぐるん、と観衆の視線が捉えたのは、鎖でぐるぐる巻きになったエリィであった。貴賓席から飛び上がり、リグネがエリィの前に着地する。
(ひぃ!)
「アラガン。なぜ我が花嫁はそのような簀巻き姿になっているのだ?」
リグネの凄むような声に、アラガンが平伏した。
「は。実は隔離塔にお連れしようとしたところ、自らお縄につきまして」
「ほう?」
リグネの口の端が上がった。
「面白い。そこの娘の主張と関係があるのかな、エリィよ」
「まっっったく関係ありません! わたしの負けは確定したので早く連れて行ってください!」
「ディアナ様……もう、いいのです。大丈夫なのですよ」
「せ、セナちゃん……?」
「わたしはすべて分かっていますから」
「絶対分かってないよね!?」
優しい声をかけられて、思わず素が出てしまったエリィ。
セナは、
「わたしはすべて分かってますから」
と言ってエリィの鎖を力づくで引きちぎった。
ばきぃ! と鎖の引きちぎれる音が周囲を黙らせる。
一瞬の沈黙。
(え? は? 力、つよっ!? 金属の鎖が簡単に……!)
エリィの抱いた感想は周りも同じだったようだ。
アルゴダカールが近づいて来て、セナの力に目を見開いた。
「セナ、オメェ……」
「お父様、わたしはディアナ姫に救われました」
「お父様ぁ!?」
驚愕したエリィだが、驚いているのは彼女だけのようだった。
忙しなく周りを見るエリィは思わずリグネを見上げた。
「リグネ様、知ってらしたのですか?」
「まぁな」
「で、でも、セナさんはあの人たちに虐められて……」
「鬼族にとって一本角ってのは醜聞だ」
アルゴダカールが嫌そうに顔を顰めた。
「なにせ弱い。とにかく弱い。鬼族の角は魔力を全身に行き渡らせる装置みてぇなもんなんだが、一本角はこの魔力がとにかく弱くて話にならねぇ。族長の娘だろうがなんだろうが、弱けりゃ虐められもする。当たり前の話だ……当たり前の話…………だった」
まるで、今は違うとでもいうかのように。
アルゴダカールに視線を向けられたセナは慈愛の笑みを浮かべた。
「ディアナ様、もう分からない振りをしなくていいのですよ」
「分からない振りって」
普通に分からなかったのだけど。
「いいえ。あなたはすべて分かっていました。分かった上で行動されたのです」
「いい加減に話しやがれ、セナ。この王女は何をしようとした?」
「ディアナ様がやろうとしたこと……それは、鬼族の救済です」
「なんだと……どういうことだ」
アルゴダカールに見られた時、エリィは思った。
それはわたしが聞きたい、と。




