第十五話 ニセモノ姫の大誤算①
いよいよ祭儀の時間がやって来た。
百獣都の大闘技場には五人の姫と一人の従者が来たるべき時を待っている。
五百メルト四方の闘技台はかなり広く、入場ゲートの向こうで獰猛な獣の瞳がギラついている。
「それではこれより、魔女将祭儀を始める!」
「「「オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」
凄まじい熱気が闘技場に満ちていた。
百獣の都に住まう鬼族一万人の視線を浴びながらエリィは身震いする。
(さ、さすがに緊張する……!)
アルゴダカールのよく通る声が響きわたった。
「四大氏族、そして人族の王女エリィ、前に!」
エリィたちが前に出ると彼は続けて、
「これからお前たちの前には二百匹の魔獣が放たれる! その中でより強力な魔獣を倒し、魔王へと献上した者が勝利となる! 各々、用意された武具や罠を使い、死力を尽くして望むように!」
セナを苛めていた三本角の鬼族たちは拳に棘のついた籠手を身に着けていた。
アレで殴られればエリィは即死する自信がある。
絶対に近付かないと決意するエリィに、アルゴダカールは怪訝そうに眉根を寄せた。
「おい、王女。オメェ武器は」
「必要ありません。わたくしにはララが居れば十分です」
「あ?」
「聞こえませんでした? 鬼族如き、メイド一人居れば事足りると言ったのです」
これ見よがしに悪女ムーブをかますエリィである。
一万人の鬼族の額に青筋が浮かぶ音が聞こえてくるようだった。
エリィは扇で口元を隠しながら、
「よく見ていなさい。そこのブス三人が無様に負ける様をね!」
四大氏族のうち三人。
つまり鬼族を代表する姫君たちを、ブス呼ばわり。
「「「ぶっ殺す!!」」」
爆発のような怒号をエリィは心地よく聞いていた。
この会場のすべてが敵になるような空気。
もはやエリィの敗北は決まったも同然だ。つまり最高であった。
「ま、せいぜい頑張ってくださいね。えっと……あなたたち、名前なんでしたっけ?」
ラーシャは角を発光させながら眉を怒らせた。
「ここまでの屈辱を受けたのは初めてですわ……ディアナ・エリス・ジグラッドっ!!」
「そうですか。よかったですね」
「──もういい!」
怒りに打ち震えるアルゴダカールが言った。
「一刻も早く、そいつをぶち殺せ。いいなオメラァ!」
「「「はっ!」」」
星砕きの本気の叫びに三人の姫たちは背筋を伸ばした。
ただ一人、セナだけは相変わらず浮かない顔をしているが。
(今は構ってられない。行くよ、ララちゃん!)
(ん。任せろ)
ドォン、と銅鑼の音と共に、入場ゲートの向こうから魔獣の群れが走って来た。
二百匹の魔獣はさまざまな種類が居た。
五メルトを超える蛇であったり糸を吐く牛であったり、翼の生えた狼が居たりした。
(ひいいい~~~~~! あんな大量に来るなんて怖すぎる……!)
その中でもひときわ目を引くのは巨大な象である。
黒い靄をまき散らし、湾曲した角を持っているのはいかにもボスの風格を纏っていた。事前に予習した情報によれば、確か名前は厄災象といったか。
「さぁ行きますわよ、皆さん!」
「「はい!」」
その証拠に、ラーシャが連れの二人に指示をして象へと向かっていく。
恐らくアレが一番強いのだろう。厄災象を倒した者が魔王の嫁となるのだ。
となれば、エリィがやるべきことはただ一つ!
(怖い怖い怖い……! に、逃げるよ、ララちゃん!)
(よし来た)
エリィは全力で明後日の方向を向いて走り出す。
当然、逃げようとする獲物に魔獣たちは殺到しようとするが、
(ララちゃん、頼んだ!)
(ふ。ついにうちの本気を魅せるときが来たようだ)
ララは不敵に笑い、高々と杖を掲げた。
「《熾れ、紅蓮の焔》、《滅びよ、永久の楔》、《謳え、大いなる夜明けを》、《今こそ我が敵を灰燼と化せ》!」
次の瞬間、地面に幾何学模様の魔術陣が広がり、
「『大爆裂連鎖』!!」
──……ドォンっ!! ドッドドドドォォォオオ!!!
一つの爆発がまた爆発を呼び、いくつもの爆発が連鎖する。
爆発は止まらない。
地面を抉り、粉塵を巻き上げ、闘技場の一部を消し飛ばした。
シィン……と、闘技場が静まり返った。
粉塵の前で、エリィはぽかんと口を開けている。
え。
え。
え。
「えぇぇえええええええええええええ!? と、闘技場、け、消し飛び……!」
「完璧。ぶい」
「ちょぉっとやりすぎかなぁあああああぁ!?」




