第九話 新たな試練の始まり
「四大魔侯、ですか?」
「あぁ、そうだ」
翌日、見慣れない天井で朝を迎えたエリィはリグネと食堂に居た。
食事を終えるなり「話がある」と改まった顔で切り出し、
「其方も知っての通り、四大魔侯は我が腹心の部下たちだ」
「そうなんですか」
リグネは怪訝そうに眉根を寄せた。
「王女なら当然知っていると思ったが?」
「はっ、や、当然、知っておりますわよ? 魔族における最大戦力……星砕きの鬼、母なる蛇、極楽悪魔、怠惰妖精……でしたか? わたくしたち人族も随分苦戦させられたと聞き及んでおりますわ。べ、別に忘れていたわけじゃありませんからね!」
「うむ。知らないと言ったらどうしようかと思ったぞ」
リグネは満足げである。エリィはホッと息を吐いた。
「それで、その魔侯? とやらがどうしたんですの」
「明日から我らは奴らの領地をそれぞれ回り、祭儀を執り行う」
「さいぎ」
なんだか嫌な予感がしてきたエリィである。
「魔族の中では魔王の妻を『魔女将』と呼んでいてな? 代々、四大魔侯に認められた者しか魔女将にはなれない決まりになっているんだが、今代の四大魔侯はずいぶんと人族嫌いで、和平に強硬に反対した。それを我が強硬に推し進めたものだから、奴らは拗ねたのだ。『人族の嫁など認められるか』と言ってな。つまり……」
(もしかして……)
「『認めぬなら殺してしまえ』という輩が一定数居る」
(やっぱりぃ~~~~~~~!?)
内心で悲鳴を上げたエリィはわざとらしく顔をしかめてみせた。
「あなたはそれを許容したの? 仮にもわたくしの夫でしょう?」
「王の妻たるもの。部下の一人や二人を絆せぬようでは先がなかろう」
「んみゅ……」
言いたいことは山ほどあるが、言っても無駄だろうなとエリィは思う。
これは魔族の価値観であり、魔王の価値観であり、エリィとは違う世界の考え方だ。到底受け入れられるものではないとはいえ、一概に否定することは出来ない。
(巻き込まれるほうはたまったじゃないけどねっ!!)
「それで、四大魔侯の回る順番だが、アラガンに決めてもらった」
「はい」
リグネの側に控えていたアラガンが進み出た。
「まずは『星砕きの鬼』アルゴダカール侯です。かなりの武闘派で人族を一番嫌っていますが、逆にここを乗り切ってしまえば後は楽勝なので、初めに面倒くさい男をクリアしちゃいましょう。まぁ、『王女』殿下なら余裕ですよね?」
ケンタウロスの微笑みは本物のディアナが嫌いな貴族に向ける笑顔に似ていた。
要は愛想だけ取り繕っているが、内心では敵意剥き出しという奴である。
(この人、まだ疑ってる……絶対に疑ってるよ!!)
戦慄するエリィだが、そんなことをおくびに出すわけにもいかず。
「当たり前ですわ! 四大ナマコだかホシクダケだか知りませんけど、このわたくし、ディアナ・エリス・ジグラッドが華麗に認めさせてやりましょう!」
「ちなみに過去、我が娘を魔王様の嫁にと名乗り出た部族長たちが居たのですが」
アラガンは笑顔で言った。
「全員死んでいますので、どうぞ頑張ってくださいね」
「え」
「さすがは我が嫁だ」
リグネは大層ご満悦そうに頷いた。
「さすがに嫁いできたばかりで祭儀を行わせるのは可哀想だし、其方が弱気であれば三か月ほど先延ばしにしてもいいかと思ったのだが……ふ。杞憂だったな」
(な、ななななな……!?)
自爆してしまったことに気付いたエリィは呆然としていた。
彼女が動けない間にも魔王と宰相は動き出し、
「では早速準備を始めます。明朝出発いたしますので、ご支度を」
「うむ。我も仕事を終わらせておくとしよう」
「あの、ちょ、ちが」
いつの間にか一人、残された室内で、
「違うんだってばぁああああああ!?」
と、エリィの絶叫が響きわたるのだった。




