プロローグ
「どうした王女。手が止まっているぞ?」
少女はぷるぷると手を震わせていた。
目の前には面白そうに唇を歪める一人の男がいる。
異形の男だ。
頭に二本の角が生えた男は挑発するように続けた。
「王女ならば朝飯前だろう? ほら、手を握ってみろ、エリィ」
「あ、あわわ……」
差し出された手と男を見比べて、少女はぐっと決意する。
「あ、当たり前ですわ! こんな恥ずかしい……じゃなくて、手を握るくらいのこと、わたくしは幼児の時からやってるんですから! 殿方の手を握るなんて朝飯前ですとも!」
「そうか。ならやってみろ」
少女は恐る恐る手を伸ばし、男の手を握った。
ひんやりとした手は冷たくて手のひらに生えた鱗の感触が変な心地。
エリィはぷるぷると肩を震わせた。
「ほ、ほら見なさい。こんなの余裕……」
そう言うエリィの肩は震えている。
足元から徐々に頭のほうへと熱が上がってきて、
「は、はわわ……」
ぷしゅー! と頭から湯気を出す少女に男は揶揄い混じりに言う。
「顔が真っ赤だが?」
「こ、これは……怒ってるんですの!」
「怒ってる?」
「そうです! わたくしはディアナ・エリス・ジグラッド。栄えあるジグラッド王国の第三王女たるわたくしが、このような公衆の面前で殿方の手を握らされるなんて! 恥ですわ! いっそ死んだほうがマシだと思うくらいに!」
男は愉快そうに笑う。
「ジグラッド王国の第三王女は傲慢で高飛車、男をとっかえひっかえする悪女だと聞いていたが。手を握るくらいで怒るとはな」
「うみゅ……」
少女は視線を彷徨わせ、
「お、女心は秋の空。あなた程度でわたくしを分かったような気になるなんて、身の程を知ってくださるかしら!」
「魔王相手にそこまで言えるのは貴様くらいの物だろう。エリィ」
男は──魔王は笑う。
「良かったな? 王女であることが証明出来て」
「と、当然です。なんたってわたくしは王女なのですから!」
エリィはあからさまにホッとしたように手を離した。
ぶふっ、と噴き出したように魔王の腹心が身体を折る。
エリィはそれを無視して背中を向けた。
「それではわたくしはこれで。さようならですわ、魔王様」
「あぁ、またな。エリィ」
「行きますわよ、ララ」
「はい。王女様」
エリィは後ろにメイドの少女を従えてその場を後にする。
次々と頭を下げてくる魔族たちに挨拶をして私室へ直行。
ばたん。とララが扉を閉めると、砲弾のようにベッドに飛び込んだ。
「もうやだぁあ~~~~~~~! 死ぬかと思ったよぉ~~~~~~~!」
子供じみた仕草で枕に顔を押し付け、ばたばたと足を動かす。
「私に王女様の役なんて無理だよぉ。ご主人様のバカバカバカぁ!」
「大丈夫。魔王様、喜んでる」
「遊ばれてるの間違いじゃないの!?」
「少なくとも、バレてない」
「う……そう、かな」
エリィは信頼する友人の言葉に息を吐きだした。
顔をあげれば、本物の王女と同じ雪色の髪と服に着せられた少女がいる。
鏡に映る榛色の瞳は不安げに揺れていて、とても王女には見えない。
そう、エリィはディアナ・エリス・ジグラッドではない。
エリィはただのエリィだ。物心ついてからずっと人族の王宮で勤めて来た。
「バレてないなら殺されない……よね?」
「魔王様はバレても殺さない……………………はず」
「断言して!?」
それが、どうしてこんなことに……。
エリィは頭を抱えながら、ことの発端へと記憶を巡らせる──。
新作始めました!
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