第六話 不老のネビロス
ドラヴェットさんの働きには感動させられた。
燈台小屋の中は膨大な量のゴミや不用品で溢れかえっていたが、異世界のメイドさんは驚異的な手際の良さでそれを片付けていく。
アニメとか漫画とかでよく見るような「萌え」を押し出したメイド服ではなく、むしろ実用一辺倒の硬派なデザインの衣装が、非常に様になっていた。腕まくりをするとなおさら風格を増す。
小屋のゴミの大半は、地球の家にも置いてありそうな日用品ばかりだった。
フォルモンドの言葉で書かれた本や雑誌が山積みになっていたり、アコースティックギターのような楽器が逆さまになって突っ立っていたり。机や椅子、ベッドといった大きな家具は漏れなく物置と化している。
ベッドだけは辛うじて寝られるようにスペースを空けてあるけど、そんなことをわざわざするくらいなら片付けろよ、と思う。
驚いたことに食器や酒類の瓶なんかも転がっていた。この身体で物の飲み食いが出来るのか? と、ドラヴェットさんに尋ねてみる。
「可能です」
彼女の答えは明朗だった。
ルィンドからの受け売りらしいが、どうやら食欲や喉の渇き、睡眠欲や便意といった基本的な生理的反応が無いと、強烈なストレスになるらしい。
あまり意識していなかったけど、確かに物の飲み食いをせずに生きられると言われても、違和感しかないだろう。
こんな風に、掃除を続ける間、何度か俺は質問を投げかけた。目の前の仕事に没頭しているからか、あまり居心地の悪さは感じなかったけど、それでも黙ったままで続けるのはしんどい。
彼女はそれに淡々と答えながら、一切手を止めなかった。
一般に、捨てられない人間は「面倒臭い」か「もったいない」の心理が働くために、片づけが出来ない。だが、彼女は物に対する執着や容赦が全く無かった。
思い返すと、俺の身の回りにはそれが出来ない人が本当に多かったのだ。
母は「面倒臭い」族。
爺ちゃんは「もったいない」族。
でもちょっと考えれば、ゴミ屋敷に住んでいる状態がいかに人間としての尊厳を損なっているか分かるはずだ。
まあ、分からなかったから、ああいう有様になってしまったわけで……。
「ドラヴェットさんは、偉い」
生ゴミと粗大ゴミの仕分けをしていると、思わず賞賛の言葉が口をついて出ていた。
異世界のメイドさんは例の無表情でこっちに顔を向ける。ただしモップ掛けの動きは止めない。
「何が、でしょう?」
「掃除出来ることが」
「仕事ですので」
ドラヴェットさんの拭いた跡を見てみると、しっかり水切りが出来ているのにムラが全くない。
一昔前にあったようなローラー式モップのバケツの中には、埃やらなにやらで真っ黒になった水が溜まっている。「ふんっ、ふんっ」と勢いをつけてペダルを踏む姿に、この上ない頼もしさを覚える。
「世の中には先天的に掃除が出来ない人間がいるんですよ。地球の話ですけど」
「なるほど。しかしそれはネビロスにしても同じことです。幸い、私の家系は掃除を苦と思わない者ばかりでしたが」
ドラヴェットさんの家に生まれたかった。
「じゃあ、逆に誰が……あ」
聞くまでも無い。
ドラヴェットさんも察していた。
「ええ。宗主は片づけられない方です」
「やっぱりか」
正直、あいつの書斎を見た時に「ファンタジーの世界だ」とちょっと感動したものだ。
その美観を影ながら支えていたのが、ドラヴェットさんなのだろう。
「仕方がありません、あの方はご多忙ですから。それに、宗主の身の回りのお世話をすることは、私の家の家業でございます」
「……」
一つ、気になっていたことがある。
「ドラヴェットさん」
「何でしょう」
「ネビロスの寿命って、どれくらいなんですか?」
機械のような正確さで板目沿いにモップをかけていたドラヴェットさんが、その時初めて動きを止めた。
モップの柄を壁に立てかけて、ヒビの入った窓を開ける。冷たい大気が静かに流れ込んでくる。濁った空が暗くなりつつあった。
「貴方がたとあまり変わりません。男女ともにだいたい七十歳程度かと。
ただ、稀に膨大な魔力を持った個体が生まれます。その総量によっては、気の遠くなるような年月を生き続けねばなりません」
ドラヴェットさんは、塔の頂上を見上げながらそう言った。
その「稀な個体」が誰なのか察せないほど、俺も鈍くはないつもりだ。
彼女はくるりと俺に向き直り、開けたままの窓枠に腰を乗せた。
「宗主は……ルィンド様は、少なくとも千年以上の時を生きておられます」