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第三一話 ダインスレイヴ

 いつしか俺は、両手の中に眩く輝く光球を抱えたまま、あの神殿の暗がりの中に立っていた。


 遠くに見えていた光芒は、まさに今、俺の手の中にあるこれが発していたのだ。


 バレーボールくらいの大きさの球体からは、時折気泡のように光の粒が分離し、線香花火のように瞬きながら天井へと昇っていく。


 そして、俺と光球とを見下ろすように、一振りの剣が切っ先をこちらに向けて浮遊していた。


 ただ、剣と表現して良いかどうかは分からない。刀身のように見える部分しか存在せず、拵えは省かれていた。その刀身にしても、剣の形をした枠組みしか存在しない。本来なら剣の腹にあたる箇所が存在しないのだ。代わりに、蒼い糸が何本も、まるで弦楽器の弦のように張り巡らされている。


 剣は、どこからともなく伸びた四本の糸によって拘束されていた。その糸も、例によって蒼い。今まで何度も見てきた、ルィンドのロマそのものだ。



「ああ、なるほど……」



 グランギオルの仕様についてはルィンドから教授されている。だが、一つだけあいつが言葉を濁らすものがあった。


 その正体というのが、まさにあの剣のことなのだろう。


 最早、死人である俺に失うものはほとんど無い。記憶だけが自分を繋ぎ止めてくれている。そう考えれば、あの剣が持つ意味もおのずと理解出来る。


 たとえフォルモンドで身体を動かすことが出来たとしても、いつかは必ず終わりがくる。ルィンドはそう言った。グランギオルの中に封じ込められたとはいえ、不老不死になったわけではないのだと。ただ死ぬべきだったものが、緩やかに死を過ごしていくようになるだけなのだと。


 あの剣は、その安息さえも断ち切ってしまうのだろう。



(……安息、か)



 自分の考えを即座に打ち消す。


 俺は何もかもを思い出した。その上で、なおものほほんとフォルモンドで過ごして行けるとは思えない。今ままで多くの事を忘れていたのは、地球にいた頃の記憶があまりに眩しすぎたからだろう。一度に多くを思い出してしまったら、心が耐え切れない。それを防ぐための防衛機制。


 だが、思い出そうが思い出すまいが、事実は変わらない。


 俺はもう、風花のところには帰れない。


 あの行為を後悔しているわけではない。もし俺がああしなかったら、代わりに風花が刺されていただろう。この上なく無様な戦いぶりだったが、好きな子が傷つけられるのを指をくわえて見ているよりは、いくらか格好がつく……はずだ。



 帰りたい。



 でも、もう帰ることは出来ない。



 俺はやるべきことをやって、死んだのだ。そう思いたい。伝えたい想いも伝えることが出来た。抱え込んだまま死んでいたら目も当てられない。風花には、かえって悪いことをしたかもしれないけど……。



(自分の人生は……十分とは言えないけど、やることはやったよな)



(だから、このまま消えても構わない)



(異世界の戦いも、運命も、そんなものは置いていったって構わないじゃないか。元々、俺には何の関わりも無い戦いなんだ)



(付き合って、やっていたに過ぎない。そんな俺に殺されたんじゃ、ネビロス達だって成仏出来ないじゃないか)



 ……そう思っているはずなのに。



 どうしてか、俺は宙に浮かんだ剣に向けて、手を掲げていた。そうすれば、あの剣の封印は簡単に解かれると分かっていた。



 良いのか? と心の中で問う声が聞こえる。


 どうしてそこまでして戦おうとするのか。前世じゃただの高校生だった俺が、異世界の戦乱にこれ以上介入する意味は無い。



 ……そう言い切れるほど、器用でもなければ合理的でもない。



 あらためて自分の過去を見つめてきて思った。俺にとって、誰かを護ることは決して軽々しいことではなかった。その場限りの使命感だとか、他人に流されてとかではない。俺という人間を形作ってきた全てが、俺自身に対して、常に護るとは何かという問いを突きつけていた。


 父さんのこと、母さんのこと。剣のことも、これから進もうとしていた未来のことも、そして風花のことも。全てを踏まえた上で、やはり俺はまだ戦いたい。




 だって、このフォルモンドで出来た縁もまた、俺自身を形作るものなのだから。




「……生きて帰るって、ドラヴェットさんに言っちゃったしな」


 俺は帰れない。それは認める。地球での人生は、俺にとって本当に良いものだった。きっと、自分の中にしっかりとした倫理が根付いていなかったら、この無茶苦茶な世界に順応出来なかっただろう。


 この殺したり殺されたりしながら、衰亡を待っている世界でも、俺に与えられた人倫は消えなかった。


 だから、例え己の記憶を燃やし尽くしたとしても、宮戸惟吹として残るものはあるはずだ。



 ……それだけが、今の俺が持ち得る希望。



「知っている……お前の名前、憶えてるぞ」


 宙に浮かぶ剣に呼びかける。封じていた糸はあっさり切れ、剥き出しになった剣の柄が俺の掌の中に収まった。


 光球を……俺の記憶の全てを手放し、漂うに任せる。


 一つ、深呼吸をする。武士が切腹をする時の感慨って、こんな感じだったのだろうか。


 切っ先の照準を光球へと向けたまま、霞の構えに移る。刀身が耳元に近づいた時、張り巡らされた弦がさざめいているのが聞こえた。まるで妖刀だな、と思った。いや、そのものかもしれない。


 それでももう、腹は決まっている。



「俺の全てをお前にやる。だから……力を貸せ、『ダインスレイヴ』!!」



 踏み込み、剣を突き入れる。


 同時に光が溢れ。


 俺の意識は途絶えた。

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