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第二九話 奉神礼 中

 遠巻きに戦闘を見守っていた艦が、一隻、急に爆発した。


 俺達の戦闘に巻き込まれたのではない。クトーシュ側からの応射によるのでもない。だが、意識がそちらに割かれていた一瞬の間に、さらに二隻目、三隻目と沈められていく。


『……現れたか』


 それまで砲口をクトーシュ側に向けていた戦艦達が、一斉に艦首を一八〇度回頭させた。その時になってようやく俺も、雲の向こうから迫り来る物体に気がついた。


『あれはクスェル家の……!』


 見えたとは言っても、グランギオルの感覚器でようやく捉えられるほどの距離だ。現在進行形で飛んでくる魔力弾は、途方もない射程と精密性を持っていることになる。


『シス・ラ・クスェル』は万全の状態ではない。随伴艦は一隻も無く、船体にも多数の損傷が見てとれる。


 だが、船足には一切衰えが見えないどころか、キュレインの姿を認めて増速すらしているようだ。ばらばらと船体の構成物を撒き散らしながら進む様は、さながら幽霊船か、あるいは腹を食い破られた海獣にも見える。


 そう……まるで、自分では抗えない意志によって、無理やり引き摺り回されているかのようだった。


『あそこにいる者を見よ。あれこそ真の怪物だ』


『怪物……!?』


『私を脅すために約定とやらを結んだらしいが、無駄だ。奴らにとっては』


 その言葉を証明するかのように、『シス・ラ・クスェル』からの火線が一挙にこちらへと向けられた。


『なっ……!』


 避けることしか出来ない。射線から逃れるまでの間、キュレインに意識を割くことさえろくに出来なかった。


 容赦が無い、どころじゃない。照準こそキュレインに向けられているものの、射線上に何があるかなんてまるで無視した攻撃だった。おまけに火力も段違いときている。キュレインの操る怪物はいざ知らず、メトネロフ艦の艦砲が豆鉄砲に見えるレベルだ。


 グランギオルだって、直撃すればただでは済まない。ましてや無防備な居住区などは……。


『やめろォ!!』


 塔に向かった流れ弾の一つを、剣で打ち返す。だが、そんなものは気休めにもならない。俺一人の手では、見境なしに繰り出される斉射を止めることは出来なかった。


 砲撃が支塔の一つに直撃する。いつものランニングコースの一つだった塔だ。走った記憶のある橋や回廊が崩れ、雲海へと落ちていく。俺はそれを、ただ指をくわえて見ているしかなかった。


 最強の魔導傀儡。そう称されたところで、この身体は一つきりだ。とてもじゃないが全て守り切ることは出来ない。


『……だったら……!』


 キュレインの怪物に剣を向け、一直線に突っ込む。砲撃のターゲットは奴だ。こちらで動きを止めて『シス・ラ・クスェル』に沈めさせるか、あるいは戦域から引き離すほか無い。


 必然的に、それは無理攻めになる。手数は相手の方が上だ。多少小回りの点で優っていても、守りに入った相手を崩すのは難しい。


 だが、多少無理でもしないと、この状況は好転しない。


『殺させてたまるか……これ以上ッ!』


 再び刀身に魔力を送り、光の刃を生み出す。回避と防御を繰り返していたキュレインは、俺からの攻撃も予期はしていたが、流石に対応しきれなかった。


 光刃が副腕の一つを断ち、同時にヤンシュフを飛ばしてカメロケラスを回収。手の中に収まると同時に、そちらの推力も借りて一気に上空へと押し出す。


 上手くいったのは、キュレイン自身の意向もあったからだろう。塔のさらに上までくると、戦場のごちゃごちゃは多少マシになった。しかしメトネロフ艦もいないから、遮蔽物の代わりになる物も無い。


 こちらに向かって驀進する『シス・ラ・クスェル』が高度を上げる。グランギオルの全身が、あらゆる危機に対してざわめいている。


 いや、それは俺自身の恐怖でもあるだろう。


 何に?


(今更、何に怯える……?)


 ふと、そんな余計な思考が頭の片隅に生まれた。


 だが、それに意識を割いている余裕は無い。砲撃は続いている。そして目の前のキュレインもまた、俺とクスェルとを両方片付けるつもりだ。


 だから、俺は自分の心の動きを封じ込めることにした。


 戦いはまだ始まったばかりだろうから。

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