表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/53

第二五話 エニル空域会戦 下

 フォルモンドの混沌とした空を背景に、いくつもの黒煙が立ち昇っては拡散していく。


 エニル空域の会戦は、中盤以降、常にクトーシュ側が主導権を握り続ける結果となった。


 強行接舷による斬り込みで旗艦機能を潰され、メトネロフ艦の連携は破綻した。あるいは砲撃、あるいは強襲、果ては突撃艇そのものの自爆攻撃で破壊される艦が続出し、クトーシュは戦術的勝利を手にしたかに見えた。


 無論、この状況を手繰り寄せたのは、防衛側の無理に無理を重ねた戦いぶりあってこそだ。無鉄砲という言葉などとうに置き去りにして、死に物狂いの猛攻を繰り返していた。


 いかんせん、後が無い。ここを突破されれば首塔は目と鼻の先だ。宗主はおろかグランギオルまで不在の今、抵抗らしい抵抗も出来ないまま領民を虐殺されるだろう。



「足首に齧り付いてでも止めろ! 奴らを一秒足止め出来りゃ、その分だけ宗主とインヘル殿の帰りも近づく! 無駄死にはならんぞ!」



 二隻目を堕としたラウーは、突撃艇の貧弱な通信晶に怒鳴りつけつつ、ごしごしと袖で顔を拭った。返り血が彼の半身を覆っていた。


 用意できた突撃艇は三五隻。そのうち瘴気にあてられて行動不能になったのが三隻あり、さらに一度目の奇襲の時点で五隻が沈められた。衝突時の振動に負けた船や、当たりどころが悪かったもの、撃退されたもので四隻。彼の指揮下には、都合二三隻しか残っていない。


 しかし、メトネロフ側の三隻目の艦を堕とした時点で、ラウーは前哨戦に勝ったと判断していた。既に敵の半数以上を拿捕ないし操舵不能にしている。残った艦も、じりじりと後退りを始めている雰囲気がある。


「あと一隻でも堕とせば……!」


 サーベルの柄に指をかけ、喉に仕込んだギーヴァ『勢統撃声スースァル』を撫でる。突撃艇の狭いフロントガラスの向こうで、敵艦の姿が見る間に大きくなっていく。


 だが、次の瞬間に船を揺らした振動は、突撃によるものではなかった。



「敵の増援です!」



 至近距離での味方の爆散と、船員の悲鳴混じりの報告は、ほぼ同時にラウーの頭の中に入ってきた。「っ、回避だ!」咄嗟に突撃を中止させ、敵艦隊を高速で通り過ぎる。高度を取らせ、ラウーは船の上部ハッチから身を乗り出した。


「……もう来やがったか」


 望遠鏡を持ち出すまでもなく、北西より接近する敵艦隊の姿が見えた。新たに十五隻、その上大型艦まで混ざっている。急行してきたためか艦列は伸びきり、ろくに防御陣形も作れていない。しかし、その弱点を突くには、クトーシュ側はあまりに非力だった。


 増援艦隊は、射程距離に届いた艦よりばらばらに砲撃を開始している。クトーシュだけでなく、先遣艦隊まで巻き添えにせんばかりだ。ラウーは思わず「何死に物狂いになってやがる……!」と船体を叩いていた。


 彼方で光点が瞬き、次の瞬間には轟音と共に傍らを通り過ぎて行く。足の速い突撃艇にはなかなか当たらないが、いつまでも避け切れるものではない。現に、味方は一隻、また一隻と数を減らされつつある。


「隊長、このままでは全滅します!」


「分かっている! だが……!」


 部下の絶叫に対して、それでもラウーは一時抗戦を命じようかと思った。それは理性より衝動に因るものだ。


 しかし、決死の突撃に付き合ってくれた部下達ですら、完全に浮き足立っている。これ以上の戦闘継続は不可能だ。元より戦力的にも無茶な戦だったが、今や唯一勝っていたであろう士気でさえ折れかかっている。


 そうこうする間も、敵弾は飛び続け、確実に砲撃の精度を高めつつある。混乱していた先遣艦隊も態勢を立て直しつつある。このままでは全滅は免れない。


 そして、撤退の判断を促すかのように、増援艦隊の中でも一際足の速い艦が火砲を乱射しながら戦場に乱入してきた。損傷していた味方が、せめて一矢報いんと決死の突撃をかけるが、瞬く間に蜂の巣にされ雲海へと叩き落とされる。


(これでは撤退しようにも……!)


「隊長!」


「っ、今度は何だ!?」


 思わず声を荒げていた。だが、部下が指差した方を見るにつけ、ラウーの表情も驚きに変わった。


 メトネロフ艦隊が攻め寄せてくるのとは逆の方向、すなわちクトーシュの首塔方面から、一隻の高速船が戦場に向けて真っ直ぐに突入してくる。採掘基地に用意されている、もしもの時のための連絡船だ。


 この状況下での援軍。ラウーは宗主への連絡が間に合ったのだと思ったし、事実それは間違いではなかった。


 だが、攻撃を受けて火を噴いた船内から文字通り飛び出したのら、グランギオルではなかった。



「『舞曲王ワルトトイフェル』、極技アーガム・メトラ……宝玉の雨プルィ・ディ・ディアモ!」



 およそ戦場には不似合いな長いスカートを翻し、少女は両足に仕込んだ靴のギーヴァに、最大の力を要求する。採掘基地からここに急行するまでの間で、十分にアイドリングをなされたそれは、普段以上の敏感さで主人の要求に応えた。


 ドラヴェットの踵から生えた純白の翼が、一瞬のうちに巨大なギロチンへと変化する。船から飛び出した時の勢いを殺さないまま、彼女は大きく身体を捻って火線を避けつつ、翼より無数の弾丸を射出した。


 その攻撃が、今まさにクトーシュ軍に割り込もうとしていた敵艦艦橋を捉え、ガラスを粉々に粉砕する。内部に飛び込んだ弾丸は乗員達を引き裂き床の上に這いつくばらせた。


 そして、それでも何とか立ち上がった者達が最期に見たのは、迫り来る艦橋を両断するほどの白い刃だった。



「墜ちろォ!!」



 砲撃の嵐の中では、誰も彼女の柄にも無い咆哮は聞けなかった。彼女自身ですら、自分がヒートアップしている事実に対して無頓着になっていた。


『舞曲王』が敵艦橋を斬り潰す。コントロールを失った船は、新たに黒煙を空へと伸ばしながら漂流を始める。その、今しがた破壊した船の見張り台の先端に、ドラヴェットは爪先を触れさせた。


 集まってくるメトネロフ艦隊を見据え、少女は奥歯を噛み締めた。


「……行かせはしない。絶対に……私達の居場所を奪わせたりはしない……!」


 その決意は絶対的だ。


 しかし現実として、自分一人に出来ることには限りがあることも、頭では理解している。


 だからこそ殊更に、彼女の中の理性的でない部分が囁いた。



『戦って戦って、その果てに死ぬならば、あるいはの行った場所へ行けるかもしれない』



 ドラヴェットは再び『舞曲王』の翼を広げて、メトネロフ艦隊の前に立ち塞がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ