第二一話 鎧鳴竜を討て! 下
反転と同時に急降下した俺を、アルミ龍は遁走したと判断したのだろう。罠など全く疑わずに追いかけてきた。
敵を馬鹿にするつもりはない。むしろ、あれだけ強大な生き物ならば、罠の存在など意識しなくて当然だ。仮にそういうものがあったとしても、フィジカルで強引に突破出来てしまうだろう。
そして俺はと言うと、実のところ罠なんて用意していない。
ただし、策ならある。
風雪を突っ切ると、目の前にムルシウスの街並みが広がった。大通りの直上五十メートルほどで翼を翻し、地面に背中を向けた状態で滑空状態へと移行する。
追撃してきたアルミ龍は、勢いを殺しきれず地面にまともにぶつかった。轟音と共に雪や残骸が巻き上がり、地鳴りによって朽ちた建物が連鎖的に倒壊していく。俺自身、何度か巻き込まれかけたが、大鴉の本能は極めて冷静にそれらを見切り回避する。
「やっつけた……わけないよな!」
土煙の中から、何事も無かったかのようにアルミ龍が鎌首をもたげた。そりゃそうだ。これで倒せるような生き物が頂点捕食者になんてなれるはずがない。
だが、その先のアルミ龍の行動は、俺の想像を超えていた。
龍はやにわに周囲の建物に齧りつくと、まるで煎餅でも噛んでいるかのような気軽さでバリバリと咀嚼しだしたのだ。
「……!?」
初めて見る行動だけに、うかつに動けない。だが、動かないことで逆に敵を利するかもしれない。となると……。
「つけ入るしかない……!」
立ち上った土煙を隠れ蓑に旋回し、アルミ龍の背後に回り込む。そのまま、地面を舐めれるくらいの低空で侵入し、アルミ龍の懐を目指す。
崩れていく建物や、しなる巨体が頭の上を通り過ぎて行った。時に大きく羽ばたき、あるいは目いっぱいに窄めながら、それらをやり過ごす。気が付けば胴体は目と鼻の先だった。
だが、突撃はまたしても失敗した。
アルミ龍の機銃座が発光したかと思った次の瞬間、先程までとは比べ物にならない威力の光線を吐き出したからだ。
「うおっ!?」
咄嗟に身体を捻って離脱するが、大鴉の翼端が一瞬で切り落とされてしまった。それだけではない。光条は縦横無尽に荒れ狂い、地面と言わず建物と言わず、豆腐でも切るかのように引き裂いてしまう。直撃すれば真っ二つになるであろうことは、先だって証明済みだ。
詰めたと思った距離が再び離れてしまった。瓦礫を払いのけながらアルミ龍が浮上する。横腹からは相変わらず光の束が放たれ続け、俺は避けるのに手いっぱいになった。
『……ブキ……イブキ! 聞こえるかい?!』
唐突に、ルィンドの声が頭の中で響き渡った。だが、こちらも光線を掻い潜っている真っ最中だ。自然と「何だ!?」と怒鳴り返すような口調になってしまった。
『良かった、健在だったね! お陰様で船は離脱出来たよ、君も……!』
「そうしたいのは山々だけど!」
俺にとっても無駄な戦いだ。だが、先方には逃がそうという心積もりなど毛頭無いらしい。
龍がその長い首をしならせたかと思いきや、次の瞬間、機銃座の攻撃とは比べ物にならないほどの光線を吐き出してきた。龍や竜は火を噴く生き物って認識、地球だけじゃなかったんだな……なんて、呑気なことを長々と考えてはいられない。
幸い大ぶりな攻撃だったから回避は難しくなかった。だが、光線の余波や膨大な熱は、それだけで大鴉にダメージを与えた。背中の辺りにぞわぞわとした感覚が走る。恐らく、これがギーヴァの感じている恐怖なのだろう。
俺自身、恐怖しているのかもしれない。だが心は妙に平静だった。フォルモンドに来て以来、驚くべきことが多すぎて、いい加減麻痺したのか慣れてしまったのか。
少なくとも、ただ狼狽するばかりではなく、反撃の糸口をつかもうとする気概だけは持てたと思う。
(何だって良い……あと少しだけ、隙を……!)
二発目のブレスが飛んできた。だがそれも、射線そのものは見切っている。大鴉の表面や、本体《俺》の装甲も焼け爛れているけど、何ら問題ではない。
もちろん今のままでは、俺にも決定打を下す機会は無い。接近すれば尾と銃座によって返される。まるで城攻めをしているかのような心情だった。
だが、どんな城にも弱点はある。
「大鴉……もう少し無茶に付き合ってくれ!」
南無、と心の中で手を合わせながら、俺は鎧鳴竜に向けて一直線に突っ込んだ。
そうなると当然、敵は主砲であるブレスで迎え撃とうとする……案の定だった。すぐ真下を光の奔流が通り過ぎていく。顔や胸や腹に、直に熱を感じた。僅かに高度を上げていなければ、頭から光線を浴びていただろう。
しかし思った通りだ。当たればタダでは済まないだろうが、予備動作が大きく取り回しが悪いので、来ると分かっていれば避けるのは簡単!
龍の頭が眼前まで迫ったところで、俺はグランギオルに備わった第三のギーヴァを呼び起こした。
「ヤンシュフ!!」
声と共に、グランギオルの右手甲が隆起した。それは見る間に、梟のような飛翔体へと変化する。
「行け!」
すれ違いざまに俺が解き放ったそれは、右腕との間に黒い繊維を伸ばしながら、猛禽さながらに龍の頭部へと襲い掛かる。もし敵が首を振っていなければ、梟の爪があの赤い眼球を抉っていたことだろう。しかし実際には、呆気なく「カン!」と音を立てて弾かれてしまった。
役目を終えたヤンシュフが、するすると繊維を巻き上げられ、手元に来ると同時に手甲へと変化し直した。
鎧鳴竜は怒り狂っている。当然だ。今しがた俺がやったのは、完全に挑発だったのだから。
だからこそ、もう一回同じことを試みる。そして先ほどと全く同じ経過を辿り、ついに痺れを切らした龍が槍烏賊を出撃させた。同時に横腹を見せて、雲霞の如く機銃を乱射させる。
「……いいぞ、追ってこい!」
敵の狙いは、機銃と槍烏賊、そして本体の連携によって俺を詰ませること。さっき一度、連中が採った手だ。
ムルシウスの地表すれすれを、あるいは建物の間を、大鴉の機動性に物言わせて強引に翔破する。天地がでたらめにひっくり返り、脊髄が真横に飛んでいくんじゃないかというくらいの荷重が何度も襲い掛かった。生身ならばとっくに気絶しているだろう。
だが、崩れ落ちる障害物を、舞い上がる粉塵を切り裂いて飛ぶ間、俺の中にある種の高揚感みたいなものが生まれていたのは、認めざるを得ない。事実、飛ぶことはこの上なく爽快だった。降り注いでくる光線や対空砲火も、建物を砕きながら追尾してくる槍烏賊も、まるで怖くなかった。少しも当たる気がしない。
そして、ひときわ高い塔に沿って上昇しようとした時、その中ほどを鎧鳴竜の光線が貫いた。
「!」
折れた塔が圧し掛かってくる。全力で回避したところに、立ち上った粉塵を貫いて槍烏賊が追い縋り、その鋭利な先端でグランギオルを轢き飛ばした。
……今、鎧鳴竜は、風雪や砂ぼこりにまかれて落ちていく俺を見て、勝ったと思っているだろう。実際、今の一撃は、分かっていたけど結構痛かった。元々ガタついていた左腕が完全に動かなくなった。
だが、今の状況ならそれで良い。
この後のプロセス。槍烏賊は長時間全速で動けない。必ず龍の体内に戻って体力を回復する必要がある。そしてその動きは、鎧鳴竜にとっても自然なものだ。だから槍烏賊のために背中の甲殻を一部開きもするし、戻ってきた槍烏賊に対しても何も警戒しない。
もしも連中が、相互にコミュニケーションをとっていたならば。
生理的な「当たり前」を当てにせず、互いに疑問を持ち合いかつ対話し合うような存在だったなら。
とうに気付いたことだろう。
俺が交差間際にオルトセラスを撃ち込んで槍烏賊を殺し、その遺骸を隠れ蓑にして接近したことに。
「オオッ!!」
鎧鳴竜の直上、距離は至近。すぐ真下では、槍烏賊の収まっていた箇所が、完全に無防備な状態で開かれている。
その一点目掛けて、俺はヤンシュフを投射した。梟の鍵爪には、残ったもう一本の剣が握られている。それが突き刺さると同時に、必殺の心積もりで魔力を流し込んだ。
龍にとって、まるで雷にでも打たれたかのような心地だったに違いない。爆発が生じ、鱗や肉片を方々に撒き散らす。今までとは比較にならないほどの苦痛に龍が悶え、四方八方に出鱈目に光線を乱射した。
俺は、その間隙を突いて一気に距離を詰める。そして、正真正銘必殺の武器を起動させた。
「オルトセラス!!」
右膝の装甲内から、待ちわびたとばかりに狂槍が飛び出す。龍の咆哮すら上書きする獰猛な回転音が轟いた。標的は龍の飛翔器官!
「ッ!」
衝突直前、身体を大きく捻り、背面飛行の態勢をとる。そしてそのまま、魔力を噴き出し続けている鰓にオルトセラスを押し付け、大鴉の推力に物を言わせて抉り抜ける!
これが、完全な決定打となった。胴体の上下を破壊され、浮力を維持出来なくなった龍は、ムルシウスの廃墟を押し潰しながら着底した。
暴力を堪能したオルトセラスが装甲内に収まると同時に、肩から力が抜けるのが分かった。最後の一撃に至るまで、ほとんど絵図の通りに進んでくれたとはいえ、やはり緊張はあったらしい。
「ともかく、これで……」
潜雲艇を追うべくその場を離れようとした時、グランギオルの全体にひりりとした緊張感が走るのを感じた。同時に、地面に突っ伏していた鎧鳴竜が、それまで聞かなかった種類の悲鳴を上げた。
「……!」
それから眼下で生じた出来事は、目を疑うようなものだった。
破壊されたはずの建造物から、植物の蔦のようなものが無数に飛び出し、片肺で浮かび上がろうとしていた鎧鳴竜を押さえつけたのだ。のみならず、道路のそこかしこがぱっくりと割け、文字通り龍の身体を噛み千切った。
後は、見ていられないほど惨憺たるものだった。血と言わず肉と言わず、龍を構成していた物質を貪り尽くした廃都は、今しがたの戦いなど無かったかのように再建を始めた。最早地上には、一片の血だまりすら見当たらない。静寂を取り戻した街は、雪や灰を表面に降り積もらせて、その残忍な本性を隠蔽する。
ルィンドは知っているのだろう。
そして、こんなものを見てしまったら、やはりもう「帰れる」とは思えなくなってしまった。
◇◇◇
この後、俺達はクトーシュの塔に向けて帰還することになった。だが、それは本来の予定とは大幅に異なっていた。
何故なら、主塔から届けられた情報が、あまりに剣呑なものであったからだ。すなわち、停戦のために進出したクスェル艦隊が、メトネロフ家によって撃退されたこと。勝利の余勢を駆って、大部隊がクトーシュ領に向かっていること。
そして、一足早くその情報を知ったドラヴェットさんが、単独で戦場に向かったこと。
事態は風雲急を告げていた。




