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第二一話 鎧鳴竜を討て! 上

 最初は空中を、巨大な鎖がのたうっているのかと思った。長大な外見といい、けたたましい音といい、まるで二十両編成の貨物列車が飛んでいるかのようだ。


 しかし接近するにつれて、それが鱗と鱗を擦り合わせる音なのだと分かった。


 潜雲艇を追っている生物は、まさにとしか言えないような体躯を持っていた。目測に過ぎないけど、全長は百メートルに届くかもしれない。胴の太さも、それこそ列車並みだ。そんな巨大な身体の隅々まで鋼のような鱗が覆い尽くしている。大気中の汚れが吹き付けられるからか、所々が黒くなっている。


 一方、頭部はそこまで龍っぽくない。どちらかと言うとタチウオやカマスのような、鋭利な魚類を連想させる。眼球は左右にそれぞれ二つ。血のように赤い。口吻は尖っていて、牙のようなものも認められた。


 だが何より特徴的なのは、全体から見て不自然なほどに肥大化した胸部だ。その部分だけ他より一回り太くなっている。下部には鰓を思わせる器官があって、そこから猛烈な勢いで赤い粒子を放出していた。まるで血の池地獄を泳いでいるかのように見える。


『参ったな……まさか鎧鳴竜アルミス・プレブスに見つかるなんて』


 脳裡に直接、ルィンドの声が飛び込んできた。


「アル……何だって!?」


『アルミス・プレブス』


「長い! アルミって呼ぶぞ!?」


『良いよ』


「で、何なんだよ、あれ!」


『雲の下で一番遭いたくない生き物の一つだ。あいつは』


 まあそうだろうな、と思った。あの口だけ見ても、主食が草や果物じゃないって分かる。


 ルィンドは何か言い続けようとしたけど、そちらに意識を割く余裕は無かった。


 それまで一心不乱に潜雲艇を追い回していたが、長い鎌首をこちらへもたげた。後は距離を詰められるまで一瞬だった。


「っ!」


 すんでのところで巨体を回避する。風圧に圧倒されて、一時的に大鴉クローカが大きくばたついた。ガラガラと音を立てながら、龍は吹雪の中に姿を隠す。もちろん見逃してなどいない。旋回しながら、明らかにこちらを攻めるタイミングを見計らっている。


「思ったより速い……けど!」


 左後方。灰色の視界が割れて、大きく開いた口吻が見えた。だが、それが「ガチリ!」と音を立てて閉じられた時、すでに俺はその場にいない。最小限の動きで回避し、逆に敵の左目を一つ、剣の切っ先で掠め斬った。


 どんな図体だろうと、斬られたら間違いなく痛い箇所だ。龍が悲鳴を上げながら巨体をのたうつ。


 あの身体だ。どうしたって小回りは利かないだろう。その点こっちは、大鴉のお陰で自在に飛び回れる。怪鯨を倒した時と同じ理屈だ。


「このままッ!」


 龍は身体をくねらせている。その間隙の、最短距離を突っ切る。前後左右で蛇体がうねりをあげている。まるで稲妻の中を飛んでいるかのようだ。


 狙うは一点、胴体下部の飛翔器官。どちらか一方だけでも潰せば、潜雲艇を追いかけるだけの速力は出せなくなるはず……!


「貰った!!」


 だが、切っ尖が敵に触れるか否かの瞬間、全身に悪寒が走った。装備されたギーヴァ達が身体のあちこちで騒ぎ立てるのを感じた。


 直感任せに翼を折り畳み、急速に龍の胴体から離脱する。


 直後、胴の側面から、まるで大昔の戦列艦のように筒状の器官が何本も飛び出し、魔力の弾丸を乱射した。


「対空砲かよ!!」


 雹のように降り注ぐ敵弾を掻い潜り、あるいは翼や剣で弾きながら、何とか体勢を整える。照準精度はそこまで高くないし、距離を取れば取るほど拡散するから、当たる心配はあまり無い。


 だが、接近するなら話は別だ。あの巨体と弾幕を掻い潜った上で急所に一撃当てるなど、そう簡単な事ではない。


 しかも、距離をとれば安全という考えすら、即座に打ち砕かれた。


 アルミ竜の背部から一対の槍のようなものが生えた、と見えた次の瞬間、まるでロケットか何かのように垂直に発射された。


「ッ?!」


 攻撃に決まってる。この獰猛な生き物が、無駄なことをするとは思えない。


 そう、こいつは生粋の捕食者だ。俺と戦っているのだって、きっと狩りの一環に過ぎないのだろう。だから行動の一つ一つが生存本能に基づいていて、故に合理的で、無駄が無い。


(考えろ……冷静に、相手が何をしてくるか……!)


 本体・・が突進を仕掛けてくる。それ自体は容易に回避(あた)う。第一、先ほどと比べても明らかに遅い。ただ、交差と同時に対空砲火をばら撒いて動きを制限しようとする。


 そうして鈍らせた瞬間、



「本命が来るッ!!」



 吹雪を突っ切って、真上からの一本が飛び込んできた。そう、やっぱり上からだった。どんな生き物にとっても直上は死角。だからこれはある程度読んでいたし、身体グランギオルもそう判断していた。


 すれ違いざまに剣を振るう。いや、振るうというより、ただ置いておいただけだ。槍そのものの勢いのせいで、勝手に斬れた。


 同時に、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。一瞬のことではあったけど、その槍には口がついていたし、頭足類の目のような器官もあった。


「オルトセラス!?」


 あるいは、その原種か。


「もう一体は……!」


 時間差をつけて攻めてくるであろう、もう一本の槍に対して意識を割いてしまっていた。


 だが、その狙いは見事にスカされてしまった。


 仕掛けては、こない。


 代わりにもう一度、本体が迫っていた。


「くッ!」


 噛みつきだけは絶対に喰らえない。一撃貰ったらそれで終いだ。だから大鴉に過負荷をかけながら無理やり避けた。


 だが、弾幕までは凌ぎ切れなかった。翼で防ぎきれなかった弾丸が、鎧の胸や腹を叩く。致命傷には到底ならない。しかし明確に動きを止められたことは間違いない。


 その隙を見逃さず、先ほど攻撃を見送った敵が、文字通り横槍を入れてくるのは目に見えていた。


 弾幕を浴びることなど物ともせずに、分離していたもう一体の槍烏賊が突っ込んでくる。咄嗟に剣を交差させて受け止めるが、両腕に強烈な衝撃が奔った。のみならず、勢いに圧倒されて地表近くまで押し落とされる。いくら大鴉といえども、真正面から押し合って勝てる相手じゃない。


 衝突の寸前で推力をずらし、何とか地面に埋められるのだけは回避した。


 だが、今の一撃、直撃こそしなかったものの被害は大きかった。槍の穂先を受け止めた、右手の剣はほぼ砕けている。もう使い物にならない。


 何より、突進を受け止めた際の衝撃で、両肘が故障していた。何とか曲げ伸ばしは出来るが、繊細な動き……例えばすれ違いざまの斬りつけは、もう出来ないだろう。


 生き残った方の槍烏賊が、龍の本体に戻っていくのが見えた。


「……なるほどな」


 この世界で、ネビロス達は他の生物を身体に宿らせ道具にすることによって、繁栄を手に入れた。


 では、頂点捕食者でありながら支配に至らなかった生き物はどうなのか? その答えは目の前に浮かんでいる。


 すなわち、本来の意味での共生生物が、その位置についているのだ。地球で言うところのジンベイザメとコバンザメのように。アルミ龍から見て槍烏賊は戦闘端末ではなく、共同で狩りを行うパートナーなのだろう。あるいはあの胴体に並んでいる対空砲だって、もしかすると元々アルミ龍に備わっている器官ではないのかもしれない。


 要は、あいつらは一本化した意思の元に戦っているのではなく、複数の本能が共通の目的のために手を取り合っているのだ。


 両腕の動きと、剣一本を引き換えに手に入れた情報が、それだ。


「十分」


 活路が見えた。

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