第十六話 クスェルの使者 上
最初は、雲海から聞こえてくる雷音だと思っていた。
だが、その音は塔の下からではなく、上から降ってきた。
主塔の発着場から見て北西の空に現れた影が、徐々にその巨大な輪郭を露わにする。最初は飛行船のように見えたけど、近づくにつれてその上に大きな構造物がいくつも乗っかっているのが分かってきた。加えて、船体の両側に巨大なヒレか翼のような物が、下部には光の粒子を大量に放出するエラのような機関が見て取れた。
船首はジンベエザメのように平たく丸みを帯びていて、何かの発射管らしきものが大量に埋め込まれているのが分かる。側面も同様だ。以前戦った怪鯨の爆雷を連想するけど、どちらかと言うと魚雷発射管と言うべきだろうか。
白と青を塗り分けた船体は、地球の空なら迷彩として機能しただろうけど、フォルモンドの濁った空の下では奇妙に浮き立って見えた。
そして、それこそコバンザメみたいに、十隻以上の小型艦が、巨艦の周囲を取り囲んでいた。
「第一宗家ご自慢の空中戦艦、『シス・ラ・クスェル』だ」
いやあ壮観だねぇ、と、隣で上空を見上げていたルィンドが呟いた。俺も圧倒されたような心持ちで、同じように上を見上げるほかなかった。
クスェル艦隊は塔の周囲を囲むような形で停留した。クトーシュ家の塔に大きな影が上塗りされる。旗艦のハッチの一つが開放されて、そこから連絡艇のようなものが発進するのが見えた。
全員が全員というわけではないけど、ネビロスは飛ぶことの出来る種族だ。わざわざ小舟を持ち出すのは、それ自体権勢を誇示する狙いがあるのではないか……そう勘繰らざるを得ない。
着陸した連絡艇の扉が開き、中から豪奢な赤絨毯がゴロゴロと巻き下ろされたことで、疑念は確信に変わった。赤地の派手な軍服を纏った儀仗兵達が、火縄銃のように長い銃身を備えた小銃を構えて絨毯の両脇に整列する。全員が全員、役者のように整った顔立ちだった。胸元には玉座と王冠をモチーフにした紋章を縫い付けている。まさに王の近衛ということなのだろう。
もっとも、ただのお飾りとは思えない。個々人の魔力の差故に銃というものが普及しなかったこの世界で、あんな装備を持っているということは、彼ら一人一人が強力な魔力を宿したネビロスであることを意味している。
ファンファーレが鳴り響き、儀仗兵の一人が声を張り上げた。
「クスェル家第二王女、エディルフ・クスェル様の御出座にございます!!」
儀仗兵たちが一斉に「捧げ銃」の姿勢をとる。同時にクトーシュ家の人々も、ルィンドを除いて全員が片膝をついた。俺もそうするべきかと思ったけど、あいつに「イブキは、そのままで」と囁かれたことで、うっかり折りかけていた膝を硬直させた。
タラップを踏んで、若い女性が意気揚々と降りてくる。
彼女を見て最初に俺の頭に浮かんだ言葉は「絢爛豪華」の四文字だった。
儀仗兵達の軍服をさらに一回り華やかにしたような出で立ちだった。真紅のコートを羽織り、肩章からは金糸のモールが垂れている。並みの男より高い背丈も手伝い良く似合っていた。それでいてごつごつとした印象は受けない。地球にいたら間違いなくモデル体型と称されただろう。
だが、服にせよ背丈にせよ、その異様に整った面立ちと赤く煌めく髪に比べれば凡庸なものだ。
身体に対して小さな顔には、熱を感じさせるほどの眼光を宿した目が備わっている。まるで灼熱した石をそのままはめ込んだかのようだった。口元は自信と優越感を誇るかのようにキリっと釣り上げられている。軍人らしく短めに切られた髪は、炎そのものが躍っているかのような、赤と金どちらにも見える色合いをしていた。
何より、魔導傀儡としての探知力が、彼女の持つ桁違いの魔力をしきりに訴えかけていた。
(これが第一宗家……)
皆が緊張していた理由が良く分かる。ネビロスに個体差があるという話も。今まではせいぜい才能の有無程度の違いしか感じ取れなかったけれど、エディルフ・クスェルの魔力は他のネビロスと桁違いだ。それこそ、別の生物なのかと錯覚してしまうほどに。
そして、そんなエディルフがルィンドの手前で僅かに膝を折って挨拶したことで、俺はさらに驚かされることとなった。
「壮健なご様子で、何よりでございます。宗主ルィンド」
「そちらこそ。元気そうで何よりだよ、エディ」
そう言って、ルィンドはエディルフ王女に握手を求め、客人もそれに応じた。
最敬礼というわけではないけど、先に膝を折ったのも、挨拶をしたのも、王女の方だった。ルィンドが彼女をあだ名で呼んだことも合わせて、改めてこの場の力関係が明確になった。
(やっぱり……偉いんだ、あいつ)
普段の様子からは到底想像の出来ない構図だった。
「ところでルィンド様。もしや彼が今代のインヘルですか?」
熱石のような目がこちらに向いた瞬間、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。一応覚悟はしていたけど、あの人の目の圧は尋常じゃない。
「ああ。ミヤト・イブキと言うんだ。イブキが名だよ」
「先代のインヘル殿とはずいぶん雰囲気が違う……若い方ですね」
「見ての通りまだ子供だよ。でも、肝の据わり具合ならエドにだって負けてないさ。何と言ってもサムライの国の少年だからね」
サムライ! とエディルフ王女が大仰に驚いてみせた。目の中に今までと違う種類の光が点火したのが分かった。それからずんずんと接近してくるやいなや、両手で俺の右手をつかみ、ぶんぶんと振り回した。
「いやお見それしました! 先代のエドワード殿から、サムライの国の男子は凄まじいと聞き及んでおりますよ!」
「は、はぁ」
「サムライと言うのは名誉ある戦士を指す言葉だそうですね。一軍を預かる者として、心惹かれる称号です。いやはや、まさか本物のサムライと会い見えることが出来るとは」
「それは、どうも……あの、でも」
「聞けばサムライの国の男はBUSIかNINJA、あるいはHENTAIのいずれかの流派に入門し、SUSIを糧にKARATEを習い、死ぬ時はBANZAIと叫びながら手刀でHARAKIRIするとか! イブキ様はどこの流派を修められたのですか? HENTAI流ですか?!」
「…………」
恐らくたぶんきっと、誰にも悪意は無かったのだろう。
ただ「無知」の二文字が、時として意図的な情報操作よりも酷い誤認を生み出しうることもある。そういうことだ。
俺はこの世界で魔導傀儡として戦おうと決めたけど、どうやら他に戦わなければならない戦場が増えたらしい。観
とりあえず、目の前で赤い両眼をキラッキラさせているお姫様の、その「間違った日本」観をぶっ壊すことから始めるとしようか。




