表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/53

第十五話 新しい日常 上

 この世界で生きていく。


 そう決めてから、あっという間に二週間が過ぎた。


 いざここで過ごすとなると、毎日覚えることや慣れなきゃいけないことは山積みで、夜になると一気に疲労が押し寄せてきた。


 こんな身体で疲れなんて……と思っていたけど、自然と眠くもなるし、腹も減る。そういう生理的な機能は完全に再現されていた。


 ルィンド曰く、そうしないと色々狂うから、だそうだ。


 身体の違和感が収まってくると、次に気になったのは生活そのもののことだった。


 日本にいた頃の記憶は、まだ完全には戻っていない。それでも日常的に何をしていたのかは、いくらか思い出すことが出来た。


 朝は五時起き。


 まず最初にするのは、ソルギン・メトネロフの位牌に手を合わせること。位牌と言っても、貰った木の板に名前を書いただけの粗末なものだ。


 俺がこの世界に来て、最初に戦った相手の名前。あとでラウーさんに聞いたら、メトネロフ家の忠臣として名の通った人物だったそうだ。


 魔導傀儡になるのは、並大抵の決意では出来ないという。安直な表現だけど、サイボーグみたいなものだ。肉体の一部を失う代わりに大きな力を手に入れる。違うのは科学を使っているか、魔法を使っているかだけ。


 ぼろぼろになっても立ち上がってきた姿は、今でも頭の中に焼き付いている。


 こんなことをしたところで、あの黒騎士の霊が慰められるとも思えないけど、自分自身に最低限のルールは課しておかなきゃいけない。


 爺ちゃん曰く、神や仏に手を合わせない人間に、剣を持つ資格は無いという。今になって、その教えがいかに正しかったか実感している。


 こうでもしないと救われない。相手も、自分も……。


 …………。


「よし」


 部屋の中には、今のところ最低限の物しか置いていない。元々物持ちしない性格だけど、忙しすぎて家具をそろえる余裕が無い。せいぜいベッドと机、椅子、クローゼット、振り子時計……本当にそれくらいだ。


 クローゼットからシャツとズボンを引っ張り出して着替える。グランギオルの機能を使えば必要ないプロセスだけど、なんというか、非常に不潔な感じがして嫌だった。


 同様の理由で当然風呂にも入る。一日に使える水の量が決まっているので、毎日湯舟に湯を張って……とはいかないのが辛いところだ。シャワーだけで済ませる日も多い。


 とりあえず洗顔と歯磨きをしてから、燈台小屋を出る。


 後は一時間、ひたすら走る。


 ランニングコースは日によって変えている。塔の構造を覚えたり、市街地の地形を把握するのが目的……なんだけど、半分は趣味だ。


 元々走るのは好きだし、未知の世界の街並みを見て回るのはテンションが上がる。飛行船の発着場を横切り、塔の外周に沿って作られた連絡通路を渡る。すぐ下に雲海が広がっているランニングコースって、なかなか贅沢だと思う。


 通路は、最初に俺が降り立った発着場へと続いている。そこから各支塔に向かって、さらに連絡橋が渡されている。


 朝日を浴びた本塔を横目に後目に走っていると、じきに「農業区」に入る。その名の通り、麦畑(麦かどうかは分からない)が広がっていて、俺より早起きのネビロスたちが黙々と働いている。同じような区画は他の支塔にもあって、それぞれ野菜や家畜、あるいは養殖魚まで育てているというから驚きだ。


 先日、貯水槽の中で派手に暴れてしまったから心配していたけど、どうやら問題になるほどではなかったみたいだ。スプリンクラーからは噴水のように澄んだ水が噴き出していて、小さな虹の下でネビロスの子供がはしゃいでいた。


 彼ら(ネビロス)の魔導工学をもってすれば、ここまで大規模な食糧生産区画を造る必要は無いという。事実、魔導傀儡は食事を摂らなくても生きていけるらしいし、俺の身体だって最悪何も口にしなくても動く。


 そういう手術を領民達に課している宗家もあるらしいが、ルィンドはその選択肢を採らなかった。


 曰く、「生物として歪」だから。



『種として生き延びることは大切だよ。でも、それを優先するあまり、ネビロス本来の魂まで忘れてしまったら、悲しいじゃないか』



 そんなことを言っていた。


 もちろん、それがある種の偽善であることは、あいつ自身が一番良く知っているはずだ。俺……グランギオルという、異世界人の魂を動力にした兵器を使って得る平和……それでも、その平和にあいつは価値を見出した。


 そして俺も、彼らに協力することを受け入れた。だから、言ってしまえば俺だって共犯者みたいなものだ。


 ……なんて、込み入った話を考えるのは、今はやめておこう。


 支塔の一つを回ってから、同じルートでまた本塔に戻り、外周を一巡する。最後に内部のトンネルを通って、また港湾区に戻ってくる。それでランニングは終わりだ。


 燈台小屋への帰り道の途中、ふと気になった場所がある。倉庫と倉庫の間に設けられたバスケットコート。周囲の風景とあまりに溶け込んでいて、全く違和感が無い。お陰で、ランニングを初めて一週間目にようやく気付いたくらいだ。


 なんでこんな所にバスケットコートが……と思ったけど、初日にドラヴェットさんが、部屋からボールだけ持って行ったのを思い出した。俺の先代にあたる人が作らせたのかもしれない。




 そして今、当のドラヴェットさん本人が、コートの端っこに立ってドリブルをしていた。




 最早見慣れてしまった硬派なメイド服に、バスケットボールを加えてみても、今ひとつ見栄えが良くない。むしろシュールだ。


 だがネビロス的には自然なのか、コートの外には早出の作業員達が集まって、ドラヴェットさんの次の動作を固唾を飲んで待っている。


 ドラヴェットさんはいつものポーカーフェイスのまま、メトロノームみたいに正確なリズムでボールを弾ませている。


 そして、それが急に乱れたと見えた瞬間、スカートを翻して一気にコート中央までダッシュした。観客から「おおっ!」と声が上がり、その後ろに立っている俺も、思わず身を乗り出していた。


 そのまま一直線に駆け抜けて、もしやダンクでもするのか……と思った。半分はそれで正解。



 ドラヴェットさんが跳んだ。ただしハーフライン……コートのちょうど半分の場所で。



「んん……?!」


 ライフルから発射された銃弾みたいに回転しながら、メイドさんは低空飛行でゴールの真下を通過する。やたらと強化された動体視力のお陰で、回転と回転の合間にボールをネットへと叩き込んだのは見えたが、彼女が再び着地するまでに一秒も経っていないだろう。


 地面にシュタっと降り立つと、そのまま体操の選手よろしく両手を上げてポーズをとる。同時に破れんばかりの大喝采が巻き起こった。



「跳躍点10、回転点10、芸術点10! ついでに非破壊ボーナス10!」

「凄ぇ、過去最高点だ!」

「さすがは侍従長殿!!」



 俺は一体、何を見せられているのだろうか。


 そうして呆気にとられていると、目線がドラヴェットさんとばっちり重なった。


 ……最近ちょっと分かるようになってきた。ドラヴェットさんはあまり表情を変えない人だけど、まとっている雰囲気は結構変わりやすい。



 今も、沸き立つ周囲とは裏腹に、どこか置いていかれているような寂しさを感じた。



 そんなしんみりとした雰囲気もすぐになりを潜めて、ドラヴェットさんは俺に向かってペコリとお辞儀をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ