第十話 クトーシュのエース
「魔獣、って何なんですか?」
虫車に揺られながら、俺は隣のドラヴェットさんに尋ねた。
ルィンドから緊急出動の命令が下ると同時に、ネビロスたちは各々の得物を持って塔の方々へと散っていった。外様の俺でも、彼らの緊張した表情を見れば、何かただならないことが起きたのだと分かる。
本当は一緒に行くべきか迷った。でも、ドラヴェットさんまでもが魔獣とやらの討伐に行くと聞いて、放っておけなくなった。
そうしてついてきたのは良いんだけど、何と戦うのか分からないってのはマヌケだ。結局、何から何までドラヴェットさん頼みになっている。
ところが、俺の質問に答えてくれたのは、メイドさんとはまた別のネビロスだった。
「簡単に言えば、戦うためだけに造られた生き物でさぁ」
車両の先頭に立っていたネビロスはそう教えてくれた。体調は優に二メートルを超えていて、しかも全身が灰色の毛で覆われている。頭に至ってはまるきり狼みたいだ。
見るからにワイルドそうな見た目なのに、どうしてか青いフロックコートが良く似合う。服は全体的に軍服調の仕立てで、華やかさとは無縁。実用一辺倒で、実際に長年にわたって使い込んできた形跡がうかがえる。
ざっくばらんな口調も相まって、いかにも現場人といった風格だ。
名前はラウー、役職はクトーシュ家防衛隊長。つまり、領内全域の軍事を一手に担う将軍のような人である。そういえば、さっきルィンドが演説をしていた時も、一緒に壇上にいた記憶がある。
魔獣の侵入という緊急事態にあって、ルィンドは無理やり俺とこの人を引き合わせた。先方にそんな余裕は無いだろう、と思っていたけど、ラウーさんはこっちの身体が浮きそうになるくらい強い握手で応じてくれた。
「我々にとって『インヘル』殿は尊敬の対象なんですぜ。邪険にするなんざ、とんでもない」
と、いうことらしい。
ちなみに彼らの言う『インヘル』というのは、元々地球の言葉だったのが訛ったものらしい。彼らの間では「剣をとってくれる客人」という意味で通っている。
正直、まだ戦うかどうか決めかねているから、どこか後ろめたさみたいなものを感じる。ラウーさんもそれを読み取ってくれたのか、「ぼちぼちで良いんですぜ」と言ってくれた。
「俺たちネビロスは、常にギーヴァと生活を共にしてやす。俺たちは魔力を与え、ギーヴァはその特性に応じた働きをする……いわゆる、持ちつ持たれつって関係でさぁ。
ところが魔獣はそうじゃねえ。脳味噌なんざろくに詰まってない獣に、無理やりギーヴァを埋め込みまくるんでさぁ」
「そうなると……どうなるんですか?」
「どうもこうもないよ。暴れまわる以外に能の無い生き物が出来上がるってだけさ」
ラウーさんの言葉を引き継ぐように、ルィンドがまとめた。
そうなのだ。こいつもこいつで、最重要人物のはずなのに危険地帯へ向かう虫車に同乗している。誰も止めないあたり、いつものことなのだろう。
「あと、ラウーの説明だとちょっと誤解を招きそうだな。
魔獣の定義ってのは結構曖昧でね、例えばこの虫車だって魔獣の一種なんだ」
そう言って、ルィンドはコツコツと軽く床を蹴った。
「他にも船や起重機なんかも、魔獣をベースにしているんだ。だから一口に魔獣と言っても、全部が全部凶暴な兵器ってわけじゃない。
ただ、メトネロフの連中が使役してるような怪物は、うちとは決定的に違っている」
「違うって、何が違うんだ?」
「情動だよ」
「情動……それって、感情ってことか?」
「いいや。そもそも感情なんてものは持たされていないのさ。あるとしたら、それは……」
ルィンドの言葉が終わらないうちに、虫車が停止した。どうやらここが終点らしい。
俺も含めて全員が降りるのを待ってから、虫車は小さな穴の中へと消えていった。
終着点は、昔に学校の見学で行ったリサイクル工場を思わせた。俺たちが乗ってきたのとは別の線路がいくつも走っていて、空き地には大きなコンテナみたいなものが積み上げられている。港湾区みたいに、それを運ぶための魔獣もいるのだろうけど、今は姿が見えなかった。
広場の正面には巨大な鉄の門がどんと据え付けられている。大体十メートルくらいはあるだろうか。
こういうものを見せられると、本当にここが塔という建物の中なのかと思わずにはいられない。
(……なんか、懐かしいな)
たしか小学生くらいだったから、学校の外に出られるってだけでウキウキしてた記憶がある。設置されている大きなクレーンとか、仕分けのためのベルトコンベアや鉄の裁断機とか、男子としては嬉しい見学先だった。
たぶん、あいつはブー垂れてただろうけど……。
(まただ。あいつ、あいつって思うくせに、顔が浮かんでこない)
「イブキ? 気分でも悪いのかい?」
ルィンドが俺の顔を覗き込んでいた。俺は「何でもない」と返す。それでもあいつは、まだ何かもの言いたげだった。
「宗主、この先は危険地帯です。もし前情報以上に魔獣が繁殖していたら……」
「それならなおさら、気合を入れて掃除をしないとね」
ラウーさんの忠告も退けて、ルィンドは偉そうに腰に両手を当てた。
「さあ諸君、後始末の総仕上げといこうじゃないか!」
ラウーさんはやたらとフランクな仕草で肩をすくめた。アメリカ人の俳優とかが映画の中でやってそうなわざとらしさがある。
「イブキ様、どうぞこちらを」
そう言ってドラヴェットさんが取り出してきたのは、昼間の戦いで俺が使った二振りの剣だった。少し鯉口から浮かせてみると、刀身に精緻な紋様が刻まれているのが分かる。
改めて手に取ってみると、それは武器としての確かな重みを持っていた。単なる重量としてではなく、それが人を傷つけ得る物だという怖さ……それが上乗せされて、まるで手の平の中に沈み込んでくるかのようだ。
『イブキ。これが刀というものだよ。覚えておきなさい』
……そんなこと、ずっと昔に言われたっけか。
まさか自分が、真剣を持って戦う日が来るなんて夢にも思っていなかったけど。いや、こんなことを思ってたら爺ちゃんに叱られるかな。常在戦場、是武人の心構え也、って。
「……一応、預かっておきます」
確約なんて出来ない。自分にこれを振るって戦い抜くだけの覚悟があるかどうかなんて、そうそう簡単に決められない。
「ところで、本当にドラヴェットさんも行くんですか?」
「ええ。何か問題でも?」
「そういうわけじゃないですけど……何だか意外で」
俺たちが話している間も、扉を開く作業は続いていた。同行した十人のネビロスたちが頑張って開閉機を回している。魔獣だ魔法だという割に、こういうところは妙に原始的だ。
そうして少し扉が開いたかと思った瞬間、そのわずかな隙間から白っぽい何かが飛び出してきた。
俺の目が人間のままだったら、きっと捉えられなかっただろう。物凄い速さで飛び掛かってきたそいつは、ぬめりを帯びたぶよぶよとした肌を持っていた。クジラの胴体に手足をくっつけて、顔のパーツは大きく裂けた口だけという、異様な姿。大きさは大体全長二メートルくらいだろうか。
奇声と共にルィンドに飛び掛かったそいつを真っ先に迎撃したのは、銀色の髪のメイドさんだった。
「フッ……!」
鋭い呼吸音と共に放たれたハイキックが、そいつの顔面を真横からぶっ叩き、嫌に綺麗に整った歯を何本かまとめてへし折った。
ぶよぶよの怪物がスーパーボールみたいに地面を跳ねる。体勢を立て直すよりも先に、足から銀色の光を噴出させて突進したメイドさんの追撃が、その腹を穿っていた。
ピンと伸びた長い脚の先端に魔獣を突き刺したその姿は、まさにモズの早贄といった有様だ。
「ぐぷぷぉぅ……」
内臓や血と一緒に、文字起こし出来そうにない複雑な断末魔を吐き出して、怪物は息絶えた。
「言い忘れていたがね、イブキ。君を除けば、クトーシュで一番強いのはドラヴェットだよ?」
ドラヴェットさんはブンと脚を振るい、魔獣の死骸を地面に捨てた。その靴には返り血の一滴もついていない。
「後始末をお願いします」
ラウーさんも含めたネビロス勢から、やんややんやの喝さいが起こった。
……果たして、俺が召喚された意味ってあるのだろうか。




