第八話 斬血の記憶
月明かり以外には何の灯りも無い部屋の中、俺は解放されたベッドに仰向けに寝転んで、天井を眺めていた。
灯台小屋は、俺とドラヴェットさんの大健闘によって奇跡的に秩序を取り戻している。この異世界に来て、今のところ最も感動的な体験と言えるだろう。
どう見ても使い道の無い物は、異世界メイドの容赦無い断捨離精神によって文字通り一掃された。野郎の一人暮らしは否応なしに汚くなるというが、いくら何でも行き過ぎだろう。なんで部屋の中にリヤカー(らしきもの)が突っ込まれているんだ。
ただ、ゴミ山を片付けている間に、この世界にも楽器や漫画が存在するということが分かった。魔法生物に好みの曲を流させる技術もあるそうだが、あまり人気は無く、どちらかというと自分で演奏しようとする人の方が多いらしい。
そして漫画に関していうと、こちらもやはりハンドメイドばかりだそうだ。漫画の自動執筆機は、いまだに開発されていないらしい。
仮にそんなものを作れたとしても、面白い作品が描けるとは到底思えない。
あと、ベット下に律儀に仕舞い込まれていたエロ本を発見した時のドラヴェットさんの顔は、ゴミ以上のゴミを見たかの如し、だった。
かと思うと、無造作に転がされていたバスケットボールだけは、捨てずに持っていってしまった。故人の記憶と、深く結びついているらしい。
最初は取っ付きにくそうな人だと思ったけど、それは俺の思い違いだった。見えにくいだけで、本当はたぶん、感情豊かな人なのだろう。
「ネビロス、か……」
来たばかりの俺には、まだまだ彼らのことがよく分からない。でも、絶望的なほど距離を隔てた存在でないことだけは確かだ。
ルィンドにせよ、ドラヴェットさんにせよ、そして……あの白い鎧の騎士。
「俺が、殺した」
そうだ。間違いなく俺は、ネビロスを一人殺している。それを思うと、腹のあたりがずんと重くなった。
逆に言うと、まだその程度の気持ちでしかないということだ。もし地球で人を殺したなら、もっと大きな動揺を抱いたことだろう。
だって、元いた世界じゃ高校生だったんだから……人を殺すだの殺されるだの、想像の範囲を超えている。
それにたぶん、まだまだ動揺や混乱が大きすぎて、気持ちが追いついていないのかもしれない。実際には頭はパンク寸前で、平静を装うことで何とかバランスを保っているのかもしれない。
「寝たら、ちょっとは落ち着くかな……?」
つくづく変な話だ。人間でないのに、人間と同じ眠気を覚えるなんて……。
俺はそっと目を閉じた。
十秒も経たないうちに、ドアがノックされた。
「イブキ様、夜分遅くに失礼致します」
ドラヴェットさんの声がした。跳ね起きて扉を開くと、コートのような分厚い上着を着たメイドさんが立っていた。
「ドラヴェットさん。どうかしたんですか?」
「はい。少々……厄介なことになりました」
ついてきていただけますか? と言われた時、正直少し迷った。俺が何で、何故異世界にいるのかを考えれば、答えはおのずと分かろうものだ。
それでも行くことにしたのは、彼女に大いに助けられたから……ということもあるけど、それ以上に気がかりだったからだ。
鉄面皮が基本の彼女の顔が、今はことさら硬く見えた。




